第六話「遥の憂鬱」②
「トリデ=オッサム」
30代のおじさんプレイヤーらしいのだけど、何かと世話好きな上に子供好きのロリコン。
そうロリコン……。
なにせ、この世界での私は、リアルな私と違って、コンパクトで貧乳と言う私としては理想的な感じの身体なのだ。
リアルな私は、175㎝と割と長身に加え、Dカップの割とデカ目のおっぱい、同じく横にバイーンと広いデカッ尻と身軽さに程遠い体形。
まぁ、デブってるとかそんなんじゃないけど、無駄に体積多いって自覚はあって、なんとなく小さくなって歩く癖が付いてて、歩く姿はなんだかとってもおばちゃん臭い。
昔から、デカ女とか馬鹿にされてて、運動神経なんて皆無なのに、デカいって理由で体育会系の部活に誘われて、断り切れなくて、無様な姿を晒すことになったり……。
それがきっかけでいじめの標的にされたりもしたもんだ……やってらんないよ。
それがこっちでは、自分の身体も好きにデザインし放題。
だもんで、ちょっとうっかり最小サイズのVR体に設定したもんで、見た目は小学生……みたいになっちゃったけど。
私としては、割と気に入ってた。
そんなん相手にデートのお誘いとか、まぁ、100%ロリコン認定。
リアルだったら、通報モノ! 憲兵さん、こいつですっ! ってヤツだ。
要するに、そのオッサムとはデートなんてした仲だったの……私も意外と捨てたもんじゃないらしい。
以前、エアリーズの新規実装前のβテストプレイに、クランぐるみで志願してきて、一分間一対一で本気で戦って、立ってられたら一緒にデートする……そんな約束をして、ホントに耐え切られてしまって……。
やむを得ず、一日恋人って事で、VR世界でエスコートしてもらった事があったのだよ。
まぁ……年齢=彼氏いない歴の私ですから。
興味くらいありましたからねっ! 実際、結構楽しかった。
……さすがに、キスとかボディタッチは許さなかったし、ちょっと手をつないだ位だったけど。
印象に残ってたのは事実で、無事だった事に嬉しくなって、つい声をかけちゃった。
でも、それが失敗だったみたいなのよねー。
なんか、オッサム……それ以来何故か一人だけ、洗脳が解けたみたいになっちゃったらしく、「Iris」にマークされて、こんな北の大地に追放されて、バグだらけのやっつけ施設で、謎の再洗脳教育みたいなのを受けさせられてた。
……日がな一日、狂ったように伐採やって、合間合間でヒヨコちゃんと戯れる。
「Iris」考案の再洗脳プログラムっぽいけど、訳解んないよ……これ。
管理人のNPCも露骨にバグってるし……。
まぁ……色々考える暇を与えずに、刷り込みで目的意識を与えた上での肉体労働と癒やしのルーチンワーク。
古のブラック企業も真っ青な朝の6時から、夜の10時までの16時間労働……10時をすぎるとソッコー寝るとか超健康的。
働いて働いて、ご飯食べて、お風呂入って寝る……なんて、規則正しい生活。
オッサムって割と律儀みたいで、自分で勝手にそんな感じのスケジュール組んで、ガチで毎日、毎日同じことやってる。
なんか知らないけど、変な刷り込みされたらしく木に異常な敵意を持ってて、狂ったように伐採してるんだけど……。
なんなの? ……木こりの上級職、ウッドバスターって……。
そんなクラスあったの始めて知ったよ……。
それに、この施設……手抜きらしく、NPCも三人しかいない。
陸の孤島みたいなところだから、出入りの業者すら居ないんだけど、オッサムは一切疑問を持ってないらしい。
ちなみに、この世界の住人は、大きく三つに分類される。
一番多いのは、モブNPCとも呼ばれるNPC群。
まぁ、通行人Aとか衛兵B、道を行き交う子供Cだの……。
多くのモンスターもこれ。
要するに、背景のようなモブキャラやら雑魚モンスター。
この辺は、A.Iすらも搭載されず、「Iris」との双方向通信も普段はオフで、行動パターンは素晴らしくワンパターン。
街の衛兵さんなんかだと、メインストリートを真っすぐ歩いて、門まで行くとUターン。
それを終日、延々繰り返してる。
話しかけても、テンプレ応対を繰り返すだけ。
さすがに兵隊がみんな膝に矢を受けて……なんてことはないけど、会話にならないのが常。
「ここは○○の街だ……」とか「装備を買ったらちゃんと装備しないと駄目だぜ!」とか。
……この辺はとっても杜撰。
まぁ、ごちゃまんといるモブ一人一人にリソース注ぐほど、「Iris」もリソース有り余ってないって事なんだろう。
ただし、他のNPCや地形を回避する程度の自動制御アルゴリズムは実装されているので、微妙にそのコースは変化する。
もっとも、そのアルゴリズムは割といい加減で、たまにNPC同士が「デュウッ! デュウッ! デュウッ!」なんて感じで、ぶつかり合ってたり、壁に引っかかって動けなくなったりもする。
まぁ、単なる背景みたいなもんなんだけど、指揮者と呼ばれる上位NPCの統率で、統率された行動も取ったりするのでそこら辺は要注意。
モンスターなども戦闘アルゴリズムが意外と巧妙なので、侮れない。
まぁ、地形にハマってるのとか見ると、もうちょい丁寧に仕事しよーぜとくらい思うのだけど。
街の様子を遠巻きから見てると、そう言うのを普通にプレイヤーキャラの人が救出してたりするので、皆、そう言うものだって順応しちゃってるらしい。
もうひとつは、自律稼働NPC……いわゆる重要NPC……ネームドNPCなんかの多くがこれ。
主要な店の主人とか、衛兵隊長とか村長さんとか。
NPC冒険者とかも含まれる。
ネームドモンスターと呼ばれる強力なモンスターも同様。
これらは独自のA.Iを実装し、人間同様に振る舞い、自ら思考する高度なNPC。
Tire5……無人自動車や家庭用ナビコンピューターに搭載されるクラスの下位人工知性体ながら、学習を重ね自ら状況判断して動いたり、普通に自然言語コミュニケーションを取れたりもする。
戦闘などもこなせるので、経験値の高い個体だとかなり手強い。
なにより、これらのキャラは「Iris」との情報共有も行っているので、状況次第ではIrisの分体として動くこともある。
今までも、何度か交戦したけど……どいつもこいつも手強かった。
なお、お話し合いは無理の一言。
私が外部プレイヤーキャラだと判定すると、もう問答無用。
おまけに、基本的に殺せない……システム上はHPをゼロにすれば、そのVR体を破壊できるんだけど。
すぐに、復活してしまう……更に、うかつに殺すと「Iris」の防御システムが嗅ぎ付けてくるので、パワーアップした防御システムの一部として、復活してくるから、タチが悪い。
どうも、私はウイルスか何かと認識されてるっぽくって、NPC達との話し合いは上手くいった試しがない。
完全に世界の敵……辛い。
そして、もう一つはプレイヤーキャラクター。
要するに、救出すべき人々。
その多くは、冒険者として以前と変わりない生活をしているようなのだけど。
生産職だった人達や、商人系の人達は普通にNPCに混じって、街で生活してたりもする。
この人達は、今はダイブ5状態なのでそのVR体には、何者も干渉できないのだけど。
どうもIrisは、洗脳技術のようなものを使って、思考の方向性や記憶を制御しているようで、明らかにあちこちにほころびがあるにも関わらず、殆どの人がこの世界がゲームだって、気付いていない。
彼らは、「女神の加護」を受けていて、回数に限度があるものの殺したって生き返る上に、緊急脱出……なんて、スキルを持ってたりして、基本的になかなか死なないように出来ている。
ダイブ5の問題点……VR世界でVR体が維持できなくなるような障害が発生すると、人の魂とも言える電子意識体が消失する可能性がある。
ダイブ4までなら、VR体が死亡判定されて、消滅しても何の問題なかったけど、ダイブ5だとそれが致命的な問題になりかねない。
「Iris」もそれは一応理解してるみたいだったから、いくつもの安全装置を施してる……そう言うことらしい。
この辺は、やっぱり「Iris」なんだなって思った。
「Iris」は天照系列AIと違って、お兄ちゃんがゼロから育て上げて、独自進化したAIなのだけど、根本的に天照同様、人間と言う存在を心から愛してる……それは私も知ってる。
であるからこそ、とっても大事にしてくれてるってのはよく解る。
実際、ダイビングシェルの大増産が出来たのも、「Iris」自身からダイビングシェルの設計データの提供があったからで、多数のダイビングシェルのリアルタイムモニターや被害者達のバイタルチェックも「Iris」が行っている。
これは、人質……と言う意味もあるんだろうけど、天照系列AIでは、ここまで多数のコールドスリープの運用実績がなく、安全性には疑問があった。
その辺は「Iris」の協力で割と問題なく運用できているらしかった。
おかげで、現時点でまだ死者は一人も出ていない。
実を言うと、選択肢に「Iris」に人質を解放するよう説得するってのもあって……それが出来たら、誰にとってもそれが一番。
実際、「Iris」についても世界で唯一の天照系ではない超A.Iと言うこともあって、各国やA.I研究機関からものすごい注目を浴びている。
日本政府としても、出来る限り平和的な解決を……と言う事が望まれている。
けど、そこにたどり着くまでのハードルがいくつもある……道は遠い。
それに……プレイヤーには別格の連中が存在する。
元運営プレイヤー達……セブンスターズと呼ばれていたこのゲームのボスキャラ格の7人。
うち一人は私なんだけどね……私は、あの日……見ていることしか出来なくって……。
あの世界への招待も自分から断ってしまった。
だから、あの世界の私は、もう居ないことになってるみたいで、永久欠番状態。




