閑話 ビビアナと魔術指導と成果1
調子に乗って書いていたらとても長くなりました。
ので、計4回、毎日更新します。
昨日まだ15歳にもなっていない少女が、ギルド長とやりあった。
完全に少女――シエルメールがとばっちりを受けた形なのだけれど、彼女の職業と彼女が言い出したことがあまりにも振り切れていたので、護衛をすることになった。
それは別に構わないというか、こういう時のために私達がいるのだから、喜んで護衛をしよう。
でもシエルメールに護衛が必要なのかと言われたら、たぶん要らない。
私で何とかなるレベルの刺客であれば、シエルメール一人で何とかなるだろうし、シエルメールがどうにもできない相手を私はどうすることもできない。
彼女の方が圧倒的に魔術師としての実力が上なのだ。魔力循環がうまくできない出来損ないとは比べ物にならない――しいていうなら、その年齢ゆえの慢心への対策か。
そんな遥か格上の相手に向けるのは、嫉妬ではなく尊敬。
相手は12歳の少女。そんな年齢で今の実力になるためには、どうしたらいいのだろうか。
世の中、秀でた人を指さして「ズルをした」と叫ぶ馬鹿はいるけれど、シエルメールレベルになると、ズルをしたからと言ってどうにかなるものでもない。
ズルしたくらいで、12歳の少女が此処までの実力をつけることができるなら、魔術師の強さは今の2段も3段も高くなるだろう。
つまり何を言いたいのかと言えば、私がシエルメールに魔術を見てもらうように頼んだのは仕方がないことなのだ。
自分の欠点がわかっているところで、自分よりも格上の相手が現れたのなら、アドバイスをもらいたくなるものなのだ。
S級の剣士が現れたら、シャッスも稽古を頼むに違いない。
と言うわけで、町の外までやってきた。
護衛対象を町の外に連れて行くのは愚策だけれど、私はちゃんと渋った。
それに町の外に出たからと、護衛を疎かにするわけじゃない。
心の中で理論武装して、シエルメールに魔術を見てもらうことにする。
「ひとまずどうしましょうか。最大魔術を使ってくださいと言っても、駄目ですよね」
アドバイスをもらうとして、最大魔術を見せるというのは1つ有効な手段であることは違いない。
でも、著しい魔力の消費は、護衛としてさすがに言い訳が苦しくなってくる。
それに最大魔術を見せると、呆れられそうで躊躇ってしまう。
「……最低限シエルメールを守り切れるくらいの魔力は、温存しておかないといけないもの、当然よ」
「それなら的を造るので、ある程度実力がわかるような魔術を打ち込んでください」
「わかったわ」
シエルメールの言葉にホッとしつつも、次なる要求の放り投げ具合に頭を悩ませる。
実力がわかるような魔術って言っても、かなり幅があると思うのだけれど。
ここでどんな魔術を見せるのか、そんなところまで見られているのかしら。
私が考えている間にシエルメールが、的となる土の壁を作り終えていた。
距離としては大体12~13歩と言ったところだろうか。
遠くはないけれど魔術初心者だと意外と当てるのが難しい距離。
とりあえず、普段使っている魔術を使えばいいだろうと思い、慣れた詠唱を始める。
5発連続した炎の球。ちょっとコントロールが難しいけれど、威力が出せない私が選んだ苦肉策。
魔力操作で誤魔化して、1つの魔術を1回の詠唱で何発も放つ。早さと連射性が売りの魔術だ。
問題があるとすれば、魔術職の上位になってくると得意魔術は無詠唱が当たり前になってくるので、ランクが上がるほどアドバンテージが失われること。
5発のうち1発だけ外してしまったけれど、私の魔力操作だとこれが限界。
言い訳するなら、他の人がやったら危険すら伴う魔術である。
私の魔術を見ていたシエルメールは、何か考えるようなポーズを見せた後で、今度は魔法陣を使うように伝えてくる。
魔法陣とか、ものすごく苦手なのだけれど。でも、やらないことには始まらない。
時間がかかってしまったけれど、先ほどは壊せなかった土の壁は壊すことができた。
「どうかしら?」
見せ終わったので、批評を聞きに行く。
無様を晒したけれど、今更気にしたところで仕方がない。
「ビビアナさんって平民ではないですよね?」
「何なのかしら急に」
そんなに魔力量が無いと言いたいのかしら。
総量はともかく、1回で使える魔力量を考えると言われても仕方ないし、今までも何度も言われてきたことではあるけれど、気分はよくない。
表立って馬鹿にしないだけましか、と思っていたらシエルメールの話が続いていた。
「ちょっと無報酬で話せる内容ではないので。
言わずとも分かっていると思いますが、ギリギリ言える範囲だと『循環が苦手』ですね」
私の弱点を的確についてきた。
無報酬では話せないと言うことは、何かアドバイスがあるのだろうか。
だとしたら、今まで見せてきた人たちとは、根本的に違う。
それなら、ここはきちんと質問に答えておいたほうが良いだろう。私を馬鹿にするものではなさそうだし。
「ええ、私もある意味貴族の一員よ。だけれど、この国ではないわ。
中央の有力な家の1つ、かしらね」
「中央って言うと、ギルド本部とかがあるところですよね。
貴族っていたんですか? 何となくいないようなイメージだったんですけど」
中央についてはちょっと説明が難しい。と言うか、他の国で話しても理解してもらえないことがよくある。
血統で見るなら、他の国の貴族になるけれど、その国での貴族籍はない。
そして中央でも正確には貴族ではない。ただし貴族ということにしていた方が説明が楽なので、そういうことにしておく。
「一応あるのよ。人が集まればそれだけでまとめ役は必要になるの。
ギルドのトップの他に、中央の運営に関わっている人。それが中央の貴族。
でも完全に実力主義ね。どれだけ家が力を持っていても、無能はすぐに切り捨てられるから、おそらく貴女の想像している貴族とは、また少し違うわ」
「つまり、家がどれだけ凄くても、退けることができる存在がトップか、監査機関がいるってことですよね?」
「ギルドの祖であり、中央独立の立役者のフィイヤナミア様のことね」
「ギルドの祖……存命なんですか?」
「エルフだもの。直接会ったことはないけれど、十分に考えられるわ」
中央とは簡単に言えば、長命種であるフィイヤナミア様の家。
私達と言うか中央の住民は、その庭に居候しているに過ぎない。
だからフィイヤナミア様には逆らえない。嫌なら出ていけで終わる。
「人以外の種がいたんですね」
しみじみとシエルメールが言うけれど、そう言えば彼女はこの国で生まれ育ったのか。
「貴女はこの国で生まれたんだったわね」
「はいそうです。それで、なぜこの国にはいないんですか?」
「エストークは人族以外を認めていないもの。それは割と常識だと思うのだけれど……」
「常識の中で育ってはいないもので」
突然爆弾を投げられた。12歳でこれだけの魔術が使えるので何かあるのは分かっていたけれど、想像以上に過酷な日々を過ごしていたのかもしれない。
気にならないわけではないけれど、下手につつくのはやめておきましょう。
なんだか怪しい奴らが近づいているんだもの。
◇
刺客と逆恨みのハンターを蹴散らして、刺客の方はシエルメールに任せた。
伝手があるようだけれど、彼女は王都にきてまだ数日ではなかっただろうか。
まあ、シエルメールが後れを取ることはないはずなので、そこまで気にしなくても良いだろう。
仮に私に見えない場所で殺していたとしても、それは刺客の自業自得。
私の方の用事も終わったので、シエルメールが泊っている宿に向かった。
本当になんでこんな高級宿に泊まっているのかしら。
受付で用件を伝えると、部屋まで案内される。
受付が扉をノックして「お客様をお連れしました」と声をかけると、シエルメールは迷うことなく扉を開けた。
さっき殺されかけたのに、不用心ではないかしら。
「扉を開けた時、変な顔していませんでしたか?」
「最初に訊くのがそれなのね。ちょっと不用心だと思っただけよ」
「今日一日部屋の中で過ごそうとしていたわたしを、外に連れ出したのはビビアナさんですよ?」
「それは……こっちにも事情があったのよ。話したでしょう?」
連れ出したことを突かれると本当に痛い。
これ以上何も言えないので、視線で非難していたら「そうですね」と引いてくれた。
なんだか私の方が子供みたいね。
それから先ほどの襲撃の顛末についてお互いに話し合う。
シエルメールの方は貴族がらみらしく、どう考えてもギルドマスターが関与しているため、私の頭が痛くなってきた。
しかもシエルメールはいつの間にか、王都の裏のまとめ役と関係を持っているし、まったくもって悩みが尽きない。
「それで報酬の話でしたね」
「ええ、そうよ。そのために急いできたんだもの」
ようやく話したい話題に返ってきた。
私の長年の悩みが解決できるだけではなくて、その過程で魔術の新たな可能性を見ることができるかもしれない。
シエルメールは絶対に何か隠している。それだけ報酬は怖いけれど。
「わたしが中央に行ったときに必要そうなら、ビビアナさんの家に後ろ盾になってほしいんです」
「ええ、そうね。シエルメールなら遠からずB級になるわね。
後ろ盾があった方が、動きやすい面もあるでしょう。でも『必要そうなら』ってどういう事かしら?」
「他にも後ろ盾になってくれそうな人がいるので、保険です」
「保険扱いはだいぶ失礼だと思うけれど」
これでも良家の令嬢と呼ばれていた者としては、軽んじられるのはいただけない。
あの世界は見栄が大事だから。食べられなくても、プライドは必要になる。私はもう、その世界の住人ではないわけだけれど。
「礼を失するより、安全を取りますよ。それにビビアナさんなら、これくらいじゃ怒らないと思いますから」
「そうね。でも、さすがに私が決められることではないわ。私が後ろ盾と言っても、嫡子ではないからたかが知れているもの。
だから、紹介する程度で我慢してもらえないかしら。他に何かあれば承るわ」
私はそんなにわかりやすかっただろうか。ハンター生活も長いので仕方がない。
本当は後ろ盾を確約してあげたかったけれど、実家をとなると当主の判断が必要になる。
確実ではない紹介だけだと、さすがに報酬として足りないだろうから、他には何かないか、聞くことにした。
「それなら、紹介状書いてもらって良いですか。いつB級になれるかわかりませんし、その時にビビアナさんと連絡とれるかもわかりませんから」
紹介状となると少し内容を考えないといけない。
内容次第では、シエルメール以外も使えるようになってしまい、悪用されかねないから。
でも私の手間が少し増えるだけなので、それで了承した。むしろ報酬の補填には足りないと思う。
それから、ここでのことの秘匿をお願いされたけれど、さすがに言いふらすほど落ちぶれてはいない。
そうしてようやく、シエルメールの話が始まった。