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75.兵士と徒歩と都市

 とりあえず牢屋から脱出して、元来た道を戻る。

 今度は捕まる気はないので、球状の結界を張ってシエルに近づかせることもさせない。

 戻っている途中で、バタバタと走ってくる音がして、兵士が2人現れた。2人とも見覚えはないので、さっきの兵士ではなさそう。


「お前何をやっている」

「中央に行ってる」

「牢屋からの音はお前の仕業か」

「うん」


 狭い廊下。兵士が二人も並ぶと、横を抜けていくのも難しい。

 この狭い中で剣を振り回すのも難しいとは思うけど。

 シエルのそっけない態度が気に入らなかったのか、兵士達は顔を真っ赤にして怒っている。


「お戻り願おうか?」

「嫌」

「それじゃあ、力づくでいかせてもらう」


 兵士たちが剣を持つ両手を上げるだけで、かなりの圧迫感がある。

 それが迫ってくるわけで、普通は怖いのかもしれないけれど、金狼とかワイバーンとかを相手にした後だとどうしても見劣りしてしまう。

 実際大したことはなかったようで、まっすぐ歩くシエルに切りかかったものの結界に剣が弾かれていた。

 かなりの力で剣をふるっていたのか、弾かれた反動で尻もちをつく。


 国境を守る兵士として、この程度の強さというのはいかがなものかと思うのだけれど。


 唖然とする兵士を横目に、シエルが廊下を進む。


「脱走だー!」


 悠々と隣を歩くシエルを捕まえることもできずに、兵士の一人が叫ぶ。

 この門に何人いるかはわからないけれど、シエルを捕まえられる人材はいないのではないだろうか。

 重要な場所だと思うので、弱いだけの人はいないと思うけれど、では最高戦力を置くかといわれるとそんなことはないと思う。


 というか、この人たちどこ所属になるのだろうか。

 中央の兵士? ハンター組合のハンター? フィイヤナミア様の私兵?

 私兵はないな。と言うか、ハンター組合経由でシエルの捕縛命令が出ているから、ハンター関係者なのだろう。


『走らないんですか?』

『走ったほうが良いかしら?』

『走る必要はなさそうですけど、かわいそうじゃないですか?』


 隠れて移動していたとか、すごい速さで動いていたとかならまだしも、歩く少女を捕まえられなかったとか、一生ものの恥だと思う。

 原因であるわたしが言うべきではないかもしれないけれど。

 ただわたしと違って、シエルがこういう大人げないことはしないんじゃないかと思っていたので、疑問ではある。


 どうしてだろうと思っていたら、シエルが唇を尖らせた。


『エイン、私これでも怒っているのよ?』

『えっと、どうしてですか?』


 今までにシエルが怒った時というのは、基本的にわたしが馬鹿にされた時くらいだけれど。

 あとは、怒っているというほど、怒ることはなかったと思う。

 ハンター組合の所業も、シエルにしてみれば特に気にするようなことでもなさそうだったし。


『だって、ここに来るまで私楽しかったのよ?

 やっとエストークを出ることができるし、エインの歌はたくさん聞けたもの。

 だから、こうやって水を差されて怒っているの』

『そうですね。まあ、わたしは割と最初からイライラしていました』

『それなら、歩きましょう?』

『そうですね。歩いていきましょう』


 立ち上がり駆けてくる兵士が近づけないように結界を広げて、シエルはテクテクと歩き出した。





 元の場所に戻るまでに、さらに2人現れて四方を囲われたけれど、結界を突破できる人はおらず突破は無理だと悟った兵士たちは、ただついてくるだけになった。

 門まで戻ってくると、10人ほどが待ち構えていたので、これで計14人。

 ただついてきただけの兵士を、後から加わった中でも位が高そうな――最初に会った兵士が叱り始めた。


「お前ら、何をやっている。早く捕らえろ」

「無理ですよ。班長」

「はあ、歩いているだけじゃないか。

 だが確かにこれでも、B級のハンターだ。確実にいくぞ。取り囲め」


 班長が指示を出し、兵士たちがシエルを取り囲む。

 シエルの見た目に騙されずに確実な方法を取ったことは評価できるけれど、わたしの結界を突破するにはそれではいけない。


「班長。こいつ結界を使ってます」

「っち、そう言えば魔術師だったな。変更D3」


 言葉の意味は分からないけれど、班長の指示により兵士たちの配置が換わる。班長を挟んで6人が1組なり、剣を構える。

 結界を破壊するのは簡単。壊れるまで攻撃すればいい。攻撃され少しでも綻びができれば、魔術師側はそれを補強しないといけないため、魔力を消費する。

 弱いところを狙えば、その綻びができやすくなる。

 結界の維持にも魔力は消費されるので、最悪長期戦をしていれば、そのうち消える。


 できるなら、強力な一撃で壊してしまうのが簡単。

 氷の槍の時のように、消滅する。


 ただしわたしの結界は、ワイバーンでも削ることはできなかったけれど。そしてわたしは結界の維持のための魔力よりも、自然回復の魔力のほうが多いけれど。


「やれ」


 班長の号令に合わせて、兵士12人が動き出す。一種の見世物のように、全員の動きがきれいに揃っている。

 半身で構え、腕を引き、6人がそれぞれ全く同じところに突きを放った。

 よくもまあ、普通の剣で突いてきたなと思うけれど、それよりもその衝撃には驚いた。


 大体ワイバーンと同じくらい。シエルが足を止めるほどであり、攻撃力だけで見れば、Aランクの魔物にも通用するだろう。


 つまり結界的にはまだまだ余裕。


 だから1度の衝撃が終われば、何事もなかったように、シエルが歩き始める。


 その様子を見て、2度3度同じことを繰り返したけれど、こちらは魔力の消耗すらない。

 はっきり言って、自然回復分プラスだといえる。

 対して兵士たちは……と言うか班長はすっかり息が上がっていた。


 どうしてだろうと思ったけれど、この息の合った兵士の連携は班長の職業(ジョブ)によるものか。

 指揮官という職業も、確かにありそうだ。


『ねえ、エイン』

『どうしました?』

『歩くって、これで良いのかしら?』

『どういう意味でしょう?』


 なかなか面白いものは見せてもらったけれど、シエル的にはもう飽きたらしく、わたしに話しかけてきた。

 ただその質問に関しては、どう答えればいいのかわからなかったけれど。

 歩くのは、今みたいに歩くでいいのではないだろうか。


『貴族とか王族なら、歩き姿も違うのかなって思うのよ。

 いまの兵士たちも、息がぴったりで少し舞踏っぽかったでしょう?』

『なるほど。歩くだけでも、舞姫に取り入れたいんですね』

『どうかしら? それが出来れば、いろいろと便利になると思うのだけれど』

『確かにそうですね。少なくとも、安全性は上がりそうです』


 歩いているだけで、舞姫が発動しているとみなされるのであれば、不意打ちとかにも強そうだ。

 わたしが常に歌っているようなものだし。

 それに上流階級の人は、歩き方一つでも違うというのはあるだろう。わたしはよく知らないけれど、ファッションショーとか歩き――服も込みだけれど――で人を魅了していると言えなくもない。


 だけれど、いくつか問題もある。


『ですが、残念ながらわたしは綺麗な歩き方というのがわかりません』

『そうなのね。エインはマナーを知っているようだったから、分かると思ったのだけれど』

『わたしのマナーは付け焼刃ですから。それにマナーは国や地域によっても変わるものです。

 歩くに関しては本当にうろ覚えなので、とりあえず姿勢だけ気を付けてあとは本職に訊いたほうが良いでしょう』

『姿勢ね。踊るときにも大事よね。軸がぶれると回れないもの』

『だとしたら、シエルはすでに歩き方もきれいなんじゃないですか?』

『どうかしら?』


 歩いている間に、疲労のせいか一人、また一人と周囲の人が減っていって、気が付いたら周りに人はいなくなっていた。

 遥か後ろから、なにか大声で叫んでいるような声が聞こえたけれど、フィイヤナミア様はこういう声はうるさくないのだろうか。

 ()()()としても話すことはありそうだから、いつか聞いてみよう。





 中央は国境を越えたらすぐ町、というわけではない。

 均された道があって、途中途中に村や畑があって、なんだか長閑。

 もっと発展しているものばかりだと思っていたので、少し意外だった。


 別の見方をすると、自然が多く精霊をよく見かける。

 どの精霊もシエルを見かけると寄ってきて、少し遊んで去っていく。

 シエルが楽しそうで何よりだ。


 歩き始めて一晩野宿をして、中心部と思しき都市が見えてきた。

 空をいけば1日かからず行けただろうけれど、中央に来たばかりでそれをするつもりはない。

 空を行ったら、フィイヤナミア様に見つかるだろうし。


 さて見えてきた町は、エストークの王都にも劣らないような大都市。

 むしろ、エストーク王都よりも大きな町のようだ。

 町の向こうには森があって、町を通り抜けるように川が流れている。自然豊かな街らしい。


 歩きながら気が付いていたけれど、中に入るための門にはたくさんの人が待っていて、シエルが並んだ後もすぐに後ろに人が付く。

 シエルの年齢で1人で来たせいか、近くの人の注意を集めたようだけれど、すぐに散る。

 これは時間かかりそうだな、と思っていたら門の方から複数の兵士が走ってきた。


 そしてシエルのところまでやってくると、取り囲む。


『連絡がいっているのは、当然ですね。牢屋破壊しましたし』

『許可は貰ったはずよね?』

『んー……フィイヤナミア様が把握しているとはいっても、下の者まで把握しているとは限りませんからね』


「シエルメールだな?」

「うん」

「ハンター組合本部まで来てもらおう」

「どうして?」

「詳しい話を聞きたい。今のところ、我々に敵意はない」


 確かに敵意はないけれど、だとしたら女の子をこんな風に囲む必要はないと思う。

 わたし達の強さを知っているのであるなら、この程度では足りないと思う。

 それともこの人たちはS級ハンターだったりするのだろうか。人は本当に強さを測りにくい。


 ただこの長い列を待つくらいなら、一気にハンター組合まで行けるのは嬉しいような気もする。


『着いて行っていいかしら?』

『はい。このまま列が進むのを待っていても、だいぶ時間を取られるでしょうから』


 シエルと意見が揃ったところで、シエルが「連れてって」と口にした。

 兵士たちは訝しげな顔をするものの、「よし、来い」と歩き出す。

 シエルを真ん中にして、前後左右についてくるのだけど、これって周りからどう見られているのだろうか。

 護衛なのか、連行なのかで、中央での周囲の扱いが変わりそうだ。


 このせいで絡まれることがあれば、抗議をしよう。


「……暴れないんだな」

「暴れる?」

「いや、このままで頼む」


 連れていかれる中、恐る恐る兵士に声をかけられた。

 シエルは短く答えただけだけれど、兵士は慌てたように会話を区切る。

 暴れるとは何だろうか。別にシエルは暴れたことなんてないはずなのだけれど。


 エストーク王都ギルドでも、国境でも、シエルはあくまで()()()いただけだ。

 牢屋は壊したけれど、他に選択肢もなかったわけだし。


 会話はなくなったけれど、どんどん列を追い抜かし、とうとう都市への門をくぐった。

 初めて来る町、今まで行ってきた町や村とは、また違った景色が見られそうなのに兵士に囲まれているせいで、よく見えない。

 わたしはちょっと頑張れば見られるのだけれど、出来ればシエルと一緒に見たいので我慢することにする。


 兵士の間から見えるのは、緑の多い町。

 道を挟むように木が植えられているらしく、上を見れば大きな葉っぱが少し色づいていた。

 季節的には秋にはいっているらしい。この世界での秋は、冬に向けて準備をする季節。


 冬の寒さはわたしが知る範囲だと雪がちらつく程度だった。

 ノルヴェルとかだともしかしたら、冬の間は雪が積もったのかもしれない。

 雪が降ろうが降るまいが、厳しい寒さのせいで作物は育たないし、寒さのせいで狩りもままならない。


 まあ、エストークにいる間は季節を楽しむ余裕はなかった。

 結界のおかげで寒さで依頼をこなせないということもなかったし、冬は特に感謝されていた覚えがある。


 いつかはシエルと雪遊びをするのも良いかもしれない。

 とりあえず、目の前の厄介事がパパッと片付くことを祈ろう。

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