79.フィイヤナミアと内緒話
フィイヤナミア様に話しかけられた森精霊は、すーっと浮き上がりフィイヤナミア様の元へと向かう。
それから、口を動かして会話をしているみたいだ。
精霊と話せるのは少し羨ましい。
しばらく2人が話すのを眺めていたのだけれど、なんだかお上品空間が出来上がっている。
フィイヤナミア様はもちろん、森精霊も美人さんだからか。
『森精霊に聞いたら分かるのかしら?』
『どうなんでしょう。精霊については詳しくは分かりませんからね。
でも、精霊の中でも力が強そうなので、特別な能力とか持っていても不思議じゃないです』
『そうかしら? そうなのかもね』
シエルが納得したような、していないような感じで応えるけれど、残念ながらわたしも想像の域を出ない。
シエルと首をかしげていたら、フィイヤナミア様が森精霊との話を終えたらしい。
「はいはい。2人を閉じ込めていたのは、リスペルギア家で間違いないみたいよ」
「えっと、分かるものなんですか?」
「ええ、ええ。この子は精霊の中でも上位の子。使える力も大きいわ。
この子の場合は、森の中で起こったことを全て察知できるのよ。全てを覚えているわけでもないし、すぐに思い出せるわけでもないけれど、思い出すきっかけがあればなんとかなるわ」
「精霊ってやっぱりすごいんですね」
「精霊の力を借りられるなら、それだけで一流のハンターになれるほどだもの。
でも精霊よりも、私のほうが強いのよ?」
くすくすとフィイヤナミア様が笑う。
からかわれているのか、それとも本当に精霊よりも強いのか。
そもそも精霊の強さをどう測るのかがわからない。
一般人だと見えないし触れない。わたしも見えるだけで触れない。
こんな状況では間違いなく腕相撲は出来ない。腕力勝負を行えない。
だとしたら、魔術……魔法? だろうか。見えない、触れない相手から一方的に攻撃されるのは厳しそうだ。
そう言う事ではなくて魔術の威力や技量的に、人では太刀打ちできないってことだとは思うけれど。
「一流ハンターってどれくらいですか?」
「そうね、そうね。その話をする前に、なぜリスペルギア家だと分かったのかの続きを話しましょうか」
「森精霊の力によるものなんですよね?」
「いいえ、いいえ。この子はずっと貴女達のことを気にしていたみたいなのよ」
「ずっと、ですか?」
「貴女達が屋敷に捕らわれているときから、と言えばいいかしら。
外から屋敷の中を窺う事しかできなかったと言っていたけれどね。基本的に精霊は人のやることには不干渉だから、何もできなかったそうよ。
その時から貴女達が精霊が見えたのなら、力を貸してくれたのかもしれないけれどね」
「そんなに前からだったんですか」
シエルの髪飾りを作った時からだと思っていたのだけれど、違うのか。
でもどうしてだろう。そもそも、どうして精霊が見えるようになったのかもわからないし、どうして精霊の休憩所の持ち主になれたのかもわからない。
分からないけれど、そんなに前から見守ってくれていたというのは、本当なのだろう。
「見守ってくれていたみたいで、ありがとうございます」
わたし達にとって、ずっと一緒にいたという存在は貴重だ。
だからこそ、ただ見守ってくれていただけの存在だとしてもお礼を言う。
森精霊はこちらにやさしく微笑み返してくれた。
こういう時にちゃんと意思疎通ができたらいいのに。
「それで精霊の強さについて知りたいのよね?」
「えっと、はい。そもそも精霊の強さ、という部分がわからないんですけど」
「簡単に言えば、影響力ね。精霊は自然そのもの。自分の持つ属性の力を自在に使うことができるのよ」
「魔術みたいなもので良いんでしょうか?」
「どちらかと言えば魔法ね。でもそんなに変わらないわ。そもそも、魔術は魔法の1つだものね」
魔法をより使いやすくしたもの。魔法のダウングレードみたいなものだから、魔術は魔法の一種と言える。
魔法を使えるということは、それだけで魔術師よりも格上だと言えよう。
「精霊たちはまるで手足のように自分と同じ属性を使うわ。
使える規模は、その精霊の格次第かしらね」
「格って言うと、上位とか下位ですか?」
「一番上に精霊王がいるわ。そこから上位精霊、中位精霊、下位精霊、幼精霊の順番ね。
上位精霊は全体の1割もいないんじゃないかしら。だから私、上位精霊とは結構仲がいいのよ」
何が「だから」なのだろうか。
フィイヤナミア様は中央の創立者。つまりものすごく長生きだから、上位精霊と会う可能性も多かったということなのだろうけれど。
仲がいいとなると、また別のような気がする。
「それで強さだったわね。幼精霊で上級ハンターになれる程度、国に雇われるレベルの魔術師くらいの強さがあるわ。
中位精霊にもなれば人が及ぶこともない。それこそ魔法レベルが必要になるわ。上位精霊は言わずもがなね」
「そうであるなら、どうして森精霊はわたし達についてきてくれるんでしょうか?」
今の話だといつも穏やかな表情をしている森精霊は、驚くほどに強い存在になるだろう。
それこそ、わたし達など歯牙にもかけないほどに。
それなのに、なぜついてくるのか。
「それはいつか、自分で聞いてみるといいわ。
でもこの子は善意で貴女についてきているのよ」
「そうなんですか?」
フィイヤナミア様の隣で浮かんでいる森精霊に尋ねてみると、嬉しそうにうなずいた。
そう言う事なら、話ができるようになるまで、真意を知るのを我慢しておこう。
だいたいリスペルギアから一緒に居てくれているのに、何か企んでいるということもないか。
「それなら、時が来るのを待っておくことにします」
「早く来るといいわね」
「でもどうして精霊が見えるようになったのか、よくわからないんですよね」
「後天的に精霊が見えるようになるというのは、まずないのではないかしら。職業で精霊関係のものを持った人も、職業を得る前から精霊を感じ取れたと言われているのよ。
だから貴女達の根本的なところが変わったのだと思うわ」
「根本的なところですか?」
「そうね。これはちょっと、私でも説明するのは荷が勝ちすぎるかしら。
貴女は坂を転がり始めた石のようなもの。どこまで行くかは私でもわからないわ」
フィイヤナミア様の言葉がわからなくて首をかしげる。
フィイヤナミア様でも荷が勝ちすぎるとか、誰だったら説明してくれるのだろうか。
困り顔のフィイヤナミア様にこれ以上尋ねることもできなさそうだ。
「さてさて、今日はもう疲れたのではないかしら?」
「そうですね」
「時間はたくさんあるのでしょう? 今日はもうおやすみなさいな」
「……はい。そうさせてもらいます」
「話はいつでもできるもの。貴女達の部屋に案内させるわね」
そう言って、フィイヤナミア様がテーブルの上に置いてあったベルを鳴らす。
すぐにやってきたメイドさんに連れられて、屋敷の中の一室へ。
いつか泊まった、最高級宿にも劣らない部屋のベッドはとても寝心地がよく、シエルに代わるとすぐに眠ってしまった。
今日は特にいろいろあって疲れたのだろう。
おやすみなさい。シエルメール。
◇
フィイヤナミア様の屋敷の一室。与えられた部屋でシエルは寝ている。
そしていつものように、わたしの意識は起きている。
だから探知に引っかかった来客に気が付いてしまう。向こうがあえて引っかかっているところが、なんとも言えないけれど、追い返せる人ではないので疲れているシエルには悪いと思いつつ、扉を開けた。
「うんうん。やっぱり起きていたわね。エインセルちゃん、こんばんは」
「こんばんは、フィイヤナミア様。ですが、こんな夜更けに何の用事ですか?
と言いますか、わたしの方が起きていることは知っていたんですね」
「一応起きていないかもなとは、思ってきたのよ。でも起きているとしたら、エインセルちゃんの方でしょう? 今日はお話に来たのよ」
「いつでもできると言っていましたが、さすがにその日の夜とは思っていませんでしたよ」
「貴女もシエルメールちゃんに聞かれたくないことくらい、あるはずだもの」
シエルに聞かれたくないこと……。ないわけではないけれど、それをフィイヤナミア様と話すかと言われたら、そんなことはないと思う。
だけれどこうやって来てしまったのだから、話をしないという選択肢はないか。
確認しておきたいことは、まだまだあるから。
「話はここでするんですか?」
「その体にあまり負担はかけたくないでしょう?
私は椅子に座っているから、貴女はベッドで寝転がっていても構わないのよ」
「流石に座っているだけにしておきます」
本人が良いと言っているから良いんだろうけれど、そこまで神経図太くない。
ただ、椅子とベッドで少し距離があるのはありがたい。
フィイヤナミア様の目的がわからない以上、下手に距離を詰められるのも好ましくないから。
「さてさて、おそらくエインセルちゃんが気になっているのは、どうして私がこうやって貴女達を屋敷に泊めているのか、よね?
理由の解らない善意は怖いものね」
「そんなことは」
「良いのよ格好つけなくても、だってシエルメールちゃんは寝ているのでしょう?」
そんなことはない、と言おうとしたらフィイヤナミア様の言葉に遮られた。
別にシエルがいるから格好つけているわけではない、そもそも格好つけていないと思うのだけれど。
……そんなこともないのかな?
少なくともシエルのためにと、今まで動いてきたわけだし。
シエルに格好悪いところを見せたくない、とはっきり思ったわけではないけれど、他人に弱みを見せないようには気を付けてきた。
「だいたい、そんなに警戒しているのに『そんなことはない』って言われても、説得力はないのよ?」
「申し訳ありません」
「謝らないで。貴女の反応はまちがっていないもの。
たぶん貴女が訊きたいことに答えるために、こうやってやってきたのよ。
しばらくここにいるんだもの、疑念は少ないほうが良いわよね」
しばらくこの屋敷にいるのは確定なのか。
そんな疑問が顔に出てしまったのか、フィイヤナミア様がくすくすと笑っている。
「たぶんこの屋敷にいるのが、最も面倒にあわなくて済むわよ?
私の関係者だと認識してもらえるもの。分かりやすく言えば、この地において最も大きな後ろ楯を得られるわ」
「確かにそうですね。わたし達もフィイヤナミア様と敵対するつもりはありませんから、そうなっていただけると助かります」
「でも、なぜ私が後ろ楯になると言っているのか、わからないのよね?」
フィイヤナミア様に尋ねられて、今度は素直にうなずく。
悪い人ではないと思う。少なくとも敵意は感じないし、わたし達を利用しようとしている感じもしない。だけれどさっき本人が言っていたように、善意の理由がわからないからこそ、どう接して良いのかがわからない。
シエルには敵対しないようにと言ってきたけれど、わたしが割り切れていないな。うーむ。
「一応貴女が納得してくれる理由を答えられるとは思うわ。
だけれど、先に私の質問に答えてくれないかしら?」
「答えられるものであれば、答えます」
「それじゃあ、リスペルギアにいるときに貴女達がどのような扱いを受けていたのか、具体的に教えてくれるかしら?」
「なるほど、だからシエルが寝ているときに来たんですね?」
「ええ、もちろん。エインセルちゃんとしては、聞かせたくはないでしょう?」
「はい。ご配慮感謝します」
あの日々を出来るだけシエルには思い出してほしくはない。
何せ切られて、殺されかけて、奪われて、閉じ込められて、傷つけられて、殺されかけて、売られた場所なのだから。
だけれど、シエルに相談もなく話せることとなると、どれほど話したらいいのか。
迷いはあるものの、出来るだけ話すことにした。
◇
「なるほど、なるほど。あり得ないほど多い魔力量も、その白い髪も、魔術の技量もその環境なら納得よ」
話せそうなところをすべて話し終えた時のフィイヤナミア様の反応は、こんな感じで意外とあっさりしたものだった。
変に同情されるよりも、こちらとしても気が楽なので構わないけれど、よく顔色変えずに聞いていられたものだ。
年の功というやつなのかもしれない。
「でもよくあの薬で魔力を増やそうなんて思ったわね」
「出来るかなと思ったら、本当に出来てしまったもので。魔力のコントロールの練習になって丁度良かったです」
「エインセルちゃん。だいぶ人とズレていると思うけれど、自覚はあるかしら?」
「まあ……そうでしょうね。何せ1度死を経験したこともありますから」
「そうだったわね」
死を経験し、生き返ったと思ったら地獄のような環境に置かれていた人間が、普通の人間ではない。
そのあたりはこれでもわかっているつもりだ。だからこそ、普通のフリができるし、幸いわたしが表に出ている時間は少ないのでフリをする時間も短くなる。
とは言え、破壊衝動があるとか、殺人衝動があるとかではなく、感情が鈍くなったと言えばいいのだろうか。そんな感じだ。だからたぶん、やりたいとは思わないけれど、人を殺してもそこまでショックは受けないと思う。
「やっぱり、何とかしたほうが良いんでしょうか?」
「いいえ、いいえ。こればかりは正解はないわね。幸い貴女は誰かを困らせる方でズレているわけでもないもの。むしろ今後貴女のそのズレがプラスに働くのではないかしら」
「どういうことですか?」
「ふふふ、どういう事かしらね」
フィイヤナミア様は笑って話を誤魔化すと、今度はわたしの魔術について話を始めた。
「ところで貴女の結界なのだけれど、魔術の域を出ているわよね。
貴方の話を聞いて確信できたわ。魔法として昇華しているのね」
「やっぱりそうなんですね。魔術は自己流なので、よくわかっていなかったんですよね」
「そうなんでしょうね。師を仰げるような状況ではなかったもの。
話してくれた通り、たまたま魔法を使えたと言う事なのでしょう。
それにおそらく――――
――――いいえ、これは今話すべきではないわね」
フィイヤナミア様が何かを言おうとしたけれど、わたしには何が言いたかったのかわからなかった。





