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52.ストーカーと暴露とマスター

『あの森は今のギルドマスターになってから、放置されるようになったみたいですね。

 森の変化が2~3年前と考えられますから、変わってすぐではなくて、徐々に見向きもされなくなったのでしょう』

『でも、ポーションの材料はこのあたりだと、あの森になるのよね? 放置するのかしら?』


 ストーカーが付いてきていることを感じながら、シエルと話をする。

 ストーカーに追われながら話す内容でもないけれど、宿に戻ってから話したい内容でもないので、気にせず続けることにする。


『以前はともかく、今は足りなくて困っているということはなさそうですから、重要視されていないのでしょう。国として放置しているのもどうかと思いますが、王国が悪いのか、ハンター組合が悪いのかはわたしでは判断できませんね』

『何かあってからでは、遅いと思うのだけれど』

『傍から見ている限りだとそう思っても、組織には組織としての思惑があって、うまくいかないものなんですよ』


 歴史的に見ても政治の迷走なんて、珍しいことではないだろう。

 この世界でもそうなのかわからないけれど、少なくともこの国はリスクマネジメントが上手くいっていないんだなと思う。

 何か起こってからでないと動けないのか、何か起こっても責任を押し付けあって進歩しないのか。


『それなら、私は組織には入れないわね。

 エインと私のことしか考えたくないもの。ハンターも辞めてしまおうかしら』


 冗談めいた笑い声と共にシエルが言うけれど、わたしもエストーク王国から出た後は、ハンターを辞めて良いと思う。

 強いて抜ける理由が今はないので、何かあるまでは続けるだろうけれど。


『ハンターを辞めるのは少なくとも、国を出てからにしましょう。

 話を戻しますが、王都のことを考えると、魔物氾濫の情報は早く伝えたほうが良いです』

『準備の時間は必要だものね』

『わたし達としても、魔物氾濫の影響を受ける可能性が万が一にもあるかもしれないので、伝えておいた方が後々面倒なことにはならないですね』

『でも、エインは伝えたくないのよね?』

『いえ、最終的には伝えた方が良いって考えです。

 ですが最終的に教えるのは、王都を出る直前が良いかもしれませんね。手紙とかで届けてもらうと、面倒がなさそうです』

『私達が「魔物氾濫が起きるかもしれない」なんて言っても、目立ってしまうものね。

 むしろちゃんと話を聞いてもらえないかもしれないわ』


 悲しいかな、シエルの言う通り、12歳の少女の言葉はなかなか信じてもらえない。

 C級ハンターだとわかると、手の平を返す人も多いけれど、C級だと理解してもらうのにも時間と手間がかかる。下手すると決闘沙汰になる。

 別にわたし達は他のハンターにC級として認められたいわけでも、重大な情報を伝えて感謝されたいわけでもない。


 そんな面倒を被るくらいなら、黙って出て行ったほうがましだと言える。

 今回は自分に返ってくるかもしれないから、最悪手紙で伝える方法を取るのだ。まさに情けは人のためならずというやつ。ちょっと、意味が違うかもしれない。


 あと、ギリギリまで伝えるつもりがないのには、もう1つ理由がある。


『シエルの言うこともそうですし、ギルドに対しての切り札としても温存しておきたいですから』

『切り札ってどういうことかしら?』

『わかりやすく言えば、脅しの材料ですね。

 今回の魔物氾濫の可能性は森の管理を怠ったギルドマスターの責任も、少なくないでしょうから』

『保険ってことね』

『そうなりますね』


 使わないなら、使わないでいいものだけれど、王都にいる間にハンター組合と揉める可能性もある。

 そんなことにならないのが一番だけれど、だからと言って、手札を捨てる必要もないだろう。


『ところで、尾行はどうなっているかしら?』

『付かず離れずですね。わざと隙を見せてみても、まるで接触してこなさそうなのが、不気味です。

 何かするのを待っているのか、それとも監視が目的か、他に理由があるのか。わたしには判断できません』

『尾行は確定なのね』

『はい。ですから、宿の場所を知られるのも嫌ですし、ギルドに行ってみようかと思っています』

『ハンターではないと、入りにくいものね』

『それに他のハンターがいれば、ほぼ絡まれると思いますし、そしたら今の膠着状態から何かしら動きがあると思うんですよね。

 わたしに仕掛けてくるのか、接触してくるのかはわかりませんが』


 なぜこちらが此処までしないといけないのか、甚だ疑問ではあるけれど、何もしなければ宿屋までバレて、夜も安心できなくなる。

 ギルドに行っても、ストーカーが顔を見せなければ、シエルに頼んで直接対峙したほうが良いかもしれない。


『そういうことなら、最初は私のほうがいいかしら?』

『絡まれること前提だとそのほうが安心ですね。お願いします』

『ええ、任せて、やり遂げて見せるわ』


 なんだか妙に気合の入ったシエルに、一抹の不安を感じるけれど、他に選択肢もないのでシエルに任せることにした。



 たどり着きましたハンター組合の前。

 今回は絡まれるために、ハンターがそこそこいる時間帯を狙ってやってきたけれど、時間をつぶしている間にもストーカーは離れることはなかった。

 本当に何がしたいのか。いっそ襲ってくれたほうが、気持ちが楽ではある。


 つまり進展がなかったので、シエルと入れ替わってハンター組合の建物に入ることにした。


 木でできた外開きの扉を開けて中に入る。これが、宿なんかだと内開き。

 多くのハンター組合で外開きなのは、内開きにしたらそれだけで、厄介ごとが増えるかららしい。

 新人が勢いよく扉を開ける→素行の悪いハンターにその扉が当たる、みたいな。


 わたし達は一度も開けた扉を誰かに当てたことはないけれど、それでも中に入るだけでたくさんの人が見てくる。

 ストーカー然り、前世ならば警察に相談案件ではなかろうか。

 前世だと決闘罪とかあった気がするから、何か問題が起こってもハンター的迅速な解決策が使えなくなるということだけれど。


 建物に入ったシエルは、特に意味もなくC級の掲示板のところまで歩く。

 この辺りはもう、癖だろう。ハンターなのだから、ギルドに入ったら掲示板を見る。

 当たり前で、自然な行動だ。


「おい嬢ちゃん」


 それが外見もランクに見合った人の場合だが。

 さっそく声をかけられたのは、今回に関して言えば運がよかった。

 その主が、服装がボロボロで、髪もボサボサ、元が不細工なのか馬鹿にするような下卑た顔をしていて、嫌らしい目を向けてきているのは、運がいいとは言えなさそうだけれど。

 声の主を無視して、シエルがわたしに問いかける。


『例の人は建物の中にいるのかしら』

『入ってきていますね。特に騒ぎにもなっていないので、ギルドの関係者なのでしょう』

『今はどのあたり?』

『出入り口のほうです』


 シエルがちらっと見ると、線の細い若い男がこちらをじっと見ている。

 他人のことは言えないがハンターっぽくはない。

 公認酒場からついてきていたから、ギルド関係者かなと思っていたのだけれど……あと考えられるとしたら、職員だろうか、制服ではないけれど。


「嬢ちゃん、なに無視してくれてんだぁ?」

「何?」


 絡んできた男がイラついた声を出すので、シエルが短く答える。

 反応があったことに調子を取り戻したのか、男は最初の嘲笑したような声色に戻った。


「ここは子供の遊び場じゃねえんだ。帰んな」

「私はハンター。放っておいて」

「だとしたら、嬢ちゃんが行くのはあっちの低級の方だろう?

 そんなこともわからないのか? だったら、俺様が手取り足取り、腰取り教えてやらんでもないがなぁ」


 周りにいる彼の仲間らしき人々が、「お前こんなちんちくりんが良いのかよ」などと馬鹿にしているが、男は「今のうちから育てんだよ」と開き直っている。

 何やらお話し合いが始まりそうだったけれど、こちらがそれを待っている必要はないので、シエルが割り込むように声を出し、カードを取り出した。


「私はC級ハンター。ここで合ってる」

「嬢ちゃんがC級だぁ? その証も本物っぽいが、偽装カードは永久追放食らうから、やめておいたほうが良いぜ?」


 男が大声で笑い、周りもそれに同調する。


「本物なのだけれど、信じないわよね」


 ぼそっと、シエルがわたしと話すときの口調で呟く。呆れているというか、面倒くさくなっているらしい。

 その呟きが聞こえたのか、男の瞳に少し知性が宿った。

 何やらろくでもないことを考えていそうだけれど、残念ながらその心の内を読むことはできない。


「その歳でC級ってことは、相当優秀な職業ってことだろう? 言ってみな。

 そうしたら嘘じゃないって、信じてやる」

「教える義理はない。認めてもらう必要もない」

「そいつは困ったなぁ。こっちは親切で言ってやってんのに」


 わたしの親切と彼の親切は、どうやら定義が違うらしい。

 ニヤニヤと男がシエルを意図的に通せん坊するので、ハンター的には排除していい段階になった。

 ただ今回は、ストーカーが動いてくれるのを待っているので、シエルもどうするのか考えている様子だ。

 まさか何も起こらないのかなと思っていたら、後ろから「歌姫さん」と声がかかった。


 声がしたほうを見れば、確かにストーカーなのだけれど、さすがにこの展開は予想外だ。

 シエルの職業は歌姫ではないけれど、勘違いされる分には全然かまわない。

 しかしこのように、不特定多数がいる中で職業を暴露されるというのは、ハンターによっては致命的だ。

 特にそれが“歌姫”なら、人として致命的になりかねない。


 サノワの町では、わたし達はいなかったとは言え、歌姫というだけで排除されそうになったのだから。


「何のこと?」

「貴女の職業ですよ、お嬢さん」


 どうやら何かしら確信があるらしく、引こうとはしない。

 追いかけてきていたのも、わたしが歌姫だと認識していたから、排除でもしようと思っていたのだろうか。だとしても、そのタイミングはいくらでもあったと思うのだけれど。


 それはともかく、ストーカー男の言葉で絡んできたハンターが、水を得た魚のように元気になってしまった。

 もともと声は大きかったけれど、今度はギルド内にいるすべての人に聞こえるような、大きな声を出す。


「聞いたか? 職業歌姫がC級ハンターだとよ

 C級どころか、G級も満足にこなせないんじゃねぇか?」


 この男に呼応するように、あたりから嘲笑する声が聞こえてくる。

 ただその男以外の反応としては、絡んできた男に同調するものと、逆に男に対して眉をひそめているもの、我関せずを貫き通しているものなど結構ばらつきがある。職員の1人が奥に入っていったけれど、マスターでも呼びに行ったのだろうか。

 王都ギルドは不遇職にも優しいみたいな話があったと思うのだけれど、その割には絡んできた男の声が大きすぎる気がする。


 やはり歌姫は例外なのだろうか。かつて、王都を滅ぼした元凶なので、別枠で嫌悪されてもおかしくはないかもしれないけれど、それにしたって元は歌姫の差別が原因だろうに。


 絡んできた男は、なおも楽しそうにシエルに話しかける。


「おい、嬢ちゃん。さっきは舐めたことを言ってくれたな」

「事実しか言ってない」

「お前ふざけんじゃねぇ」


 怒ったのか、演技なのか、そのまま男が掴みかかってきたけれど、シエルがそれを軽やかなステップでかわし、ついでとばかりに足を蹴り飛ばした。

 シエルの蹴りでバランスを崩した男は大きな音を立てて転び、シエルは腰に下げていたナイフを取り出して、首に当てる。

 流れるような動きを目の当たりにした人々は、いつの間にか静まり返っていた。

 倒れた男は、何があったのかわからないように呆けていたけれど、理解したのか忌々しそうにシエルを睨みつける。


 魔術なしのシエルに負けるとか、油断しすぎにもほどがあるだろう。


「G級に負けた貴方は、一般人以下」

「こんな弱々しい力で、何を勝ち誇ってん……ぎゃああぁ」


 男が力づくで逃げようとしたせいか、シエルが男の腕を切りつけた。シエルの力で押さえつけるのは、まず不可能なので、当然の行動だ。

 利き腕っぽいのは、わざとなのか偶々なのかわからないけれど、これで大幅に戦闘力は下がっただろう。

 切られたことで喚いている男を、シエルが冷めた目で見ているが、この程度の傷でこれだけ喚けば当然か。かつてシエルが受けてきたものの方が、ひどいものだったのだから。


 でも出血を放置しておくとまずいだろうなと思っていたら、「おい、ヴァルバ」と仲間と思しき男が、切られた男に近づく。

 すぐに手当てでもすればいいのに、なぜか「このガキ」とシエルを睨みつけてきた。

 今更シエルがそんなことで怯むことはなく、代わりにヴァルバを切りつけたナイフを、投げつける。


 ナイフは座り込んでいる男の髪をかすめると、ギルドの床にはじかれて落ちた。


 シエルの役目もここまでだろう。ここまですれば、さすがにどんな人であっても話を聞いてくれるから。

 だからシエルに『替わってください』と頼んで入れ替わる。

 どこから片を付けるべきかと迷ったけれど、すでに恐怖が刻まれたハンター組は一度放置でいいだろう。

 ことを大きくしておきながら、あとは黙ってしまったストーカー男の方を睨む。シエルを危険にさらしておいて、黙って突っ立っていた罪は重い。あと、普通に職業の喧伝は処罰対象。


 一緒になって襲ってくれたら、シエルにやられて幾分か溜飲が下がったかもしれないが、この男は安全圏から黙っていただけなのだ。


 せめてひとこと言ってやらねば、と思ったのだけれど、どこかに行っていた職員が壮年の男性を連れて戻ってきた。

 白髪交じりのその男性は、ハンターのように力強そうではないけれど、目力はすごい。


「おい、ヴァルバ。お前ら、またトラブルを……って、どういうことだこりゃあ……」


 威厳がありそうな男性だったけれど、成人にも達していない女の子を前に、男1人が血だらけで呻いていて、隣で別の男が呆然としていて、それとはまた別の男が女の子に睨まれて怯えている様子を見て、言葉を失った。

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作者別作品「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
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