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84.嫉妬と拍子抜けと本音

今回かなりエインが支離滅裂な感じになります。ご注意を。

「美味しいわ、美味しいわ! 紅茶って種類によって違うのね。

 どれがいいかというのは分からないのだけれど……。でも、楽しいわ」

「ええ、ええ。楽しいのが一番ね。どれが好きかというのは、これから知っていけばいいもの」


 目が覚めて(?)そんな声が聞こえてきた。

 最初の声がシエルで次がフィイヤナミア様。

 なんだかとても楽しそうに話している。


 頭を金槌で殴られたような心地がした。

 グワングワンと、頭が揺れているような気がした。


 わたしが居ない間に、とても仲良くなっている。

 だってシエルが普通に話しているから。

 今までシエルはわたし以外と普通に話すことはなかった。だからきっと、シエルはフィイヤナミア様を信頼している。

 わたし以外の人と話せるようになったことは、嬉しいはずなのに、喜ぶべきことなのに、祝いの言葉どころか目が覚めたことも伝えられない。


 シエルが2度言葉を繰り返すのは、とても楽しんでいる証拠。

 たった3日のうちに、フィイヤナミア様はシエルの心をつかんだのか。


 体の内側にモヤモヤしたものが生まれてくる。

 体がなくてよかった。あったらたぶん、震えていただろう。


 フィイヤナミア様の前でシエルが嬉しそうな顔をするたびに、楽しそうな顔をするたびに、心がかき乱されていく。

 このまま出ていかずに、静かに消えてしまってもいいのではないだろうか。

 ()()()()()()()()を使ってしまった方が良いのではないだろうか。


 こんな醜いわたしは、シエルにはふさわしくないのではないだろうか。


 駄目だと思っていても、心が晴れてくれない。

 この感情はきっと、嫉妬というやつだ。

 わたしはフィイヤナミア様に嫉妬している。フィイヤナミア様と楽しそうにしているシエルを疎んでいる。


 醜い、醜い、醜い。


 思考が、考えが、悪い方へと転がっていく。


 きっといま口を開いてしまうと、感情のままに言葉を紡いでしまうだろう。

 何を言うかわからない。自分が信じられない。


 気が付けば2人のお茶会は終わっていて、全く話を聞くことなく、沈んでいた自分に愕然とした。





 シエルに与えられた部屋に戻って、ベッドで横になっているシエルが「エインはまだかしら?」とつぶやいたことで、わたしはようやく自分の存在を伝えることができた。


『えっと、おはようございます。シエル』

「エイン、エインなのね。おはようエイン」


 楽しそうな声色で何度もわたしの名前を呼んでくれるのは嬉しいのだけれど、やっぱりさっきのことが気になって素直に喜べない自分がいる。


『あの、シエルは大丈夫でしたか?』

「ええ、ええ。少し落ち込んだけれど、大丈夫だったわ。

 フィイがね、いろいろ教えてくれたのよ」

『そうですか……楽しそうでしたからね』


 もう愛称で呼んでいるのか、ということはもしかして、シエルと呼ばせているのだろうか。


 なんだか、それは……うん。


 駄目だ。駄目だ。皮肉が、隠し事が口からあふれてしまう。


「あら、エイン。知っていたのね? 見ていたのかしら?」

『ええ、見てました。シエルとても楽しそうでしたね』

「そうなのよ、そうなの。だってフィイはね」

『そうでしょう、楽しいでしょう!

 わたしみたいなもともと男のよくわからない存在より、別の世界から連れてこられたわたしより、この世界で生まれた女性であるフィイヤナミア様と話していた方が楽しいですよねっ』


 言ってしまった。怒鳴ってしまった。

 こんなことを言ったら嫌われてしまう。

 そうならないように、ずっと黙ってきたのだから。


 きっとシエルはわたしに嫌悪する。だってわたしはリスペルギア公爵と同じ男性だから。

 きっとシエルはわたしを不気味に思う。だってわたしはこの世界の人ではないから。


 でもいつかは言わないといけなかったことだ。

 安全なところに着いたら言うはずだった話だ。

 おそらく、フィイヤナミア様がいるこの屋敷が世界で最も安全な場所だろうから、タイミングはともかく場所はよかったかもしれない。


 そう思うと諦めもつく。子供がいつか親離れをするように、シエルもいつかは一人立ちしないといけないのだ。

 きっとそのタイミングが今だっただけの話。わたしがスイッチを押したようなものだけれど。


 それならいっそ、シエルに嫌われて良かった。嫌われたなら、シエルは悲しまないだろうから。


「ふふふ、そうなのね。そうなのね。フィイの話は本当だったのかしら?」

『あの、シエル?』


 きょとんとしていたシエルが急に笑い出したので、思わず尋ね返してしまった。


「フィイが言っていたの。フィイと仲良くしていると、エインが怒るかもしれないって。

 エインはそんなことはしないわ、と返したのだけれど、エインは私が大事だから嫉妬するのよって。

 嫉妬はあまり良い感情ではないからエインには悪いのだけれど、嫉妬してくれたのはとてもうれしいの。だってエインが私を大切だって思ってくれている証だものね。

 でも、こんなことで喜んでしまうなんて、私は悪い子かもしれないわ」

『わたし……もともと、男なんですよ?』

「ずっとそんな気はしていたわ。

 だけれど、それがどうしたのかしら?」

『どうしたのって……』


 ずっと悩んでいたことが、すんなり受け入れられてしまった。

 と言うか、ずっと前からバレていたのか。


「エインは少し勘違いをしていたようだけれど、私は別に男の人が苦手ってわけではないのよ?」

『……違うんですか?』

「男の人も苦手だけれど、基本的に人は皆苦手なのよ?

 人を分けるとしたら、まずエインとそれ以外で分けるわ。エインが一番大切なのよ?」


 突然の爆弾発言にわたしの思考がストップする。消える気満々だったのに、そんな気はなくなってしまった。

 むしろまっすぐに好意を向けられているようで、それはそれで落ち着かなくなる。


「それに昔のエインは違っても、今のエインは女の人よね? だって歌姫だもの」

『ええっと、はい。そうみたいです』

「だとしたら問題ないわよね?」

『そう……ですか?』

「問題ないのよ?」

『はい』


 何か妙な迫力があって、頷くしかできなかった。


『でもわたしはこの世界の人ではなかったんですよ?』

「それって何か困るのかしら? と言うより、そちらも何となくそんな気がしていたもの」

『……そちらもですか?』

「いくつか理由はあるけれど、"シエルメール"のもとになった言葉、ふらんす語だったかしら?

 そんな国、今まで聞いたことないもの」


 何たる迂闊。そんなに昔からやらかしていたのであれば、さらにたくさんやらかしていそうだ。


「だからね、エイン。安心してね。私はエインが居ないと駄目なのよ。

 エインが居ないと、不安で不安でしょうがないのよ。

 これからも、ずっとそうだって断言するわ。


 だからね、エイン。いつまでも一緒に居てね。

 エインがいなくなったら私、死ぬまでエインを探すのよ?」

『……はい。わかりました』


 シエルはわたしの言葉に納得したのか、安心したのか、ベルを鳴らした後でベッドに横になって寝てしまった。

 なんだか梯子を外されてしまった心地なのだけれど、わたしもなんだか気が抜けてしまった。





 シエルが寝てしまいどうしようかなと思っていたら、すぐにノックの音が聞こえてきた。

 フィイヤナミア様だとは思うんだけれど、今のなんとも言えない気分の中で相手にするのは少し気が重い。

 だからと言って、相手をしないわけにはいかない。

 なぜならここがフィイヤナミア様の家だから。


「良いかしら?」

「はい。大丈夫です」


 わたしがベッドから降りて開けに行くよりも早く扉が開き、フィイヤナミア様が姿を見せた。

 以前見た時のまま、この世界に来てから美人ばかりに会っているなと思うけれど、考えてみれば今はわたしも美人枠か。シエルと瓜二つなのだから。


「良いのよ座っていて」

「えっと、何の御用でしょうか」

「シエルちゃんに頼まれてきたのよ」


 ズキリと心が痛む。

 それを隠して問いかける。


「頼みですか?」

「ええ、ええ。だからこの紅茶を飲んでもらえるかしら?」

「紅茶ですか?」

「ええ、頼めるかしら?」

「……分かりました」


 異様に怪しい。むしろ、怪しくない部分はないけれど、頼まれれば飲まずにはいられない。

 渡されたカップに入った、綺麗な色の紅茶を一気に飲み干す。

 しばらく変化がないかと待ってみたけれど、特に何も起こらないので、この紅茶が何か尋ねてみることにした。


「シエルを盗らないで、お願いだから、わたしからシエルを盗らないで……」


 ……!?

 こんなこと、言おうと思ってない。紅茶が何だったのか尋ねようとしただけ。


 驚くわたしの頬をフィイヤナミア様がハンカチで拭う。


 泣いてる? わたしは泣いているの?


「そうね、そうね。驚くわよね。今飲ませたのは、自白剤のようなものかしら。

 貴女の隠していた本音を引き出すのよ」

「なんで、なんで。わたしは強くないのに、強くないといけないのに。

 きついのに、休みたいのに、でも、でも、言っちゃダメなのに」


 だって言葉にしてしまえば、シエルが気にしてしまう。

 わたしがシエルを守らないといけないのに、それでは意味がない。


 でも、本当は辛かった、大変だった、止めたいと思うこともあった。

 何度も、何度も、何度も、命を狙われた。殺気なんて初めて感じた。それだけで死ぬかと思った。

 怖かった、怖かった。


 それから自分が変わっていくのがわかるのも怖かった。

 生き物を殺すことに抵抗がなくなった。人が死ぬのを冷静に見れるようになってしまった。

 自分が変わっていくのがわかった。


「いいえ、いいえ。良いのよ言って。貴女は大変だったもの。いつ壊れても可笑しくないくらいに、貴女は追い詰められていたもの。

 そうしなければ、シエルちゃんを守り切れなかったのよね? 自分の事よりも、シエルちゃんのことをずっと考えているのよね」

「いいの、いいの。怖くても、辛くても。シエルが居てくれたから。だからシエルを盗らないで」

「ええ、大丈夫よ。誰も貴女からシエルちゃんを取り上げないわ。そんなこと無理だもの。

 でもタイミングが悪かったわね。取り上げたように見えてしまったでしょう」

「シエルとね、離れたくないの。でもいつか離れなきゃ。いつまでも一緒なのはきっとよくないもの。

 シエルのために消えないといけないの」


 きっとそんな日が来るから。わがままは言えないの、言えばシエルを困らせるから。


「いいえ、いいえ。貴女は消えなくていいのよ。誰も望まないわ」

「でもでも、シエルがわたしに依存しちゃいけないの。そうでしょう?」

「良いんじゃないかしら? 貴女達は離れようと思っても離れられるものではないのだから。

 それにそれでお互い幸せなら問題ないと思わないかしら?」

「いいの?」


 良いのだろうか。親離れ、子離れができないとお互い幸せになれないと思うのだけれど。

 わたし達は違うの?

 それとも周りがそう思っているだけで、本人たちは幸せなの?


「でもシエルはわたしなんていなくても……」

(わたくし)がシエルちゃんと仲良くなれたのはね、貴女の話をしていたからなのよ」

「……?」

「それだけ、シエルちゃんの中で貴女の存在は大きいのよ。

 貴女が1日いないだけで心を閉ざしてしまいそうだったもの。だから何とか仲良くならないと、シエルちゃんの方が壊れてしまいそうだったのよ」

「……そう、なんですか」

「あらあら、言いたいことは言い終わったかしら?」

「恥ずかしい姿をお見せしました」

「いいのよ。創造神様に訊いたわよね。(わたくし)達は家族のようなものだもの。

 いつでも頼って頂戴な」

「ありがとうございます」


 フィイヤナミア様は「ゆっくりお休みなさい」とほほ笑むと、部屋から出ていった。

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