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第三話「拝啓、一夜明けたら、俺……反逆者でした」⑤

 クランハウスに面した表通りには、黒塗りの馬車が用意されていた。

 俺の両脇と背後をアルドノア達がガッツリと囲んで、鉄壁の構え……立ち止まることも許されそうにない。

 

 クランハウスの周囲には、物凄い数の野次馬が群がっていて、野次馬の隙間から、リザ先生やトウシロウの奴も顔を見せている。

 

 他のメンバーも野次馬をかき分けて、前に出て来ようとしている。

 

 けれど、その背後には見覚えのある名の知れた腕利きの冒険者の姿も見える……いずれも剣に手をかけて、いつでも抜ける体勢……中には気付いて、一触即発の様子の奴らもいる。

 

 トウシロウの馬鹿が腰の剣に手をかけようとしたのをリザ先生が止めてくれる。

 ちらりと目配せ……リザ先生も解ってるみたいで、唇を噛みしめながらも頷いてくれるのを見て、俺も頷き返すと、無言で馬車に乗り込む。

 

 馬車の扉が閉められて、向かいには治安官、隣にアルドノアが座り込む。

 もうひとりは御者席。後の二人はそれぞれ馬に乗って、周辺警戒に当たっているようだった。

 

 まぁ、ちょっとしたVIPの護衛同然の布陣だった。

 さすが、アルドノア……口では、争いたくないと言いながら、ここで警戒を疎かにするほど、甘い奴じゃない。

 

 護送中に俺のクランの奴らが暴発して、奪回に来る可能性もあるのだから、当然だろう。

 俺としては、皆大人しくしてて欲しいのだけど……。

 

 それにしても、執政府に捕縛されるとか、始めての経験なんだが……。

 どうなるんだろうな……これから。


「なぁ、アルドノア……手枷や腰縄くらいしないのか? 俺、全くのフリーダムなんだが」


 護送車は、天井近くに明り取りの小さな窓があるだけで、周囲に全面的に鉄板が張られている。

 おかげで、薄暗い上に外の景色を見ることも出来ない……暇なので、ダメ元でアルドノアに話しかけてみる……。


「俺が治安官殿に頼んで、拘束はしないように言ってある。まがりなりにも准貴族でもある貴様だ……相応の待遇を受けて然るべきだろう。だが、くれぐれも俺の顔を潰すような真似をしてくれるなよ」


 意外なことに返事が返ってきた。

 この手の罪人の護送中に、罪人相手に会話とか許されないはずなんだけどな。


「まぁ、没収されたらたまらねぇから、装備もアイテムカードのたぐいも全部置いてきちまってるからな。文字通り丸腰じゃ、どうしょうもねぇよ。言われんでも、大人しくしてるから安心しな……それとお気遣いありがとな」


「……賢明な判断だな。なぁ、この場で俺が言うのもなんだが……お前が反逆者なんて、全く信じられない。何か思い当たるフシはないのか? お前らはこの帝国のクランでもルールにうるさいので有名……どいつもこいつもクソ真面目。リーダーのお前に至っては清廉潔白が服着て歩いてるような奴で、女帝陛下のお気に入りだ。……治安官殿は今回の件、どう思います。私は冤罪の気がしてなりません……これで、やっぱり間違いでしたなんてなったら、大事ですよ? その場合、責任を取る覚悟はおありですか?」


「……わ、私は上の命令に忠実なだけです! 上がオッサム氏を連行してこいと言われたから、そうしたまでです。その場合の責任は、上が取る……当たり前じゃないですか。100人体制の動員だって、アルドノア殿の助言に従っただけですからね……私は何も悪くないですっ!」


 ……断言してもいいけど、もしそんな事になったら、絶対、こいつの独断専行って話になるんだろうな。

 もちろん、責任の所在って話なら、こいつの言う事はもっともなんだが、そんな素晴らしき管理職なんて、滅多に居ない。


 むしろ、現場に二等治安官なんて、下っ端を責任者として送り込んでる時点で、イザとなったら切り捨てる気満々なのが、透けて見える


「俺は、オッサムを捕縛するとなれば、帝都のA級クラン総動員でもしない限り、無理だと事実を言ったまでです。単なる疑いと言う話なら、何もこんな騒ぎにせずに、あなた一人で乗り込めば済む話だと思いますが……。いずれにせよ、この騒ぎの責任を持つ覚悟はしておくべきかと」


「ははっ……アルドノア殿も、脅かさないでくださいよ。私、所詮下っ端ですから。そんな責任なんてありませんからな。そもそも、悪い評判を聞かないからと言って、裏では悪どい真似をしているなんて、珍しくも……あっ!いえ、オッサム殿はきっと無実潔白だと、私も信じていますから! だから、まだ疑いってだけなんですって! 実際、罪人扱いもしてないですし、拘束もしてませんよね? 本来なら、こんな風に護送中に口を開くことも許されないんですが、そう特例って奴ですよ! いやぁ、私ってば寛大ですよね……。オッサム氏も、クランのお仲間の方々には、私の権限で、罪が及ばないように致しますし、私自身も、氏の無罪を証明すべく尽力しますから、絶対に暴れたりしないでくださいね」


 アルドノアに睨まれて、ヘコヘコと頭を下げる治安官殿。

 全力で長いものに巻かれ、責任からも全力で逃げ出す……こう言う生き方もありなんだろうな。

 ある意味、羨ましいぜ。

 

 つか、やけに大げさだと思ったけど、アルドノアの発案だったのか。

 たぶん、こいつの事だから、難癖つけて遠回しに断ろうとしたのだろう。

 

 ……さすがに、こんな二等治安官風情にそこまで権限ないと踏んだんだろうが……。

 たぶん、こいつの上司が無茶を承知で押し通させたんだろうな。

 

 何かあったら、こいつをトカゲの尻尾切りよろしく全ての責任をかぶせて、幕引き……。

 準備がよろしいことで……。

 

 でも、治安局がそこまでする……となると。

 なんとも、ややこしい裏事情がありそうだ……。

 

 思わず苦笑していると、アルドノアが憮然とした表情で両手を広げて、お手上げのジェスチャーをする。

 

 やがて、護送車が執政府の裏門前に辿り着くと、静かに止まる。

 

 馬車の扉が開けられて、治安官を先頭に、俺も馬車から降りる。

 裏門をくぐった所で、後ろを歩いていたアルドノアが立ち止まる。

 

「オッサム……悪いな。見送りもここまでなんだ……。すまんな、色々と手を回したつもりだったが……むしろ、裏目に出てしまった」


「気にするな。お互い立場が立場だ……まぁ、なんとかなんだろ。なぁ、治安官殿……この後、俺はどうなるんだ?」


「そうですねぇ……。まずは通常ならば、一週間ほど独房暮らし……その間に事情聴取や取り調べが行われますね。ただ独房暮らしと言っても、拘束まではしません。建物からは出れませんが、廊下や大広間と言った共有スペース内であれば、自由に出歩くことも出来ますし、見張り付きなら、裏庭の散歩程度なら許されます。ちゃんと一日三回、食事も出ますし、拷問とかありえません。呼びつけると言う形を取って頂けるのであれば、身内、友人知人との面会なども考慮いたしますし、差し入れなども受け入れますよ」


「一週間なんて、ずいぶん、ゆっくりやるんだな……。盗賊団の奴らなんかだと、逮捕後、裁判省略、即決死刑とか……そんな調子だったようだが……」


「そりゃあ、オッサム氏は仮にも准貴族様で、帝都でも名が知れた名士でもありますから。あのような虫けら同然の者達とは扱いが違いますよ。……そこは慎重に対応するのが当然でしょう。その後は、法廷にて、反逆疑いの根拠となった証拠物件の提示、証人の証言などが陳述されます。オッサム氏はその場で、自らの嫌疑を晴らす機会が与えられるはずです。希望すれば、弁護人や証人が呼ばれる場合もありますし、それらを鑑みて、最終的に潔白だと司法官が認めるようなら、めでたく無罪放免となります。意外と証拠不十分とか、でっち上げやら、単なる勘違いってケースも多くあるので、脱走や治安維持局の局員への暴力沙汰など、問題を起こさない限り、きっと大丈夫ですよ」

 

「もし、証人が必要なら、いつでも俺も呼んでくれ。俺はお前が無実だって信じている」


「アルドノアも治安官殿も、俺を信じてくれてありがとう……。なぁ、アルドノア、無事に釈放されたら、一緒に飲みに行こうぜ! もちろん、お前の奢りでな」


「ああ、今回の件での迷惑料代わりに喜んで奢るさ! とにかく、頑張れよ!」


 アルドノアに見送られ、治安官と共に俺は宮殿の裏口から、治安局へと向かった。

 まぁ、所詮は疑いで、俺も潔白なんだから、なんとでもなる……この時、俺はそんなふうに気楽に考えていたのだけど。

 

 ……実際は、そうはならなかった。

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