73.プロローグ
今話は第二部のプロローグになりますので、短めになっております(
空を移動できると移動時間がものすごく短くなる。
途中で鳥っぽい魔物と数回遭遇したけれど、シエルも飛行に慣れてきたのか、飛びながら魔法陣や詠唱魔術もそれなりに使えるようになったので、無問題。
と言うか、わたしの結界を突破できないので、無視して飛んでいけばいい。
突っ込んできたと思ったら、結界に阻まれて勝手に落ちていく。
空中を移動中は、わたしは歌いっぱなしだし、シエルは踊りっぱなしだし、精霊たちもくるくるとシエルの周りをまわる。
おかげで、移動が楽しくて仕方がない。
眼下に見える景色も少しずつその様相を変えていくので、見ていて飽きない。
風景が良い高速道路を周囲の車を気にせずに走っている感覚、と言ったところだろうか。
飛行機とかのほうが近いかもしれないけれど、飛行機だと歌って踊れない。
車でも踊れないけれど。
とにかく、王都であった面倒な出来事を忘れるには、ちょうどよかった。
途中町や村に寄る気もなかったので、数日で国境に辿り着いた。
このまま空を飛んで国境を越えられなくもないけれど、後でバレると拙いだろうし、堂々と越えられるようになったので、ほどほどで降りて徒歩で向かう。
「国境ってここで別の国ってことなのよね?」
『そうですね』
「でも町の壁を大きくしただけで、別って感じがしないのね」
『んー、国というのが、人が勝手に決めたものだからですかね?
わたしも国をまたぐって言うのは初めてですから、実感がわきませんね』
「エインもそうなのね、それはなんだか素敵ね」
『そうですか?』
「だって、エインと初めてを共有できるもの。エインは私よりもたくさんのことを経験しているでしょう?」
まっすぐシエルがわたしに告げる。
確かにわたしはシエルよりも多くのことを経験している。
だけれど、この世界で経験していることは、どれもこれも初めての事ばかりだ。
でも確かに、シエルと共有できているかといわれると、そうでもないのかもしれない。
シエルを守ることに集中していたから、そんな余裕がなかった。
――いや、余裕を作ろうとしていなかったのか。
――なぜなら、わたしはシエルの中に間借りしているだけの存在。
――……だから、わたしはエインセルと名乗っているのだから。
でも、わたしは覚えている。わたしがシエルと共感した初めてを。
シエルには内緒だけれど、2つの月が浮かぶこの世界の夜空を見た時。
それから。
『わたしの歌で踊ってくれるのは、シエルが初めてでしたよ』
「ん? うふふ。そうなの。そうなのね。本当なのね?」
『本当ですよ』
「それは素晴らしいことね! 素敵なことね!
嬉しいわ。嬉しいのよ!」
『ええ、わたしも。シエルにそう思ってもらえてうれしいです』
本当に。本当に。
でも落ち着いて、シエルにすべてを話した時、わたし達は今までと同じ関係でいられるのだろうか。