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第四話「自由への進撃、明日への扉」②

「まぁ、奴さんは、寝入ってるようですから、何を言っても詮無きことかと。私も居眠り中ですんで、独り言でも言いたきゃ、好きなだけ言っていけば、よいのではないですかな? ああ、これも寝言ですから、お気になさらずに」


「……そうだな、これは私の独り言だ。……まず、彼の罪状についてだが、そんなものは始めから何もなかった。……この国の法と照らし合わせるなら、本来ならば無罪潔白以外何物でもない。彼はこの国有数のA級クランのリーダーでもあり、戦士としても一流の男だ。魔物に襲われている者がいればまっさきに駆けつけ、貧困で途方に暮れる子供達を目にしたら、迷いなく自らの保護下に置く高潔なる精神。あの強大なゾディアックと相対してすら、一歩も引かず、先陣を切って立ち向かう勇気……それを勇者と以外、なんと呼べば良いのか? こんな地下牢に閉じ込めて、矯正施設送りなど論外……私もそう思っていたのだがな。力及ばず……我ながら、情けない限りだ」


「……その様子だと、余程大きい圧力か、帝国の上層部から介入があった……そう言う事ですかな? おお、こりゃ差し入れですか……上物のワインとは旦那も気が利きますなぁ……」


「今夜は冷えるそうだからな……。世間一般では賄賂とも言われるかもしれんな」


「牢番を酒で買収ですか……へへっ! そう言う事なら、大抵のことに目を瞑りますし、奴さんの待遇だって、良くしますよ。今、飲んじまってもいいですかね?」


「好きにしたまえ。ああ、これは独り言の続きだがね……。実を言うと、女神アイリス様より、神託があったのだよ。神儀官の託宣……ともなれば、我々は黙って従うほか無い。だが、私は自らの職務に誇りを持っている……それを全て否定されて、大人しく従う程、腐ってもいないつもりだ。まぁ、私も歳だからね……引退間際にこんな汚点を残すくらいなら、ちょっとした悪さのひとつもしてやりたいと思ってな」


「ひひひ……悪巧みですか。俺もしっかり巻き込まれる系ですかな? 俺もこんなケチな仕事、そろそろ潮時って思ってましたからな」


「そうだね……君のことだから、今夜、私がオッサム氏に差し入れした酒を横領した挙げ句、深酒でもして、居眠りでもするんじゃないかね? そうなったら、大変だ……きっと差し入れした私にも責任があると言うことになってしまうな」


「ええっ! こいつはあっしに差し入れしていただいたんでは? もう半分くらい飲んじまったじゃないですか」


「飲んでしまったのでは仕方ないな。それと君が牢にかけた錠前……あれは確か壊れていて、廃棄処分の予定ではなかったかな?」


「何のことやら、でも、昨日もいつでも逃げられるような状態で、大人しくしてたんだから、別にザル警備でも構わんでしょう。実際、奴さんが本気出せば、あんなボロ牢……こじ開けるのだって、容易じゃないですかね」


「そうだね。ザル警備なのは一向に構わない……どうせ、この収監施設は予算不足だからね。それと上の衛兵も月が頂点に昇る頃に、全員交替で一度まとめて居なくなる。その時間帯だけ注意していれば、君は職務を果たした事になる。くれぐれも深酒は禁物だ……イイね?」

 

「はいはい……月が頂点に昇る頃ですな。つぅか、こっからじゃ月なんて見えねぇっての」


 俺のいる牢屋からだと、地下牢っても半地下だから、明り取りの鉄格子付きの窓から空くらいは見える。

 ……まったくもって、実に解りやすい話だった。


「まったく、いかんね……年をとると、独り言が増えて……彼によろしく言っといてくれ。ああそうだ……今夜は空気が乾燥しているからな……もしかしたら、ボヤ騒ぎのひとつでも起きるかもしれない。万が一の時逃げ遅れたりしないように、避難経路くらい教えてやっておいてくれ」


「カローンの旦那もお人好しが過ぎますなぁ……嫌いじゃありませんけどね。じゃあ、この来客用の避難案内の紙切れでも差し入れときましょうか」


「うん、囚人と言えど万が一があると困るだろうからね。その程度の配慮はあって然るべきだろう? では、せいぜい職務に励み給えよ」


 再びカツーンカツーンと足音が遠ざかっていくと、角の向こうでデニムさんが立ち上がる気配がして、こっちに向かって歩いてくる。

 

 牢の前で立ち止まると薄っぺらい紙を丸めたのを投げ込んでいく。

 わざわざ俺に当ててくところが小憎たらしい。

 

 そして、錠前をカシャカシャと触ると、そのままにして再び角の向こうへと去っていってしまった。

 

 まぁ、俺は当然寝たフリだ。

 

 紙切れを広げると、この建物の一階の見取り図が書いてあった。

 どうやら地下牢を出ると、この離れの建物の外周部をぐるりと囲んだ廊下の角っこに出るらしい。

 

 そこで、南へ進むと大広間……こっち行ったら多分アウト。

 西へ進むと突き当りの角に非常口があるらしい……つか、あるのかよ。

 

 たぶん、これ……外からは開かないし、壁同然に見えるけど、中からだと簡単に開くとかそんなんだ。

 非常口と言うより、緊急時の退路とかそんな目的っぽいよな。

 

 錠前を見ると、それなりにゴツいのだけど引っ張ると簡単に掛け金が外れてしまう。

 鍵の役目を果たしてない……ガッバガバの見せかけだけだ。

 

 ……なんとも、ベタな猿芝居だったけど、要するにここから、さっさと逃げろ……とそう言うことか。


 この国も正義ってもんがあるらしい。

 

 けど、デニムさんも牢番が居眠りした挙げ句、囚人に脱走なんてされたら、タダじゃすまないだろうし……。

 カローンさんだって、関連を疑われたら、おしまいだろう。

 

 まったく……誰が勇者だっての……買いかぶりすぎだって!

 思わず、ボリボリと頭を掻いて、ため息をつく……。

 

 鉄格子のはまった窓を見ると、月が見え始めていた。

 あの位置だと、後一時間程度で、月が頂点に達する。

 

 その時が脱走のチャンス……デニムさんは、狸寝入りで何も見なかった事にするつもりみたいだし、カローンさんもあの様子だと色々御膳立を整えてくれているのだろう。

 

 ボヤ騒ぎとか言ってたし、ちょっとした騒ぎが起きて、警備の目がそっちに集まってる隙にとか……きっと何かあるのだろう。

 

 ここは、善意に乗っかるべきか……大人しくしてるべきか。

 これが死刑とかだったら、迷わず逃げるんだけど……。

 

 矯正施設送り……うーむ。

 半年とか一年くらい我慢すれば、無罪放免って聞いてるから、それ位なら、いっそ我慢するのが無難かもしれない。

 

 なんだか良く解らんが、公式に罪人扱いされてる以上、きっちり罪を償う……それがスジってもんだ。

 冤罪なら、冤罪で誰も悪くなかったって事でいいじゃないか。

 

 ただ……うちの奴ら……。

 そんなまともな裁判や取り調べもせずに問答無用で、矯正施設送りなんて知ったら、絶対に護送中とかに奪還しに来る。

 

 矯正施設の場所を探って、襲撃……なんてこともあり得る。

 

 俺が望む望まないにも関わらず……。

 良くも悪くもあいつらは、そういう義理堅い所がある……それこそ、わが身を顧みずにその程度のことはやりかねん。

 

 そうなると、困るな……大いに困る。

 それはそれで、俺達はクラン丸ごと、お尋ね者になってしまう。

 

 実際、表に出ないで地下で活動してる冒険者団体……通称地下クランなんてのもいるんだけど。

 ぶっちゃけ盗賊団と大差ない扱い……冒険者だから、簡単に殺せない分かえって面倒くさい奴ら。


 俺達も何度か討伐任務で、やり合った事もあるんだけど……毎回、結局逃げられて終わり。

 なんせ、捕縛しても自決されて、どっかでリスポーン……簡単に逃げられる。

 

 実際、今の俺だって……逃げようと思えば、自決するだけで済むからな。

 ……別にしたくないから、やらないけど。

 

 とにかく、逃げちまったら最後、そんな奴らと同列になるのは避けられない……。

 皆、喜んで付きってくれそうだけど……それはちょっと嫌だな……。


 つか、あいつらの事だから……もうこの治安局の建物周辺に忍び込んで、奪還の下調べくらいやってそうな気がする。

 

 デニムさんやカローンさんの好意で、むしろ逃げろって感じじゃあるんだけど。

 逃げたら逃げたで、色々罪もない人達の責任問題とかに発展しそうだし……。

 

 何より相手が悪いよなぁ……。

 神託……なんて話だと、俺は女神様……アイリス様に目を付けられたって事だ。

 

 そんなのが相手じゃ、いくら俺が女帝陛下の覚えよろしくても、どうしょうもないだろう。

 

 幸い問答無用で殺せ……とかじゃなく、温情で矯正施設送りで済ませてくれるんだから、ここは大人しく従うべきだ。

 逃げたって、どうせ逃げ切れるような相手じゃない。

 

 俺の取るべき道はひとつ……一度、脱走してクランの仲間達を説得して、牢屋に出戻る!! これだな……。

 

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