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57.ぐるぐる巻き少女と貴族と問題

 口以下ぐるぐる巻きにした少女と一緒だったせいで、王都に入る門でひと悶着ありそうだったけれど、ビビアナさんが取り成してくれたおかげで、中に入ることができた。

 ビビアナさんも男を引きずっているので、状況がわかりやすかったのもあるだろう。


 町の中に入ってしまうと、人に紛れるのか、他に理由があるのか、奇異の目で見られることはあっても、絡まれることもなくファニードさんのところまでたどり着いた。

 前に顔を合わせた場所で、特に以前と変わった様子はない。むしろ隠れている人が少なくなっている。

 あの時と違って、今回は準備している時間的余裕がなかったからだと思う。


 遠慮することなく、ファニードさんのいる部屋に押し入った時、彼はものすごく嫌そうな顔をしていた。

 二度と関わりたくない相手だと自覚しているので、とやかく言うつもりはないけれど。


「お久しぶりです」

「おう。元気そうでがっかりだよ」

「顔を合わせたくなかったのは、お互い様ですよ」

「うちのがまたやらかしたのか?」

「その可能性があるからやってきました。どちらかと言えば、情報提供をお願いしたいんです」


 そう言って、ぐるぐる巻き少女を引っ張る。

 彼女はファニードさんを見ても、驚くどころか、睨みつけた。

 なるほど、彼の部下ということはなさそうだ。


「そいつは俺のところの奴じゃねえな」

「そうみたいですね。ところでこの子、ファニードさんのところで役に立ちますか?」

「役に立つにも意味合いはいくつもあるが、使えなくはないな」

「でしたら、コレ渡しますので、いくつかお願いを聞いてもらえませんか?」


『「この子」ではないのね?』

『えっと、ついですね……』

『私もそれでいいと思うのよ。命を狙ってきたものね。

 しかも、歌姫に殺意を抱いていたもの。許せるわけないわ』


 シエルが言っているように、捕まえた直後のことを思い出せば、歌姫に何かしら思うところがあるのは否めない。

 想像でしかないが、歌姫という最下層が居たことで自分を保っていた類の人のようだ。

 まるで歌姫が穢多(えた)非人(ひにん)のようにも見えるが、あながち間違いでもないのだろう。だからと言って、受け入れるつもりは毛頭ないが。


「正直渡されたところで俺らも扱いには困るが……嬢ちゃんがどうにかするよりも、使い道はあるか……。

 良いだろう。この厄介なものは受け入れてやる。情報も可能な限りやろう。

 だが、こちらの質問にも答えてもらうぞ?」

「もしかしなくても、想像以上に厄介そうですね」

「そりゃあな。なんたって、こいつは貴族の子飼いだ」


 ファニードがぐるぐる巻き少女を見る。


 確かに貴族が絡んでいるとなると、厄介と言わざるを得ない。

 同時に貴族がわたし達を殺す理由がわからない。捕らえるならまだ理解できるのだけれど、殺される理由はない。


「コレって殺し専門ですよね?」

「俺に訊かれても困るが、攫うって感じではないわな」


 わたし達が勝手に話すせいか、ぐるぐる巻きがわたしを睨んでいる。

 疲れないのだろうか。


「それでだ、どうして嬢ちゃんがこんなのに狙われる?」


 それはわたしが訊きたいのだけれど、何とか考えて考えられる原因は3つだろうか。

 そのうち1つは、切実にやめてほしい。


「具体的に、貴族がどこの家かはわかりますか?」

「騎士団長を出しているオルティス伯爵家だな」


 思わずホッと頬を緩めてしまいそうになるのを耐える。

 リスペルギアの名前が出てきたらどうしようか、と思ったけれど、幸い違うらしい。

 リスペルギア家が関係していないとなると、考えられる理由は2つ。


「だとしたら、わたしの職業が原因かもしれませんが、どう思いますか?」


 ファニードさんが知っているという体で話すのは、どうせ知っているだろうと踏んでいるから。

 あの日、わたしが歌姫だと聞いたハンターは多いはず。その中にファニードさんの手の者が居たとしてもおかしくないし、むしろ確率的には高いのではないだろうか。

 そうでなくても、箝口令が敷かれるまでに時間がかかったために、外に漏れている可能性は大いに考えられる。


 その予想は正しかったようで、ファニードさんは首を左右に振った。


「職業が原因ってことはねえな。仮に嬢ちゃんを()れていたとしても、伯爵家に何の恩恵もなければ、何か因縁があったとしても暗殺するようなことはしないだろうよ。

 噂にするだけで嬢ちゃんは王都にいられなくなるだろうからな」

「でしょうね。だとしたら、わたしがスタンピードの可能性を示唆したからでしょう。

 騎士団長と言っていましたし、森を放置したせいでスタンピードが起こったと知れれば、厳罰は免れないでしょうからね」

「おい、スタンピードだと?」


 聡くファニードさんが反応する。何事かと思ったけれど、王都を拠点とする裏組織だから、王都に何かがあると困るのか。

 つい王都が混乱したほうが、裏組織としても助かるのではと思ってしまうのだけれど、それは王都があってこそ。スタンピードでなくなってしまえば、裏社会としても困るのはうなずける。


「素人判断で数年以内ってところですね。場所は今ハンター組合が調べていると思いますから、頑張って調べてください。数年というのも覆るかもしれませんし」

「そうだな。なるようにしかならねえか……。

 それで嬢ちゃんが知りたい情報ってのはなんだ?」

「本当は誰がわたしを殺すように指示したのか、調べてほしかったんですけどね」

「伯爵家だろうな」

「ですから、ソレを使って伯爵家とつながりを持つときにでも、わたしに目が向かないようにしてください。あとソレの持ち物の中に、伯爵家とのつながりを証明できるものがあれば、それも貰っていきます」

「仕方ねえな。だがソレが勝手に話すかもしれんぞ?」

「回復できないように喉を潰すくらいはできますよね?」

「まあな」


 わたしの言葉に、ファニードさんは事も無げに答える。

 相手が貴族となると、仮に証拠があったとしても明日までにどうにかなるものでもなさそうだ。

 一応ハンター組合に知らせるという意味合いで、オルティス家に繋がるものがあれば、それを持って帰るくらいでいいだろう。


「そう言えば、コレ、ナイフか何か持ってなかったか?」

「4~5本持っていましたけど……1本、何か図形みたいなのがありますね」


 代り映えしない中に、1本だけ紋章が書かれた少し高そうなものが混ざっている。


「それだ。それがオルティス家の紋章になる」

「なるほど。それなら用事はこれで終わりですね。

 いろいろとありがとうございました。今度こそ、もう会わないことを祈ります」

「こっちのセリフだ」


 そんな仲良しの会話をして、ファニードさんのところを後にした。



 思いのほかに早く終わったので、宿で昼食を準備してもらった。

 お金を払えば問題なく用意してくれる当たり、高い宿屋だと実感する。

 これが安宿だと、出してもらえないか、朝食の残りのようなお金に見合わないものしか出てこない。

 ビビアナさんについては、受付に伝えてあるので、やってきたら部屋まで連れてきてくれるだろう。


『ファニードに任せてよかったのかしら?』

『相手が貴族だと、例えこちらに正当性があっても面倒くさいことになりそうですからね』

『でも、ギルドマスターが裏にいるのよね?』


 スタンピードのことを知っているのは、ギルドマスターかトルトかシャッスさん――パーティ――になる。

 その中で伯爵と繋がりがありそうなのは、ギルドマスターが大本命。


『ギルドマスターの悪事を暴いたところで、ランクが上がるとも思えませんからね。

 それにこれ以上の厄介事は勘弁です』

『ファニードに歌姫がバレたことはいいのかしら?』

『ファニードさんは裏社会の人ですから、大丈夫でしょう。

 裏社会ってはみ出し者が集まるようなイメージがありますし、歌姫もはみ出し者には違いありませんから、むしろ好意的かもしれませんよ?』


 少なくとも、事を構えたくはない、と思ってくれていることだろう。

 何せ、歌姫でありながら、それなりに魔術が使えているのだから。

 歌姫の厄介さも知っていそうだし、下手すれば表社会の人たちよりも信頼できそうだ。


 そんなことを考えていたら、部屋の扉がノックされた。


「お客様をお連れしました」

「はい。今開けます」


 警戒心なく扉を開けると、受付の人とビビアナさんが一緒に並んでいて、なぜかビビアナさんが呆れたような顔をしていた。

 しかしここで立ち話をするのも変なので、一度中に招き入れてから、適当に座ってもらって話を振る。


「扉を開けた時、変な顔していませんでしたか?」

「最初に訊くのがそれなのね。ちょっと不用心だと思っただけよ」

「今日一日部屋の中で過ごそうとしていたわたしを、外に連れ出したのはビビアナさんですよ?」

「それは……こっちにも事情があったのよ。話したでしょう?」


 ちょっと意地悪だったかなと思うけれど、事実ではあるし、わたしが悪いみたいな言い方はしないでもらいたい。

 でもこれ以上噛みついても意味はないので「そうですね」とほほ笑んでおく。


「ビビアナさんの方はどうでした?」

「予想通りと言うか、呆れてものも言えないというか……。

 トルトが不遇職を導いてきたって話はされたのかしら?」

「どうでしたかね。ですが、予想は出来ます。職業を隠し見て、その職業に沿ったアドバイスをしていたんですよね?」

「おおよそそれでいいわ。つまり結構な数のハンターが、トルトに感謝しているのよ。

 そんな中、彼を慕うハンターの前でポロっと、事件の話をしたって話らしいわ。

 それでトルト派とも呼べるハンターが、自主的に襲ってきたみたいね」

「ポロっと話したで済む問題ではなさそうですが、自主的なんですね」

「本人たちとしては、シエルメールこそが悪であり、救世主であるトルトを救おうとしたらしいわね。

 当然彼らにも罰則はあるけれど、そちらまで手が回っていないわ。今は牢屋ね」


 多くのハンターに慕われて、トルトも天狗になっていたのかもしれないな、と予想は出来る。

 けれども、わたし達に迷惑をかけて良いものでもない。

 今回は特殊だけれど、襲われること自体は、今に始まったことではないので慣れたものだけれど。


「貴女の方はどうなったのかしら」

「とりあえず、これを見てくれればわかると思います」


 ビビアナさんに尋ねられて、例のナイフを見せる。

 受け取ったビビアナさんは、渡されたナイフをまじまじと見て、頭を抱えた。


「ほんっとうに、あのギルマスやってくれるわね」

「説明は必要ですか?」

「一応お願いするわ」


 察することが出来ても、実際に話を聞かないとわからないこともある。

 もしもこれが貴族同士の会話であれば、説明の必要はないのかもしれないけれど、ハンターの会話なので説明を求められるのは当然と言える。

 別に隠す必要もないかなと思ったので、ファニードさんのことを含めて、すべて話した。

 ファニードさんの名前が出た時に、ビビアナさんの表情がまた陰った。


 なんだかビビアナさんって、普段から面倒な役どころを受け持っている気がする。

 リュシーさんとかかなり問題起こしそうな感じだし。


「なんで王都にきて数日のシエルメールが、裏組織のトップと付き合いがあるのよ」

「ここに泊まれるようになった理由です。

 襲われたので、返り討ちにして、乗り込みました」

「裏のトップの1人も、びっくりだったわよね」

「とにかく、そう言う事です。わたしは明日出ていくので、ギルド側には、この国の貴族に殺されかけた、と言う事を理解してもらえていたら良いです」

「確かに時間はないわね」


 ここまで話して、ビビアナさんが大きく息を吐いた。


「それで、報酬の話でしたね」

「ええ、そうよ。そのために急いできたんだもの」


 ビビアナさんが急に元気になった。なんだかカロルさんの系譜を感じる。

 いや、今更か。


「わたしが中央に行ったときに必要そうなら、ビビアナさんの家に後ろ盾になってほしいんです」

「ええ、そうね。シエルメールなら遠からずB級になるわね。

 後ろ盾があった方が、動きやすい面もあるでしょう。でも『必要そうなら』ってどういう事かしら?」

「他にも後ろ盾になってくれそうな人がいるので、保険です」


 カロルさんとか、たぶん中央でも結構力を持っているのではないだろうか。二つ名持ちだし。


「保険扱いはだいぶ失礼だと思うけれど」

「礼を失するより、安全を取りますよ。それにビビアナさんなら、これくらいじゃ怒らないと思いますから」

「そうね。でも、さすがに私が決められることではないわ。私が後ろ盾と言っても、嫡子ではないからたかが知れているもの。

 だから、紹介する程度で我慢してもらえないかしら。他に何かあれば承るわ」

「それなら、紹介状書いてもらって良いですか。いつB級になれるかわかりませんし、その時にビビアナさんと連絡とれるかもわかりませんから」


 ビビアナさんは、少し考えてから頷く。

 紹介状が悪用される可能性もあるし、懸念は分かる。

 だけれど、今回は報酬ということで、納得してもらえたのは助かった。

 使わずに済めばいいけれど、ないよりはあったほうが良いから。


「あとは、ここで話すことの秘匿をお願いします」

「それは当然ね」


 ビビアナさんにも納得してもらえたところで、彼女の問題点について話すことにした。

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