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51.酒場と情報とギルドマスター

 基本的にはシエルが主体になって動いてほしいと思っている私だけれど、例外的に積極的に表に出るタイミングが酒場で情報収集をするとき。

 酒に酔っている人は口が軽く、情報がよく集まるため、結果的に時間短縮にもなる。

 ただ、酒場というのは未成年は煙たがれる。お酒を飲む場に、お酒を飲まない人が行くのは、空気が読めていないと思われるようだ。


 酒場側としても、酒を飲まないなら客じゃない、なんてこともざらにある。

 だから飲みに来た人を楽しませる方向で、酒場にも利益になるように動いて、ついでに情報をもらうことにしている。

 理屈を並べて見たけれど、わたしが人前で歌いたいだけといえば、それだけである。


 一応、酒場で歌う=歌関係の職業=歌姫の可能性、みたいなミスリードも誘っているので、わたしが動くのが何かと都合がいい。

 やろうと思えば、シエルの舞でもお金になりそうだけれど、酒場でやるとなんだかアレなお店っぽいし、何より舞姫とつながるようなことになれば、リスペルギア公爵からちょっかいをかけられるかもしれない。


 それから、情報を集めるならハンター組合公認の酒場を選ぶ。

 理由は単純で、ハンターが集まる上、店内での安全性が高いから。


 王都に来るまでに何度もやってきたことなので、酒場での活動方法は慣れたもの。

 集まった視線と、下卑た野次は完全に無視して、お酒1杯分のお金をカウンターに出して、歌うことと情報収集をすることを認めてもらうように交渉する。

 条件は集まったお金の半分をお店に還元することと、不評だったら1曲で終えること。


 1曲なんて数分しかかからないし、お酒1杯分の料金は渡してあるしで、酒場側にはあまりデメリットがないようにしているためか、大体この条件で了承してもらえる。

 今回も無事に許可をもらって、カウンターの横で歌わせてもらうことになった。


 お金を入れてもらうための籠は持参して、カウンターの端っこに置かせてもらう。

 こういう時、何となく空き缶をイメージしてしまうのだけれど、ポロっとそれを零してしまい、シエルに空き缶とは何かと質問されて困ったことも思い出す。


 奇異の視線を向けられる、完全にアウェーの中、大きく息を吸って歌を歌った。



 全5曲。歌い終わっても、まだまだ歌い足りないのだけれど、満足するまで歌ったら半日くらい歌い続けそうなので歌うのをやめる。今回も盛況のうちに終えることができたので、良しとしよう。


 今回も楽しかった。


 昼間から酒場に来られるような人は、大体がお金を持っているので、お金も結構集まった。

 約束通り、酒場に半額を渡し、残り半分は情報収集のために使おう。


 晴れて酒場における情報収集における自由権を手に入れたので、「フォレストウルフのことで、何か知っている人が居ませんか?」と声を出す。

 こうすると、大体30歳以上の中堅からベテランと呼ばれるハンターたちが、寄ってくる。

 うん。自分の子供くらいの年齢の女の子が相手だと、教えたがりが発動するらしい。


 そう考えると、なんとも女子供は得である。今後とも活用していこう、シエルの迷惑にならない範囲で。

 その分、女子供だからこそ危険なことも多いので、この世界だと恩恵的には結果的にマイナスだと思う。命とか危ういし。


 閑話休題。


 いつもはシエルの親世代以上のハンターが相手をしてくれるのだけれど、今日はいつもよりも若い人たちがやってきた。

 見覚えがあるなと思ったら、王都で依頼を受けた時に、掲示板の前にいた人達に相違ない。


「君も酒場に来るんだね」

「ハンターが情報収集するんですから、普通ではないですか?」


 わたしが非難めいた口調で返すと、話しかけてきた剣士風の男は、可笑しそうに笑ってから「そうだね」と答えた。

 それから彼のパーティメンバーを含めた計5人で、1つのテーブルを囲む。

 彼らはそれぞれお酒を飲んでいるが、わたしは水だけもらっている。


「まずは自己紹介をしよう。ボクの名前はシャッス。これでも、B級パーティ『愚か者の集い』のリーダーだ」

「パーティ名すごいですね」

「全員愚直に1つのことに取り組んできたからね。おかげで、最初は皆常識知らずで困ったよ」


 よく言えば努力家の集まり。


 常識知らずというのは、何となくシンパシーを感じる。


 B級パーティというのは、パーティとしてB級になるだけの資質があるということ。

 C級であっても、B級パーティであると認められれば、B級の依頼を受けることができる。

 固定パーティでないと認められないとか、細かい決まりがあるらしいけれど、わたしには関係がないので覚えていない。


「アタシはリュシー。よろしく」

「アロルド」

「ビビアナよ」


 槍を持っていた女性、盾を持っていた男性、魔術師っぽい女性の順で、自己紹介をする。

 なんだかわたしもしないといけない流れみたいなので、一瞬躊躇いつつも自己紹介する。


「知っていると思いますが、シエルメールです。

 名前で呼ぶときは、シエルメールとお呼びください」

「シエルちゃんね」

()()()()()()と、およびください」

「わかったよ、シエルメールちゃん」


 リュシーさんがシエルと呼ぶので、思いっきりの笑顔とともに、繰り返してあげる。リュシーさんは、引き攣ったような笑顔で了承してくれた。

 別にシエルでもいいのではないか、と思わなくもないけれど、これはシエルのこだわりなのでわたしがどうこう言うつもりもない。

 理由としても、単純に親しくもない相手に愛称で呼ばれたくないだけだろう。と思いたいのだけれど、どうやらシエルと呼ばせるのはわたしだけ、と決めてそうな気がしてならない。


 わたしに心を開いてくれていることは嬉しいけれど、心開ける相手がわたしだけというのは問題かもしれない。

 だからと言って、エストーク王国内で親しい人を作る気は、わたしにはないのだけれど。

 将来王国から逃げ出してどこかで友達ができたとき、シエルはその人に“シエル”と呼ばせるのだろうか。

 シエル以外の愛称も考えておいたほうがいいのだろうか。

 何度も名前を呼ぶとなると、シエルメールは些か長い。


「前会った時とだいぶ印象が違うね。まるで別人みたいだ」

「今が情報収集用の話し方というだけです」


 シャッスさんのこの質問に関しては、きちんと想定している。

 以前はシエルに合わせた演技をしようかとも思っていたけれど、わたしがそんなに器用ではないせいもあって、それはそれで違和感が拭い切れなかったので没となった。そしてシエルも自覚しているが、普段のシエルの話し方だと、情報収集が面倒くさくなる。

 そういうわけで、話し方問題はいつでも付きまとうので、いくつか言い訳は考えているのだ。本当のことを言っても信じられないだろうし、話すとリスペルギア家につながりそうだから王国内では絶対に言わない。


「常にそっちのほうが、受けはいいんじゃない?」

「どんな話し方だろうと、ハンターをやっていると絡まれるので、必要な時以外にちゃんと話すの面倒なんですよ。受けは塩漬け依頼をこなしていたら、勝手に良くなります」

「なるほどね」


 納得してくれたのなら良し。

 まずバレることはないだろうけれど、あまりツッコまれても返答に困ってしまうから。


 シャッスさんと本題に関係ない話をしていたせいか、しびれを切らしたらしいリュシーさんが、「シエルメールちゃんはフォレストウルフについて、知りたいんだろ?」と割り込んできた。

 大いに助かる。うっかりしていたと装って、話に乗っかることにしよう。


「そうでした。王都を出た後、北に行こうと思っていたので、何か知っていたら教えてほしいんです。

 フォレストウルフたちは、北から流れてきているんですよね?」

「確かにね。原因はわからないけれど、ここ1年くらいでウルフばかり出るようになったらしいよ」

「魔物氾濫とは違うんですか?」

「これが魔物氾濫だったら、やってくる数がもっと膨大になるだろうね。

 とは言え、行くのはお勧めできないんだけど……」


 シャッスさんが窺うようにこちらを見るのは、わたしの実力を測りかねているからだろうか。

 わたしがC級であることは知っているし、もしかしたら魔物氾濫を収めたことすら知っているかもしれない。


「フォレストウルフくらいなら、何千体出てきても死ぬことはないですね」

「やっぱり噂は本当だったみたいだね」

「ギルドでも言っていましたけど、噂って何ですか?」

「白髪の少女が1人で魔物氾濫を解決したとか、氷の魔女と引き分けたとかかな」

「カロルさんのことを氷の魔女って、呼ばないほうが良いと思いますよ?」


 怒りはしないだろうけれど、嫌がられはすると思う。

 噂について肯定していないけれど、否定もしていないので、察してくれることだろう。


「わかった。フォレストウルフの群れに対処できるだけの実力があれば、行っても問題ないと思うよ」

「はい、ありがとうございます」

「ウルフの大量発生と言うとアレね。神の使いを想起させるわよね」

「神の使い、ですか?」


 ふいにビビアナさんが気になることを呟いたので、思わず繰り返す。

 神と聞くと嫌な人を思い出してしまうせいだろうか。


「かつて神がもっと人に干渉していたころ、いくつかの生き物を使いとしていたって話よ。

 ウルフもその中の1つ。だから今のように国ができる前は、ウルフを神として祀っていたという研究もあるわ」

「でもウルフは魔物ですよね?」

「神の使いの役目を終えて、今度は魔に染まって魔物になったみたいな説もあるわね。

 でもウルフの場合には、足が速くて魔物氾濫の最初に来ることから、ウルフが魔物氾濫を教えてくれる、つまり神の使い、として認識されていたんじゃないかというのが有力よ」

「ありがとうございます。他にもいくつか話を聞かせてもらっていいですか?」

「どういたしまして。かまわないわよね?」


 メンバーをちらっと見たビビアナさんが頷いたのを見て、4人のお酒のお代わりを頼む。

 お代わりを受け取った愚か者の集いのメンバーは、微妙な顔をしていたけれど、わたしがC級だと知っているためか、最終的には美味しそうにお酒を飲み始めた。


「一人だとやっぱり魔法袋が欲しいんですけど、入手方法とかないですか?」

「魔法袋ははっきり言って運だな。A級以上だと大なり小なりパーティに1つは魔法袋を持っているのが普通で、B級だと半数が持っているって聞いたことがあるな。

 だが、かなり運が悪いS級ハンターが未だに魔法袋を持っていないなんて話もあるくらいだ。

 アドバイスできることとしては、見つけた時に買えるようにお金をためておくことくらいだな」


 今度はリュシーさんが話に付き合ってくれる。

 わたしもすでに1つは持っているけれど、運がよかったといえるのだろうか。

 一旦諦めるべきかと思っていたら、アロルドさんが思い出したように口を開く。


「そういえばギルドに大きいのが1つはあるな」

「あるにはあるね。信用のおけるハンターに貸し出すやつ。

 確か王都のギルドにある魔法袋が国内のハンター組合にある中で、一番大きいんだよね」

「山1つ入るんじゃないかって噂のあれな。ドラゴンとか狩ったときに使うからって、普段貸してくれないやつ。2番目の大きいやつでも、十分だからほしいんだけどな」

「私達が持っているのも、お世辞にも大きいとは言えないものね」

「そうなんだよな。大体このあたりでドラゴンが出るわけないってのに」


 アロルドさんの言葉に、シャッスさん、リュシーさん、ビビアナさんが順に反応する。


 ギルドの魔法袋か。ほしいと言ってもらえるものでもないだろうし、やっぱりないものとして考えたほうがよさそうだ。

 最悪旅の荷物だけでも入るような大きさのものがあれば、安心できるのだけれど。


「そう言えば、王都のギルドマスターってどんな人なんですか?」


 ギルドの話が出たので、ついでに訊いてみる。

 薬草を取りに行った森が放置されているということは、ギルドがそこまで重要視していないということなのだろうけれど、以前はそんなこともなさそうだった。

 だから本当はマスターの話ではなくて、ギルドの方針の転換があったか聞きたいけれど、いきなりそれは怪しまれそうだ。

 ギルドマスターがどういう人がわかれば、理由もわかるかもしれない。


「不遇職でも関係なく評価してくれる人かな。

 とは言っても、ハンターは職業を隠すことが普通だから、それをより徹底させることが主だけどね。

 今のマスターになってから、5年以上経ったけど、職業を無理やり聞き出すなんかの話は聞かなくなったね」

「シャッスさんはマスターのことをどう思っているんですか?」

「個人的な理由もあって、応援はしているよ。でも、最近はちょっと、調子に乗りすぎていて怖いね。

 不遇職を優遇させすぎて、戦闘職へのあたりが厳しくなっているし、何か痛いしっぺ返しが来るんじゃないかって不安だよ」


 ギルドマスターが変わったのは、最近というほどでもないけれど、5年程前。

 不遇職軽視への対策に力を入れている。

 それはつまり、他のことにまで手が回っていない可能性があるかもしれない。


「なるほど、ありがとうございました」

「こちらこそ、良い暇つぶしになったよ」


 愚か者の集いの人たちと別れて、店主に一声かけてから、酒場を後にする。

 今日はもうやることも無いので、一度宿に戻ろうかなとも思ったけれど、道を歩く中つけられているらしいことに気が付いた。

 酒場から出てまっすぐの道を歩いているだけなので、たまたまかもしれないけれど、速くないわたしの歩行速度とほぼ同じ速度で、距離を維持してきているのでほぼ尾行だろう。


『尾行されているみたいなので、一度適当に町の中を歩きますね』

『本当に尾行だったらどうするのかしら?』

『しばらく歩いてみて、それでもついてくるようなら、その時に考えます。

 その間、少しお喋りでもしていましょうか』

『それなら大歓迎なのよ。話すことは、王都の魔物氾濫が起こる可能性をいつ伝えるか、かしら?』

『はい、その通りです』


 緊張感のない声色で、シエルとお喋りを始めた。

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