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68.考察とシエルと海

 金狼は倒したけれど、流石にそれで終わりと言う事にはできない。

 人語を解す、継ぎ接ぎの魔物。彼の魔物の言葉を思い返してみても、人によって造りだされた魔物であるというのは間違いない。


 あんな魔物が作れるというだけでも驚異的だけれど、今回は人工だったから勝てたのだと思う。

 無理やり大きくされた、無理やり縫い付けられた、だから体がスペックに耐えられなかった。

 慣れない体では直線でしか走ることは出来ず、慣れない重さは徐々に金狼を疲弊させていった。継ぎ接ぎで無理に力を加えると裂けた。


 シエルが消耗するよりも、金狼の消耗のほうが大きかったのだ。

 おそらくシエルはそれに気が付いていた。だから結界が使えなくても焦っていなかったのだろう。

 最悪即死しなければ、すぐに回復させることもできるし、シエルは痛みにも強いのでそれで動きが鈍ることもない。


『やっぱり、リスペルギアが作ったんでしょうね』

『紛い物って言っていたし、また神様を作ろうとしたのかもしれないわ。

 それで失敗して、捨てられたのね』


 ノルヴェルに戻る道すがら、シエルと金狼について考察する。

 リスペルギア公爵家以外の可能性が無いわけではない。けれど神関係だと判明したら、ほぼリスペルギア家で確定だろう。

 一応判明させるあてもある。


 こうしている間ふよふよと精霊たちも一緒についてきているけれど、今はそれぞれ勝手に遊んでいるようだ。



『あのウルフだけならこれで終わりなんですけど』

()()と言っていたものね。まだ何体もいると考えて良さそうよ』

『全部同じ魔物なら、まだ対処できそうなんですけど、その線は薄そうですよね』

『キーとなるのは、神の使いかしらね』

『一度きちんと調べたほうがよさそうですね』


 他の人造魔物も似たような強さだとすると、かなり厄介になるだろう。

 わたし達ではなくて、この世界の人々が。

 Aランク以上どころか、Bランクの魔物でさえ一生見ない人もいるくらいだ。

 それなのに、この人造魔物は積極的に人に復讐するという明確な意思がある。


 それにリスペルギアの仕業だった場合、実験がこれで終わったとも考えにくい。

 金狼はどう見ても成功例とは言えそうにないから。金狼の後に成功した可能性もあるけれど、それは楽天的すぎる。

 リスペルギアは神に執着しているみたいなので、毎回強い魔物を造るわけではないと思うけれど、造らない保証はない。


『ところでエインは大丈夫かしら?』

『何がですか?』

『あのウルフを倒した後、何かが入ってきた事よ。

 私はなんともないけれど、エインはどうかしら?』

『それですか。何とか使えないかなと、模索中です』

『エインは逞しいのね』

『また似たような魔物が出てきたときに、ちゃんとシエルを守らないといけませんから』

『ふふ、ありがとう、エイン。エインは前向きなのね』

『わたしの歌で笑ってくれる子がいるだけで、5年過ごせる程度には前向きですよ』


 ふふふと笑って返してみたけれど、ちょっと格好つけすぎたかもしれない。

 でもシエルがわたしの歌で笑顔になってくれなければ、この世界にきて最初の5年でわたしの心は壊れていただろう。

 いまだってシエルがいなければ、この世界とつながることはできない。


 わたしとしては、シエルのサポートができるだけで充分だけれど。

 でもいつか、わたしのことが煩わしく思うこともあるんじゃないかなと、今は嬉しそうなシエルの横顔を見つめた。





 帰りがけに適当に魔物を倒していたら、受けていた依頼を達成する数集まったので、それもまとめてハンター組合に持っていく。

 朝から森に行って、すでに昼は過ぎ、夕方近くになっている。

 時間帯的に行きたくはないし、それに限らず今は森に行くために制限がなされているので、ハンターが多い。

 この中に入っていくのはとても面倒くさいのだけれど、シエルが金狼を倒したことを伝えないと今の状況が続くだろうから、あきらめてフードをしっかりかぶって中に入っていく。


 ピリピリとした雰囲気の中、顔を隠しているとはいえ小柄なシエルはハンターたちを刺激してしまうらしく、苛立たしそうな視線を向けてくる。

 それにしては絡んでくる人がいないなと思っていたら、ギルド長が受付の向こう側で目を光らせていた。

 彼もシエルが入ってきたことに気が付いていたらしく、こちらを見ると奥に入ってくるように視線で訴えかけてくる。


 ギルド長の後を追い、ハンターから見えなくなったところで広い場所に案内するように頼む。

 金狼をそのまま持ってきたので、普通の部屋に入れるのはまず無理だから。ギルド長は訝しげながらも、了承してくれた。

 方向転換して、ハンターたちが持ってきた魔物の素材を置いておく倉庫まで連れていかれる。

 気を利かせてくれたのか、普段からなのか、倉庫に人はいない。


「それで何か分かったのか?」

「それらしいのは倒した」


 あっけらかんと返すシエルに、ギルド長は疑いの目を向け何かを言おうと口を開く。

 それよりも早くシエルが金狼を魔法袋から取り出したのを見て、その口を閉じた。


「本当に倒したんだな」

「そう言ってる」

「こいつは何なんだ?」

「さぁ? 私が知りたい」


 やたら大きな金色のウルフに驚いているせいか、ギルド長の質問が的を射ない。

 ギルド長が髪のない頭を掻いて「そりゃそうだわなぁ……」とぼやく。

 とは言え、戦ったからこそ分かることもあるので、シエルにそれを伝えるように助言しておいた。


「そのウルフは喋っていた。会話は出来なかったけど、人を恨んでいた。

 あと見たらわかるけど、継ぎ接ぎだらけで人が作ったんだと思う。それっぽいことも言っていた」

「……それは、本当か?」

「ええ」

「このウルフだが……」

「鑑定したいなら置いていく。だけど気になることがあるから、鑑定結果は教えて」

「何か知ってるのか?」

「今はまだ何とも。可能性とだけ」

「分かった。伝えよう」


 横たわる巨大なウルフを見ているギルド長と約束する。

 せっかくだからと、受注した依頼分の魔物も取り出して、この場で依頼を完了してもらうことにした。

 結構な数の魔物の死体をそのまま持ってきたけれど、ギルド長は金狼ほどは驚かずに、粛々と受け付ける。


「後は帰りがけに、受付にカードを渡せば完了になる」

「そう言えば、門の封鎖はいつ解けるの?」

「何度か調査依頼を出して、以前程度には安全になったと確認できたらだな」

「それなら、通行許可を頂戴」

「シエルメール嬢なら構わないが……どうするんだ?」

「海を見てくる」


 ギルド長は困惑している様子だったけれど、これ以上は踏み入ってくることなく、受付で許可証も発行すると約束してくれた。


「シエルメール嬢から見て、こいつはどれくらい強かった?」

「最低Aランク。A以上は戦ったことがないからわからない。

 ただBランクとは雲泥の差だった」


 シエルの返答に「参考にする」とだけ返した後、ギルド長が黙り込んでしまったので、気にせずに倉庫を後にする。

 受付まで行って手続きを終わらせてから、別のハンターが近づいてくるのを感じつつも、無視してハンター組合を出ることにした。





 ハンター組合を出たままに、シエルはノルヴェルの町も後にした。

 それだけ早く海を見たかったのだろう。


 うっそうとした森の中を北へ北へと向かうと山道になる。

 連なる山々の比較的低いところだったのか、さほど苦労することなく頂上にたどり着いたけれど、視界が悪く海を見ることはできなかった。


 それからやっぱり北へと下山したところで、大体町を出てから3日。

 寄り道をしないで――道中精霊と遊んでいたけれど――、まっすぐ来るとさすがに早い。魔物もBランクレベルが何体も襲ってきたけれど、特に苦労せずに返り討ちにできた。こう考えるとやはり、金狼のスペックはSランクはありそうだ。


 山を下りて現れたのは、なんと、視界一面に広がる木々。

 何も変わらないように見えるけれど、見えないところが山の反対側とは変わっている。


 例えば空気。水分を多く含んでいるのか、ジトっとしている。

 例えば音。木々が風でわさわさ揺れる音ばかりだったのが、遠くからザザーンと多量の水が壁に当たる音がする。


 もしかしたら、生えている木の種類が変わっているとかもあるのかもしれないけれど、そこはよくわからない。

 青を基調とした精霊の割合は増えているように思う。


 さらに歩くと、木々で狭められていた視界が、急に開けた。

 昼の日差しがまぶしく、シエルが手でその目を覆う。


 まだシエルには見えていないけれど、わたしたちの目の前には広大な海が広がっていた。

 視界一面の青と白。

 砂浜はなく、地面を切り取ったような崖に波が何度も押し寄せている。

 前世で何度も見た、青い海、青い空。


 でも実はこんな広大な景色は画像の中でしか見たことがない。

 何せ住んでいたところの近くには崖なんてなかったから。あったのかもしれないけれど、わたしが行ったことがあるのは、海水浴場や港がせいぜい。

 だから懐かしいけれど、少し違う。風景もそうだけれど、精霊がそこらで楽しそうに浮かんでいる景色というのは初めて見る。


 海だとやはり水っぽい精霊がたくさんいるものだ。


「エイン、エイン! 水が青いの」

『はい、青いですね』

「それに大きいのよ」

『ええ、とても懐かしいです。ここの海は初めて見たんですけど』


 シエルがテンション高く話しかけてくる。

 年齢相応に目を輝かせているシエルを見ていると、自分は初めて海を見たとき何を思ったのかなと疑問に思った。

 しかし、思い返してみても、まるで思い出せない。下手したら物心つく前だろうし、仕方はないのだけれど。


「エインが見たことがある海も、こんな感じだったのかしら?」


 落ち着いたのか、どこか寂し気なシエルの声に意識を戻す。


『そうですね。空と海の青に、雲や波の白。記憶にある通りです。

 ですが、違うところもありますね』

「そうなのね。何かしら?」

『精霊は見えませんでした』

「ふふ、楽しそうよね。ねえ、エイン」

『何ですか?』

「海はこれがすべてではないのよね?」

『ええ、大陸を囲むようにあるはずですから、ここにあるのはほんの一部と言っていいでしょう。

 ここは崖になっていますが、港を作って漁をしているところもあるでしょうし、砂浜になっていてより海に近づけるところもあると思いますよ』

「それなら、この国を出ることができたら、もっといろんな海を見ましょう。いろんな空を見ましょう。いろんな景色を見に行きましょう。そして……」

『そして、何ですか?』

「何でもないのよ。気にしないで」


 シエルが首を振って誤魔化す。


 この場所はシエルが初めて海を見た場所になる。だからこそ、何か思うこともあったのだろう。『そうですか』と返しながら、もう一度ここに来ることがあるならきっと、シエルにもたくさんの思い出が出来ているだろう。


 そんな日が来るのが少し楽しみになった。

短編分終了っぽく見えますが、エストーク編はもう1エピソードくらい続きます。

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