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53.歌姫と話し合いと愚か者(前)

「誰か説明してくれ」


 やってきた壮年の男性は、わたし達当事者ではなくて、周りで様子をうかがっていた人々に尋ねる。

 当然のように訪れる沈黙の中、一人の男性が「ボクがしますよ、ギルドマスター」と手を挙げた。


「おいシャッス。お前がいるなら、こうなる前に止めてくれよ」


 呆れたようにギルドマスターがシャッスさんを見る。

 うん、いるのは知っていた。こうなる前に助けてほしいなとも思ったけれど、わたし達とシャッスさんは、所詮酒場で軽く話した程度の知り合いでしかない。

 助けてと言えるような間柄ではないし、この程度のつながりで助けられては、わたし達の方が困ってしまう。


 シャッスさんは、ギルドマスターを一度無視して「シエルメール、さっきぶり」と軽く手を挙げた。


「わざわざ出てきてくれて、ありがとうございます」

「やっぱり、いるのには気づかれていたんだね」

「どうしているのかはわかりませんけど。さっきまで酒場でお酒飲んでいましたよね」

「さっきって程でもないけど、それはそれ、これはこれ。愚か者の集いは基本的に、ギルドに常駐しているんだよ」


 だから、最初にギルドに依頼を見に来た時もいたのか。

 立場的にカロルさんに近いのかもしれない。B級パーティだからこそ、何かあった時のために、残っているのだろう。

 わたしとシャッスさんが悠長に話していたら、しびれを切らしたように、ギルドマスターが「シャッス、この子は知り合いか?」と割り込んできた。


「酒場で語り合った仲ですよ。人気があるみたいで、彼女が居なくなってからここに来るまで、少し手間取りました。

 それよりも、ギルドマスター。覚悟していた方がいいですよ。この子かなり頭回りますからね。

 見た目通りで相手をしていたら、きっと痛い目を見ます」

「それは褒めているんでしょうか?」

「褒めてるよ、褒めてる。ボク個人としても、注目のハンターの一人だし、酒場にいたハンターも同じことが言えるだろうね。

 それなのに……」


 親しげに話しかけてきていたシャッスさんが、ストーカー男を睨みつける。

 殺気も混じっているようで、既に青ざめていたのに、今度はがくがくと震えだした。

 ギルドマスターは何かを察したのか、ストーカー男を見ると「トルト……お前もやらかしたのか……」と遠い目をする。

 それから医務室に連れていかれたヴァルバ一味を除いた、わたし達とシャッスさん、ギルドマスター、トルト(ストーカー男)で、建物の奥に向かった。



「順を追って話してみましょうか。

 シエルメールも、言いたいことはあるだろうけど、ボクの話に問題があるとき以外は黙っていてくれるかい?」

「わかりました。当事者の意見だと、主観が入ってしまいますからね。シャッスさんが、変にわたしを不利にしようとしない限り黙っています」

「うん。よろしく」


 連れていかれたのは、応接室のような場所。

 裏組織のファニードのところよりは簡素なところで、大きなソファが向かい合うように置いてあり、その間にソファに合わせたテーブルがある。

 わたしとシャッスさんが入り口側で、ギルドマスターとトルトが反対側。


 シャッスさんの口調が、わたしを相手にする時とギルドマスターを相手にする時で全然違う。

 ギルドマスターに話すときには、なんだか敵愾心があるような気がする。


「事の始まりは珍しくもない。シエルメールを見つけたヴァルバが突っかかっていったことです。

 理由は聞いてないけれど、シエルメールの見た目が理由でしょうね。

 ハンター同士のやり取りですから、よほどのことがない限り自分達は介入しませんし、シエルメールのほうが強かったのでヴァルバ達が返り討ちにあったわけです。

 シエルメールにしてみれば迷惑をかけられただけですが、ヴァルバの自業自得ですね。

 ちょうど返り討ちにあったところで、マスターがやってきたわけです」

「暴力沙汰になる前に止められなかったのか?」

「思った以上にシエルメールが強かったもので」


 シャッスさんがこちらを見るけれど、わたしというか、シエルのせいではない。

 切りつけたところまで含めて、正当防衛だと主張する。正当防衛なるものが認められているかどうかは、知らないけれど。

 でも身を守ることが認められないなんてことはないだろう。


「まあ、ヴァルバ程度なら、嬢ちゃん程度の年齢でも職業によっては勝てるだろうな。

 だからと言って、切りつけるのはどうかと思うが」


 非戦闘職で戦闘職っぽいヴァルバに、傷を与えずに対処しろって方が無理だ。

 非難の視線でも向けてやろうかと思ったけれど、ここで感情的になっても立場が危うくなるだろうから、ぐっとこらえてほほ笑む程度にしておく。

 ギルドマスターはわたしの表情に眉をひそめながらも、話を続けた。


「で、トルトはどうしてこうなっている?

 いまの話だと、トルトは関係ないだろ」

「意図的に情報を省きましたから、むしろそっちの方が問題です。

 ギルドマスターは、トルトの職業を知っていますよね?」

「いや知らない。まだ若いが、有望な職員ではあるがな」


 ギルドマスターがトルトを擁護すると、トルトは少し表情を和らげる。

 ハンター組合としては、職業による差別に否定的なので、職員の職業をトップが知らないなんてこともあるかもしれない。

 だけれど、予想されるトルトの職業を考えると、トップだからこそ把握してないといけないと思う。


「確かトルトはギルドマスターが連れてきましたよね。

 きっと役に立つから、と太鼓判を押していました。事実トルトが担当したハンターは、成績を伸ばしてランクを上げた者も多いです」

「だろう? 何の問題がある」

「どれだけ実績があろうと、シエルメールの職業を口にしたことが問題です」

「なぁ……ッ!」

「ヴァルバがシエルメールの職業を聞き出そうとして、自分達が止めに入るよりも先に、トルトがヴァルバに伝えました。

 シエルメールが惚けても、確信をもって言っていましたね。

 それを聞いたヴァルバが、ギルド内で喧伝しました」


 ギルドマスターが開いた口が塞がらないとばかりに、黙ってしまった。

 それにしてもシャッスさん、自分達に責任はないと言わんばかりだ。わたしは別に気にしないけれど、やはり止めに入らないといけない立場なのかもしれない。


 黙っていたギルドマスターはやっとの思いで「間違いないか?」とトルトに尋ねる。


「そうです」


 得意げに頷くトルトと、頭を抱えるギルドマスターがなんだか対照的で面白い。

 この瞬間はマスターに同情できそうだ。

 さらにトルトは、ギルドマスターに追撃を始める。


「あの状況、すぐに職業を答えていれば、騒ぎにならずに済んだはずなんです。

 それなのに、こいつがなかなか言わないから、俺が代わりに言ってやったんですよ。

 どういうわけか、話が大きくなってしまいましたが、どんな職業でも恥じる必要はないはずですよね」

「お前、何をやったのかわかってんのか?」

「職業に貴賤はないって、ギルドマスターが言っていたことですよ?

 ハンター組合の理念にも確かに書いてあります。『職業による差別はなされてはならない』と。

 それなのに、それを隠すことで皆迷惑していたんです。当然のことをしただけですよ」

「それでなんでお前は、嬢ちゃんの職業を知っている?」

「何言っているんですか?」

「わかった、黙れ」


 ギルドマスターの怒気を孕んだ声に、トルトが身を縮めて言葉を飲み込む。

 ギルドマスターは、イラついたように頭をかきむしるけれど、努力をトルトに悉く潰されている形になるので、仕方ないだろう。

 今のはギルドマスターが、トルトを切り捨てようとした場面だと思うので、トルトの返答は間違えてないはずだけれど。


「つまりトルトの職業が鑑定士、しかも職業鑑定士に属しているわけだな?

 それを使って職業を盗み見てから、公開した。それはそれとしてだ、どうして非番のはずのトルトがここにいるんだ?」


 それはそれとしないでほしいのだけれど、シャッスさんを見る限り、なあなあにはされないと思うのでそこは心配しないでおく。


 トルトは黙れと言われたせいか、場に飲まれたのか、うまく話せないらしい。

 シャッスさんもそのあたりよくわかっていない様子なので、わたしが説明することにした。


「酒場を出た後、ずっとわたしの後をついてきていたんですよ。

 宿を知られたくなかったので、町で時間をつぶしていましたが、それでもついてくるので最終的にギルドまで来ました」

「なんでトルトは嬢ちゃんを追いかけたんだ。盗み見た職業がよほど珍しかったのか?

 だとしても、珍しい職業なんてギルドにいれば、いくらでも見られるだろう?」


 わたしとしては歌姫を排除したかったからだと思っていたのだけれど、ここにきてのトルトの反応を見るにそんなことはなさそうなのだ。

 たぶん歌姫が悪いものだと認識していたら、すでに口にしていると思うから。

 歌姫も1つの職業として「差別されてはいけない、差別されるはずがない」みたいなことを考えているのだと思う。


 だとしたら、なぜストーカーされたのだろうか。頭を悩ませていたことに気づかれたのか、シエルが語り掛けてくる。


『たぶん、最初エインの職業が見えなかったのね。だから、興味をもったの』

『でも、見えたからバラされたんですよね?』

『じゃあ、なんで私を見て"歌姫"って言ったのかしら?』

『確かに変な話ですけど、酒場では見えて、今は見えていないからですよね』

『普段はエインが結界を張っているけれど、歌っているときは、綻びができてしまうのよ。

 きっと、結界がきちんと発動できている間は見えなくて、結界の力が弱まったときに、わずかに見えたのね』


 シエルの推論が正しく聞こえる。いや、正しいのだろう。


 何たる失敗をしてしまったのだろうか。公認酒場だから安心だと思っていたせいだろうか。

 自分の迂闊さが情けなくて、恥ずかしくて、顔が熱くなってくる。


 思考の渦に飲まれてしまいそうだったけれど、今の状況を思い出して、必死で取り繕う。


「たぶんトルトさんが追いかけてきたのは、最初わたしの職業が見えていなかったからだと思います」

「なんでその事を……!」

「……ああ、なるほど。いや、まじか。それはすごいな」


 驚愕しているトルトは、もはや語るに落ちているので良いとして、シャッスさんが百面相をしながら驚く。


「どうしたんですか?」

「いや、いろいろ濁すけど、ほんの少し綻んでいたらしいからね。

 見逃してくれると助かるよ」

「人前で気を抜いていたわたしにも、責任はありますから、構いませんよ」


 裏を読まないとできない会話を、仕掛けてこないでほしい。

 要するに、わたしの結界が綻んだのに気が付いた人が、シエル以外にもいたということだ。

 シャッスさんはそれを聞いたけれど、本来ハンターの手の内をみだりに話すのはマナー違反になる。

 だからこそ、見逃してほしいということだ。隠ぺいしてある結界は、その存在を知っているかどうかで、戦局が大きく変わる程のもの。


 とは言え、わたしの失敗が原因だから、責めるに責められない。


「ところで、酒場からギルドまで追跡されていたのって、問題にならないですか?」

「人としての印象は悪くなるけれど、それが原因で罰せられるかと言われたら難しいね。

 今回の場合、判断材料くらいにはなるだろうけれど」


 ギルドマスターには軽くスルーされてしまったけれど、多少は問題になるらしい。

 なんだか、叩けば叩くほど埃が出てくるような気がしてきた。

 ギルドマスターもそれを感じ取ったのだろう、急に頭を下げてきた。


短編とだいぶ設定が異なってしまいました。

大きなところだと、トルトを連れてきたのが副ギルドマスターではなくて、ギルドマスターになったところでしょうか。


細かいところだとギルド長がギルドマスターになっているなどありますが、ここはハンター組合とギルドくらいの違いしかない気がします。

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