閑話 ビビアナと魔術指導と成果2
「ビビアナさん自身気が付いているかもしれませんが、ビビアナさんは他の人に比べて回路が短いんです。短いと表現するものかはわかりませんが、普通とは異なっています」
私の長年の悩みの原因。いままで何となくでしか分かっていなかったのだけれど、あっさりとその原因が確定した。
あくまでシエルメールの言葉を信じればの話だけれど、彼女が此処で嘘をつく理由もないし、嘘をつくほど迂闊ではない。
だけれど事実であろうことが、彼女の価値を高め同時に私を落ち込ませる。
「……やっぱりそうなのね。と言うか、それがわかるのね」
「ですから、黙っていてほしいわけです」
なるほど、自分の価値を分かっている。本当に12歳なのだろうか。
実は種族を偽っている長命種なのではないだろうか。
それにしても回路が短いのであれば、訓練してどうにかなるわけでもないだろう。
今から訓練して腕の長さを倍にしろ、と言っているようなものだ。腕だったら物理的に引っ張れるけれど、回路は魔術的な体の内にあるもの。端っこを持って引っ張るなんてことは出来ない。
強がって見せるなら、今後の方向性が確定したのだ。無駄な努力をしなくて済む。
「具体的には、末端まで回路が通っていない感じですね。
それをどうにかしようと思ったら、1つに単純に循環させる速度を上げることが考えられます」
「それにも限界があるわよ」
「わたしが見る限り、まだまだ全然循環速度を上げることができると思いますけど、それは置いておきましょう」
それは私も試した。これでも精いっぱい速めているつもりなのだけれど、シエルメールから見るとまだまだなのか。と言うか、魔力の循環速度がわかるのか。
それって、シエルメールは魔術師に対して多大なアドバンテージを持っているということになるわよね?
循環している魔力量で、繰り出す魔術の威力が図れるだろうし。
対策としては、常に自分の持てる最大量を循環させ続けることだろうけれど、果たしてどれだけの時間もつのかしら。
だからこそ、無償では無理だと言っていたわけね。なんて、ぼんやり考えていたら、福音が聞こえてきた。
「もう1つ何とかする方法は思いつきますが、出来るかどうかわからないんですよね」
「試しましょう。今すぐに」
後になって思うと、かなり冷静さを欠いていたけれど、どうにもならないと落とされたところで持ち上げられたのだ。飛びつかない方が無理というもの。
わずかな可能性でも、試さないのは"愚者"としてはあり得ない。
私もまた"愚か者"なのだ。
「それではまず。手を貸してもらっていいですか?」
「手って、これでいいのかしら?」
両手の平を上にして差し出すと、シエルメールが上から自分の手を重ねる。
こうやって手を置かれると、やっぱり子供だなと思う。
私の手は決して大きくない。男性のそれに比べると一回りくらい小さいだろう。
だけれどシエルメールの手は、さらに小さい。
そして悔しいことに、とてもきれいなのだ。
これでも令嬢。家から離れたとはいえ、出来るだけ自分の身なりには気を使っている。
ハンター生活をしながらよくここまで持ちこたえているのだと、自画自賛したいくらいなのだけれど、シエルメールの手はそれ以上なのだ。
身なりにここまで気を使っているハンターは、あと私の先生くらいだけれど、先生よりもたぶんシエルメールの手の方がきれいだと思う。
彼女もハンターとして活動しているはずなのに、なぜここまで違うのか。
むーっと、小さな手を睨みつけていたら、体の内に刺激が走った。
「ちょ、ちょっと待って。貴女、私の魔力に何かしてないかしら?」
「していますよ。前段階が上手くいったので、実験をしようと思うのですが、やっても良いでしょうか」
「何をするのかを、教えてくれないかしら? そうでないと判断できないわ」
「そうでしたね。少し気が急いてしまいました」
人の魔術ではなくて、人の魔力に干渉というのは、確かに理論上は可能とされている。
だけれど私にはできないし、未知の感覚に少し怖気づいてしまった。
「ビビアナさんの魔力を掌握して、ほんの少しだけコントロールできるようになりました。
ですから、本来流れるべきところに、無理やり流してみようと思います」
一般魔術師が行うには、程度が過ぎる。
干渉するだけではなくて、コントロールするなんて、生涯を魔術にささげた往年の魔術師の中でも才能がある人か、フィイヤナミア様くらいしかできないだろう。
「それで出来るなら、貴女に頼らずとも出来るのではないかしら?」
「やってみますか?」
「……無理ね」
他人の魔力コントロールは置いておいて、自分の魔力を自分でコントロールすることは簡単なのだから、本来流れるべきところに流すというのは難しくないのではないか。
と思ったけど、無理だった。
本来流れるべきところの本来を私は知らないから。
「お願いして良いかしら」
時間があれば自分で挑戦するのだけれど、シエルメールには時間が無い。
私としても長年の悩みはぜひ解決したいので、力を借りる。
「その前に確認ですが、上手くいった場合、魔術を使う時の感覚が変わってくる可能性があります。
それでもいいですか?」
「言われてみれば、確かにそうね……でも、構わないわ。
その感覚に慣れれば良いだけだもの。その間は私はパーティから外してもらうわ」
「それでは、やってみますね。
ビビアナさんは、できるだけゆっくり循環させて、あとは魔力の動きをできるだけ感じるようにしてみてください」
回路が短い分――というのは先ほど確信したのだけれど――、コントロールの方にはそこそこ自信がある。
特に意識せずとも、循環量を変えることは可能だ。
それから魔力の動きを意識していると、明らかに私の制御から離れているところが生まれた。
穴でも掘るかのように、流れるはずのない方向へと向かう。
最初はちょっとした違和感しかなかったのだけれど、いきなり痛みが走って思わずシエルメールの手を払いのけてしまった。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。急に痛みが来たから驚いただけよ」
シエルメールは何かを考えているのか、黙ってしまう。
痛みくらい我慢すればよかっただろうか。でも、話を聞く限り、この痛みがずっと続くだろう。
それはちょっと、拷問染みていて気が引けてしまう。
「それなら、もう少し続けてみますけど、痛かったら言ってくださいね」
「だ、大丈夫よ」
強がってみたものの、体が逃げようとするのがわかった。
再びシエルメールが手をつなぎ、痛みに耐えるように目を閉じたのだけれど、痛みはなく私の耳に歌声が聞こえてきた。
知らない曲。知らない言葉。
ただ綺麗な音だということは分かる。
歌に気を取られていると、今度は手がくすぐったくなってきた。
痛みほどではなく、まだ耐えられる。
でも笑わないように意識している間に、シエルメールの手が離れた。
「右手だけやってみたので、自分で循環させてみてもらっていいですか?」
「わかったわ」
シエルメールに言われて魔力を循環させる。魔力の動きは確認していたので、出来なくはないのだろうけれど、自分の力で今まで使われていなかった回路に魔力を通した瞬間、思わず声が出てしまった。
右手だけでみれば、循環させることができる魔力量が跳ね上がっている。
嬉しさのあまり涙が出そうだけれど、流石に年下の前では恥ずかしいし、格好がつかないので毅然とした態度を維持した。
「大丈夫そうですね」
「そうね。いつもよりも、右手に魔力が集まっているのがわかるわ」
「それなら、あとは全身やっておきましょうか。中途半端に終わらせたことで、ビビアナさんに悪影響があるかもしれませんから」
「お願いするわ」
三度私の手を取ったシエルメールの歌が、部屋の中に響いた。
◇
拷問だった。絶妙に耐えられる当たり、本当に拷問かと思った。
全身が一気にくすぐったくなるのではなくて、右手から順に腕、肩、首……と順番に刺激がやってくる。
耐えようとすれば変に力が入り、全身がとにかく熱い。
気が付けば外はもう暗くなっている。
だが逆に言えば、半日で私の長年の悩みが解決されたのだ。
拷問のような責め苦は受けるに値した。
「もう終わりで、いいのかしら?」
「はい。長時間かかってしまい、すみませんでした」
「それはいいのよ。頼んだのは私の方だもの。それに今なら、いかに自分の回路が短かったのかがわかるわ」
全てを終えた今ならわかる。
いかに私が魔力を節約していたのかを。たぶん同じ魔術を使ったとき、その威力は何倍にもなっているはずだ。
それから汗が引いて体が冷えていた私を、彼女はお風呂に入れてくれた。
でもそれだけではアレなので、彼女の手を引いて一緒に入ることにした。
◇
「やっぱり子供って温かいわね」
「そうですか」
「あら、怒らないのね」
「子供であることは自覚していますからね」
シエルメールに後ろから抱き着く形で、一緒に湯船に入っている。
シエルメールくらいの年齢なら、子ども扱いされると妙に嫌がったりするものだけれど、彼女は違うらしい。
それよりも私の膝に収まっているのに、体が緊張している事の方が気になるか。
「こんな状態なのに、警戒は解いてくれないのね」
「むしろこの状態を許す程度には、気を許していると思ってください」
「そうかもしれないわね。
どうしてシエルメールは一人でそこまで頑張るのかしら?」
気を許してこの程度なのか。
彼女は10歳から1人で生きているのだという。
正直生き急いでいるようにしか見えない。
「1秒でも早く、この国から逃げ出したいからです」
「逃げる理由があるのね?」
「ノーコメントです」
ノーコメントというけれど、理由はあるのだろう。
でもきっとだれにも頼る気はないと。
「そういうビビアナさんは、どうしてわたしとお風呂に入ろうと思ったんですか?」
「……」
シエルメールの言葉に思わずため息をついた。
彼女は図太いのか、心の機微に疎いのか。今までのことを総合すると後者なのだろう。
「貴女が無理をしていないか、無理をしているなら話でも聞いてあげたら多少楽になるんじゃないかと思ったからよ」
私が勝手に始めたこととはいえ、説明しないといけないのはそこはかとなく恥ずかしい。
話してしまったからには、勢いに任せて話を聞き出すことにする。
「特に今日は、明確に人から殺意を向けられていたでしょう?
魔物が相手だと大丈夫な人でも、人からの殺意には耐えられない事もあるのよ」
「確かにそれはありそうですね。
魔物を相手にするのは基本的に壁の外。心構えができますが、人が相手となると今まで安全だと思っていた町中でも、起こり得るわけですからね。下手すると神経衰弱になりそうです」
「でも貴女はそうでもないみたいね。
ただでさえ、ギルドマスターを相手にやりあって、精神的に疲れてそうなのに」
「それはもう慣れです。としか言いようがないですね」
「……」
これは軽い気持ちで聞き出していい話ではない。
私が聞き出すには、まだ関係が形成されていない。
闇が深すぎる。
「のぼせる前に上がりましょうか?」
「そうね」
何も言えなかった私にシエルメールが声をかける。
気の利いた言葉が出てこなかった私は、素直に彼女の言葉に従った。
◇
「ビビアナさんは、歌姫のわたしを気にかけてくれるんですね」
「それはっ」
タオルで体をふきながら、ぽつりとつぶやいたシエルメールの言葉に思わず声を出す。
なんだか今の言葉に感情が無いような気がして。決して12歳の少女から出ていい声ではなかった。
表面だけの空っぽの言葉。
だけれど勢い任せすぎて、続かないのは格好がつかない。
改めて冷静に、言葉を選ぶ。
「それは、職業は関係ないわ。むしろ私達は、不遇職でありながら、その年齢でC級になった貴女のことを尊敬すらしているのよ。
だから、少しでも力になりたかったのよ。余計なお世話みたいだったけれど」
「そうですね」
はっきり言われて、目をそらす。
余計なおせっかいなのは、よく分かっている。
「ビビアナさんの気持ちは嬉しく思います。
ですが、わたしはまだ、それを受け入れられるだけの余裕がありません。
何せ出会ってまだ数日ですから」
そうなのだ。私達は出会って数日。
特にシエルメールは周りへの警戒心が強い。
彼女のことを私は尊敬している。彼女に私は恩を感じている。
だけれどシエルメールにとって、私はそんなに大きな存在ではない。
「そうね。気が早かったかもしれないわね」
「ですがもし、1つだけお世話をしてくれるなら、万が一わたしが王都のスタンピードに巻き込まれても、戦わなくていいように許可をもらってほしいです」
「今日の件も含めて、報告させてもらうわ。出来れば参戦してほしいけれど、仕方ないわね。
今日は迷惑をかけたわ。それと、ありがとう」
シエルメールは気難しい猫のようだけれど、そんな彼女のことがまた1つ好きになった。
彼女は私に気を許していないけれど、私に気を遣ってくれる。
人に対して、大きな心の壁を作りつつ、人を気遣ってくれる。
帰り際。また明日と声に返事をする。
――ああ、私もまだまだだ。