42.夫婦と違和感と王都
王都と目指して2日目の朝、シエルと雑談しながら、適当に魔物を倒しながら歩いていたら、はるか前方にいくつか反応があった。
1つは少しわたし達側に寄っていて、王都へ続く道を使っているところを見るに、旅人か商人かだろうか。
馬っぽいのが2頭に、人っぽい反応が2つなので、たぶん商人だろう。
そしてその向こうに、5体のやや小型の反応がある。
いままで何度も似たような反応を感知してきたので、これらがウルフ系の魔物であろうことも予想が付く。
問題があるとすれば、商人とウルフが近いうちにぶつかることだろうか。
人が2人ということは、護衛を雇っていない可能性が高い。片方が護衛なのか、護衛を連れないで良いほどに強いということもあるとは思うけれど。
『前方で馬車が魔物に襲われそうになっていますけど、どうしますか?』
「それはこのまま歩いていたら、遭遇するって事かしら?」
『そうですね。襲われて向こうが足を止めてしまえば、そのうちといったところでしょうか』
「どういった選択肢が考えられるかしら?」
『大きく分けると、見捨てるか、助けるか、様子を見るかでしょうか。
助ける場合には、堂々と助けるか、こっそり助けるかを選べますし、様子を見た場合はそのあとで助けるか見捨てるかの選択になります』
「で、エインは何が気になっているのかしら?」
そういってシエルが得意げに鼻を鳴らす。
まるでわたしのことは何でもわかっていますと言わんばかりだけれど、実際そうなので可愛いどや顔を甘んじよう。
『どうやら、護衛を雇っていないみたいなんですよ。本人が強いのか、あえて雇わなかったのかわかりませんが、特に後者の場合、碌な人ではない気がするんですよね』
「そうなのね。それなら、まずは様子を見ましょう?
それで強くないなら、助けてあげるわ」
『助けるんですね』
「どういう人か気になるもの。どうして護衛を雇わないのかしらね」
『わかりました。助けた後はわたしが受け持ちますね』
商人ってことはたぶん男の人だろうから、シエルには荷が重い。
とは言え、シエルが興味を持ったのなら、それに付き合うのがわたしの使命みたいなところがあるから。
「とりあえずは、急いで追い付かないといけないのよね。
エインお願いしていいかしら?」
『それでは、わたしが歌い終わるまで走ってくださいね』
わたし達にできる最速の移動方法。わたしが歌ってシエルの強化をして、シエルが有り余る魔力を使って身体強化を行う。
ただ身体強化は、元の肉体の強度によってその強さが変わってしまう。いや大量の魔力をつぎ込んで強化すること自体はできるけれど、反動に体が付いていかない。
シエルはひ弱というほどではないけれど、小柄ではあるし、前衛職ほどの強度もないため所詮程々だ。
だから瞬間移動のような高速移動はできない。それでも、馬くらいの速度は出るはずなので、馬車には問題なく追いつける。
追いついてこっそり様子を窺えば、人のよさそうな熟年夫婦のような男女2人が、ウルフを相手に絶望した表情を浮かべている。
このタイプか、面倒くさそうだなと思いつつも、シエルに『助けたほうが良さそうですね』と声をかけた。シエルも頷いて、即座に魔術を使う。
不自然な突風が吹き、ウルフたちを通過したと思ったら、その首が落ちた。
何が起きたのか理解できないのか、口をぽかんと開けている2人に、シエルと入れ替わったわたしが「大丈夫ですか?」と声をかける。
改めて見ると、2人とも痩せこけた印象がある。となれば、護衛を雇うお金がなかったのかもしれない。
だからと言って、死にかけていれば元も子もないと思うのだけれど。
「あ、ああ。助かったよ」
「詳しい話もあると思いますが、先に魔物の処理をしますので、出立の準備でもしておいてください」
それだけ言い残して、倒したウルフのほうへと向かう。
助かったといいつつも、助かっていないような表情だったのは……今考えても仕方がないか。
シエルに入れ替わって、ウルフを処理してもらう。わたしが解体を覚えようという話もあったのだけれど、服が汚れる可能性やかかる時間の問題もあって、シエルがササっと魔術でやることで話が付いた。
今回も風魔術で魔石を取り出し、水魔術でそれを洗って、火魔術で灰にして、土魔術で埋める。
何気なくやっていることだけれど、これだけの属性を使っているので、意外と出来る人は少ないかもしれない。
シエルからまた身体を借りる時に『やりたいようにやりますね』と断っておいて、夫婦の元に戻った。
夫婦は脅えていた馬を落ち着かせて、女性の方は荷台に腰掛けて、男性のほうがこちらを窺うように見ている。
「お待たせしました。それで報酬の件ですが」
「ああー、わかっているとも。ただ報酬を払う代わりに、王都まで護衛を引き受けてほしいんだ」
『さて、助けた報酬の話が、なぜか護衛の話になっていますが、シエルはどうしたいですか?』
『私としては、出来るだけこの人たちを観察したいのだけれど』
『わかりました』
嫌な予感というか、面倒くさい予感がひしひし伝わってくるけれど、シエルもその辺りを承知で観察したいといっているのだろう。
パッと見だと、人のいい夫婦にしか見えないし、1つ勉強にはなるとは思う。それにしても、出す金額を伝えずに護衛をしてほしいなんて、何を考えているのやら。
「良いですよ」
「それじゃあ、これが報酬だ。いま出せる精一杯だが、足りないことはないだろう」
受け取ってから、確認せずにしまい込む。横目で男性の様子をうかがうと、ホッと胸をなでおろしていた。
◇
「まさかこんなところでフォレストウルフに合うとは思わなくてね。
君がいないと死んでしまうところだったよ」
「フォレストウルフってことは、本来は森にいる魔物なんですよね。ここに出てくることってよくあるんですか?」
「全くないとは言わないけれど、珍しいことではあるね」
この男性の名前はアニセトというらしい。一緒にいるのは妻のミレーラさん。
彼らが護衛を雇わなかったのは、王都までのこの道が比較的安全だと言われていたかららしい。
それにしても、と思わなくはないけれど、今は突っ込むのはやめておこう。
目下の面倒ごととしては、フォレストウルフだろうか。ウルフはウルフみたいな認識しかしていなかったけれど、生息地で微妙に異なるのだろう。
「それにしても、その歳でフォレストウルフを倒せるなんて、やっぱり職業のおかげかい?」
「職業についてはちょっと……」
「ああっと、こりゃ、マナー違反だったね」
アニセトはついとか、うっかりといった様子で、手を額に当てて謝ってくる。
マナー違反ではあるけれど、信用第一の商人が……と思わなくもない。
ここのあたり、シエルの見た目のせいで子ども扱いされているだけなのか、それとも何かこちらを勘ぐっているのか判断に困ってしまう。シエルが悪いわけではないけれど、こればかりはどうしようもない。
「そういえば、お嬢ちゃんはどうして王都に?」
話をそらすためか、振られた言葉に「寄り道です」と返す。
実際海を見るための寄り道でもあるし、仮に王都でハンターの仕事がなかったら、素通りしても構わない。
「寄り道かね?」
「はい。ハンターとして、1度は行っておきたかったというのもありますけどね」
「そりゃあ、1度は行っておいて損はないね。初めてならびっくりするかもしれないけど」
スリに遭う可能性が高いって話ですからね。
ただ現代日本の満員電車を体験したこともあるわたしからすれば、ちょっと人が多い程度だとそんなに驚けないとも思う。
しいて言うなら、街並みとかには驚くかもしれないけれど。お城というのは、あまり西欧風のものを身近で見たことがないから、気になるかもしれない。
とは言え、観光資源になっている日本のお城とは違い、こちらはまさに王家が住んでいるものになるだろうから、簡単には近づけないだろうし、何よりこの国のトップに用事はない。
「初めてってことは、宿とかも決まっていないだろう?」
「そうですね」
「だったら良いところがある。王都についたら連れて行ってあげよう。そうしよう」
「まあ、それはいい考えですね。女の子だと宿も選ばなくては大変ですもの」
わたしの返事を待つことなく、荷台からミレーラの声がする。
王都に行くのは初めてなので、宿屋の場所も知らないけれど……。
まあ、わたしの考えよりも、シエルに判断を任せてみよう。
『どうしますか?』
『エインは宿の場所を知らないのよね? だったら連れて行ってもらったほうが、楽だと思うのだけれど』
『では、お願いしてみましょうか』
明らかに怪しいところであれば、避けることができるだろうし、王都の宿にそういった下手なものは存在しないと思いたい。
確かに知らない街で宿を探すのは面倒くさい。
「出来れば、お風呂がある宿が良いんですけど、あるんですか?」
せっかくなので要望を言ってみると、2人は大丈夫と太鼓判を押してくれた。
お風呂がある宿に案内してくれるなんて、なんていい人たちなんだー。とは思わないけれど、報酬の1つということで、処理できればうれしい。
まあ、お風呂があるってことなら、最悪お風呂に入ることくらいはできるだろう。お風呂に入るのは久しぶりなので、真剣に楽しみにしておこう。
◇
王都に入る門についたのは夕方になってから。
その門は今まで見てきた中で最も大きく、また城下町を囲うように作られた壁は、どこよりも高く果てしない。
その大きさは、わたしも感心してしまうほどで、こういった景色を見慣れていないシエルは、目を奪われてしまったのか全く話さない。
なんだかそれが微笑ましくて、「ふふ」っと声が漏れてしまった。それから『着きましたよ』と声をかけておく。
門の前は行列になっていて、中に入るのに時間がかかりそうだとは思っていたけれど、意外とすぐに検問のところまでやってきた。
やってくる人が多い分、効率的にやるノウハウが蓄積されていたのだろう。
商人夫婦はもちろん身分証を持っていて、黙っていればわたしもそのまま入れたかもしれないけれど、のちの面倒を避けるためにもハンターカードを見せる。
門番は初め驚いたような顔をしていたけれど、わたしは別に悪いことはしていないし、カードも本物だしということで、わたし達は王都に無事入ることができた。