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72.エストークとお別れ

 雨が上がり落ちたワイバーンたちに近づくと、焦げたのか緑の身体が黒く変色していた。

 シエルが雷をワイバーンに落としたのだろうけれど、うまくすればそのうち雷魔術とかできるようになるのではないだろうか。

 死んでいることを確認してから、魔法袋に入れる。


 それから改めて辺りを見回してみると、ワイバーンを落とすような雨だったのにもかかわらず、地面がぬかるんでいる程度の被害しか出ていない。

 一緒に来ている森精霊さんに視線を向けたら笑顔を返されたので、たぶん彼女たちの仕業だろう。

 舞姫の都合上周りへの被害が大きくなることもざらにあるので、その辺のケアをしてくれるのであれば大変助かる。


 どうせ聞こえているだろうと、シエルに体を借りることなくお礼を言っておく。


「これで終わりね」

『魔物氾濫の一部ですし、王都まで飛んで行った方がよさそうですね』

「他に空を飛ぶ魔物はいないかしら?」

『居たとしても、地面を行くよりも面倒はなさそうです。

 規模が大きそうですから』

「それなら一休みをしてから、行動を再開しましょう」


 ワイバーン戦の疲れもあってか、シエルはそう言うとぬかるみがないところを目指して歩き出す。


「それにしても、どうしてこっちに来たのかしら?」

『空にいたからでしょうかね?

 ワイバーンにとって、空はなわばりも同然でしょうし、魔物氾濫で気が立っている中で空を侵す存在がいたら飛びついてくるかもしれません』

「空は私の領域なのに、困ったものよね」

『そうですね、シエルほど空にふさわしい人もいないでしょう』


 何せ空から名前を持ってきたのだから。なんて冗談を言い合いながら、しばらく休憩することにした。





 眼下で舞い上がる土煙の中、有象無象の魔物たちが走っている。

 きっとこの中に墜落したとしても、シエルには傷一つつかないことだろう。

 しかしあくまでシエルの話であり、王都で応戦しているであろうハンターが大丈夫なのかはわからない。

 低級ハンター御用達のゴブリンやスライム、一角兎などは存在しておらず、この位置からだとウルフも見えない。

 よく見えているのは、オークやオーガ。強そうなのだとサイクロプス。

 獣を模したものは居らず、それぞれの上位種っぽいのがいる。


 サノワでシエルが一人で解決した魔物氾濫の比ではない程度にはいるから、確かに解決するのに長時間かかりそうだ。

 ただランクが低い魔物は、後続の高ランクの魔物に轢かれて死んでいるようなので、ここに見える全てが王都に到着するわけではなさそうだ。


 王都が見えてくると、門の周りに空白地帯があるのがわかる。

 どうやら、門に近づかせないように防衛線を敷いているらしい。

 壁の上にも人がいて、弓や魔術で壁に近づいてきている魔物を攻撃している。

 地上戦は話し通り強い人がいるらしく、強力な魔力を感じた。明らかに魔物の密度が少ないところがあるので、そこにいるのだろう。


 見つかっても拙いので迂回して町に入り、適当な屋根の上に降りる。

 魔物氾濫の真っ最中だからか、人通りは少なく、それでも騒がしい。

 魔物殲滅に関係している人や部署は騒がしく、それ以外は家でおとなしくしているといったところだろう。

 お金を持っている人なら、すでに王都から逃げ出しているかもしれない。


 できればこっそり依頼を終わらせたかったけれど、わたし達が向かうのは王都の中でも騒がしいであろうハンター組合。

 顔を隠していきたいところだけれど、ハンター組合の中での安全の約束があるので、顔を出していた方がましかもしれない。


『ここまで来ておいてですが、ハンター組合まで行くの面倒くさいですね。あ、次の道を右に行ってください』

「せっかくここまで来たもの……っていうのは、駄目よね。右はここで良いのかしら?」

『はい、ここです。駄目とは言いませんけど、勿体ないからと最後までやることが、常に最善ではないというのは覚えていたほうが良いです。

 今回はわたしの気分の話ですし、魔術契約しているので行かないとだめですが』

「その代わりすぐに用事を終わらせることもできるのよ?」


 探知で人のいない道を伝えつつ、シエルと無駄話をする。

 毎回ハンター組合で問題が起こっているわけではないのだけれど、王都ではすでに大問題が発生した以上、何かある気がしてならない。


 遠回りをしながらハンター組合付近までやってくると、予想通り皆忙しそうにしていた。

 後方支援になったのであろう、低級ハンター――に見える人――たちが職員の指示に従って動いている。

 中には怪我をして包帯を巻いた状態で走り回っている人もいるし、担架をもって魔物が集まっている門の方に向かっている人もいる。


 ただ怪我人は運び込まれるのは見えない。

 と考えたけれど、怪我の回復は教会の仕事か。教会がどこにあるのかはわからないけれど。

 特に教会は歌姫(わたし)の力は求めていないだろうから、近づくつもりもない。


 しばらく様子を見て、ハンター組合に出入りする人が比較的少なくなったタイミングで、中に入る。

 中には待機を命じられたのか、戦いに行くのを止められたのか、多くのハンターが集まっていて働いている人もいれば、休んでいる人もいる。

 ただ一様ににじみ出ている疲れの色が、魔物氾濫の厄介さを物語っているようだ。


 さてそんな中にシエルのような存在が入るとどうなるのか。


 絡まれるということはないけれど、注目は浴びるし、何より敵意も感じる。

 結局顔を隠していないので、それも理由だと思うけれど。

 ざっと見たけれど、知り合いと呼べる顔は見当たらない。


 シエルはすべての視線を無視して、カウンターに向かう。

 いつもは受付嬢と呼べそうな年若い女性が多いのだけれど、今日はベテランっぽい女性――と言っても30代くらい――が担当していた。緊急時だから、作業効率優先と言う事だろうか。


 受付に訝しげられながら、シエルがノルヴェルから持ってきた魔法袋をカウンターに置く。


「これはいったい何ですか?」


 イラついているのか語気は荒いけれど、それでも話を聞かないということはないらしい。

 そのあたりはやはり、ベテランと言う事だろう。


「ノルヴェルからの物資」

「はあ……?」

「それじゃあ。用事は終わったから」


 これで依頼は終わり。あとは依頼票という名の契約書を本部かどこかで処理してもらえばいいだろう。

 なぜか静まり返っているハンター組合を顧みることなくシエルが出ていこうとすると、「待て」と息の荒い中年がカウンターの向こうからやってきた。小柄で線は細く、眼鏡をかけていて、性悪貴族感がある。

 新しいギルド長か、副ギルド長か、はたまた別の誰かなのか。誰であっても関係ないので、シエルは歩みを止めない。


「待てと言っている。建物から出すな」


 扉付近のハンターに命じてわたし達を閉じ込めるあたり、ギルドの役職持ちではあるのだろう。

 扉をふさがれてしまったけれど、これは危害を加えられたには入らないのだろうか。入らないんだろうな。

 押し通っても良いけれど、こちらから手を出して難癖をつけられるよりは、向こうから何かしてきて約束の反故を理由に堂々と国を出たほうがよさそうだ。


 シエルも納得してくれたのか、足を止めた。


「誰?」

「代理のギルドマスターだ」

「で?」


 なんだか偉そうに役職を言ってきたけれど、シエルは興味なさそうに一文字で返す。

 なんだかとても無能そうなのだけれど、ハンター組合は人手不足なのだろうか。

 あの事件の後すぐに魔物氾濫の調査は始まっただろうし、引継ぎもうまくいかないまま魔物氾濫が始まったとかありそうだけれど。だとしたら暫定的に副マスターがトップに立っているのかもしれない。


「ノルヴェルから来たと言うことは、魔物氾濫を抜けてきたのだろう?

 ハンターなら協力すべきではないかね?」

「その義務はない」

「だとしたら、我々はノルヴェルからの支援物資は受け取らなかった。

 魔法袋と物資は盗まれ、依頼を受けたハンターは降格処分の後に罰が与えられる」

「……」


 シエルを見ても戦力的には侮っていない様子を見るに、ある程度話は通っているらしい。

 シエルが王都の魔物氾濫で戦う義務はないということはもちろん。すでにB級であり、国を出ようとしていることまで把握済みか。

 魔物氾濫の解決に貢献すれば、物資を受け取る=依頼を達成させてやる、と。

 依頼の不達成=物資を盗んだということにしたいらしい。

 物資の入った魔法袋はすでに代理の手の中にあるので、ノルヴェルに戻って失敗しましたと言う事もできない。


「やけに反抗的な目をしているが、そもそも君が間違った情報を与えたから十分な準備が出来なかったのだ。

 その責任を感じたらどうだね?」

「小娘が1日で集めた情報を鵜呑みにするなんて、かわいそう」


 かわいそうだ。主に頭が。

 シエルに言い返されて、青筋を立てている器の小ささもかわいそう。


「貴様にはオルティス伯爵の下についてもらう。せいぜい可愛がってもらえ」


 下卑た笑いを浮かべながら、代理が勝ち誇る。

 オルティス伯爵と言えば、暗殺者を放ってきたところか。

 今の言い分を総合するに、貴族側の失態もギルド側の失敗もシエルに押し付けて、逆恨みよろしくこき使うなり殺すなりするつもりなのだろう。


「本部がそれを許す?」

「バレないから問題ない。そもそも、魔術契約があるのだろう?

 依頼を達成できなければ、その不義理は一生ついて回る」


 ロビーでこんな話をしてハンター組合大丈夫かな、と本気で心配になる。

 でもここにいるのは、シエル――と言うかわたし――が歌姫だと知っているハンターばかりのようで、助けに入ろうとする人がいないどころか、むしろ代理に同調している節がある。


 歌姫の人権はどこに行ってしまったのでしょう?


 そもそも人権がある世界なのかはわからないけれど。

 魔術契約のことも知っていたみたいだけれど、最後の1文は知らないらしい。


『逃げる?』

『逃げましょうか』


 わたし達が逃げに入ると、慌てたように代理が「捕らえろ」と命令する。

 歌姫のヘイトのおかげで、周りは皆敵。それぞれに武器を持って、囲むように近づいてくる。


『面倒だからいつもので良いかしら?』

『良いでしょう。約束を1つ破られましたし、怪我をさせても文句は言えないはずです』


 いつもの――範囲内に入ってきた相手を程よく切り刻む魔法陣を使って、シエルは扉まで歩く。

 飛び掛かってこようとしたハンターが痛みに叫び、シエルが歩いたことで範囲内に入ったハンターが驚いた声を出す。

 一瞬にして阿鼻叫喚の空間が出来上がったけれど、誰一人死んではない。


 目を丸くした代理を放置して、シエルはハンター組合の扉を開けた。





『「王都ギルドのカウンターに置いた時点で依頼は達成とする」って書いておいて良かったわね』

『受け取らないって流れは分かりましたからね』


 魔物氾濫が起こっている門とは反対側に歩きながら、シエルと話す。

 半ば予想通りの展開だったけれど、捕まえようとして来るとは思わなかった。

 おかげでこの魔物氾濫(おおごと)の間に、大惨事が引き起こされたわけだけれど、なんかもう知ったことではない。

 戦闘要員が減ったかもしれないけれど主力は今頃前線だろうし、ワイバーンも倒しておいたし、王都が落ちることもないだろう。


『門に誰かいますね』

「先手を打って倒す?」

『この魔力は知っている感じがするので、たぶん大丈夫です。

 後から敵対するかもしれないですが、すぐにどうなるものでもないでしょう』


 そして途中で気が付いていたけれど、門が閉まっている。

 仕方がないので、門を乗り越えて反対側に降りる。


「本当に出てくるとは思っていなかったわ」

「久しぶり」

「元気……そうではないわね」

「疲れた」


 丁度降り立ったところ付近で待っていたビビアナさんが声をかけてくる。

 魔物氾濫の兆候があったから、王都から動けなかったのだろうか。ビビアナさん達は中央から派遣されてきているようなので、ある程度活動場所が固定されるのだろう。


「ここのギルド大丈夫?」

「はっきり言って、駄目ね。元マスターを働かせているからって、新しいギルドマスターの補充が間に合っていないのよ。それで副マスターを一時的に昇格させたらしいんだけど、権力を得たとたん好き放題ね。

 本人としてはここで評価を得て、正式にギルドマスターになりたいらしいけれど……無理ね」


 そう言えば、元マスターは奴隷になって働かされていたんだっけ。

 だから人手は足りているつもりだと。


「どうしてここに?」

「休憩中にギルドで騒ぎが起こっているって伝令が来て、話を聞くとシエルメールっぽかったから、接触を図ったのよ。

 他の門にもパーティメンバーが張っているわ。待っていた理由としては、何かあったら手助けができるかと思ったからよ」


 つまり逃げ出すことを咎めはしないのだろうか。

 味方がいるというだけで、安心感はあるけれど。


「引き留めないの?」

「戦力としてはほしいけどね。でも引き留められないわ。

 事の顛末は魔物氾濫が終わり次第、私たちが本部に報告するから好きに動いてちょうだい」

「うん。これでこの国とはお別れ」


 シエルの言葉にビビアナさんが目を丸くする。

 それから柔らかな表情になる。


「B級になったのね。お祝いしてあげたいけれど、いつまでもここにいるわけにもいかないわね」

「また」

「ええ、また会えるのを楽しみにしているわ」


 手を振ってビビアナさんと別れる。

 彼女は再び戦場へ、わたし達は新たな舞台へ。


「ねえ、エイン」

『どうしました?』

「この国の人たちはどうでもいいのだけれど、彼女達くらいは守ってあげられないかしら?」

『頼んでみたらどうですか?』

「そうね。ビビアナのパーティだけでも、死なないように手助けしてあげてくれないかしら?」


 シエルが森精霊に頼むが、彼女はあまりいい顔をしない。

 わたし達のことが嫌いになった様子はないけれど、どうしてだろうか。


『ビビアナさん達はこの国の人じゃないですよ』


 思うところがあったので口を出してみると、森精霊はきょとんとした後で、頷いてくれた。

 それから周りの精霊に何かを伝える。

 裏技っぽいけれど、今までの魔力の代金と言う事で見逃してもらおう。


 こうしてわたし達は生まれた国から脱出した。

これで第一部が終わりです。

面白い、続きが読みたいと思ったら、ブックマークや評価をしていただけると嬉しいです。


次から第二部に入りますが、その前に閑話についての募集的なのをしたいと思います。

「どの話の誰視点」を読みたいというのがあれば、コメントいただければ、閑話として書くかもしれません。

来なかったら、閑話を挟まずに第二部に入ろうかなと。


ひとまず、ここまでのお付き合いありがとうございました。

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