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49.薬草と四葉と不思議な髪飾り

 依頼で指定された森の入り口。王都から見ると東の方にあるので、フォレストウルフがたくさんいるわけではなさそうだ。

 フォレストウルフっぽい反応がないだけで、魔物の反応としては数えたくないほどあるのだけれど。

 これが全部ゴブリンやコボルトだったら、D級でもこなせたのかもしれないけれど、Dクラス以上の魔物だとすると無謀だといえるだろう。

 いつかのスタンピードに比べると、全然大したことはないので、わたしとしては問題ない。問題があれば今の時間だ。


『すっかり夜になりましたね』

「時間があるからってのんびり来たものね」

『今日はこの辺りで野宿にしますか?』

「それじゃあ、火を起こすわね」


 野宿と言っても、結界のおかげで危険もないので、基本的に準備することもない。

 寝袋でもあれば、シエルなら十分に快眠できると思うけれど、現状荷物になるからと持ってもいない。

 それでも火を起こすのは、動物避けではなくて――魔物はあまり火を怖がらないので意味がない――、食事の準備のため。

 火を起こすなんて言っても、シエルが魔法陣を使って火を維持するだけなのだけれど。


 あとは小さな鍋に水と乾燥させた野菜、適当に塩と干し肉を入れて熱するだけ。

 こんなとき、コンソメスープの素でもあれば、かなり美味しくなるんだろうけれど、この世界には存在しない。

 それでも、野菜と干し肉だけでも出汁は出るし、優しい味わいは慣れるとそれはそれで文句なく食べられる。

 出来たスープと硬いパンを出せば、今日の夕飯の完成となる。


「これだけでも、食べられるものね。

 なぜあの屋敷の料理は、あそこまで味気がなかったのかしら?」

『なんかもう、あえて味がしないように作っていたんじゃないですか?』

「ご苦労なことよね」


 シエルがスープを口に運ぶと、当然ながらわたしもその味を感じることになる。

 今日の夕食は決して美味しいものではない。前世で出されると、ほぼまずいと言う評価が返ってくるだろう。それでも、この世界では普通に食べられるものになる。

 美味しいものは前世で食べたものくらい美味しいのに、なかなか格差の大きな世界だ。


「ところで、魔物は大丈夫かしら?」

『森に入ったら結構いますね。スタンピードほどではないですけど』

「安全性はどうかしら?」

『Bクラス以上はいないみたいですから、何の問題もないでしょう』


 人と違って、魔物は強さを測りやすい。

 強いものほど人で言うところの魔力が強く、それを隠そうともしないから。


「なら安心ね」

『お任せください』

「お願いね」


 シエルは笑ってそういうと、スープを一気に飲み干した。



 朝、天気は晴れ。外で寝たときのシエルは、日の出とともに起きるので、無駄なく行動することができる。

 これ、雨だったら普通はどうするのだろうか。テントは持っているだろうから、一日テントで過ごすことになるのか、濡れながら行動するのか。

 わたし達の場合、結界が雨具代わりになるので、濡れて体力を削られることはない。ただ、視界と足場が悪くなるため、全く影響がないわけではないけれど、結界って本当に便利。他にこんな使い方をしている人を見たことがないので、わたしの使い方が異常なだけなのだろう。


 今日の予定だけれど、午前のうちに薬草を探して、昼食を食べてから、すぐに王都に戻れるようにしたい。


『それでは頑張ってください』

「今回こそすぐに見つけてみせるのよ」


 シエルが気合を入れて森の中に入って行く。

 早く戻りたいところだけれど、だからと言ってわたしが見つけて終わりだとシエルのためにならない。

 薬草類は魔力を持っているものが多いけれど、その量は微量なので探すのは魔力探知能力を鍛えるのにもってこいなのだ。


 森でのわたしの役目は、魔物が来るのを伝える事。

 伝えたらシエルが一撃で首をはねる。

 ただの作業でしかない、なんとも虚しい世界。


 さて、今回の薬草採取だけれど、魔物を無視すれば難易度は低め。

 何せそこら中に薬草っぽいのがあるから。魔物が増えて依頼のランクが上がるくらい放置されたのは伊達じゃないらしい。むしろあっちこっちにあるため、目的のものを探すとなると面倒かもしれない。

 わたしは魔物に集中しているので、ぼんやりと「あの辺にあるな」くらいにしか認識していない。しっかり調べることもできるけれど、それをしてしまうとついついシエルにヒントを出してしまうのだ。

 そして、シエルに練習にならないと怒られる。


「この辺りすべて持っていけば、依頼達成できそうよね?」

『そうですね。ですが、持っていけるはずがないので頑張ってください』

「はーい……」


 明らかにシエルのテンションが下がったけれど、気持ちはわかるので苦笑しつつ見守ることにする。

 それにしてもこの森、様々な種類の薬草がある。

 ポーションはハンターであっても、騎士であっても大事だと思うのだけれど、こんなになるまで放っておいて備蓄とかは大丈夫だろうか。

 そういえば、道具屋にもほとんど売っていなかった気がする。あのレベルで数が少ないということは、下級ハンターだと購入すら難しいかもしれない。


 町であれば教会で怪我は治してもらえるけれど、町の外だとそうはいかない。怪我1つ治せたかどうかで生死にかかわることもあるだろう。

 わたし達には必要ないので、他人事なのだけれど。


 もう何か所目になるのか、シエルが腰を下ろして葉っぱをじっと観察する。

 前世で言えばクローバーみたいな植物で、ハート形の葉が三つくっついている。でも記憶にあるものよりも、瑞々しくて厚みがある。花もバラを丸っこくしたものを小さくしたような形をしていて、色は白い。


「これかしら?」

『それみたいですね。依頼書には花の絵しかありませんでしたが、特徴は一致していますし』

「それなら、これを持っていけるだけ持って行っても良さそうね。たくさんあるもの」

『そうですね。根を傷つけないようにすれば、問題ないでしょう。

 これだけあると、四葉を探してみたくなりますね』

「それは葉っぱが4枚のものがあるって事かしら?」


 何気なく言ってしまったけれど、四葉のクローバーが幸運の象徴というのは、こちらの世界の話ではない。そういった話もあるかもしれないけれど、シエルが聞いたことがないということは、当然わたしも知らない。

 前世でも国とか文化によって、評価が変わるかもしれないし、別の世界だということを隠してそのまま伝えるけれど。


『これに似ている植物の話なんですけどね。昔わたしがいたところだと、本来は3枚の葉っぱのはずなのに、たまに4枚くっついたものがあって、それを見つけたら幸運だって言われていたんですよ』

「探してみようかしら」

『あるかわかりませんよ?』

「実はね、たぶんもう見つけているのよ?」


 シエルが得意そうに笑うと、迷いなく数歩移動して、再び腰を下ろす。

 その目線の先には、確かに4つの葉を持ったクローバーもどきが、朝露を浴びて光っていた。


『凄いです。よくわかりましたね』


 驚いて素直に褒めたら、シエルは照れたような顔をして、それから苦笑した。


「エインならすぐわかると思うわよ?

 魔力が他の葉よりも多いもの」


 言われてきちんと魔力を感じて見れば、確かに他の葉よりも魔力が多い。

 それから、少し性質が異なっているようにも感じる。


『確かに違いますね。せっかくですから、これは提出せずに持っておきますか?』

「そうね、そうしましょう」


 今度はなんだか悪戯っぽい笑みを見せるシエルは、本当に楽しそうで見ていて安心する。

 依頼で頼まれたものを自分のものにするというのは、なんだか悪いことをしているようだけれど、自分の分として一部を貰うくらいは許されるだろう。

 むしろ、自分が必要としている薬草を取りに来るついでに、依頼を受けるなどしたほうが効率的ではあるし。


『でも、それならもう1つ、持っていきたい薬草がありますね』

「そうね。持って行ってしまいましょうか」


 嬉々として、シエルが1つの花に近づく。

 このたくさんある薬草の中でも、ひときわ大きな魔力を持っている。それこそ、下級の魔物くらいはありそうな感じ。

 遠目には薄い緑色のように見えたけれど、近づいてみるとそれが透明な花であることが分かった。

 地面近くにシエルの手のひらほどの葉があって、その上に可愛い花が乗っている。花は桜みたいな形だけれど、花弁に色はなく、植物の柔らかさだけがある。軽く探ってみるけれど、これ以外にこの花はなさそうだ。


「綺麗ね」

『そうですね』


 近寄ってみて気が付く、その存在感に目を奪われる。


「持って行って、この花が枯れてしまうのは……そうね、悲しいわ」

『出来るだけ、このままの状態でとどめておくことはできますが……』


 例えば押し花にしてしまうとか。本で挟んで押さえつけるくらいの知識しかないけれど。

 鉢植えとかあれば、移し替えて持っていくこともできるのかもしれないけれど、今の生活だと難しい。


「この花に手を加えるのよね?」

『乾燥させて長持ちさせるって方法ですからね』


 質問に答えるとシエルが悩み始める。


 静かだった森の中、急に風が吹いた。


 思わず目を閉じてしまいそうになるほど強く、それでもほんの一瞬の出来事。

 風に乗って、ふわりと花がシエルのところに飛んできた。

 何かの意思すら感じるそれに、シエルはすっかり首をかしげてしまった。


 その手の上にある花に根はなく、その花弁は先ほどまでと違い作り物めいている。

 葉の形も変わっていて、体よく髪飾りになったようにも見える。


「ね、エイン。植物ってこんな風になるのかしら?」

『わたしは初めて見ましたね。話にも聞いたことはありません』

「そうよね? これは、どうしたら良いと思う?」

『せっかくなので髪に留めてみてもいいとは思うんですが、透明だと映えないんですよね』


 色彩について詳しいわけではないけれど、白の上に透明なものを置いたとして、白くなるだけで目立たないと思う。


「自分ではわからないのだけれど、色があったほうが良いのね?」

『オシャレをするうえでは、ワンポイントあったほうが可愛いと思いますけど、目立たせないという意味では透明でもいいかもしれませんね。

 透明な花をつけていると気づかれたら、それはそれで目立ちそうですが』

「何色が似合うかしら?」

『色で言ったら、黒とかアクセントになっていいと思いますが、この花基準だと葉の色が暗い茶色か緑で、花の色が内側に行くほど濃くなる青でしょうか』

「こだわってくれるのね」


 シエルはくすくす笑うけれど、せっかくならシエルを着飾りたいのだ。

 青の理由はシエルの瞳もそうだからというのもあるが、以前そんな桜を見たことがあるから。

 写真でしか見たことがないけれど、妙に神秘的だった記憶がある。そういったものなら、シエルの容姿にも負けずに、引き立ててくれるのではないだろうか。


「王都に戻ったら、青い花の髪飾りを探してみようかしら」

『それなら、服飾店で働いている人に訊いたほうが良いですよ。わたしのはあくまでも、素人の意見ですから』

「エインが言った色だから欲しいのよ。他の人の意見はどうでもいいの」


 シエルのまっすぐな意見に何も言えなくなる。いや『う、あ……』みたいな、何言ったらいいのかわからない声は出ているけれど。

 シエルの純粋さは時々わたしを困らせる。こういう時、どう反応するのが正しいのだろうか。

 わたしが何かを言う前に、シエルが「これは邪魔にならないようにしておくわ」と、透明な花を髪に近づける。


 次の瞬間、花というか葉がシエルの髪を求めるように巻き付くと、そのまま暗い色になり、花部分は内側に従って青が濃くなった。

 花部分は半透明に透けているのもあって、パッと見た感じ宝石にも見えなくはない。

 そして微量ながら、髪から魔力を吸い取っているらしい。わたしの魔力を吸っているみたいなので、別に構わないけれど。結界や探知の維持費を加味しても、まだ収支は黒字みたいだし。


「えっと、エイン。どうなっているのかしら?」

『花が髪飾りみたいになって、さっきわたしが言っていた色になりました。

 あとわずかにですが、魔力を取られています』

「これ、戻るかしら?」


 そう言って、シエルが花に手を近づけると、巻き付いていた葉が解けて、シエルの手に乗った。

 なんとも不思議な髪飾りだ。手に戻った段階で、色も元に戻っている。


「元に戻ったみたいね。私が見られないのは残念だけれど、似合っていたかしら?」

『はい、綺麗でしたよ』

「そうなのね。そうなのね。それなら、しばらくつけておくわね。良いかしら?」

『取られる魔力も微量ですから、大丈夫でしょう。

 魔力を吸っているということは、枯れることもなさそうですし』


 わたしの言葉を聞いてから、シエルが花を髪に戻す。やはり自分でくっつく。

 それで満足したらしいシエルは、依頼の薬草を取りに戻った。

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