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70.昇格と順番とズレの解決

 頑張るとは言ったものの、こちらが不利であることには違いない。

 ハンター組合はC級の小娘が辞めただけで傾くような軟弱な組織ではないだろうから、辞めると脅したところで大して効果はないだろう。


 ただし今は国の進退にかかわるような局面でもある。

 無数の魔物が王都を襲う。王都が廃墟と化したとしても、国がなくなることはないと過去に実証されているけれど、混乱は必至。

 国とハンター組合は別組織とは言え、深く結びついているだろうし、国に何かあればハンター個人個人も仕事が減るなどの弊害が出かねない。だから当然協力はする。


 今回は戦力的に廃墟とはならないだろうけど、人も物資も多いに越したことはない。


 ……大見得切ったけど、考えるのが面倒になってきた。

 何でこんな面倒くさいことになったんだろう。


 うん、もっとシンプルに考えよう。


 組合側が求めるのは、シエルに物資を運搬してもらう事。

 ただしその難易度は低く考えたとしてもB級、普通に考えるとA級。対してシエルはC級。

 だから成功報酬としてB級への昇格がある。


 B級になりたいわたし達としては、受けない理由はない。

 でも受けたいと思わないのは……ギルド側の掌の上で踊らされているようでむかつくからか。

 それとも、ハンター組合が決めたルールを破ることを組合側が是としているからか。


 どちらにしても我ながら何と子供っぽいのだろうか。


 だけれど、黙って従い続ければ、今後も良いように使われるかもしれない。それだったら子供っぽくても、我がままを押し通すべきだと思う。少なくとも、この国に義理はないのだから。

 あちらがルールを破ろうとしている以上、道理はこちらにある。


 それに王都に行くということ自体が、わたし達にとって苦痛だということをおそらく相手は知っている。


「そう言えば、人造ノ神ノ遣イのランクは?」

「……Aランクの上位からSランクの下位だ」

「つまりギルド長はS級依頼をC級に受けさせた」

「……」


 わたしの言葉にギルド長は沈黙で答える。


「さらにA級以上の依頼を指名する」

「……そうだ。国のためにはこうするしかない」

「この国のギルドはわたしの職業を喧伝し、自分のミスをもみ消すために貴族と組んで殺そうとした。この国のハンターは逆恨みで魔物氾濫を起こして嵌めようとした。この国の人は歌姫というだけで邪険にする。

 それでもわたしは、ハンター組合に貢献してきたつもり。違う?」

「……」

「別に依頼を受けないとは言わない。でも、王都に行くだけでわたしは危うい。

 もう一度貴族に殺されかける可能性がある。

 そのうえで『達成したらB級にしてやるから、依頼を受けろ』と言うの?」


 どれだけ丁寧に言っても、ハンター組合の主張としてはこう言う事だろう。

 好意的に考えれば、早くB級に上げさせるための名目、わかりやすい功績と受け取れる。

 しかしそれなら金狼で十分のはずだ。


 結局今の状況は、ギルド側がわたし達の好感度を下げ続けてきた自業自得。

 現在のわたしでは、ギルドからの言葉を好意的に受け取ることなんてできない。


「達成後の昇格でなければ、何を求める?」

「分からない?」

「B級に上げるのが先……か」

「何か問題が?」

「ギルドを信頼できないのか?」

「できるとでも? 当然依頼失敗でC級に落とすのも許さない」


 何を寝ぼけたことを、と言いたい。たぶんそんな目でギルド長を見ているけれど、ギルド長自身も当然の反応だと受け取っているのか、諦めたような表情をしている。


 こちらの主張はC級で受けさせるのが問題なのだから、先にB級にしてくれというだけだ。そうするだけで、ギルド側も大手を振ってシエルを指名できるというのに。受けさせようとしている依頼が普通に考えるとA級なので、大手は振れないかもしれないけれど。


 主張が通ったとして依頼失敗での降格を言い出して来たら、わたしはこの場から逃げ出す。

 普通1度失敗した程度では降格しないし、B級に昇格したとしても受けるのはA級相当の依頼だ。これで失敗降格をしようものなら、ギルドの横暴だと糾弾されても仕方がない。


「分かった。上に掛け合ってみよう。他に何かあるか?」

「物資を入れる魔法袋はそちら持ち」

「良いだろう。待っていてくれ」


 意気消沈しているギルド長が、わたしを置いて部屋を出ていく。

 どうやらこちらの要求は通ったらしい。正確には第一段階突破か。

 イライラしていたけれど、ギルド長の立場も大変だよなと今は思う。国の一大事だし、わたしと敵対したのはここのギルド長ではないし、彼にしてみればとばっちりに違いない。


『上手くいきそうね?』

『そうですね。思いのほかにすんなりいったのは、ここのギルド長だったからでしょう』

『王都のアレだったら難しかったかもしれないわね』

『ギルドに思うことはあっても、ここのギルド長個人にはありませんから貧乏くじを引かせた感じはします。

 だからと言って、妥協するつもりは全くありませんが』

『それなら、B級になったら依頼こなさずに出ていくのかしら?』

『それはやめておきましょう』

『そうね』


 B級になれば依頼をこなさずとも、この国を出ることができる。

 しかしそれをしてしまうと、本格的にギルドと対立してしまうだろう。

 失敗するにしても、見える程度の成果は出しておかないと中央に行った後で動きにくくなるかもしれない。

 それに依頼を受けて放置すると、なんだかモヤモヤしてしまうだろう。これはわたしの感覚だけれど、シエルには約束を簡単に破ってしまうような人にはなってほしくない。

 だから依頼を受けたら、出来得る限りの努力はするようにしたい。





 ギルド長がしばらく帰ってこなかったので、シエルに体を返して、返されたシエルは精霊と遊んでいた。

 見えるだけなので果たして遊んでいると表現して良いのかはわからないけれど、シエルが年相応の表情をしているのでわたしとしては満足だ。


 誰かが近づいてきたところでシエルに伝え、シエルの表情が戻る。


 扉を開き入ってきたギルド長の手には、何枚かの紙とシエルが背負えるほどのリュックサックがある。

 時間にして1~2時間くらいかかっていたけれど、上の許可とやらを得られたのだろう。そう考えるとかなり早い対応だといえる。

 数日かかることは覚悟していたけれど、事態は思っていたよりも急を要しているのかもしれない。


「特例が認められた。これがシエルメール嬢のB級カードになる」


 ギルド長がテーブルにC級まで使っていたものよりも、豪華なカードが置かれる。

 シエルがそれを取ろうとしたけれど、『待ってください』とストップをかけた。

 これを受け取る=依頼を受けるとなる。今更騙すとは思えないけれど、改めて依頼の確認をしたほうが良い。


「依頼内容の再確認」

「……そうだな。これが新しい依頼票になる。同時に魔法契約でもあるから、しっかり確認してくれ」

「分かった」


 シエルが依頼票を受け取り内容を確認する。

 新たな内容としては「依頼を受けた場合にB級と認める」事、「こちらのできる範囲で依頼達成に尽力する」事が盛り込まれている。

 そのほかは特に変わったところはない。


「大体がこれでいい。でも一文書き加えたい」

「内容は?」


 ギルド長に問われて、シエルは答える代わりに一文書き加える。

 返した依頼票を見て、ギルド長は何か言いたそうな顔をしていたけれど、内容に触れることはなく「これでいい」とサインした。

 シエルも同じくサインして、B級のカードを手に取る。


『早くもと言うべきかしら、やっとというべきかしら』

『やっと、でしょうね。やっとこの国を出るためのキーが手に入りました』

『そうなのだけれど、あまり感動がないのよ』

『わたしもです』

『でもとりあえずは目の前の問題ね。早く届けて、この国を出ましょう?』

『最速で向かいますか?』

『エインさえよければかしら』

『大丈夫ですよ』


 シエルがB級カードを魔法袋にしまって、代わりにC級のカードをテーブルに乗せる。

 それから、リュックサック――物資の入った魔法袋を背負う。

 そのままシエルは部屋を出ようとしたが、直前で足を止めた。


「貴方はまともだった」

「そうかい。光栄だ」

「頑張って」


 シエルの短い言葉にギルドマスターが困惑した表情を見せたかと思うと、苦笑いを浮かべた。

 強面なので苦笑いも怖いのだけれど、この瞬間だけはどことなく愛嬌があるように感じる。

 王都のギルド長が彼だったら、もっとシエルとの関係も違っただろう。

 喜んで、とはいかないまでも、魔物氾濫への戦力として働くくらいはしたかもしれない。


 順番が悪かった、タイミングが悪かった、巡り合わせが悪かった。そんなところだろう。


 ハンター組合を後にしたシエルは、まっすぐに町の外を目指した。





 ノルヴェルを出るころには日も傾いていたので、本格的な移動はあきらめて、徒歩で行けるところまで歩くことにした。

 薄暗くなる中、大自然の中にいるというのは哀愁を感じるもので、わたし一人だけだったなら寂しさや気味悪さを感じていただろう。

 だけれど今はシエルがいるので、話をしながら歩くことができる。


「それにしても、どうして魔物氾濫が起こるのかしら?

 あと1~2年は大丈夫だったはずよね?」

『わたし達の結論としては……ですが。あくまでも過去の事例と比較しただけなので、例外もあるのかもしれません』

「繁殖速度がいままでよりも早かった、と考えられなくはないものね」

『そうなるとあの森だけなのか、他の場所でもそうなのかという問題も出てきますが……』

「そういうのは専門の人に任せるべきなのよね?」

『実際わたしが素人判断をして、数年ずれてしまいましたからね。

 まあ、今思うとポーションの値段だけで判断したのが、間違いだったのかもしれません』

「ポーションと言えば、いつか私も作れるようになるのかしら?」

『作りたいんですか?』

「作れたらハンターを辞めても、お金が稼げそうだもの」


 需要は高そうだし、作れたら売れるだろう。それも材料費次第ではあるけれど、わたしたちなら材料も採集に行けるだろうしやっていけそうな感じはする。

 薬草は一度採取すれば、結構保つはずだから……。


『ああ!』

「エインがそんな風に声を上げるのは、珍しいわ。どうしたのかしら?」

『確か薬草ってちゃんと保存したら1~2年は大丈夫でしたよね?』

「言っていたわね。なるほど、それが魔物氾濫のズレだってことね」

『はい。ですからたぶん、依頼記録とか見られれば十分に今回の魔物氾濫は予測できたでしょう』


 なんだかとてもすっきりした。異常繁殖でもなければ、人為的でもない。

 錬金術師が備蓄していた薬草を使って、運ばれてくるポーションに負けないように値段を据え置きで、2年間頑張ったのだろう。ポーションは戦う人には命綱となり得るものだし、何かの時のために大量に薬草を備蓄していてもおかしくはない。


 それでも同じ数を納入し続けるのは難しいはずなので、ポーションの供給量にもっと気を付けて調べていれば分かったのだろうか。今更考えても仕方がないけれど、一仕事の前に憂いが1つ消えたのはよかった。

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