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閑話 ビビアナと魔術指導と成果3

明日投稿分だったのですが、間違えたのでそのままにしておきます。

次の投稿は明後日の朝の予定です。また間違えて明日の夕方に投稿しても許してください(

 私達"愚か者の集い"が利用している宿に戻って、食堂でたむろっているメンバーに帰還を告げる。


「それであの子、シエルメールだっけ? どうだったよ」

「私の護衛は要らなかったわね。ああ、連行要員としては役に立ったわ。

 リュシーたちの方はどうだったのかしら?」

「調査は恙なく。とりあえず、数年放置していたのは確定。よくもまあ、ソロであの森に行ったものよ」

「何と言うか、彼女の実力を見誤ってたって感じだよ」


 リュシーに続いてシャッスが肩をすくめて首を振る。

 そう、シエルメールは私達では相手にならない。

 仮に彼女が魔術系の職業を持っていたら、数年のうちにS級に手が届くだろう。

 そう思わせられる体験を、今日してきたのだ。


「彼女魔力操作の技量だけ見たらS級はあるわよ。それこそ、世界に何人のレベルね」

「流石にそれは言いすぎじゃないか?」


 シャッスは笑うけれど、今日のことはパーティメンバーにも話せないので、曖昧に笑っておく。

 今日体感して分かったのだけれど、歌姫の能力も冷遇されるようなものではない。

 歌姫個人に戦闘能力があるのが稀であるのは分かるけれど、最低限自分の身を守るくらいに強くなってもらえば、安全地帯での治療等できることはたくさんある。

 それこそ魔物氾濫のように直接戦闘がない後方支援が必要になるような大規模戦闘であれば、歌姫の真価は発揮されることだろう。


 それなのに、この国ほどではないにしても、世界中で歌姫は不遇職だという風潮がある。

 その原因は……考えられないことはないけれど、一個人でどうにか出来るものではない。一般に歌姫の評判を回復したとしても、丸く収まるものではない。

 最低でも国家規模の影響力が必要だと思う。


「そう言えば、報告しないといけないことが2つあるわ。

 良い報告と悪い報告と悪い報告どれから聞きたいかしら?」

「2つって言ったよな?」

「1つの報告に良いことと悪いことがあるのよ」


 リュシーの言葉遣いは何とかならないものかと日々思うのだけれど、この豪快さが彼女の良いところでもあるのだろう。

 私の問いへの返答はシャッスがしてくれるらしい。さすがリーダーだ。私達が押し付けたのだけれど。


「とりあえず、悪いだけの報告から頼む」

「襲撃があったわ。2グループから。

 1つはトルトと懇意にしていたハンターたち。単なる逆恨みね。

 もう1つがオルティス家の者。証拠品として紋章のついたナイフを回収済み。本人はどうなったのかしらね。生きていたとしても、たぶん碌なことにはなっていないわ」

「貴族か……対応が大変になるから、やめてほしいんだけど」

「ギルド長がつながっている可能性が高いもの。やめてもどうもないわね。

 今回の襲撃を受けて、シエルメールからさらに要請されたわ」

「聞きたくない」

「そんな難しくはないわ。王都が魔物氾濫に巻き込まれても、彼女が戦わなくていいようにすればいいだけだもの。魔物氾濫は騎士との連携が不可欠。

 今回の証拠品があれば、約束を取り付けるのは難しくないはずよ」

「魔物と戦っているときに、後ろからってのがあり得るね。

 まあ魔物氾濫が来た時に、シエルメール嬢がいるかはわからないけど」

「あと1~2年よね?」

「いいや、もっと早まる可能性がある。既に本部に要請はしているから、A級ハンターが派遣されるよ。ボクたちの任期は魔物氾濫の解決か、魔物氾濫に対する準備が終わるまで。それと同じくして新しいギルド長が派遣される予定」

「魔物氾濫なんてここ何十年起こっていないのに、よくスムーズにいったわね」

「5年以上の放置で魔物氾濫の可能性があるっていうのは、シエルメールが言っていたから。

 本部に確認を取って、あとは普通に森への調査記録を見ただけだよ。少なくとも5年記録がなかった」


 ギルド長。職業による差別をなくそうとする姿勢は認めていたのだけれど、そのためにやるべきことをやっていないのは擁護できないわね。

 人の移動はそれなりにすぐにできても、王都の人たちをある程度の期間満たすだけの物資は、1年単位で準備していないと厳しい。

 魔物氾濫が起こったとして、それが収まったからと言ってすぐに物資が届けられるわけでもない。王都に被害があれば、復旧作業もあるし、街道の安全確認もしないといけない。


 魔物氾濫がどれくらい続くかは分からないので無視したとしても、以前のような活気を取り戻すのに、1か月はかかると思う。

 詳しい計算はそういう部署がやってくれるだろうけれど。


 それにハンター組合はあくまでも魔物から人々を守るためのもの。だからハンター組合が準備できる物資なんて限られている。

 こういった不測の事態では、国や領主が物資の手配は行うものだ。


「オルティス家って武家よね」

「魔物氾濫が起きたら責任を取らされるくらいの立場にはあるね」

「ってことは、国も放置していたってことよね。準備が間に合うとは思えないし、私逃げたいんだけど」

「ここが魔物の手に落ちると、中央にも被害が行くと思うよ?」


 そうなのよね。しかも半分はギルドの責任だ。

 それにA級ハンターが派遣されるなら、死ぬ事はないか。


「まあ……とにかく明日の午前中までに話を通さないといけないから、覚えておいて」

「了解。それで、もう1つの報告って言うのは?」

「私しばらくまともに魔術使えなくなるかもしれないから」

「はぁ?」


 シャッスが珍しく間抜けな顔で、間抜けな声を出した。

 固まってしまったシャッスの代わりにリュシーが、前に出てくる。

 それにしてもアロルドは喋らないわね。下手したら1か月単位で聞かないから不思議ではないけれど、驚いた声くらい出して欲しかった。


「別に怪我したとか、二度と魔術が使えなくなる病気になったわけじゃないんだろ?」

「そうね。一度に使える魔力の量が跳ね上がったから、調節が難しそうなのよ。

 簡単に言えば、火力が上がるわ」

「おお、そりゃ良いねえ。ビビアナの火力が上がれば、いままで見過ごさざるを得なかった依頼も受けられそうだ」

「悪かったわね」

「いいや。こっちも、それを承知で組んでたんだ。

 でも、なんだって急にそんなことになったんだ?」

「シエルメールのおかげよ。でもこれ以上は話せないわ。約束だもの」

「約束か。それなら仕方ねえな。

 でも本当にそうなのか、魔術を使ってみてくれよ。そこで間抜け顔晒しているリーダーに向かってな」


 いや、シャッスはすでに正気に戻っているけれど。

 でも試してみたかったのは確かだから、やってみるのも良いかもしれない。

 全身にみなぎる魔力を使って、今までと同じ感覚で、今までと同じ呪文を使う。

 コップ一杯分の水を出すときのように、シャッスの頭に水をかける。


水よ(オーグア)


 シエルメールには秘密にしていたけど、試行錯誤の末に出来るようになった1単語による呪文。

 できることと言えば、水を出すとか、一瞬だけ火をつけるとか、そよ風を吹かせるとか。戦いではまるで役に立たないものばかり。

 でも便利なので使っている。たぶんシエルメールにこういうことができると伝えるだけで、彼女はマスターしてしまうだろう。


 そんな威力なんてまるでない魔術をいつものように使ったのだけれど、目の前に滝が現れた。

 瞬きする間だったけれど、もともとコップ一杯分の水を出す感覚だったのだ。明らかに量が違う。

 びしょ濡れのシャッスには悪いけれど、私は可笑しくて笑うしかできなかった。

 この魔術がこうなる。攻撃に使っていた魔術を使うとどうなるのだろう。


 もしかしたら近いうちにA級ハンターに手が届くかもしれない。

 先生のように二つ名を得られるかもしれない。


 そう思うと楽しくて、でも宿を水浸しにしたせいで、怒られてしまった。





 シエルメールが王都を出て行ってから、私はとにかく今の自分の回路に慣れることに全力を投じていた。

 中央からの派遣ということで、パーティとしてやらないといけないことは多いのだけれど、すべてメンバーに任せてある。

 申し訳ないと思ったけれど、いつか自分たちもこういう期間を取るからその時は働けと、私を置いて行ってしまった。

 その時にアロルドに「がんばれよ」と言われたのがとても衝撃で、しばらく閉じた扉を見ていた。


 そういうわけで、私は絶好調。今までの自分の経験と新しく得た力をすり合わせ、出来ることを確認するだけで毎日楽しい。だけれど王都の状態としてはよろしくない。

 ハンター組合は魔物氾濫の準備のためにせわしなく働いている。


 魔物氾濫がいつ起こってもおかしくないと言われるのにも、そう時間はかからなかった。

 そうなると、私達は戦いの準備をすることを優先させられる。

 A級がいるとはいえ、B級パーティだって十分に戦力になるし、前線に向かわされることだろう。

 いつ来てもいいように作戦会議をしたり、フォーメーションを確認したり、特に私達は私の火力の増強で連携の変更があるので綿密に行う。


 派遣されたハンターもやってきて、その中に私の先生が居た。

 氷の魔女と対をなす、若手魔術師の二大巨頭。若手と言っても私とあまり変わらない年齢だけれど、ソロでB級と考えると十分に若手だといえる。

 灼熱の美姫。炎魔術の中でも特に派手なものを好むため、その派手好きが貴族的だと『姫』とつけられているが、別に本物の姫様というわけではない。


 ついでに灼熱の美姫と氷の魔女は仲が悪い。正確には先生が氷の魔女を目の敵にしている。


 派遣されてきたということは、魔物氾濫の時には顔を合わせるだろう。

 その時に私の魔術を見てどんな顔をするか楽しみだ。





 とうとう魔物氾濫が始まった。

 普段は賑やかな王都が閑散とし、動いているのはハンターや兵士、騎士といった魔物氾濫に対応する人とその人を手助けする人だけ。

 特に今回はワイバーンが目撃されたため、下手に外に出てはいけないと触れがあった。

 ワイバーンと言えばAランクの魔物代表格。飛行能力のせいで討伐が特に難しい。


 こうなると土壇場で戦力アップに協力してくれたシエルメールには、頭が上がらない。


「ようやく試し撃ちの機会に恵まれたわね」

「それはビビアナだけだと思うけど」

「でも、これでビビアナがどれだけ強くなったかわかるってもんだろ?」


 魔物氾濫を前にして、私達はやる気に満ちていた。

 何せ訓練の成果を見せる場なのだから。


「あら、ビビアナじゃない」


 声をかけられた方を見ると、真っ赤な髪に三角帽子の美女が立っていた。

 着ているドレスは布面積が少なく、この場であってかなり浮いている。灼熱の美姫。


「先生お久しぶりです」

「B級になれたって聞いたけれど、ここで会うとは思わなかったわ。

 今更だけれど、おめでとう」

「ありがとうございます。でもパーティでB級ですから、まだまだ先生には及びませんよ」

「かつての貴女ならそうね。センスはあったけれど、そのハンデは看過できるものではなかったもの。

 でも今の貴女はわたくしに及ばないとは思っていないみたいよ?」

「それは戦場で」

「そうね。最近ちょっとストレスがたまっていたから、ちょうど良かったわ」


 先生は「それじゃあね」と手を振って離れていく。

 それと同じくして、はるか遠くで砂埃が見え始めた。


「それじゃあ、行くよ。どこよりも早く接敵、可能な限りなぎ倒す」


 シャッスの号令とともに、私達"愚か者の集い"は走り出した。





 私達が最初に接敵しないといけない理由は簡単。

 私の魔術の威力が高すぎて、周りに被害を及ぼしかねないから。

 パーティ内だったら、私が魔術を撃ちやすいように配慮してくれるけれど、他の人たちにまでそれを求めることはできない。


 もちろん、周りに被害を出さないような魔術も使えるけれど、今日という日は1度だけで良いから全力を出したかった。


 ハンターたちは活躍次第でもらえる報酬が変わる。だから我先にと走るものだけれど、出足が早かった私達が最も早く戦闘態勢に入ることができた。


 さて、敵の先発隊は豚の顔をしたオークの群れ。

 最初に来るのがこのレベルとなると、D級以下は戦闘では役に立たない可能性が高い。

 そのすぐ後ろには、オーガや少数ながらサイクロプスも見える。


風よ(ヴィントゥス)


 そんな魔物を前にして、私が使うのはほんの数か月前までは使えなかった大魔法。

 発動までに時間がかかるので、その間はパーティーメンバーにすべてを委ねる。

 まあ、シャッスもリュシーもアロルドも、オークに囲まれたくらいでは負けないから安心だ。

 サイクロプスが来る前までに、魔術が完成すればひとまずはこちらの勝ち。


大刃となり(マーグリューズミナ)


 早撃ちを得意としていた私としては、この発動までにかかる時間がもどかしい。

 早くしないとメンバーたちに獲物を取られてしまう。

 すでに一体一体と、私の獲物が減っていく。


舞え(サルターレ)


 呪文が完成したタイミングで仲間たちが、一度魔物を押し込み引いてくる。

 そこからの光景は、私自身信じられないものだった。

 壁のように迫っていた魔物たちが、血しぶきをあげて倒れていく。

 最前列だけではなくて、オークの奥にいるオーガ、そしてサイクロプスにまでダメージを与えていた。


 気が付けば私達の周辺だけ空間ができている。

 後ろから声が上がった。


「ウオオオォォォ」というそれは、歓声であり、鼓舞であり、羨望であり、妬み。


 ちょっと加減を忘れてしまったため、魔力をほとんど消費してしまった私のもとに、先生がやってきた。

 その顔はなんだか嫉妬しているようで、灼熱の美姫と謳われる先生にそんな顔をさせたことが、なんだか誇らしい。


「壁を越えたみたいね」

「はい。でも今日はもうダメみたいです」

「当然よ。貴女はまだまだこちら側に足を踏み入れただけなんだもの。

 でもよくやったわね。貴女の師として誇らしいわ。同じ魔術師としては嫉妬してしまうわね。

 貴女も氷も、なんでこんな短期間で成長するのかしら」


 先生は「あとは見てなさい」と私に言明すると、一人で魔物の群れに向かっていった。


「はは、灼熱の美姫にそこまで言わせる魔術師になるとはね。アタシ達も負けてられないね」

「とりあえず、ビビアナが一歩リードって言うのは認めるけど、すぐに追いつくよ」

「仲間として誇らしい」


 パーティメンバーからも褒められ、うれしさが込み上げてきた。

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