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69.帰還と魔物氾濫と交渉

 海からノルヴェルの町に戻ってきた。

 当然危険もなく、まっすぐ戻ってくることができた。

 前世感覚で一週間もかかっていないのだけれど、町はまだざわついているようだ。


 金狼がいなくなったことで、町が明るくなっていても良いのに、どこか暗い雰囲気が漂っている。

 シエルの周りは、精霊が無邪気に飛び回っているので明るいけれど。

 もしかして、まだ調査が終わっていないとかだろうか。それにしては、門番がすんなり通してくれたような……。

 下手に詮索をすると厄介ごとに巻き込まれそうなので、あまり気にしないことにする。


 シエルが興味を持てばわたしも手伝いはするけれど、今のところ全く興味はなさそうだ。

 それよりも、金狼が何だったのかが問題になる。

 魔物鑑定士の職業を持つ人がノルヴェルにいるかはわからないけれど、6日もあれば王都から招集できるだろう。わたし達は使わなかったけれど、馬に乗るなどすれば移動時間は短縮できるだろうし。


 実はシエルももっと早く移動できる方法がある。下手したら馬よりも早いかもしれない。

 それなら王都からノルヴェルの移動で使えばよかったかもしれないのだけれど、使うと途中で寄り道が難しくなる。

 B級昇格が当初の目標だったので、道中昇格にプラスになりそうな依頼をこなそうと思うと、徒歩のほうがよかったのだ。

 それも意味がなかったのだと知らされたわけだけれど。もしかしたら、王都からノルヴェルの道中でこなした依頼があったからこそ、すでに条件を満たしていたとも考えられる。

 それなら無駄じゃない。無駄じゃなかったのだ。


 閑話休題。


 ハンター組合もやっぱり騒めいている。

 ただ金狼が出た時のようなピリピリとした感じではなくて、どこか他人事のような印象を受けた。

 遠くの町で何か事件でもあったのだろうか。ハンター組合でも騒めいているということは、遠くの町から救援依頼でも来ているのかもしれない。


 そんな中、シエルはスタスタと受付に向かう。


「ギルド長いる?」

「えっと、はい。シエルメールさんですか?」

「そう」

「呼んできますので、少し待っていてください」


 話が通っていたらしく、すぐに対応してくれた。

 こういうところは、ここのギルド長はしっかりしている。

 そもそもわたし達が知っているギルド長は王都の()ギルド長だけだけれど。


 しばらくしてやってきたギルド長に連れられて、執務室にやってきた。

 慣れたものとまではいかないけれど、何度も来ているのでシエルは戸惑うことなくソファに腰掛ける。


「鑑定の結果は?」

「『人造ノ神ノ遣イ』と言うらしい」

「そう」


『やっぱりって感じね』

『むしろ普通の魔物だったらどうしようかと思うところですね』

『それでどうするべきかしら?』


 シエルは興味なさげにギルド長の言葉に応えたけれど、ギルド長の方は何か言いたげにシエルを見ている。

 何か知っていそうなシエルに対して、話を聞きたいのだろうけれど、果たして話すべきか否か。


『リスペルギア家が関わっているかもしれない、程度で良いと思いますよ。

 放置してまた厄介なもの造りだされても面倒ですし、こう言っておけばギルドが監視していてくれるかもしれません』

『そうね。わかったわ』


「それで、何が知りたいの?」

「何を知っている?」

「知ってはいない。予想があるだけ」

「その予想というのは?」


 回りくどいようだけれど、自信満々にリスペルギアの名前を出して間違っていたら目も当てられない。むしろリスペルギアがしらばっくれた時に、こちらに文句を言ってくる恐れがあるので、あくまで可能性として話す。

 そんなことは相談していないけれど、シエルも日々成長しているということだ。

 こういった成長の仕方はどうなのだろうか、と思わなくもないけれど。


 シエルはまっすぐ育ってほしいと思うのだけれど、それが良いことばかりではない。

 むしろずる賢いくらいの方が、この世界でも生きていくのにプラスだろう。

 それにわたし自身、人に忌避感がある。人と深くかかわることが、面倒ごとを運んでくるとしか思えないし、裏で何考えているのか分かったものではない。


 わたしの所感とシエルの教育に関しては良いとして、現状石橋を叩いて渡るくらいがちょうどいい。


「リスペルギア」


 シエルが短く、でもはっきりと彼の名前を口にする。

 出てきた名前が予想外だったのか、「ありえない」と驚いた様子で否定した。


「どうして?」

「リスペルギア公爵はこの国でも1,2を争うほど、民のことを考えている貴族だ。

 そんなところが、魔物を造るなんて考えられない」


 リスペルギアが造りたいのは魔物ではない。目的を果たすために魔物でもよかったのかもしれないけれど、できたのが神の使いなのでやはり神に関する何かをやっているはずだ。

 その目的が世界征服なのか、領地の発展なのか、はたまた新人類でも作ろうとしているのか、わたしにはわからないけれど。

 でも神を造ろうとしていること、していたことを、ギルドに伝えるのは躊躇う。


『これ以上は話さないほうが良いのよね?』

『わたしとしては良いと思います。正直ギルドを信用できません。下手すればリスペルギアにわたし達が売られることも考えられます』

『だとしたら、あとはあの森のことかしら』

『そうですね。今回の証拠にはなりませんが、怪しい何かがあることには違いありませんからね』


「信じられないならそれでいい。あくまでも可能性の話だから」

「どうしてシエルメール嬢はリスペルギアだと思う?」

「サノワの南にある森に結界が張ってあるから」

「自分の目で確かめろってか」

「お好きに」


 傲慢ともとれるシエルの返答にギルド長が神妙な顔をする。

 これで少しはリスペルギアに意識が向くだろう。それで少しでもあの男が動きにくくなれば良い。


 話はこれで終わり。今後はハンターとしての活動は最低限に、山籠もりでもするのだろう。

 寝る場所はどうにかなるし、食事も魔法袋があるから定期的なハンター活動のために町に出てきたときにでも買えばいい。

 でも、数年単位となると家くらいほしいかな、ログハウスとかなら魔法袋に入らないかな、なんて考え始めていたのだけれど、帰ろうとするシエルをギルド長が「待ってくれ」と引き留めた。


「もう用事はない」

「悪いがこっちにはある。もう一度座ってくれ」


 シエルが不機嫌そうな顔で、しぶしぶ座りなおすとギルド長が一枚の依頼票を取り出した。


「シエルメール嬢に指名依頼をする」

「連続で指名すると?」

「慣例に反しているのは分かっている。だが今回は緊急性を考えて許可された」

「……内容は?」

「王都への物資運搬だ」


 ギルド長が依頼票をシエルに手渡し、シエルが内容を確認する。

 書かれている事をまとめると、大量の物資をできるだけ早く王都に届けると言う事らしい。

 ただ届けるだけなら難しくはない。物資が多くても魔法袋があるから何とかなるだろうし、急いでいけば数日で王都に到着するだろう。

 できるだけ早くというのが少しネックだけれど、明日までに何とかしろとは言うまい。


 だが解せない。


 これだけの依頼であれば、わざわざシエルを指名する必要はない。

 魔法袋はこのギルドにもあるだろうし、あとは足が速い人とか馬に乗れる人にでも頼めばいい。

 シエルの足が速いなんて話はしたことがないし、嫌な予感がする。


 シエルにそういった懸念を伝えると『そうよね』と同意が返ってきた。


「私である必要性を感じない」

「王都近くの森で、魔物氾濫の兆候が見られた。事態はいつ始まってもおかしくないところまで来ている。だからノルヴェルにいるハンターの中で、最も力のあるものを向かわせることになった」

「巻き込まれる可能性が高い、か。でも王都の魔物氾濫には関与しなくていいはず」

「強制的に戦わせないという契約のはずだ。物資を届けてもらうだけなら抵触しない」


 確かに戦わせないという話だったのは間違いない。

 依頼は届けること。道中もシエルが戦う必要はない。仮に戦ったとしても、シエルが勝手に戦っただけだという事か。


『これは受けるしかないのかしら?』

『指名依頼って言われた以上、断ればペナルティはあるでしょう。

 ただ確認したいことが多いので、少し体を借りて良いですか?』

『ええ、もちろん』


 許可をもらったので、体を借りてギルド長と話す。

 シエルに伝えて、シエルからギルド長にというのも良いのだけれど、伝言ゲームをするには少し話が厄介になりそうなのだ。

 なぜ魔物氾濫が起きたのかも考えたいのに。わたしの予想ではあと数年は大丈夫だと思ったのに。どうしてこのタイミングで……。


 いまは気持ちを切り替えて、話し方も切り替えて、ギルド長とのお話を完遂しなければ。


「確かに。では、いくつか確認と要求」

「ああ、それは当然だろう」

「わたしのギルドへの印象が悪くなることは承知での指名?」

「……そうだ」


 わたしの機嫌悪いアピールに、ギルド長が眉間にしわを寄せて頷く。

 それほど切迫しているということかもしれないけれど、使われる側はたまったものではない。


「放浪の小娘に頼らないと魔物氾濫1つ収められない?」

「Aランクの魔物が確認されたらしいが、戦力的には問題ないはずだ。

 だが魔物氾濫が始まれば、いつ収まるかわからない。1日で終わればいいが、終わらないかもしれない」

「だから物資が運べればいいと」

「ああ、依頼はあくまでそれだけだ」


 人為的に引き起こしたものではなく、自然に起こった魔物氾濫は確かに長期化する恐れがある。

 自然発生は魔物の数が膨大になったから起こるものなので、当たり前と言えば当たり前か。

 長期化すれば運ぶ物資の有無が大きく戦況を変えることは、素人のわたしでも想像ができる。


 想像は出来るけれど、解せないことばかりが増えていく。


「Aランクが確認されたのにC級を指名する?」

「シエルメール嬢なら大丈夫だろう?」

「論点が違う」


 シエルならできるかどうかではない。

 本来A級が受けるべき依頼、依頼内容を過小評価してもB級レベルの依頼をC級に指名していることへの問題だ。

 もちろん例外はあるが、いまその例外には当たるまい。C級ハンターであれば、C級ハンター程度の戦闘力しか求められない。ギルドが自らルールを破ろうとしていることになる。

 金狼の件ですらグレーなのに、さらに積み重ねたいらしい。


 今回の依頼を傍から見れば、死にに行けと言っているようなものだ。


 Aランクの魔物とは戦ったことがないし――金狼はランク不明――、シエルでも安全かはわからない。


「分かっている。シエルメール嬢が依頼を達成した時には、B級になるように許可も得ている」


 なるほど、なるほど。1度しか使えない手をここで使ってきたか。

 B級昇格を目指していたわたし達には良い餌だ。魔術契約の時に年齢以外にB級昇格の可能性を残していたのは、こういった場合を想定してだったのだろうか。1度だけわたし達を便利に使える手段を残しておいたわけだ。


 だけれど安易にそれに飛びつくつもりはない。


「それはどういう理屈で?」

「理屈とは?」

「わたしがB級昇格に必要なものは年齢だけ。それ以外はそろっている。

 それなのに、依頼をこなしてB級はおかしい」


 ギルドへの貢献が足りないのであれば、今回の依頼をこなしてB級なのは分かる。

 実力が足りないのであれば、同様にわかる。

 でも、わたし達に足りないのは年齢だ。それなのに、今回の依頼で何を計ってわたし達をB級にするつもりなのだろうか。

 この依頼をこなしたら、年齢が上がるとでも言うのだろうか。


「受けなければ降格もあり得るが?」

「その時にはギルドを辞める」


『あら、辞めるのね?』

『えっと、勝手に決めてごめんなさい』

『良いのよ。エインも考えがあってだと思うもの。

 それに私もエインの意見に賛成よ』


 事後承諾になってしまったが、シエルが認めてくれたのなら話は早い。

 正直素直に受けても、なんだかんだでB級にしてもらえない気もするし、運搬以外にもこき使われそうな気がするのだ。B級に昇格させずに、1度のはずの餌を何度も使われかねない。

 だからここでB級を確定させられるように、頑張ってみようと思う。

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