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78.屋敷とバルコニーとエインセル

 連れていかれたのは町の中で一番奥にある、この町で一番大きな屋敷。

 屋敷というよりもお城や教会と言ったほうが良いのかもしれない。

 だけれどエストーク王国で見たお城と比べると、外観的な特徴はあまりない。


 白い壁に、茶色に近い落ち着いたオレンジの屋根。

 よく言えばシンプル。建築様式的には、ルネサンス様式が近いのだと思う。

 ゴテゴテはしていない。


 シエルとフィイヤナミア様は今、屋敷がよく見えるように少し離れたところに立っている。

 それと今はもうシエルに体を返している。

 フィイヤナミア様には説明をするつもりだし、面倒くさそうな人たちもいなくなったから。


「さて、さて。(わたくし)の屋敷はどうかしら?」

「大きいです。あと……白くて……えーっと……」

「ふふふ、良いのよ。訊いた(わたくし)が悪かったわね」


 シエルに建物の感想を求めるのは難しいのは分かっているけれど、フィイヤナミア様があまり気にしない人で良かった。

 シエルもシエルでこの屋敷に何も思っていないわけじゃない。

 だけれど、生まれた気持ちを言葉にするのが難しいのだ、と思う。

 屋敷と言うと思い浮かぶのが、リスペルギアの屋敷というのも言葉が出てこない原因かもしれない。


 そもそも、わたしが訊かれたとしても、気の利いた返答をできる気がしない。

 強いて言うなら、町の建物ほとんどがこの屋敷を参考にしているのか、シンプルなものが多いという事。

 それは自然あふれるこの町で、優しい自然の色と調和させるためなんだろうなと言う事。

 おそらく主となるのは、人ではなくて自然なのだと思う。

 自然つまり精霊だから……と思考を巡らせることもできるが、落ち着いてからでいいだろう。


「とりあえず、中に入りましょうか」

「はい」


 フィイヤナミア様にエスコートしてもらって、屋敷の中に入る。

 内装も派手ではなくて、すっきりした上品なものになっていた。

 入ってすぐのところに広間があり、天井が高くて、アーチ状になっている。広間から廊下につながる道があって、おそらく個室はそちらにあるのだろう。

 家の中に柱があるのが新鮮なのは、やはり現代日本での感覚があるからだろうか。

 日本にも柱がある建物はあるのだろうけれど、わたしの行動圏では見かけなかった。


 屋敷というだけあってお手伝いさんがいて、シエルたちが中に入ると既に数人待機していて「おかえりなさいませ」と声をかけられた。

 突然のことにシエルがびっくりしている。

 お帰りなんて言われるところがなかったので、仕方がないか。


「お荷物をお預かりします」


『渡すべきかしら?』


 荷物と言ってもあるのは魔法袋くらいだ。魔法袋はそれだけで高価なものなので、渡すのは勇気がいる。

 だけれど、ここで渡さないのも禍根を残すかもしれない。


『大きいほうだけ渡しておきましょう。

 戦いにならないことが大切ですから、友好的な態度を取っておいた方が良いと思います』


 わたしの話を聞いて、シエルが魔法袋(大)を近くにいたメイドに手渡す。

 よく見るとこのメイドさん耳が長い。

 どうやら種族関係なく雇っているようで、隣のメイドは耳が丸い(人族らしい)


 部屋に運んでおくとのことで荷物は任せて、されるがままに連れていかれる。


 廊下を通って、二階に上がって、最終的にバルコニーにやってきた。

 眼下に広がるのは色とりどりの花が咲き誇る花畑。

 無秩序にあるのではなく、似たような色の花が集められていたり、大きさで分けられていたりと工夫が凝らされている。


 バルコニーからだとそれが、鮮やかな絨毯に見えなくもない。

 何種類くらいの花があるのだろうか。


『エイン、エイン。なんだかとっても綺麗よ。

 精霊たちもたくさんいるわ』


 そして興奮しているシエルが言う通り、精霊がたくさんいる。

 花の世話をするように、あちらこちらを飛び回っている。

 そしてシエルを見つけた精霊が、髪飾りまで休みに来る。


 フィイヤナミア様はそんなシエルを微笑みながら観察していたけれど、しばらくして「さあ、さあ。席について」と着席を促した。

 景色のいいバルコニーで、優雅に椅子に座るというのは何だか貴族のようだけれど、考えてみればここは貴族よりも上の階級が住む人の屋敷になるのか。

 椅子に座ったら、お茶とケーキが運ばれてきた。


 あれ? これはお茶会というやつでは? 女性貴族の嗜みなのでは?


『ねえエイン。これって作法とかあるのよね? エインは分かるかしら?』

『すみません。わたしは今回無力です……』

『そうね。仕方ないわね』


「あらあら? お茶会は初めてだったかしら?」

「初めて、です」

「それにさっきまでと違って、話しにくそうね。普通に話してくれてもいいのよ?」

「うん」


 シエルの反応にひやひやしてしまうのは、日本人根性が顔を出しているからかもしれない。

 わたしの心配などあざ笑うかのように、2人の話が続く。


「お茶会は、楽しめばいいのよ。時と場所に依るけれど、シエルメールちゃんは気にされる側だから、そこまで気にしなくていいと思うわよ」

「私が気にされる?」

「あらあら? 自己評価が低いのかしら? でもそれは追々分かることよ」

「分かった」


 シエルは返事をしてから紅茶を口に含む。

 お茶特有の渋みもあるけれど、同じように甘さも感じられる。

 今まで飲んできたお茶の中でも、一番飲みやすい。


 シエルの口にもあったようで、心なしか嬉しそうな顔をしている。

 シエルは味があれば何でもいいみたいな状況なので、もっと自分の好みとか、苦手なものとかがわかるようになってくれると嬉しい。

 好き嫌いが多くなると、それはそれで大変だけれど。


「気は進まないけれど、さっきの話の続きをしようかしら。

 シエルメールちゃんの事ね。貴女が実験体だったという証拠は何かしら?

 エインセルという名前と関係があるのよね?」

「エインは私の大切な人で、常に私と一緒にいる」

「一緒にいるって言うのは?」

「エインは取り憑いてるって言ってた」


 シエルの言葉を聞いて、フィイヤナミア様がじっとこちらを見る。

 その金色の瞳に何もかも見透かされそうで、嫌な感じがする。


「なるほどね、なるほどね。1つの身体に2種類の魔力。魂が2つあるのね。

 しかも、1つが分かれたものではなくて、後から足されたみたい」

「たぶん。エインのほうが詳しいと思う」

「そうなの? だとしたら、エインセルちゃんとお話しできるかしら?」


『エイン良いかしら?』

『構いませんよ。と言うか、そのあたりはわたしの方が説明しやすかったですね』


 何せわたしがこの世界に来た時、シエルは生まれて幾ばくもたっていなかったのだから。

 シエルの話はあくまでも、わたしから聞いたことを伝えているに過ぎない。

 入れ替わるのは良いのだけれど、何と言えばいいのだろうか。


 エインセルとして表に出ることなんてほとんどなかったので、第一声がわからない。

 あとちゃん付けがものすごく違和感がある。背筋がぞくぞくする。

 とりあえず、無難に挨拶でもしておけばいいか。


「先ほどぶりです。エインセルと申します」

「貴女がエインセルちゃんね。うんうん、シエルメールちゃんとは違うわね」

「分かりますか?」

「話し方が違うというのは、意図的なものだから駄目よね。

 まず魔力の質が微妙に変わるわ。いえ、2つある魔力のうち、エインセルちゃんが持っている方の魔力が微妙に大きくなる……ね。

 そもそも、貴女に隠蔽されていてシエルメールちゃんの魔力は感じにくいのよね」

「……わかるものなんですね」


 わたしと同じくらい魔力感知ができる人が現れた時に、シエルの実力を誤認してもらえるようにと頑張っていたのだけれど。


(わたくし)が良く見てわかるレベルよ。一流の魔術師が違和感を覚えるかどうかしかないわ。

 あとわかりやすいのは精霊の反応よね」


 フィイヤナミア様がそう言って、可笑しそうにわたしの膝の上に視線を向ける。

 わたしも釣られてみて見れば、やっぱり森精霊が膝の上に乗っていた。

 森精霊はフィイヤナミア様に向かって手を振っている。それにフィイヤナミア様が手を振り返す。

 仲良しなんだろうか。


「これだけ精霊の対応が違えば見える人なら、すぐに違和感を覚えるでしょうね。

 とはいっても、別人になっているとは思わないでしょうけれど。

 さてリスペルギア公爵が貴女達にしたことは何か、教えてもらっていいかしら?」


 だいぶ話がそれたからか、フィイヤナミア様が少し強引に話を戻す。


「あの男はシエルを神にすることが目的でした。正確にはえっと、神の……一度だけの血を……」


 簡単に言ってしまえることではないので、言いよどんでしまう。

 やっぱりシエルにとって繊細な問題だから。例えシエルが頭の中で『言ってしまって構わないのよ?』と言っていても。

 幸いフィイヤナミア様は察してくれたのか「言わなくて良いわ」と引いてくれた。


「シエルを神にするというのが、具体的にどういう方法を取ったのかはわかりません。

 ですが、職業(ジョブ)が神から与えられたもので、それをたどっていくことで神に辿り着くのだと予測していたようです」

「職業……ね。秀でたものがない人族に神が与えた恩恵、と言えるものかしら」


 遠くを見るフィイヤナミア様の言葉は、引っかかりを覚えるような言い回しでとても質問をしたいのだけれど、今は話を進めることにした。


「職業で使われている、神から与えられたであろう魔力を辿って神の居場所を探り当て、神をシエルに取り憑かせて、シエル自身を神にする。予測でしかありませんが、おそらく間違いでもないでしょう」

「それが失敗したのね?」

「シエルに取り憑いたのは、神ではなくて何故かわたしでした。

 傍目には神が宿ったのか、わたしが取り憑いたのかはわからなかったと思いますから、リスペルギアが失敗だと判断したのはシエルが5歳の時でしょうか。

 体に神をなじませる必要があると考えていたみたいです」

「うんうん、貴女達が実験体だったと言った理由は分かったわ。

 その言葉も嘘ではないわね。でも、問題が2つあるわ」


 フィイヤナミア様が指を2本立てて、わたしに示す。


「他に人に伝えられるような根拠がないことと、リスペルギア公爵である証拠がないことですよね」

「御名答。エインセルという存在は隠しておきたいのよね?」

「そうですね」

「まあ、そもそもの話だけれど、あの子達に貴女達のことを教える義理も何もないのよね。

 貴女達が言っていることは事実であると、伝えれば良いだけだもの。それで信用できない人を(わたくし)の庭に置いておくことはないわ」


 職業が2つあることくらいは話そうかなと思ったけれど、話さなくてもよさそうだ。


「それでこれは興味本位なのだけれど、魂が2つある貴女達はそれぞれが職業を持っていたりするのかしら?」

「……そうですね。広まってしまった歌姫はわたしの職業です。

 シエルは別の職業を持っています」


 フィイヤナミア様は興味深そうにうなずくと、今度はリスペルギアの話に移った。

 なんだかんだでわたし達はあの男から、自己紹介を受けたわけではない。

 資料などからそう思っただけで、リスペルギアっぽくしていた一般男性の可能性も捨てられるわけではない。


「次に本当にリスペルギア公爵だったのかという話だけれど、それはあなたに聞けばいいかしら?」


 フィイヤナミア様はわたしの膝に向かって話しかけた。いや、膝の上の森精霊に話しかけた。

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