第三話「拝啓、一夜明けたら、俺……反逆者でした」③
廊下の窓から少し顔を覗かせると、辻に立ってた顔見知りの魔術師と目が合って、慌てたように引っ込んでいく。
砲戦魔術師……ロドリーだったかな?
同業者……A級クラン「ジェームズ666」のメンバー。
……超強力な光撃魔術でワイバーンクラスのモンスターにすら致命傷を与えるような超火力魔術師。
まぁ、超火力っても一発撃ったら、ほぼ打ち止め。
要するに一発屋なんだがね。
クラン幹部のアイツが出てきてるとなると、たぶんクラン丸ごと総動員しての大捕物だろう。
うちも総勢30名の大所帯で、その実力もA級モンスター討伐を任せられるほど……トップクラスのクランでもある。
そんな強豪クランのクランマスターを捕縛……となると、クランぐるみでの頑強な抵抗も予想されるから……同格の強豪クランを動員して、鎮圧……まったく、治安局も念の行ったことだ。
実際、治安局の衛兵隊程度じゃ、俺達は押さえられない。
帝国騎士団ですら、同数なら返り討ちにする自信がある。
……その程度の相手だったら、力づくで蹴散らして……って手もあったけど。
同業者が相手となると、こっちもタダじゃ済まない。
それに、この分だと「ジェームズ666」だけじゃないな。
あいつらのメンバー数もこっちと大差ない30人ちょっと……戦力的にほぼ互角となると、勝算があるとは言い難い。
もし、俺がそんな依頼を受けたら、最低でも相手の倍の数の戦力を用意する。
「ジェームズ666」のクランマスター、アルドノアは堅実な奴だからな……。
同じA級クランの「オートバームス」「イエローナッツ」とか、その辺も出張ってるかも知れない。
どっちも人数はうちより少なめだけど……二つ合わせたら、50人近くは行く……。
そうなると、戦力比は80:30……三倍近い戦力差となると、さすがに総力戦を挑んでも勝ち目は無い。
って言うか……そうなると、この帝都常駐のA級クラン総掛かり……全て敵に回った可能性も……。
こりゃ、いくらなんでも悪夢のような展開だ。
どいつもこいつも、こないだの「パイシーズ」との戦いで肩を並べて共に戦って、揃って討ち死に仕掛けた戦友同士。
たまに獲物が被ったり、依頼で一緒になることもある。
まぁ、そんな時は喧嘩せずに、お互い話し合って取り分も分け合うってのが常だ。
共に戦う分には、お互い腕利き同士だからな……心強い限りだ。
要するに、本来、持ちつ持たれつって関係なんだが……治安局の依頼となると、否応無しだからなぁ……。
お互い義理も人情もあるけれど、そこら辺は仕方ない……事情が事情だけに、恨む気にもなれない。
今の所、当局も予防攻撃とか、武力排除とまでは考えていないようだけど。
たぶん、この調子だとあちこちで、うちのメンバーもマークされてるだろうし、足止めも食らっていそうだ。
筋肉三人衆は……こいつらが三人まとめて、スクラム組んで走ってきたら、俺だって道を空ける。
多分、誰も止められなかったってのが正解。
こいつら、五軍のガキ共がクランハウスまでたどり着けたのは、子供特有の身軽さで、追手を撒いたからだろう。
まぁ、普段から如何に戦わずに逃げるかとか、そんな事ばかり言い聞かせてたからな。
言いつけをちゃんと守って、偉いな。
思わず、トレイニーの頭をナデナデする。
「ちょっ! オッサムさん、こんな事やってる場合じゃ……」
言いながら、あんまり嫌そうじゃないみたいで、にへらーと笑ってる。
まったく、可愛い子だねぇ……。
「ああ、その……なんだ。たぶん、これ……帝都のA級クラン総動員してると思うんだ。だから、強行脱出とかそんなのは駄目……。気持ちは嬉しいけど、お前らじゃ、時間稼ぎにもならないよ」
「そ、そんなっ! でも、捕まったらどうなるか……」
「別に取って食われたりはしないだろうよ。リゼッタ……今日の街の様子、おかしくなかったか? こんな大捕物となると、相当入念な準備が必要だ……A級クランの連中が物資を買い集めてたり、下見とかやってなかったか?」
「あ、はい……オッサムさんの言うとおりですね。朝からやけにA級クランの連中が街をウロウロしてるし、挨拶しても返事もしないし……皆、様子がおかしかったです。他の皆も後をつけられてたって話してました……。ちなみに、他のパーティーの方々は、あちこちで他のクランの有力パーティと睨み合ってます。正直、いつ暴発するか解らないような状況ですね……」
「やっぱり、そうか。……ここは逃げ隠れしても無駄だし、悪あがきしても、かえって混乱するだけだろうさ。無理して、助けに来てもらって、申し訳ないけど。ここは大人しく投降する。皆も手出しは無用だ……他の皆にも、一度クランハウスに集まって、待機するように言っといて。もし、俺がすぐに戻れなさそうなら、ド・ムー先生に後を任せる事にするよ」
そう言い残し、俺は階段を降りると両手を上げて、治安局の治安官の前に立つ。
五軍のちびっ子共もぞろぞろと付いてくると、足元に纏わりつく。
ド・ムーの旦那も、俺の姿を見て、ため息をひとつ吐くと、筋肉バリケードを解除して、道を開けてくれる。
「なによ……あっさり出てきちゃったのね。せっかく、ここで頑張ってたのに……これじゃ、アタシらの立場がないわ」
「悪いね……時間稼ぎ、ご苦労様。ハインケルの旦那も仕事ほっぽりだして、わざわざ駆けつけてくれたんだな」
「あったりまえだろ! 俺だって、お前とは親友のつもりだ……。おい! 治安局……こいつが反逆罪って何かの間違いだろう? この馬鹿は絵に描いたようなお人好しだ! まったく、ごろつき同然のガキどもを引き取るわ、飲んだくれのアル中を専属鍛冶屋として雇ってくれたり……。今だって、冒険者どうしの殺し合いを避けるために、迷わず投降なんて選びやがった! 本当に反逆とか企んでたら、俺らを捨て駒にして、てめぇみてぇな雑魚なんざ切り捨てて、とっくに逃げてるだろうが!」
「あ、はいっ! あのですね……反逆の疑いありってだけの話でして。むしろ、潔白を証明するためにも、ご同行いただけないかと。それと私に手出ししたら、それこそ取り返しが付かないことになりますよ? うへへへ……」
チビの治安官がヘコヘコと頭を下げながら、そんなことを言う。
なんか、こいつ……さっきまでの調子だと、疑いじゃなくて、もう決定だから、みたいな調子だったよな?
おまけに、思いっきり権力を傘に着て……下衆いな。
ぜってぇ小物だ……こいつ。