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44.刺客と美女と野獣

体調不良で死んでました。

 深夜。おそらく、王都全体が寝静まっているであろう時間。

 当然シエルも寝ているので、わたしはいつものように魔術の研究をしている。

 もっと結界の防御力をあげたいのだけれど、いろいろ詰め込みすぎているのか、簡単には上手くいかない。

 魔力消費を度外視すれば何とかなりそうだが、常に結界は張っておきたいので、魔力消費<自然回復でないと実用に耐えない。

 わたしにしてみれば、かなりやり尽くした分野なので、今以上の物をすぐには難しいのは仕方がないのかもしれないけれど。


 そんなに簡単にうまくいけば、苦労はしないか、といったところで探知に反応があった。

 お客様は虫や動物ではなくて、人らしい。

 その数6人。小娘1人に送り込む人数ではないと思う。つまり、シエルがD級以上のハンターであることを見越しているのだろう。

 それぞれ2人ずつ、ドアと窓とこの部屋の天井に向かっている。


『シエル起きてください』

『来たのね?』


 寝るのが好きなシエルだけれど、前もって言っておけばちゃんとわたしの言葉で起きてくれる。

 何というか、切り替えがすごく上手いんだなと感心してしまう。わたしはこんなに簡単に切り替えはできないから。


『ドアと窓と天井に各2人です』

『さて、どうしたものかしら?』

『倒して逃げる、倒さず逃げる、あえて捕まってみる、倒して正面から乗り込むといったところでしょうか』

『エインとしては、危険はありそうかしら?』

『ないですね。危険そうなら、逃げるように伝えています』

『それなら、倒すわね』


 シエルはそう言って、枕の下に準備していた魔法陣を作動させる。

 芸はないけれど、アレホをボロボロにしたときのものを流用したもので、範囲内――今だと大体部屋の中全域――で指定したものを生き物なら死なない程度に切り刻む。魔術なら迎撃する。

 わたしが出来るのは、結界を張ることくらいなので、今回は常に張っているそれに加えて、できるだけ目に見えない形で球状の結界を作っておく。

 あとはシエルが寝たふりをしておけば、勝手に引っかかるだろう。


 待つこと数分、天井、窓、ドアが一斉に開いて1人ずつ入ってくる。

 音をできるだけ立てないようにしているし、全員同時ではないところに慎重さも感じるけれど、残念ながら入ってきた彼ら(彼女ら?)には、血だらけになってもらう。

 シエルよりも魔術が堪能な人か、ものすごく硬い鎧とか着ていれば、対処できたかもしれないけれど、そういった人はいなかったらしく、入ってきて数歩も歩けずに倒れた。

 痛みはあるだろうに、声を上げないあたりも、その辺のハンターにはない根性を感じる。


 第一陣が倒れたのを感じたのか、第二陣が入ってきたけれど、これはドアと窓で2人だけ。

 残る天井の1人は、あくまでも様子見に徹するらしく、いつまでたっても降りてこない。


「明日の朝迎えに来て。あと邪魔だから、持って帰って」


 立ち上がったシエルが6人目にそう言って――というか、言うように頼んだ――、ベッドに入って目を閉じる。

 いつまで経っても天井の人が動かないことを確認すると、少し苛立った様子で「早く」と天井をにらみつける。

 びくっとした反応の後、降りてきた反応をシエルは無視したまま、『エイン、おやすみなさい』と優し気な声を出した。



 結局、天井の人は5人を2人ずつペースで連れ出して、どこかに行ってしまった。

 怪しい商人を助けてしまった段階で、目をつけられてトラブルはほぼ確定だったので、遅かれ早かれ狙われただろうし、早いところ大元にたどり着いて話をつけたかったのでこれで良いだろう。シエルが選んだことではあるけれど。


 朝になって、シエルはのんびりと起きだす。

 実は、シエルが起きるのを今か今かと待っている人が、しばらく前から扉の前にいるのだけれど、こちらが配慮するようなことでもない。

 ぱっちりと目が覚めたシエルに『替わりましょうか?』と尋ねてみたけれど、『私がやってみるわ』と返ってきたので、今回はサポートに回る。


 シエルが準備を終えて扉を開くと、「おはようございます」と声をかけられた。

 胡散臭そうにシエルが目を向けると、そこには高身長――に見える――釣り目の黒いドレスの美人が立っている。


「おはよ。お迎え?」

「申し遅れました。アトロとお呼びください。

 おっしゃる通り、お迎えに上がりました」

「そ。じゃあ、連れてって」

「かしこまりました」


『丁寧な人が出てきたのね』

『荒っぽいだけの組織じゃないってことでしょうね』

『エインはこの後どうなるのか、わかっているの?』

『何となく予想はできます』

『それなら私が間違えそうになったら教えてほしいのよ』

『おそらくやらかしても、大丈夫ですよ。刺客もかなり生温かったですから』


 なぜか宿の奥の方へと向かうのについていきながら、シエルと話す。

 かつては今ほど出来る事も少なかったせいもあるかもしれないけれど、あの屋敷で何度も放たれた刺客よりも、怖さは感じなかった。

 だからシエルが不用意に付いて行って、危険になるということもないと思う。


 アトロは、時折シエルの方を確認しながらも、こちらに話しかけることはなく裏口と思われる扉から宿を出る。

 その先はなんだか薄汚れた通りにつながっていた。貧民街というほどでもないけれど、どことなく剣呑とした雰囲気がある。

 宿から出て少し歩いたところで、また別の建物に入り、階段を上って最上階――3階――へ。

 アトロがノックをして、「お連れいたしました」と声をかけると「入れ」と低い男の声が聞こえた。


 その部屋に入って最初に思いついたのは社長室。実際の社長室なんて見たことないから、違うだろうけれど、高級そうなソファや机が置かれていて、奥にボスと思われる人のデスクがある。

 推定ボスは筋肉ダルマとあだ名をつけられそうな巨体で、趣味の悪い金ぴかな服を着ていた。アトロと並べるといい感じに美女と野獣って感じだ。

 護衛を2人連れているけれど、それ以外にもたくさんの反応が部屋の内外に感じられた。


「おう、嬢ちゃん。よく来た座ってくれ」


 推定ボスに座れと言われたので、シエルが高そうなソファに座ると、目の前に湯気立ったお茶が出てきた。出してくれたのはアトロなのだけれど、いつの間に準備したのだろうか。


『エイン。やっぱりこの話し合いの間、入れ替わってもらって良いかしら?』

『大丈夫ですよ。何かやっておくべきことはありますか?』

『どうして今の状況になっているのか、わかるかしら?』

『やれるだけやってみますね』


 シエルから入れ替わり打診が来たので、迷わず了承する。やっぱり、男と長時間話すことになるのは、まだシエルには難しいのかもしれない。

 いきなりこんなところで話すよりも、ギルドの男性受付とかから始めて良いと思う。というか、この国でシエルがそこまで頑張る必要はないと、わたしは思う。


「俺の名前はファニード。これでも、裏のトップの一角を張らせてもらっている」

「ご丁寧にありがとうございます。わたしのことは嬢ちゃんとも、ブランとも好きに呼んでください」

「偽名だな?」

「もちろん偽名です。ところで、この場は話し合いの場ですか? それとも別の……」


 そう言って、部屋のあちらこちらに視線を走らせる。数えるのが面倒だけれど、20人くらいはいるだろう。

 これだけ囲まれていれば、一戦やらかす気かな、と邪推してしまう。

 わたしのセリフに、護衛の一人がこちらへと歩いて来ようとしていたけれど、ファニードがそれを制した。


「これは話し合いの場だ。嬢ちゃんが何もしない限り、俺らも手は出さねえ」

「昨夜のことは別途対応してもらえるということですね?」

「それで良い。例えばの話だが、ブラン嬢ちゃんはこの状態でどうにかできるのか?」

「わたしを囲んでいるのが昨夜程度の実力者であれば、この程度何の問題もありません」

「オーケーわかった」


 ファニードは両手を挙げて、降参を示す。

 実際降参なのかはわからないけれど、話し合いはできそうだ。


「話し合いよりも、謝罪が先だな。うちの若えのが、失礼した。何か要望があるなら聞こう」


 ちょっと話し方が硬くなったのは、組織のトップに立っているものとしての、矜持か何かだろうか。

 要望を聞こうと言いながら、鋭い目線を向けているのは、要望次第では対立もあり得るということなのだろうけれど、正直対立するような要求をする気はない。

 その辺り、シエルもあまり変わらないだろう。何かあれば、さっき教えてもらえたはずだ。


「とりあえず、頭をあげてください。

 別に貴方がたと対立するつもりはありません。面倒くさそうですし」

「はっはっは、面倒と来たか」


 ファニードが頭をあげて愉快そうに笑う。

 わたしの斜め後ろに待機しているアトロに視線を向けると、興味深そうにこちらを見ていた。


「そういうわけで、とりあえず状況確認からしていいですか?

 王都に着いて、宿に押し込められて、食事に薬を盛られて、刺客を差し向けられて、正直推測でしか状況を認識できないんですよ」

「別に嬢ちゃんを殺そうとしたわけじゃないから、刺客ではないが。

 だが、嬢ちゃんが想像している通りだと思うぞ?」

「貴方目線としては、わたしを攫ってどこぞの貴族に売りつけて、お金を得ようとしていたわけですね」

「そうだ。誰彼構わずってわけじゃねえが、人身売買もやってる。普段はちゃんと契約に基づいてやっていたんだがな」


 疲れたようにファニードはため息をつく。見方によっては彼も被害者にはなるのだろう。

 わたしの知ったことではないし、怒るほどでもなく、関わる気もない。

 良い人そうに見える部分もあるけれど、その契約自体不当なものだろうし。


「あとは、身分がはっきりしない、攫っても問題がなさそうな人ってところですね。

 わたしなんて、格好の的だとは思います」

「まさか、借金の形に渡されたのが盗んだ国宝とはな」

「もう1つ確認ですが、わたしを売った商人夫婦との関係は?」

「客だ」


 借金の形に~と言うのは、この世界の独特の言い回しだろうか。まあ、扱いに困るものを渡された、みたいな意味なのは分かるけれど。

 そして商人夫婦がこの組織の客だとすれば、流石に状況も読めてきた。


「とりあえず、最初の要求ですが例の商人夫婦と話をさせてもらえませんか?

 どうせ連れてきていますよね?」


 わたしが要求すると、ファニードは部下の男――隠れていた中の1人だ――を呼び寄せて、何かを伝える。

 それから数分もしないうちに、部下の男が見覚えのある夫婦を連れてきた。

 その顔は非常におびえているようで、わたしを見ると驚愕したように、目を見開いた。

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