50.ポーションと魔物氾濫と乾燥
行きは半日かけたけれど、帰りは急いで3時間くらいで王都についた。
歌姫を使ったので、シエルにしてみれば軽いジョギングくらいなものだっただろうけれど、それでも3時間走り続けられるというのは、すごいと思う。
生前のわたしだったら、何分走れただろうか。全力疾走で1分も持たなかったに違いない。
3時間と言っても太陽の動きを見ながら、なんとなくそれくらいなので誤差は大きいけれど。
ハンター組合に人がいるかどうかは微妙な時間だったけれど、幸いまだ空いていたので、カウンターに薬草を持っていく。一応四葉の他にも何本か自分用に取っておくことにした。
昨日と同じ人で、何か言いたそうだったけれど、大量の薬草を見て驚いたように処理を始める。
ついでに、薬草の長期保存の方法がないか聞いてみたところ、やっぱり乾燥させるのが一番らしい。大体1~2年はそれで持つのだという。
ただし依頼の時に乾燥した薬草は、依頼主が認めない限り不可能。いつ乾燥したものかわかりにくく、管理に不備が生じるのだとか。
確認が終わり次第、ハンター組合を後にする。変に絡まれるのは勘弁なので。
それから、シエルに頼んで今日一日体を貸してもらうことにした。
◇
『エインが体を借りたいと言い出すのは、珍しいわね』
コロコロと楽しそうなシエルの声が頭に響く。
『わたしが個人的に気になることがありまして、ちょっと説明がしにくいんですよ』
『ポーションに関係することよね?』
『そうですね。でも、自分でもどう調べたものかわからないので、話を聞きながら判断しようかと思ってます』
『私を挟むと時間がかかるのね』
『申し訳ないです』
わたしが主導権を握るということは、シエルの時間を奪っているということ。
シエルの人生はシエルが生きるべきで、わたしはシエルが生きやすいように手伝うだけというのが理想なのだ。
だけれど、シエルはなんてことないように『どうして謝るの?』と尋ねてくる。
12歳といえば前世では小学生であり、こちらでも子供に分類される年齢だ。
前世での感覚だけれど、この年代の1日1日は今にして思えば、とても貴重なものだったといえる。
シエルにその価値を理解しろというのも難しい話だとは思うので、曖昧に笑って返すことしかできない。
そうしているうちに、一昨日やってきた道具屋についたので、扉を開けて中に入る。
数日で品物が変わる事はなく、すぐに2階に上がった。2階を改めて見て回ると、包帯や傷薬などが置いてある中に、ポーションも売っていた。
むしろ、ポーションが売っているところに、包帯や傷薬も売っていると見たほうが良いだろう。
売っているのは初級ポーションと中級ポーション。
傷薬が下級ハンター用だったと記憶しているので、初級と言っても大きな効果を発揮するに違いない。
その証拠に上級傷薬よりも、初級ポーションのほうが少し値段が高い。
そして中級ポーションは、さらに高い。
上級ポーションがあったとして、たぶんここに並べられるような値段にはならないだろう。
『困りました』
『どうしたの?』
『王都のポーションは値段が高いという予想のもと、実際に値段を見て考えようと思ったんですが』
『他の町でのポーションの値段がわからないのね?』
『そうです……その通りです』
この出ばなをくじかれた感は、なんとも虚しい。
屋敷を出て以降、大きな怪我をしていないので、ポーションの値段なんて気にしたこともないのだ。
仮に大きな怪我をしたとしても、おそらくポーションのお世話にはならないだろう。
そのツケが顕在化した、とは言わないけれど、どうやら当たって砕けるしかなさそうだ。
一昨日とは違う店員を選んで「ちょっといいですか?」と声をかける。
店員は嫌な顔をせずに「どうしましたか?」と、笑顔を見せた。
「ここで売っているポーションって、王都で作られているんですか?」
「はい。王都にいる錬金術師が作ったものになります。
それがどうかいたしましたでしょうか?」
「いえ、他の町で見たものよりも、少し高いような気がしたので。
ですが、すみません。気のせいだったみたいです」
「いえ、おそらく薬草が近くで採れる町のものを見たのだと思いますよ。
以前は王都近くでも中級ポーションの材料が採れていたようなのですが、最近は採れなくなってしまったようで、他の町から運んでいるそうです」
「運ぶのにお金がかかるから、値段も高くなったってことですね。
いつから値上がりしたのかはわかりますか?」
「2~3年前だったとは思いますが、正確には存じません」
「ありがとうございます。もう少し、商品を見てきますね」
お礼を言って店員から離れる。
なんだか面倒くさいことに気が付いてしまった。知らなければ、知らないままで何も気にせずに済んだのに。気が付いたからと言って、首を突っ込む気はないけれど。
王都でやらかしたら、確実に面倒くさいことになるから。
この場はポーションを1つずつ買って、お店を出ることにした。
◇
次に向かうは図書館。時間的にギリギリだけれど、知りたいことを知るだけなら何とか時間は足りるだろう。場所もお店で聞いてきたので、大丈夫。
『ポーション買ったのね』
『何度も店に行っているのに何も買わないのは、マナー的に良くないかなと思いまして』
『難しいのね』
『わたしもそう思います。でも、ポーション自体は、1つもっておいても損はないように思いましたから』
『お店で聞いていたけれど、次は図書館に行くのね』
『ちょっとだけ調べて、宿に戻ろうかと思ってます』
さて図書館だけれど、かなり貴族街に近い位置にある。
つまりかなり治安がいいところで、お金持ちが集まるところ。
お金持ちでないとなかなか本を読めないということだろう。そう考えると、屋敷の5年間で本を読めたことは幸運かもしれない。
図書館の使い方だけれど、入るときに保証金として金貨を1枚と、利用料金の大銀貨1枚を払って、帰りに金貨を返してもらうことになっている。
本を利用できるのは図書館の中だけ。借りるためには別途登録する必要があり、身元があやふやなわたし達ではまず登録できない。
図書館に入って、本棚にいっぱいの本を見ると、屋敷でのことを思い出す。
それはさておき、司書を捕まえて魔物氾濫について書かれたものを教えてもらおう。
数分後用意してもらえたのは、過去に王都を襲った魔物氾濫について書かれたものについてと、魔物氾濫についての研究資料。それから歴史年表のようなもの。
夕日が差し込む窓辺で、優雅に読書する。なんだか漫画やアニメの1シーンみたいだと思ったけれど、共感してくれる人はない。
せっかく、シエルみたいな美少女がやっているのに。中身はわたしですが。
気を取り直して、資料に目を通す。
知っていることのより詳しい話は置いておいて、魔物氾濫後の生態系なんかのちょっと気になるところは流し読みして、とにかく必要な情報を頭に刻み込む。
魔物氾濫が起きた時期と、その時の情勢。最後に王都を巻き込んだ魔物氾濫が起こったのはいつか。
何とか日が沈み切る前に読み終えることができたのは、シエルの体が優秀だからだろう。
図書館を後にして、シエルと入れ替わると、シエルは宿へと歩みを進めた。
◇
「今日は何がわかったのかしら?」
部屋に戻って、開口一番シエルが尋ねてくる。
ここまで黙っていたので、知りたいのも当然か。むしろ今まで聞くのを我慢してくれていたのだろう。
『シエルも見ていたと思いますが、王都が魔物氾濫に巻き込まれたのは、50年は前のことです。
それ以前は十数年に1回というペースで、大小さまざまな規模のスタンピードが起こっています』
「そうね」
『大きな魔物氾濫が起こる場合、その年から見て5年以上前に、隣国との関係が悪化していたり、病気が流行ったりと魔物の駆除が疎かになっているようでした』
「つまりエインは、近々王都で魔物氾濫が起きると考えているのかしら?」
わたしの言葉からすぐに答えを導き出したシエルに『そうです』と肯定する。
『あくまでも可能性の話ですが、あと数年以内には起こるのではないかと予想しています。
ポーションの値上げが2~3年前という話でしたから』
「それでエインはどうするつもりかしら?」
『どうもしません。王都で目立つのは嫌ですし、起こるとして規模はサノワの比じゃなさそうですから。
何より魔物氾濫が起こった時、わたし達は王都にはいないでしょう。シエルがどうにかしたいのであれば、手伝いますが』
「それならどうして、エインは調べていたのかしら」
何もしないというわたしへの批判ではなく、純粋な疑問が飛んでくる。
『万が一明日にでも起こる可能性があれば、今から対策をしていないといけませんでしたから。
それに、王都から北に行って、海に行って、戻ってくるときに魔物氾濫とぶつかっても大変です。
ですから、身を守るために調べていた、というところでしょうか』
「そうなのね。ありがとうエイン」
『ちょっと気になっただけですから』
時間的にギリギリかもしれないけれど、魔物氾濫が来るよりも先にB級になれるだろうし、そうしたらこの国がどうなろうと知ったことではない。
むしろ王都なのだから、シエルよりも強い人など、それこそたくさんいるだろう。
とりあえずは、海を見た後は南東に行って、B級になり次第国境を越えられるようにしておきたい。
「ところでエイン。良いかしら?」
『何でしょう?』
「薬草の乾燥はどうするの?」
『そうでした。押し花のようにしても良いですが、いっそ魔術でやってしまいましょうか』
「魔術でって、どうすればいいのかしら?」
『それについては少し考えがあるので、やってみて良いですか?』
「ええ、お願いね」
シエルに代わってもらったので、四葉と同じくいくつか取っておいた三つ葉で実験をしてみる。
呪文は「シャロル・カレスフィ・オーグア」。水だけ熱して、蒸発させることで乾燥させようぜ、みたいな呪文になる。
人に使うと大惨事になりそうだけれど、わたしが使う分には大した威力にはならない。
それに、仮にシエルが人に使ったとしても、まず成功しないだろう。
生物の中に魔術を放つというのは、あり得ないほど難易度が高いから。
もしも簡単に魔術を発動させることができれば、相手の体内に小さな火でも送り込むだけで大ダメージを与えられるだろうし、風魔術であれば内臓をズタズタにできる。
水であれば、苦せず溺れさせることができるだろう。
だからこの魔術は、無生物にしか使えない。
植物の場合、採取してしまえば生き物とはカウントされないし、魔物や動物の場合は本体から離れた体の一部とか死体であれば、抵抗が弱くなりその内に魔術を放つこともできる。
出来たとしても、そもそも見えないところに魔術を使うのが難しいのだけれど。
「シャロル・カレスフィ・オーグア」
さっそく三葉で試してみたけれど、見た目が地味な割になかなかに厄介だ。
緻密な魔力操作が必要になるし、タイミングを間違えると焦げるのではないだろうか。
とりあえず、1つ目でもそこそこのクオリティにはなった。
「これ詠唱魔術でやるものじゃないですね」
『エインでも難しいのかしら?』
「あと何回か試してみれば、難しくなくなるとは思いますが、シエルがやろうと思うと魔法陣で指定を細かくしたほうが良いですね。
修業にはなると思いますから、暇つぶしにやってみるのも良いかもしれません」
『エインがやっているのを見ると、簡単にできそうに見えるのだけれど』
「魔力操作に関しては、それなりに自信がありますから」
昔はそればかりやっていたのだ。四六時中結界と探知をしている今も、大して変わらない。
『それじゃあ、夕食の後にいくつかやってみようかしら。
四葉はエインがやってくれる?』
「はい、大丈夫ですよ」
言い終えた後、2~3回実験した後で、四葉を乾燥させる。
鮮やかな緑色はそのままに乾燥させることができたので、成功だといっていいだろう。
もちろん焦がしてもいない。
その後夕食を食べたシエルが、余っていた3本を使って試していたが、1本残らず焦がしてしまっていた。