54.歌姫と話し合いと愚か者(後)
「確かにこちらの不手際だ。こいつは降格させるし、迷惑料も払う。
職業バレはマイナスだろうが、その歳でヴァルバを倒せるほどの実力者なら、いずれ周囲に分かるだろうし、それで許してくれねえか」
ギルドマスターがこんな小娘に頭を下げるなんて、普通はしないのだろう。だからこそ、謝罪として意味を成すのかもしれないけれど。
だけれど、それではいけない。この人はわずかばかりのお金だけで、今回のことを終わらせようとしている。
そのあとは、何かがあり次第トルトを昇格させて、自分の手駒にするのだろう。
わたし程度の稚拙な推理力でも、容易に想像ができてしまう。ギルドマスターの不遇職を救済する策というのは、トルトが居てより大きな成果を上げる。
不遇職であればこそ、職業は隠すから、ギルド側も把握するのが難しい。
だけれど、職業がわからないと、支援するのも難しい。不遇職をやっていて思うのだけれど、不遇職がすべてハンターに向いていないわけではないのだ。
絵が上手ければ、地図を作る手助けになるかもしれない。魔物の特徴をとらえて、正しい情報を持ち帰ることができるかもしれない。
道化だとしても、魔物の気が引けるのであれば、自分の身を守ることだけに集中しているだけで戦いが有利になる。
大事なのは使い方だ。わたし達の場合は、使い方というよりも、使いにくさを無くしただけだけれど。
そんな不遇職に光を当てるギルドマスターは、とてもハンター組合職員らしく、優秀な人なのだろう。
確かにわたし達のどちらか片方だけでも戦闘職であれば、その職業として有名になったかもしれない。
だけれど、彼はわたし達の職業を知らない。知らないのに、なぜそんなことが言えるのだろうか。
何があったとしても、シエルはわたしが守るつもりだけれど、では何をされても何も思わないかと言われたら、そんなことはない。
舞姫だとバレるよりも、歌姫だとバレた方が大局を見るとマシなのだけれど、そのせいでシエルに心無い言葉が投げかけられるかもしれないと思うと、ちょっと冷静でいられなくなりそうだ。
感情を抑えようとすると、代わりに口の端が持ち上がる。
ただギルドマスターのことを不快に感じているのはわたしだけではないらしく、隣に座っているシャッスさんも、大きなため息を漏らした。
「残念だよ、ギルドマスター。シエルメールの前だから、立てて敬っていたけれど、もう敬意を見せる気にもならないよ。疲れたし、なんだか馬鹿らしい」
「シャッス、お前も職業カーストについては、愚痴を言い合った仲だろう?
いつか変えてやろうと、語り合っていた日々を忘れたのか?」
「いいや。覚えているよ」
「なら、どうしてそちらにつく」
そう言って、ギルドマスターがわたしを見る。
シャッスさんは再びため息をつくと、首を左右に振った。
「確かにボク達は同じ目標を持っていたよ。だから死ぬほど努力して、ボクはB級パーティを率いるようになったし、貴方はギルドマスターになった。
歳は離れていたけれど、良い仲間だと思っていたよ」
「だったら」
「だからこそ、残念でならない。
不遇職の見直しは、すでに活躍している職業を貶めて行うことじゃないよ。
優遇職だから我慢してもらうなんてことはなくて、どんな職業であってもギルドの職員が無許可で公表して良いわけじゃないし、仮にそんなことが起こった場合には、厳罰・解雇したうえで、該当ハンターに被害に相当する賠償をしないといけない。
今回の場合には、ハンター同士の争いにギルドの職員が介入し、片方に肩入れしたうえ、職業の喧伝まで行ったと言われても否定できないよね。
これを知られたら、ハンターからの信頼はまず失われるし、他のギルドマスターやグランドマスターから追及があってしかるべき。
これほどの事態であれば、該当職員には厳しい処分は当然なのに、降格で済ませようってのがね。
ギルドマスターにとって、トルトがそれほど大事だって言っているようなものだよ」
シャッスさんの懇切丁寧な説明に、ギルドマスターは表情を歪める。
なんだか言いたいことは、粗方言われてしまった気がする。
わたし自身何を言いたかったのかはよくわかっていないのだけれど。
「わかった。トルトは解雇する。これでいいか?」
苦渋の表情でギルドマスターが、次の提案をするけれど、それで良いわけがない。
シャッスさんが、これでいいかと言わんばかりにこちらを見てくるので、首を左右に振って答える。
「すでに職業を知られてしまった以上、トルトさんが解雇されたからと言ってわたしには関係ありません。それは、他のハンターのための処置ですよね?
それを前提条件としたうえで、わたしにどんな補償をしてくれるかという話ではないんですか?
お金には困っていませんが、今回の被害を考えると城が建つくらいの額が欲しいですね」
「低級が、足元見やがって……」
ギルドマスターが、忌々しそうにこちらを見ながら、ぼそっと不満を漏らす。
シャッスさんが苦笑していることからも分かる通り、だいぶ吹っ掛けているけれど、こちらにしてみれば王都での滞在権を奪われたようなものだから、金額には代えられないと思う。
これが国中に伝わってしまえば、この国に居場所がなくなってしまう。最初からないようなものだけれど。
「まずね、ギルドマスター。ここまでの話は職業やランクに関係ないところしか、触っていないんだよ。
ここにいるシエルメールは、正真正銘C級、上級ハンターだよ。
いくらギルドマスターといえども、上級ハンターを大した理由もなく無下に扱うのは、まずいんじゃない?」
シャッスさんの言葉に合わせて、カードを取り出して、ギルドマスターに渡す。
胡散臭そうにカードを見ていたけれど、次第に真面目な表情になり、最終的に「な……」と言葉をなくした。
その肩はわなわなと震えている。
「ありえん。よほどのことがない限り、C級に上がるのに10年はかかる」
「本部に問い合わせるのが確実だとは思うけど、まさか白髪の少女の噂を知らないとは言わせないよ?」
「……それが、この小娘とでもいう気か?」
「特徴はあっているよ。王都ギルドでも、塩漬けと化していた薬草採取をこなしているから、実力的には間違いない。
疑うのは勝手だけれど、確認せずに口を開くことが自分の立場を危うくしていることに気が付いた方がいいよ。これでギルドマスターは上級ハンターを下級扱いしたうえに、蔑ろにしようとした事実がくっついたしね」
シャッスさんがここまで言っても、ギルドマスターは信じられないというように、わたしを見ていた。
何か減ってしまいそうなので、見ないでほしいのだけれど。
見ていたとしても、わたしがC級なのは変わらないし。
「それでシエルメールの職業なんだけど」
シャッスさんがここまで言うと、わたしの方を見た。
仮にも職業に関することだから、わたしに許可を得ようとしているのだろう。
それなら、自分で言った方がいいかと思い、淡々とギルドマスターに伝えることにした。
「わたしの職業は歌姫です。これが広まるということがどういうことか、ギルドマスターがわからないとは言いませんよね?
一度外に漏れた情報は、どれだけ緘口令を敷こうとも、止められないでしょう。万が一、王都中に広まった場合には、わたしは迫害されるかもしれませんし、二度と王都に入れないかもしれないわけです。
それを鑑みても、先ほどの要求は足元を見ていますか?」
言い終わっても、ギルドマスターは押し黙ったままで、話が先に進まない。
立場が悪くなったからと言って、黙ってしまうというのは時間稼ぎとしては優秀だろう。今時間を稼いでどうなるかはわからないけれど。
「城程度の金額ってことは、魔法袋が欲しいんだよね」
「はい。補償として、王都ギルドにある一番大きな魔法袋が欲しいです。
それから、新しい魔法袋を購入する時のお金は、今回の関係者から徴収してください。と言うのが要求ですが、シャッスさんって決定権があるレベルで偉かったんですね」
「ボクが偉いというか、偉い人に確認できる立ち位置ってだけだよ。連絡もすぐにできるんだけど、さすがに一番大きい魔法袋になると、難しいと思うよ」
山が入るなんて言われているものだから、さすがに無理だろうとは思っていた。
下手すると、今はもう作れる人がいないとか、そんなレベルの可能性もある。
出来るだけ容量が大きい方が良いけれど、今持っているものよりも大きければそれで構わない。
とは言え、出来るだけ大きいものをもらえるように頑張ろう。その前に、最低限のことはしてもらうように、約束を取り付けておかないと。
「魔法袋については、まだ聞いてほしい話があるので、先にすぐにできそうなところの話をしましょう」
「ギルドマスター、他にもやらかしているの?」
「どうでしょう。わたしに判断できる問題ではありませんから、情報提供として裁定に加味してもらえると嬉しいです」
「わかった。それですぐできる話って言うのは?」
「トルトさんには、自分の職業とわたしにしたことを公表してもらいたいって話です。他人の職業を話すのに躊躇いがない人ですから、自分の職業くらいばれても文句はないでしょう。
トルトさんの職業の関係上、今回の事例を公表していないと、またわたしみたいな被害者が出ますから、徹底してください。
あとは、王都におけるわたしの身の安全の保障と、可能な限りの緘口令を敷いてほしいってことですね」
「そういう話なら、通ると思うよ」
すっかり、わたしとシャッスさんの話になっているのだけれど、ギルドマスターとトルトは生きているのだろうか。
まあ、話の邪魔をしないならいいか。
「情報提供の話ですが、わたしが薬草採取で行った森の話です」
「その森も定期的に調査に行っているはずだけど」
シャッスさんが窺うようにギルドマスターを見ると、マスターは露骨に視線をそらした。
それがすべてを物語っていたので、シャッスさんが深い深いため息をつく。今日だけで何回ため息をつくのだろうか。
シャッスさんの毛根が心配だ。
「わたしが行ってみた感じですが、長い間放置されている感じがしました。
それから、魔物氾濫ほどではないですが、魔物の数が多かった印象です。
薬草を採取するだけで、何体の魔物を倒したのか数える気すら起きませんでした。
出てきた魔物は、多くがD級。たまにC級って感じですね」
「続けて」
「さすがに違和感があったので、個人的に調べてみましたが、2~3年前からあの薬草は王都の外から持ってきたものに頼っているようですね。
また、魔物が住み着く場所を5年以上放置するとスタンピードが起こる可能性が出てくることがわかりましたから、早いと数年のうちにスタンピードするだろうなって思っています」
「出鱈目だ」
いままで静かだったギルドマスターが、声を荒げる。
「わたしは所感を言っているだけにすぎませんから。
あとはそちらで調べてください」
「今の話が本当なら、2番目に容量の大きい魔法袋くらいなら、手に入るかもね。
とは言っても、スタンピードを単独で解決した人物の話を無下にはできないし、現状ボク個人としては正しいと思うよ」
シャッスさんが、とても疲れた様子で頷く。
本当にお疲れ様です。わたしはその立場にはなりたくないです。
「これでわたしの話としては終わりですが、何かありますか?」
「いや、とりあえずこちらに話を預けてほしいかな。
もしかして、すぐに王都を出る?」
「明後日受け取りで剣を頼んでいますから、それ以降ですね。
もうギルドに顔を出すつもりはありませんが」
「それなら、明後日の午後に時間をもらえないかな」
「わかりました。後で泊っている宿の場所を教えますね」
「助かるけど、そう簡単に教えるものじゃないよ?」
「正直、パーティでB級のシャッスさん達に襲われても、どうにでもできますから」
パーティでB級ということは、一人一人はC級程度だと考えられる。
その程度の攻撃力では、わたしの結界を破ることはできない。
とは言え、ちょっと迂闊な発言ではあった。シャッスさんもハンターの1人、相手にならないなんて言われたら、カチンとくるに決まっている。
「さすがにそこまで弱くないつもりなんだけどね」
「ごめんなさい。ですが、わたしが初めて倒した魔物って、サイクロプスなんですよ。
ですから、勝てないまでも逃げるのは簡単にできるんです」
「オーケーオーケー、あとで教えてもらうよ。
とりあえず、今日はここまでにしよう。ボクも疲れたし、外まで送っていくよ」
観念したように首を振ってから、シャッスさんがわたしを連れて立ち上がる。
職員組は放置している形だけれど、シャッスさんはそちらを気にしている余裕はなさそうで、一瞥もすることなく部屋を後にした。
◇
ギルドの外に出て少し歩いたところで、シャッスさんとの話を再開する。
「それで宿はどこになるの?」
「宿泊施設が集まった場所に、白くて綺麗な宿があるじゃないですか」
「金持ちが泊るところね」
「そこの一番良い部屋です」
「……確かにお金には困ってなさそうだね」
「そういう事で良いですが、ブランって偽名で泊っているので、受付にはそう言ってください。
たぶん案内してくれるか、わたしが呼ばれると思います」
「わかった。事情は聞かないよ」
疲れているんですね。わかります。
こうやって思うと、王都に来て数日しか経っていないけれど、面倒ごとにしか巻き込まれていない気がする。
「それでは、また明後日会いましょう」
「気を付けて」
短く挨拶をして、宿に戻る。
時間としても、もう間もなく日が暮れる。なんだか今日も濃い一日だった。