76.進まぬ話と異種族とフィイヤナミア
兵士たちに連れていかれたのは、大きな建物の会議室のような場所。
中央に大きな机があって、その周りに椅子が何脚も置かれている。
その椅子に座っているのは、全部で9人。
筋骨隆々のスキンヘッドおじさん。ノルヴェルのギルド長と雰囲気は似ているけれど、顔は似ていない。こっちの人のほうが顔が自信に満ち溢れている。
肉体だけではなくて、魔力も結構あるらしく、ザッと判断した感じ魔術戦だけでもC級以上の実力がありそうだ。
その他は悪徳貴族みたいなのが2人に、でっぷりと太った商人みたいなのが1人。同じく太めの神官みたいな人が1人。小物っぽいのが1人。
髭面の小人のような人が1人。耳が長く線が細いお姉さん1人。ライオン1人。
後ろ三人に関しては、それぞれドワーフ、エルフ、獣人だとは思う。
獣人は人に獣耳が生えているタイプではなくて、もう少し獣寄り。人をベースに特徴的なところは毛が生えているけれど、骨格は人みたいな。動物を立たせたような感じではない。
あとエルフは魔力の感じからしてフィイヤナミア様ではなさそうだ。
そんな9人から訝しげな眼を向けられているのだけれど、これはさすがにシエルには荷が重いかもしれない。
でもわたしが対応するというのもどうなのだろうか……。そもそもなんでここまで連れてこられたのか、はっきりしていないし。
「とりあえず座ってくれ」
スキンヘッドさんに促されたので、シエルが一番近い椅子に座った。
連れてきた兵士は、そのまま扉を守る1人を置いて、外に出て行った。
大人に囲まれるだけで、非常に圧迫感がある。1対1ではないと考えると、シエルの経験がとか言っている場合ではないかもしれない。
『代わりましょうか?』
『お願いして良いかしら?
対応はエインに任せるわ』
『出来るだけシエルの意見は取り入れますね』
と言う事で、シエルと入れ替わる。
入れ替わったことで、精霊たちが寄ってくる。近づいてきてはスカスカ通り抜けているけれど。
さて入れ替わった時に反応したのが、ドワーフとエルフと獣人の3人。反応が大きかったのは、ドワーフとエルフ。
じっとこちらを見ているようで、森精霊を見ているらしい。
いつもはわたしと入れ替わっても少し離れたところにいる森精霊が、なぜか膝の上に乗っていてそこに視線が集まっている。
大きさ的にはおかしくないけれど、見た目としては森精霊のほうが年上に見えるので、わたしの上に乗っているのはなんだか滑稽に思える。
あとわたしに触れられないので、正確には座って見えるように浮いている。
本人が楽しそうなので、別にいいけれど。
『ねえ、エイン。彼女は座れているのかしら?』
『浮いてます』
『そうよね。でも疲れないのかしら?』
『楽しそうだからいいんじゃないですか?』
シエルとこんな話をしつつ、何が始まるのかしらと様子を見ていたら、商人っぽい男が苛立った様子で声を出した。
「なぜ連れてこられたのか、わからないようだな」
「ええ、全く」
思い当たる節はいくらでもあるが、どれもこれもこちらが迷惑をかけられたもので、こんな風に囲まれるいわれはない。
だから悪びれず返したのだけれど、お気に召さなかったらしく商人っぽいのは「この……」と言って顔を赤くする。
だがスキンヘッドさんが手で制したので、ぐぬぬとばかりに深く椅子に座りなおす。
「これはハンター組合の問題だ。商人組合が口を挟むのは後にしてもらおう」
「ああ、そうだな。文句は後から言わせてもらう」
はて、商人組合の人から文句を言われる筋合いはないと思うのだけれど。
と言うか、商人組合なんてあったのか。ほとんど接してこなかったから、知らなかった。もしかしたら、忘れているだけかもしれないけれど。
でも商人組合があるってことは、ギルドって言ったら商人組合も入るのだろうか。
正式な場では○○組合と呼ぶのが良いかもしれない。
「それでどうしてわたしはここにいるのでしょう?」
早く話を進めてくれと言う意味を込めて、9人に問いかける。
露骨に反応した人は少なかったけれど、神官っぽいのが嫌な顔をした。
対応はともかく、ここには中央の指導者的立ち位置の人が集まっているのだろう。
自己紹介もないのは、お前なんかに教える名前はないということかもしれない。
覚えなくていいので楽だけれど。
「シエルメールでいいな?」
「はい」
話に合った通り、スキンヘッドのハンター組合の代表が進行するらしい。
「ここに呼んだのは事実確認と、いくつか聞きたいことがあるからだ。
場合によっては、このまま牢屋に行ってもらうが……」
「連れていかれる覚えはないですね」
「何を……」
「商人組合は黙っていてくれ」
少し進んだと思ったら、すぐに止まる。話をする気があるのだろうか。
「確認するが、エストーク王国で現在も続いている魔物氾濫だが、それを無視してきたというのは本当か?」
「無視はしていないです。王都に物資を持っていきましたし、途中で出くわした魔物くらいは倒しましたから」
「では同時期、エストーク王都にあるハンター組合で、凶行を行ったというのは本当か?」
「いいえ。物資を持っていった時に代理の長に『魔物氾濫の解決に協力しなければ物資を受け取らない』と言われ『依頼は達成されなかった』とか『魔法袋は依頼を受けたハンターに盗まれた』と脅されました。さらにわたしを捕らえるように周りのハンターに言いましたので、自己防衛したまでです」
「やりすぎではなかったのか? 魔物氾濫が起きている町にさらに負担をかけることなったんだぞ?」
「もともとエストーク王都のハンター組合内での安全を、約束してくれていたはずですよね?
それを破ったのに、なぜこちらが配慮をしないといけないんですか?」
途中途中横槍が入って進まなかったけれど、大体話はこんな感じ。
ハンター組合のスキンヘッドさんは毅然としているようで、だんだん元気がなくなっていくのがわかった。
と言うか、最初から元気はなかった気がする。おそらくわたしに非がないことは分かったうえで、この場に駆り出されたのだろう。
そんな中で神官っぽいのが元気よく、横槍を入れてくる。
「つまりお前は最初から魔物氾濫において戦うつもりがなかったと。
多くの人が危険に晒される中で、物資を届けただけだと。確かハンターであれば魔物氾濫時に協力することが決められていたように思うが?」
「そもそも、お前が不確かな情報をよこしたから、準備不足になったのだと聞いたがね」
「エストークが落ちた場合、中央にまで危険が及んだ可能性があるわけだが、どう責任を取るつもりだ?」
これ見よがしに人側からいろいろな言葉が飛んでくる。
しかし多種族組は、そんな人たちを見て眉をしかめていた。
彼らは少なくとも、わたし達に悪い感情は持っていなさそうだ。いや言い募っている人たちも、わたし達に悪感情があるのではなくて、政治利用したいだけかもしれないけれど。
「まずハンター組合との諍いの中で、わたしはエストーク王都が巻き込まれる魔物氾濫で戦わなくて良いと認められていますよね?」
「ああ、違いない」
「だからと言って、人々を放っておいて来るとは笑止千万」
スキンヘッドさんに尋ねれば、肯定が返ってくる。が、別のところからも声が上がる。
なぜ横槍を入れるのだろうか。言いたいことを言わないと死ぬ病気なのだろうか。
「この件についてわたしに文句がある人は、エストーク王都に行って『わたしが歌王・歌姫です』と声高に叫んできてください。わたしは不用意にバラされたわけですが、それでわたしが言いたいことが分かってもらえるかと思います」
どうやらエストークの歌姫嫌いは周知らしく、静かになった。
それどころか、今の発言でわたしが歌姫だと分かったらしく、神官(仮)が露骨に嫌な顔をした。
「それから、わたしはエストーク王都で貴族に命を狙われています。
その理由としては、わたしが魔物氾濫について言及したからでしょう。
加えてハンター組合で、命を狙ったと思われる貴族の下で戦えと言われました」
死ねってことですか? と言外に問えば、文句を言ってきた人が目をそらす。
「あとワイバーン10体倒したんですが、B級ハンターとして魔物氾濫時の戦果はこれで足りないんですか?」
「その話が本当なら、十分すぎるな」
「魔法袋にいれているので、倒した証拠は見せられます。
あとは、魔物氾濫の情報でしたね。ここにいる人たちが、素人が片手間で趣味程度に調べた情報を鵜呑みにするのであれば謝罪します。ですが、そもそもこの情報がなければそれこそ、準備することもできなかったと思いますよ
さて、ここまででわたしは罪に問われますか?」
「いいや。むしろ報奨金を出しても良いほどの成果だ」
さてこれでエストークの件は解決と言っていいだろう。
でも、これで半分なんだろうな。牢屋を壊したのは事実なので、むしろこれからが本番だと思う。
もううんざりだ、と半ば投げやりに思っていたら、今まで黙っていたエルフの人が手を挙げた。
「いいかしら? これ以上……いえ、先に自己紹介をしておきましょうか。
あたしはユンミカ・マァ・メスィ。中央でエルフ族のまとめ役のようなことをしているわ」
「ワシはバッホ・トゥワ・セントロじゃ。ユンミ同様ドワーフ族のまとめ役じゃな」
「お、バッホが便乗するなら加わるか。オレはワングワン・リェフ。獣人族のまとめ役だ」
「初めまして。シエルメールです」
一気に自己紹介されてしまったけれど、されたからには返しておくかと名前を告げる。
さっき名前が出たし、ここにいる時点で知っているかもしれないけれど、こちらからは告げていないので意味はあると思う。
今更な自己紹介が終わったところで、エルフのユンミカさんが人族の方を向いた。
「で、話を戻すわね。これ以上この茶番をやるのはやめないかしら?
先に宣言しておくけれど、あたしは彼女に付くから。それはバッホもグワンも一緒でしょう?」
「そうだな」
「おう」
ユンミカさんの宣言で、人族の何人かがプルプル震え出した。
中でも神官(仮)は顔を真っ赤にしていて、前のめりになった。
「それなら、国境の牢屋の件はどう説明する気だ?」
「あら、それは私が許可を出したのよ?」
わたしの後ろから声がかかり、全員の視線がそちらに向かう。
シエルと同じ白髪、シミ一つない澄んだ肌に、すらりとした体型。身長はこの世界の一般的な女性よりも、少し低いくらいだろうか。
ややつり目ながらも、きつい印象はなく、大きな瞳は金色に輝いている。
小さい鼻に長く尖った耳、桜色の唇とその姿のどの部分を取っても、整っている。
道ですれ違えば、ほとんどの人が振り返るほどの美貌だ。
そしてこの中央のトップでもある。そんな感じの魔力。
「改めまして、お邪魔しています」
わたしが頭を下げると、彼女は柔らかく微笑んだ。
「良いのよ。どうかしら私の家の庭は……と聞きたかったのだけれど、見えなかったかしらね」
「後程じっくり見させてもらいますね」
「ええ、ええ。そうしてちょうだい。でも折角顔を合わせたものね、自己紹介をしましょうか。
私の名はフィイヤナミア。この家の女主人よ。よろしくお願いするわね」
「こちらこそ。ええっと……」
改めて名乗りたいところだけれど、フィイヤナミア様にわたしがシエルメールと名乗るのは気が引ける。だからと言って、この場でエインセルの名前を出したくはない。
困ったわたしの事を理解してくれたのか、フィイヤナミア様は「いいのよ」とわたしを援護してから、集まった人たちの方を見た。
「さて、この場は何かしらね? この家のお客様に何をするつもりだったのかしら?」
その顔は笑っていたけれど、その目は全く笑っていなかった。