第四話「自由への進撃、明日への扉」①
「……判決を申し渡す。被告人「トリデ・オッサム」は、反逆罪で追放刑と処す……北方の第6矯正施設送りとなることがすでに決定している。期間は半年間を予定している。何か異議があるようなら、この場で弁論の機会を与える。しかしながら、罪状、刑はすでに確定しており、覆ることはありえない。以上だ……何か言いたいことはあるか?」
司法官の淡々とした判決文が読み上げられる。
……反逆者の嫌疑って事で、一週間くらいかけて取り調べをするって話だったんだけど……。
実際は、独房で一泊して、その翌日に証拠も証言も何もなく、割と問答無用で有罪判決……北方矯正施設って……確か、人里離れた森でひたすら木を切る……要するに島流しって奴だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 証拠はあるのかよ! そもそも、なんで俺が反逆者扱いされてるのか、その理由も説明なしかよ! いきなり、判決だけ言って終わりとか、こんなムチャクチャな裁判ありかよ! 普通、弁護人とか付くし、参考人呼んだり色々あるだろう! お前ら、まともに仕事する気あるのかよっ! つぅか、俺は「帝国自由騎士」……准貴族なんだぞ! 貴族の裁判には、女帝陛下の同席の上でって決まりもあるだろ! その辺、どうなってんだよ!」
まぁ、何を言っても無駄と言われているのだから、本当に何を言ってもどうしょうもないのだろうけど。
さすがに、言わずにはおられなかった……。
嫌疑を晴らすどころか、問答無用で犯罪者扱いで、島流し確定……ありえねぇ!
身に覚えもないし、単に疑われてるだけなら、そんな意志は無いと言い張って終わり。
証拠やら何やら、あるなら出してみろ!
そう思っていたからこそ、大人しく連行されてきたのに……。
こんな理不尽な判決が出ると解っていたら、クランの仲間達と全力で抵抗して、この国を脱出していた。
まぁ、三倍近い数のA級クランの猛者達を相手取って、上手く行っていたとはとても思えないけれど……。
けど……なんと言うか。
この国に……全てに……裏切られた思いだった……。
「ふざけんなっ! こんなもん、納得なんか出来るか! つか、何とか言いやがれよ! 聞いてんのかよ! 司法官の癖に法を蔑ろとか、てめぇらにそこにいる資格なんてねぇよ! クソがっ!」
怒りに駆られて、目の前のテーブルに思い切り拳を叩きつける。
本気で叩いたからか、テーブルがまっぷたつに割れる……その様子を見て、警護官が慌てて取り押さえようとするのだけど、俺がひと睨みすると、金縛りにあったようにその動きを止める。
俺くらいになると、素手でもこの警護官程度なら殴り殺せるだろう。
冒険者ともなると、素手だろうがその程度の戦闘力はある……それに気付いただけでも、こいつらはド素人って訳じゃないって事か。
「……すまない」
治安維持局の司法官の一人……初老の爺さんがうつむいたまま、絞り出すように、その言葉を口にすると、大股で退出していく。
他の司法官達も、気まずそうに、チラ見しては無言で席を立つとぞろぞろと退出を始める。
ああ、なんとなく解ってしまった。
きっと、この人達は誰も悪くないんだろう……。
論議などするまでもなく、すでに俺の罪状は確定していたんだ。
この裁判は要するに、判決を読み上げるだけの形式上のもの……本来、これすらも省くはずだったのかもしれない。
彼らもまた自らの職務を否定されたようなもので……怒りを隠しきれないでいる。
誰よりも、理不尽な判決だと思っているのは、間違いなくこの人達だ……。
法を司る者故に、これが裁判ですらない、ただの茶番だって事は、俺なんかに言われるまでもないのだろう。
そう思ったら、振り上げた拳をゆっくりと下げるしかなかった。
それから、俺は促されるままに、独房へ……。
昨日までは、独房と言っても、見張りがいるだけで、牢の入り口も開けっ放しで鍵もかけられてなかったのだけど、今日はでっかい錠前がガッツリとかけられている。
手枷、足枷までは付けられてないのが救いか……。
本気で俺を拘束したいなら、鎖でぐるぐる巻きの簀巻きにするくらいでないと無理だろうしな。
……けど、本格的に犯罪者扱いって事に変りはなかった。
「……どうして、こんな事に……」
鉄格子を抱えて、外を見る……改めて見る地下牢の廊下は殺風景でカビ臭い。
昨日はランプも置かれていたのだけど、今日はそれすらもない。
角の向こうで、牢番のデニムさんが軽く咳払いをする。
昨日は、牢の脇に椅子を置いて、お茶を出してくれたり、色々世間話に付き合ってくれたのに、今日は顔も見せるつもりも無いようだった。
……何という世知辛い扱い。
この分だと、飯も期待出来そうもないな。
戦地でお馴染みの、カチカチのパンと水とかそんなんかもしれない。
昨日の晩飯は、洒落でカツ丼って言ったら、ホントに出してくれるような茶目っ気があったんだが。
食い物のアイテムカードくらい隠し持って来ればよかったな。
ダンジョンの奥深くで食う飯の方がよほど、美味いとは何たる事だ。
「はぁ……理不尽、理不尽……我らがロッサリア帝国には正義も義理、人情も何もなかった……もう腹も立たねぇよ。クソッタレが!」
思わず独り言を言いつつ、壁を蹴っ飛ばす。
パラパラとホコリやら、天井の目地材が降ってくる……つか、安普請だな。
この牢屋の壁も俺が本気出せば、崩れるんじゃねぇの?
でも、そうなったら、生き埋め確定だ。
大人しくせざるを得ない。
「やってらんねーぞ! コンチクショーっ!」
大人しく……なんてしてられるかっての……クソがッ!
曲がり角の向こうから、咳払い。
黙ってろって意味か。
「はいはい……黙って、大人しくしてますよ。デニムさん……ったく、お互い暇っすねー」
言いながら、どっかりと座り込む。
今度は、二回咳払い……そうだね、大人しくしててねーとでも翻訳してやるか。
もうっ! 大人しく毛布にでも包まってふて寝してやるぞ!
ふて寝だっ! ふて寝! つか、目が覚めたら、クランハウスのベッドの上……みたいな夢オチ希望っ!
……一瞬のまどろみ。
カツーンカツーンと言う靴音が響き、目を覚ます。
夢オチはなかった……ちくせう。
「デニムくん、どうかね? 彼の様子は……」
靴音が止まると、渋めの聞き覚えのある声。
「これはこれは、カローン一等司法官殿ではありませんか。こんな地下牢に何用ですかな? 老婆心ながら言われていただきたいのですが……。あなたにも良心と言うものがお有りなら、彼に一言、詫びのひとつもあって良いと思うんですがね。私も事の顛末を聞きましたが……理不尽も良い所じゃないですか……アンタ達は正気なんですかな? こんな事が許されるようなら、この帝国はおしまいですよ。ああ、これは私の独り言ですから、お気になさらずに」
「そう責めないでくれ……。私だって、あれは苦渋の決断だったのだよ」
……この声、法廷で一言謝っていった人の声だな。
なんか、訳ありっぽかったけど……裏事情くらい教えてくれるつもりなのだろうか。
まぁ、ここは黙って、耳ダンボで寝たフリだな。
相手が気を使ってくれてるのだから、俺もそれに応える義務がある。
なんとも見え見えの猿芝居だけど……付き合うとしますか。