48.歌姫と王都の依頼
お風呂は何事もなく、平和に終わった。
濡れた髪を乾かすために入れ替わってもらい、ドライヤー魔術を使う。
温風を当てて、同時に手櫛を髪に滑らせると、気持ちが良いくらいにするりと髪が流れていく。きっとこの髪をモフモフすると、かなり気持ちが良いだろう。
それをするとシエルに引かれそうだからやらないけれど。
乾かし終えて、シエルに体を返したところで、夕食が持ってこられた。
それを食べ終えた後――ヤバそうなものは入っていなかった――「明日はどうしようかしら?」と尋ねられる。
『ギルドに行くか、情報収集をするかといったところでしょうか。それとも、また王都を見て回りますか?』
「情報収集は北のフォレストウルフの事かしら?」
『はい。なんだかきな臭い感じがしますから』
「確かに調べておきたいわ。だけれど、すぐにどうするってわけではないもの。
明日はギルドに行って、依頼を見ておくのはどうかしら?」
『ランクアップの足しになる依頼があるかもしれませんからね』
優先度で言えば、海を見るよりもB級になることの方が上。だから情報収集よりも、依頼の確認を優先するのは、おかしなことではない。
ハンターなので、新しい町につけばとりあえずギルドに行くことも、一般的だろう。
問題はギルドの建物に入るタイミング。朝夕のピーク時前後に行けば、ほぼ確実に誰かに絡まれるだろう。それは時間の無駄でしかない。
人がいないような時間に行って、すぐに終わりそうなC級依頼を終わらせて、ピーク前に戻ってくる。それで絡まれた時は、その時。もしくは外で1泊して、適当に人が少ない時間に帰ってくるのもありだろう。
剣ができるまで5日。明日から1泊しても3日も余裕があるので、それから情報収集をしても十分にお釣りがくる。
「何かちょうどいい依頼があるといいのだけれど」
『王都ですからね。期待したいところですが、同時に期待できないかもしれないんですよね』
「どういう事かしら?」
『人が集まりますから、ハンター組合に依頼が集まる可能性も高くなるのはわかります。
ですが、王都ですから治安維持や周辺の安全にも、力を入れているはずなんですよ』
「だとしたら、周辺の魔物は既に倒し尽くしているかもしれないのね」
『そう言うことです。護衛依頼とかは多そうですけど、今は受けられませんしね』
「明日に期待ね。行くのは、ゆっくりでいいのね?」
『絡まれたくないですから』
「わかったわ。それじゃあエイン。おやすみなさい」
『はい。おやすみなさい』
シエルが明かりを消して、ベッドにもぐりこむ。
わたしは寝ることはないので、せめてシエルが快適に寝られるように、子守唄でも歌うことにした。
正確には子守唄ではないのかもしれないけれど、寝る邪魔にはならなさそうな、ゆったりとした曲。それに聞いた相手を眠らせるという効果を歌姫で付ければ、すぐに眠ってくれるだろう。
ひとまず、シエルが眠ってしまうまで、わたしは歌い続けた。
◇
さて、眠った後のシエルなのだけれど、これがお人形のようにかわいい。
呼吸はしているし、時折寝返りを打っているので、どう見ても生きているけれど。
今日はあと、適当に見張りをしながら、魔術の研究にいそしめばいいだろう。
魔術というか、魔法というか、職業というかだけれど。
やることは、如何に歌姫のバフを自分の魔術――魔法?――に付与するか。
歌姫はその歌を聞いた存在に一律で、バフもしくはデバフをかけることができる。状態異常もデバフに入れるとすると、何でもってわけではないだろうし、魔物を引き寄せたりもできるので、それだけではないけれど。
状態異常でわかりやすいのは子守唄――的なのも含む――。歌姫の力で子守唄を歌って、眠らせようと思えば眠らせることができる。レジストするために何が必要なのかは不明。
だからたぶん、頭が割れるようなものとか、狂気染みた歌でも歌えば、混乱とかにさせることも不可能ではないだろう。やらないけれど。
で、問題なのが歌を聞いた存在に対して一律というところ。
これ、どう考えてもわたし自身は例外になっている。自分というか、歌姫が例外なのかもしれないし、歌うことでレジストされるのかもしれないけれど、結局わたし自身がバフの恩恵を受けられていない。
そうしないと、困ったことになるからなのだろうけれど。
誰かを眠らせようとした時とか、歌う→相手も自分も寝る→歌が止まる→起きる→歌う→……みたいな感じになる。
何が言いたいのかといえば、歌姫の力でわたしの結界を強化したいけれど、現状それが上手くいっていないということだ。
歌姫のバフの力は凄まじく、シエルが通常の魔術だけで、氷の槍を数本は迎撃できるくらいになる。
現状わたしの結界――と探知――に関しては、シエルのどの魔術よりも練度が高いので、結界にバフが乗ればカロルさんの氷の槍を結界だけで完封できるはずなのだ。
だからこそ、カロルさんに魔術と職業についての関係を研究してもらえるように仕向けたのだけれど。
そう言うことで、今夜も一人わちゃわちゃと研究をしていたのだけれど、何も光明は得られなかった。
歌姫の効果は自分には完全無効なのか、歌レジストなのか、歌姫の練度が足りていないのか、歌姫の職業持ちには効かないのか、他の要因が絡んでいるのか。
どれかだけでもわかればいいのだけれど、すぐにわかりそうなのは、歌によるレジストかそうじゃないかだけ。
何時間も考え続けて、もう疲れた、と投げ出した時には、窓に朝の陽ざしが入り込んできていた。
◇
シエルが起きたのは、朝日が差し込み始めてから、しばらくたった後。
真面目な、もしくは、お金に困っているハンターは、朝一番にハンター組合に行くものだけれど、わたし達は真面目でもなければ、お金に困っているわけでもないので、問題なし。
朝食を食べて宿から出たところで、シエルに歌レジストのことを話してみる。
『シエルに一つ試してほしいことがあるんですけど、良いですか?』
『何かしら? エインの頼みなら、何でも聞くのよ』
『わたしが歌姫の力を使っているときに、一緒に歌ってみてほしいんです』
『どうしてかしら?』
首をかしげるシエルに、昨夜のことを伝えると、納得したようにうなずいた。
『それなら、やらなくても大丈夫ね。ちゃんと歌姫の効果はあったもの』
『そうなんですか?』
『シエルが歌っているとき、たまに一緒に歌っているもの』
言われてみると、そんなこともあった気がする。
『だとしたら、わたしには歌姫の効果が及ばないか、歌姫を使いこなせていないかですか……』
『エインが二人いれば、良かったかもしれないわね』
『わたしが二人……』
『そしたら、私に両方くれないかしら?』
『片方じゃないんですね』
『だって、どちらも欲しいんだもの』
わたしはモノではありませんよ、みたいな返答はしない。
シエルも本気で言っているわけでもないだろうし、現状わたしはシエルの付属品みたいなものだし、何よりシエルの機嫌が良くなったのでそれでいい。
そんなことよりも、わたしが二人という発想は、無視できないように思う。
仮にもう一人のわたしがいて、そのわたしに対して歌姫の効果が働くのであれば、より強い結界を生み出すことができる。が、荒唐無稽であることには変わりない。
できたとしても、魔法の領域。いっそ、リスペルギア公爵に頼んで、もう1人取り憑かせてもらおうか。
なんてわたしの中で話がそれているうちに、シエルがハンター組合の建物にたどり着いた。
今まで見たハンター組合の中でも最も大きな建物で、入り口が2つある。よく観察すると、片方がハンター用で、片方が依頼者用というか一般向けになっているらしい。
考えてみれば、ハンター組合にはハンターのほかに依頼者も依頼をしに来るわけで、分けていたほうがトラブルにもなりにくい。
『何というか、今まで絡んできた人達ってかなり命知らずだったんですね』
『どうしてそう思うのかしら?』
『今までのギルドは、入り口が1つでしたよね。ということは、依頼を持ってくる人もその扉から入ってきていたわけです』
『そうね』
『12歳であるシエルは、見た目としてはハンターとみられることは少ないですよね?』
『仕方ないのよ』
『つまり、シエルは依頼者に見えてしかるべきなはずなのに、絡んでくるわけです。
もしもシエルが貴族だったら、命なさそうですよね』
『一応貴族の血は入っているものね。見た目だけなら、貴族に見えても不思議じゃないわね』
格好のせいでそう見えないとか、そもそもハンター組合に貴族令嬢が一人でやってくることはないとか、あるかもしれないけれど。
それでも、商人の娘が護衛依頼をしに来たくらいはありそうなものだ。
わたし達は別に依頼者ではないので、間違いではないのだろうけれど……考えるだけ無駄か。
『とりあえず、入るわね』
『はい。時間取らせてすみませんでした』
『謝らなくていいのよ。エインとお話しするのは楽しいもの』
そう言って、シエルが扉を開く。王都のギルドと言っても、入り口が2つに分かれていること以外は他のギルドと大きく変わることはなさそうで、ざっと見ただけで使い方はわかった。
人は受付を除くとほとんどいない。依頼掲示板の前に、1パーティといったところ。
シエルに気が付いた受付が、不思議そうな顔をして見ているけれど、シエルはそれを無視して掲示板に向かう。
F級から順に見て行くが、傷薬やポーション用の薬草採取が多くみられる。
E級でもあることから、魔物と遭遇する可能性が高いところにあるものまで必要らしい。
何ならD級でも薬草採取がある。討伐依頼はほとんどないのは、割がよく名声にもつながるため、だといえるだろう。
『受けるなら、採取が難しいところにある薬草を取りに行くことでしょうか』とシエルと話しつつ、次はC級を見ようかとしたところで、「ここはC級だよ」と声をかけられた。
ギルド内にいたパーティだろう。剣士っぽい男性と魔術師っぽい女性、盾を持ったちょっといかつい男性、槍を持った露出度高めの女性といったパーティで、話しかけてきたのは剣士の男性になる。
「ありがと、大丈夫」
それだけ返してシエルが掲示板に目を移すと、パーティは一度目を見合わせて、苦笑していた。
これ以上絡んでくるわけでもないし、善意で教えてくれたのかもしれないけれど、こちらも大丈夫としか言えない。
低級が参考までに眺めていると思ってくれたらいいだろう。
そう思っていたのだけれど、剣士の男性が何か思い当たったのか、納得したような顔を見せた。
「もしかしなくても、君はC級かい?」
「うん」
「君が噂のね。邪魔して悪かった。ゆっくり選んでくれ」
男性のパーティメンバーも、何やら納得したらしく、シエルの邪魔にならないように離れていく。
はて、噂とはなんだろうか。と恍けられたら良かったのだけれど、思いつくことがいくつもあるので、そのどれかだろう。
たぶん悪い噂ではないと思うけれど、こればかりは何とも言えない。何人ものハンターのランクを下げてきたというのが広まっていれば、低級者潰しと言われているかもわからない。
こちらとしては、決闘しかけてきたから受けているだけなのだけれど。
噂とは得てして面白おかしく伝わってしまうものだ。
気を取り直して掲示板に目をやると、王都の北の方にフォレストウルフの群れがいるので間引いてくれというものがある。やはり王都から出る前に、しっかり情報収集をしたほうが良さそうだ。
人数無制限の依頼でウルフ討伐にしては報酬が高めなので、すでに何人も受注しているだろう。だからこれは受けない。
『これはどうかしら?』
シエルがそう言って、1枚の依頼書を指さした。中級以上のポーションで使われる薬草の採取で、大まかな生育場所も地図と一緒に載っている。普通に歩いて行くとなると、今からだと確実に泊りになる。
日の出とともに向かったとして、採取時間を含めてギリギリ日の入りまでに帰ってこられるだろうけれど、野宿の準備を推奨する、みたいなことも書かれている。
薬草の特徴や出てくる可能性のある魔物の情報など、なかなか丁寧に書かれた依頼書で、なぜこれが放置されているのだろうかと思うほど。
その答えは報酬の少なさにあるのは目に見えているけれど。時間がかかる割にC級報酬の最低額。
『一泊することになると思いますが、大丈夫ですか?』
『エインが守ってくれるでしょう?』
『それはもちろんです』
『それなら大丈夫なのよ』
シエルがまるで疑っていないと言わんばかりの笑顔を見せるので、この依頼を受けることを了承する。
シエルが依頼書を引っぺがして、受付に持っていくと、受付は困ったようにシエルを見た。
「あのね。この依頼はC級よ?」
「あー、その子は大丈夫だ。君カード出してくれるか?」
受付の言葉にシエルが何か返す前に、先ほどの剣士が答える。
シエルは言われた通りハンターカードを取り出して、受付に手渡した。
受け取った受付はじっとカードを見た後で、「すぐに準備いたします」と慌てて行動を始める。
「一応。助かった」
「俺が居なくても何とかなったんだろうけどね」
「ん。慣れてる」
「だからただのお節介。少しは時間短縮になっただろうから、さっきのお詫びってところかな」
男性は言うだけ言って、手を振ってパーティのところに戻っていく。
彼らは依頼を受けないのだろうか。ハンター組合にハンターが全くいないという状況を作らないために、待機しているのかもしれない。
酒場にはいるだろうけれど、何かあった時に飲んだくればかりでは役に立たないかもしれないし。
無事依頼を受けることができたので、明日の昼の分までの食事を買って門を出ることにした。
歌姫補足
眠らせる場合、相手がばっちり起きているときに眠らせる→強制睡眠→歌をやめると起きる
相手が自分の意志で眠ろうとしているとき→睡眠補助→歌をやめても起きない