閑話 ビビアナと魔術指導と成果4
考えた結果。手を滑らせました(故意)
これで第一部が終わりです。次回は第二部のプロローグ……でしょうか。
◇
初日の戦果はなんだかんだで、先生に抜かれた。
あの後、碌に魔物を倒せなかったので、当然と言えば当然だけれど。
目立つという意味では、私達はかなり目立った。
他にもA級ハンターたちが戦果を挙げつつも、魔物の数に押されて壁の近くで防衛線を敷くこととなった。
慣れている兵士や騎士が守りを固め、ハンターが遊撃として数を減らす。
偶に紛れてくるBランクの魔物に苦戦させられつつ、魔物の数は着実に減っていった。
戦力は十分、問題は何日続くか。
2日目だけれど、私達は初日とは違い大人しくしていた。
単純に乱戦になるので、派手な魔術が使えないのだ。
それでも先生は最前線まで行って、火柱上げて帰ってくるのだけれど。
私は今まで培ってきた連射でもって、魔物を狩る。
かつてはCランクの魔物を倒すのにも苦労してたけれど、今ではCランク複数体までなら対応できる。
まだまだ余裕はあるけれど、戦果としては昨日の一発で十分B級パーティとしての役目は果たしたと思うし、いつ来るかわからないワイバーンのために力を温存しているのだ。
防衛線に入ってからは、基本的に交代制。
数時間戦った後は、入れ替わって休憩する。
私達が休憩に入ったのは、お昼を過ぎたくらい。朝食もそこそこに防衛していたので、ゆっくり食事でもしようかと思っていたら、ハンター組合の建物で物資の運搬をしている低級ハンターの子が、慌てたようにやってきた。
「何かあったのかしら?」
「えっと、歌姫の奴がやってきて、代理とやりあってます」
「……はぁ……また、シエルメールに迷惑をかけるのね……」
なんだか非常に頭が痛い。そもそも、彼女は北の方の町にいるのではなかっただろうか。
魔物氾濫の情報自体は届いているだろうし、聞いたら近寄らないと思ったのだけれど。
「彼女が何で来たのかは分かるかしら?」
「ノルヴェルで物資運搬の依頼を受けたとか何とか。ハンター組合内の雰囲気が最悪でした」
「分かったわ。でも放っておくしかないわね。
彼女は王都ギルド内において、安全が保障されなければならないから」
それを破れば、ハンター組合としての大スキャンダルとなりかねない。
一応代理にもきつく言い含めておいたらしいので、大丈夫だとは思うけれど。
だけれど、やってきたハンター君の表情はすぐれなかった。
急に湧いてきたギルド長という権力に酔っていたし、横暴さも増していたので、言い含めた程度では駄目だったようね。
「なんか一触即発っぽい感じでしたよ。居残り組は今にでも手を出しそうでしたし……」
「……だとしたら、なおの事私から言えることはないわ。
強いて言うなら、後方組の仕事が大変になると思うけれど自業自得ね」
いつの間に王都に入ったのかは知らないけれど、代理がシエルメールに手を出していたら、全滅は確定。殺されていなければいいのだけれど、だれか死んでいたとして、シエルメールが責められることはない。そうさせないように私達が動かなければ。
「聞いた通りだと、彼女はこのまま王都を出ていくだろうね。魔物氾濫で戦わなくていい契約もあるし。代理とやりあったのなら、王都に残っておきたいとは思わないだろう。
休憩中だし会いに行ってみるかい? 何か手伝えることがあるかもしれないしね」
話を聞いていたシャッスが私達に提案する。
私は是非もないと頷き、他の2人も了承した。
「それならボクがここ東門に残るから、ビビアナが西、リュシーが北、アロルドが南で頼む」
シャッスの指示に従い、それぞれが移動する。
門は全て閉められているので遠回りになるけれど、シャッスが私を西に配置したのはシエルメールが一番やってくる可能性が高いからだろう。
とは言え、律義に門から出てくるとも限らない。
むしろ、こっそり出入りできる場所で言えば、門以外の場所の方が多い気がする。
無駄足になるかもしれないけれど、これはあくまで自己満足。休憩が終わるまでだと思って待っていたら、空から何かが降ってきた。
真っ白の髪に、鮮やかな青の目。フード付きのローブで今日は顔を隠していないらしい。
なんとも可愛らしい女の子。
「本当に出てくるとは思っていなかったわ」
「久しぶり」
「元気……そうではないわね」
「疲れた」
顔に似合わない疲れをにじませているということは、代理はやらかしたに違いない。
取り繕うことなく、無口の時の話し方になっている。
こっちの方が素なのだったか。
「ここのギルド大丈夫?」
「はっきり言って、駄目ね。元マスターを働かせているからって、新しいギルドマスターの補充が間に合っていないのよ。それで副マスターを一時的に昇格させたらしいんだけど、権力を得たとたん好き放題ね。
本人としてはここで評価を得て、正式にギルドマスターになりたいらしいけれど……無理ね」
言いながら、頭が痛くなってきた。
ここ最近、私はギルドに顔を出すことが少なかったのだけれど、特にシャッス辺りは代理を相手に大変だったに違いない。
「どうしてここに?」
「休憩中にギルドで騒ぎが起こっているって伝令が来て、話を聞くとシエルメールっぽかったから、接触を図ったのよ。
他の門にもパーティメンバーが張っているわ。待っていた理由としては、何かあったら手助けができるかと思ったからよ」
今回も手伝えることはなさそうだけれど。
「引き留めないの?」
「戦力としてはほしいけどね。でも引き留められないわ。
事の顛末は魔物氾濫が終わり次第、私たちが本部に報告するから好きに動いてちょうだい」
きっとシエルメールがいたら、先生くらい活躍するに違いない。
ワイバーンが来た時に魔術師が多いと助かるので引き留めたいけれど、私はシエルメールとの契約を重視する。
彼女と敵対することがあってはならない。それだけで、大きな損失になる。と言うか、損失になったのが今の状況か。
「うん。これでこの国とはお別れ」
無表情でシエルメールが国を出ると言った。
一瞬私はその意味が解らなかった。
だって国を出るにはB級にならないといけないから。実力はあれど15歳に満たない者が、B級ハンターになるなんて、前例がない。
だけれど、シエルメールならやってのけてもおかしくないとも思う。
それこそ、ワイバーンを倒せるくらいの力はあっても不思議ではないから。
……シエルメールは、ノルヴェルからここまで来たらしい。
道なりに来れば、東門へと続くはずだ。つまり魔物氾濫に巻き込まれている可能性がある。
もしかして……可能性は頭に置いておこう。
私も彼女もゆっくり話している時間はなさそうだし。
「B級になったのね。お祝いしてあげたいけれど、いつまでもここにいるわけにもいかないわね」
「また」
「ええ、また会えるのを楽しみにしているわ」
去り行く彼女に手を振る。
小さな背中が見えなくなるまで見送ってから、私は戦場に戻ることにした。
東門にはシャッスしか居なかったけれど、もう少ししたら2人も戻ってくるだろう。
「会えたみたいだね」
「そうね。疲れていたわ」
「はぁ……仕事増えそう……」
「増えるわね。おそらくギルドに居残っていた組は全滅よ。
契約を破った方が悪いとはいえ、タイミングが悪かったわ。いいえこのタイミングだからこそ起こったのね」
「でも物資は届いたわけだ。どれくらいかはわからないけれど、魔物氾濫が終わるまでは持ってくれるかな?」
「その分人手が減ったわ。そう言えば、ワイバーンは見えたかしら?」
「どういうわけか、まだ見えないらしいね。そのせいでA級ハンター達が怒ってる。
それを発散するために頑張っているから、戦況的にはだいぶ優勢だけどね」
「シエルメールって、ノルヴェルから来たのよね?
だとしたら、彼女がワイバーン全滅させた可能性があるわよ」
「それが本当だったら、良いんだか悪いんだか……」
シャッスが暴れているA級達に目を向けた。
その中に先生が入っているけれど、先生もついでに同格とされる氷の魔女もB級の皮をかぶったA級なので不思議はない。
とにかく彼女たちの暴れっぷりを見ていると、Aランクの魔物が出てきてほしいよなと願わずにはいられなかった。
◇
全てが終わったのが魔物氾濫が始まってから5日後だった。
結局ワイバーンは出てこなかったものの、同じくAランクの亜竜種であるワームが出てきたので、A級ハンターたちは満足していたようだ。
こちらの被害はそれなり。B級以上のハンターだと怪我がせいぜいだけれど、それ以下だと犠牲になった人もいる。
戦いを生業としている以上いつ死んでもおかしくないわけで、魔物氾濫に巻き込まれたのは運が悪かったとしか言えない。
実際私も危なかったのだ。誰かの折れた剣の剣身が飛んできて、気が付くのが少し遅れた。
防御系の魔術を発動させる余裕もなく、当たり方次第では死ぬかもしれなかったけれど、なぜか急に地面に落ちた。
理由は分からないけれど、生きていることに感謝したい。
あとから考えると、攻撃魔術で撃ち落とせばよかった。早撃ちを得意としているなんて言っておいて、恥ずかしい限りである。
ワイバーンが居なかったおかげで、王都の住民に被害はないけれど、ワームとの戦いのせいで東門周辺は廃墟になった。
でも下手すると、王都の居住区の真下からワームが出てくる恐れもあった。そう考えると最小限の被害だったといえるだろう。
商人が来られなかったこともあり、物価が上昇しているので、国王並びに王都民が大変なのはこれからになるだろう。
門を直すにも費用が掛かる。街道の安全確保・確認のためにも費用が掛かる。
安全が確保されなければ、数日前のような活気ある王都は戻ってこない。
まあ、私達は中央に帰るけれど。
「ビビアナ、ここにいたのね」
「どうしたんですか先生?」
長かった魔物氾濫を終えて、元東門付近でぼーっと考え事をしていたら、先生がやってきた。
燃え尽きた私とは違い、いつもと変わらない先生は場数が違う。
「貴女の二つ名どうしようかしらと思っていたのだけれど、本人の意見も取り入れるべきだと気がついたのよ」
「私に二つ名ですか?」
「今回の功績で貴女の評価上がっているもの。二つ名がついてもおかしくないわ。
と言うより、あれね。ソロでB級になれる試験を受けられるようになったわ。それを通過すれば、今回の活躍から見ても二つ名がつけられるわね」
「ソロB級……」
ここ数か月で私は確かに強くなった。だけれど、ソロでB級とか二つ名とか言われても、確かに目指していたのだけれど、現実感が無い。
「あら、わたくしと一緒は嫌かしら?」
「嫌ではないです。ですが、急に言われても、実感がわかないというか……」
「そうかもしれないわね。いくつか候補を挙げておくから、後でじっくり考えておいて。
皆勝手に言い合っているから、下手すると"一番風"とか付けられるわよ。まあ貴女の師である以上、わたくしの発言が優先されると思うけれど」
「分かりました。考えておきます」
「でも急がないとだめよ? 早くしないとわたくし、貴女を置いてA級に上がるつもりだから」
「先生ってそこまでランクを上げようとしてましたっけ?」
若くしてB級に昇格して、このままA級に上がっても周り年上ばかりで嫌だとか言っていた気がするのだけれど。
先生は遠くを見ると急に顔をしかめた。
「氷がね、A級に上がったのよ。それに正直な話、今の氷には勝てそうにないのよね。だからせめてランクだけでも追いつくつもりなのよ。
2~3年前にこの国から戻ってきたと思ったら、気が付けば置いて行かれていたわ。
氷も貴女も何があったのかしらね」
氷の魔女に何があったのかは知らないけれど、私が強くなれたのは一人の少女のおかげだ。
でもこのことは話せないので、代わりに先生に彼女のことをほのめかすことでお茶を濁そうと思う。
「先生はB級昇格の最年少記録を知っていますか?」
「15歳でC級に上がって、18歳でB級に上がったのがいたらしいわね」
「それが塗り替えられました」
「へえ、面白い子がいるみたいね。魔術師かしら?」
「どうでしょう?」
誤魔化す私を前に、先生が面白そうに笑う。
先生とシエルメールが出会ったとして、どうなるわけでもないとは思うけれど、先生にしてみればいい刺激にはなるのではないだろうか。
先生が会うよりも先に、私がもう一度会いたいのだけれど。
「そう言えば、代理のギルド長が死にそうな顔していたわよ。
わたくし達が戦っている裏で問題引き起こしただけでもひどいのに、さらに積み重ねたとか」
「ため息つきたくなりますね」
「そのあたりは、貴女達の問題よね。わたくしはあくまで魔物氾濫解決のための派遣。氾濫が終息した以上、すぐにでも中央に戻れるわ」
「私達はそのギルド長を連れて、中央に帰らないといけないかもですね。面倒くさい……」
「ご愁傷様。彼、フィイヤナミア様の怒りに触れたとか言っていたわよ」
言いたいことを言って、最後に爆弾を落とした先生は「それじゃあね」と言って、どこかに行ってしまった。
ソロでのB級挑戦権に、二つ名。最後に代理の後処理。なんだかいろいろ多すぎて、聞いているだけで疲れてしまった。
とりあえず今日のところはシャッスに伝えて、明日から頑張るとしよう。