56.見学と追手と少女
結局王都の外まで行って、ビビアナさんの魔術を見ることになった。
ビビアナさんは渋っていたけれど、既に後をつけられている以上、早期解決したほうが気分的に楽だから。だけれど、ビビアナさんにこの事を話していない。
昨日シャッスさんがすぐに助けてくれなかったことを仕方ないと思ったのと同じように、ビビアナさんを完全に信用するには、さすがに時間が足りないから。
そもそも、ビビアナさんの仕事は、こういった時にわたしを守ることのはずなので、教えてもらえないと対応できないでは、話にならないというのもある。
王都の外に出た時点でわたしの責任なので、もしもの時にはビビアナさんにも被害が及ばないように、気を付けるつもりだけれど。
「ひとまずどうしましょうか。最大魔術を使ってくださいって言っても、駄目ですよね?」
「……最低限シエルメールを守り切れるくらいの魔力は、温存しておかないといけないもの、当然よ」
「それなら、的を作るので、ある程度実力がわかるような魔術を打ち込んでください」
「わかったわ」
面倒くさいので、魔術のさじ加減は任せることにした。
どこまで実力を見せてくれるかはわからないけれど、無駄なことはしないでいてくれるだろう。
そうでないと、護衛対象と一緒に王都の外までやってこない。
「土よ形を成せ」とお手軽、土人形作成魔術を使って的を作る。
正確にはイメージ通りに土を形成するもの。詠唱が大雑把で初心者でも最低限は使えるけれど、魔力コントロールが難しいとされる。
ぼこぼこと土がせり上がってきて、出来上がったのはただの土の壁。
強度は普通の土の壁以下。それに簡易結界をコーティングしておく。
さすがに、普段使っている結界を、離れた場所に作り出す事は出来ないし、これはこれで威力を図るのにちょうどいい。
「それでは、この的に魔術を使ってみてください」
的から10メートルくらい離れたところにビビアナさんが居て、距離的に的とビビアナさんのちょうど真ん中になるような位置取りで合図を出す。
ビビアナさんは真剣な表情で何やら詠唱を始めると、炎の球を5つ連続で放った。
それぞれの炎の球は、結界にあたると儚くも、火の粉を舞わせて散っていく。
シエルの舞姫で魔術を使うとき戦闘であることが多いけれど、そうでないときにでも火の粉なんかを周囲に舞わせたら一層映えるかもしれない。
ビビアナさんの方だけれど、的中したのは4発で、1発は狙いがわずかにずれて、掠った程度。
威力は5発でCクラスの魔物を倒せないくらいだろうか。詠唱から発動までは、かなり早い。
そして何より、あることに気が付いてしまったのだけれど……どうするかは後から考えよう。
「次に魔法陣を使ったものをお願いします」
わたしが頼むと、ビビアナさんは一瞬顔をしかめて準備に入る。
その間にちょっとシエルに、確認をすることにした。
『シエルは循環している魔力を感じることって出来ますか?』
『自分のだったら出来るわ。でも、そう言うことではないのよね?』
『他人の、ですね』
『無理なのよ。魔術がどこから来るかなら、だんだん分かるようになってきたのだけれど』
『わかりました。ありがとうございます』
だろうなと思ったところで、ビビアナさんの魔術が発動して、炎の塊が簡易結界付きの土壁を破壊した。
威力はそこそこ、時間がかかる。
「どうかしら?」
わたしの元へとやってきたビビアナさんが、窺うように尋ねてくる。
さて、どこまで話したものか。
「ビビアナさんって、平民ではないですよね?」
「何なのかしら急に」
「ちょっと、無報酬で話せる内容ではないので。
言わずとも分かっていると思いますが、ギリギリいえる範囲だと、『循環が苦手』ですね」
わたしの言葉にビビアナさんが、顎に拳を当てて考え始める。
ビビアナさんは魔力のコントロールに関して言えば、かなりの熟練度だと思う。
発動が早い魔術は、魔力の循環をほとんど経ずに、無理やり行っているもので、相応のコントロールが無ければ発動すらしないどころか、回路にダメージを与えるだろう。
危険なことだけれど、そうしないといけない理由は、ビビアナさんの回路に問題がある。
普通血管のように全身をめぐっている回路が、どういうわけかものすごく短い。
頭から足まであるのは確かだけれど、足と言っても足の甲を軽くなぞる程度。
手も手の平までで、指に達していない。
これが血管だったら、大問題だっただろう。
結果として、体に留めておける魔力量が少なくなり、無理する必要が出てきたわけだ。
無理をすれば、当然どこかに綻びが出てくる。おそらく、外した1発がそれ。
しかも詠唱魔術ではある程度誤魔化せても、魔法陣ではそうはいかない。
だから、威力は出せても時間がかかってしまう。
逆に詠唱魔術で高威力の魔術を使わせても、時間がかかるだろう。
「ええ、私もある意味貴族の一員よ。だけれど、この国ではないわ。
中央の有力な家の1つ、かしらね」
「中央って言うと、ギルド本部とかがあるところですよね。
貴族っていたんですか? 何となくいないようなイメージだったんですけど」
「一応あるのよ。人が集まればそれだけで、まとめ役は必要になるの。
ギルドのトップの他に、中央の運営に関わっている人。それが中央の貴族。
でも完全に実力主義ね。どれだけ家が力を持っていても、無能はすぐに切り捨てられるから、おそらく貴女の想像している貴族とは、また少し違うわ」
「つまり、家がどれだけ凄くても、退けることができる存在がトップか、監査機関にいるってことですよね?」
「ギルドの祖であり、中央独立の立役者のフィイヤナミア様のことね」
「ギルドの祖……存命なんですか?」
「エルフだもの。直接会ったことはないけれど、十分に考えられるわ」
エルフ、物語を読むと時折登場していたけれど、実際にいたのか。
でも、この国をある程度見て回ったはずなのに、エルフどころか他の種族にすらあったことはない。
「人以外の種がいたんですね」
「貴女はこの国で生まれたんだったわね」
「はい、そうです。それで、なぜこの国にはいないんですか?」
「エストークは人族以外を認めていないもの。それは割と常識だと思うのだけれど……」
「常識の中で育ってはいないもので」
やらかした時には、開き直るに限る。それで困るのはビビアナさんだと思うけれど、ここは我慢してもらおう。
それにしても、いわゆる人間至上主義ってやつか。
同じ人間でも、肌の色や生まれで差別するわけだし、見た目や寿命が違えば、国家レベルで差別するところもあるだろう。
それがここだったわけか。逆に言えば、中央だと人以外の種族がそれなりにいるだろう。
「ところで、報酬の話ではなかったかしら?」
「そうですね。そうではあるんですけど、さすがにここでは出来そうにありません」
「同感ね。護衛対象にこんなことを聞くのは、どうかと思うのだけれど、何人大丈夫かしら?」
わたし達が悠長に話している――ように見える――からだろうか、追跡者たちが行動を起こした。
追跡者は王都の外へと出た段階で、10人を超え全部で11人となっている。
流石と言うか、ようやくと言うか、ビビアナさんも気が付いたようで、額に汗を流しながら尋ねてくる。
「計11人。厄介そうなのが1人。10人の足止めをした上で、厄介そうな1人を何とかしますので、あとはお任せします」
「……私がやること、ほとんどないじゃない」
「楽な仕事ですね」
何やら焦っていたようなので、冗談でも咬ませつつ魔術で地面に魔法陣を描く。
いつだかシエルが地面にせっせと魔法陣を手書きしていたけれど、いっそ魔術でやった方が楽じゃないかということで作ってみた魔術。
魔法陣のような緻密なものを描くとなると、結構大変だけれど、案外なんとかなるものだ。
これで準備は出来たので、現れるにしても、不意打ちしてくるにしても待つだけ。一応相手に攻撃の意思があることを確認してから、行動には移したい。
「お前がトルトさんを嵌めたってガキだな?」
10人でわたし達を囲んだのは、ハンター風の男たち。
発言から察するに、本当にハンターなのだろう。1人は様子見らしく、出てくるつもりはないらしい。
「わたしは迷惑をかけられただけなので、別人ですね」
「白髪の女のガキはお前以外にいねえんだよ」
「で、どうする気ですか?」
「そんなの決まってんだろ? とっ捕まえて、トルトさんが悪くなかったと吐かせる」
捕まえる気なら、わざわざ姿など見せなければよかったのに。
それとも、10人が囮で隠れている1人でわたしを捕まえるとか。
だったとしても、人数比がおかしくないだろうか。まあ実際のところは、残りの1人はギルド長からの刺客ってところだろう。
10人が武器を構えてじりじりと近づいてくるので、さっさと結界で覆って捕まえる。
Cクラスの魔物程度の力があれば、簡単に破壊できるくらいの結界も、10人に使えばさすがに少しずつ魔力が減っていくのがわかる。
自分を守る箱は、当然敵を捕まえる箱にもなるわけで、急に壁にぶつかったハンターたちは困惑したような声を出す。
そして、周囲がすべて見えない壁に覆われていることに気が付くと、「出せや、オラァ」とこちらを威嚇し始めた。動物園だろうか。
「こちら側からは攻撃できますので、その人たちはよろしくお願いします」
「え、ええ。わかったわ」
なんだかビビアナさんに引かれている気がするけれど、これが思いついた中で一番お手軽だったのだから許してほしい。
こちらはこちらで、シエルに入れ替わって、残りの1人を対処してもらう。
『適当に捕縛してもらっていいですか?』
『だからこの魔法陣なのね』
『せっかくだから、探知も自分でお願いしますね。
万が一ビビアナさんの方に行きそうだった場合だけ、教えます』
先ほど魔術で描いた魔法陣。簡単に言えば、植物を操って対象を捕獲するもの。
シエルだと下手すると殺してしまいかねないので、念のためというやつだ。
町の外で武器を向けてきた時点で、殺しても文句は言われないけれど、死なれると誰の差し金かわからなくなるかもしれない。
結界があるから、失敗しても大丈夫だろうなんて思っていたら、11人目がこちらに走ってきた。
足音はほとんどしないし、結構速い。シエルが魔術を発動しようとしたところで、何かをこちらに投げてきた。
おそらくはナイフだろう。位置的にシエルが避けるとビビアナさんに当たりかねない。
シエルは振り返ることなく魔術を発動させると、地面から伸びた草でナイフを捕らえる。
間髪入れずにもう1度発動させて、今度は間近に迫っていた人物の動きを止めた。
振り返れば、ナイフを持ち攻撃姿勢に入っている少女と、空中で捕らえられたナイフが見える。
少女は15歳と言ったところだろうか。シエルよりも少し年上のようだ。
「歌姫が、消えろよぉ!」
動きを封じているだけなので、大声は出すし、睨みつけても来る。
指でも出そうものなら、噛みついてくるだろう。
年下の女の子を相手に、こんな状態で敵意を見せられても、滑稽でしかないと思うのだけれど。
「黙ってんなよ。お前が最下層なんだよ。オレらじゃないんだよ。
もっと不幸そうにしてろよ」
シエルが全く話す気がないせいか、少女は好き放題言ってくる。
歌姫は悪ということで、半ば洗脳されたかのような反応だ。
こういうタイプは、話を聞いてくれる気がしないので、シエルの対応は間違っていないと思う。
むしろ、このままだとうるさいので、黙らせたほうが良いだろう。
『気絶させましょうか』
『そうね』
手荒になるが、殺さない程度の衝撃を与えて気絶させる。
気絶させた段階で、一歩間違えると殺してしまうことになるし、後遺症が残るかもしれないけれど、わたし達が考慮することでもない。
役目は終わったとばかりに、シエルから体の主導権がやってきたところで、「終わったようね」と声をかけられた。
「見てのとおりです」
「気絶させたみたいだけど、連れて帰れるの?」
「何とか大丈夫ですよ。軽そうですし」
「貴女のほうが軽そうよ」
軽いだろうなとは思うけれど、自重を感じるのは難しい。
「とりあえず、こいつらを何とかしたいんだけど、ハンター組合まで引っ張っていこうかしら」
「それなら、わたしがこの人を負ぶっていけばいいですね」
ビビアナさんに任せたハンター達だけれど、話せないようにロープを噛まさせたうえで、手を縛っている。全員を同じロープで縛っているのか、ビビアナさんが持っている端を引けば、全員が引っ張られる。
「その子はハンターじゃなさそうね」
「違うでしょうね。大体予想できていますし、コネもあるので、わたしはそっちを当たってみます」
「私はこの10人をどうにかすればいいわけね」
「どれくらい時間かかりそうですか?」
「事情説明くらいだからすぐに終わるわ」
「それなら、昼食を取った後で、再集合しましょうか。話が途中で終わっていましたからね。
わたしの方は、もしかしたら時間がかかるかもしれないので、ゆっくり食事してきてください」
「本当はよくないのだけど……放置するわけにもいかないものね」
ビビアナさんが、しぶしぶ折れてくれたので助かった。
裏の話なんてここでしても、無駄に時間がかかるだけだ。
「次はわたしが泊っている部屋で話したいので、また宿まで来てください」
ビビアナさんは頷くと、男たちを引きずって行った。