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4.暗殺と事件と慟哭

 女の子もだいぶ成長して、歩き回れるようになった。

 そのころには、枷も右足の1つに減ったけれど、鎖の太さは倍になり、どう足掻いても逃げられそうもない。

 女の子と不釣り合いの無骨な金属は、男の彼女への執着が形になっているようで、気分が悪い。

 そんなに逃がしたくないのだとしたら、もっと別の方法もあるだろうに、本当に男の考えが分からない。


 このころになると、女の子も簡単な受け答えが出来るようになったらしく、男と言葉を交わしているところを、たびたび目にするようになった。

 僕はと言えば、相変わらず言葉が分からない。こんな何もないところで、話が出来るようになるというのは、子供はなんと学習能力が高いのだろう。


 また、これまでは直接害を及ぼされることはなかったのだけれど、最近はそうではなくなってきた。

 女の子が寝静まったタイミングで、誰かが入ってきたかと思うと、刃物を投げつけてきたり、魔法の炎で燃やされかけたりと、いわば暗殺のようなことをされ続けている。おかげで、言葉の勉強ができない、ということにしておこう。

 探知の魔法は常に展開しているし、結界もちゃんと機能しているので、これくらいのちょっかいは問題はない。

 魔法が使えることが気づかれたからの暴挙かと思ったけれど、あの男の前で魔法を使ってから、暗殺が始まるまでに時間的な開きがあったので、僕の魔法は関係ない――と思う。


 問題ないとは言ったものの、あまりに攻撃が激しかったときには、結界が耐えられなくて、何度も張り直し、魔力が切れてしまったこともある。

 以降、魔力をいかに少なくすませるか、と言うことにも力を入れている。


 それはそれとして、暗殺が行われた後、少し時間を空けてから男がやってきて、無事な女の子を見つけて歓喜に打ち振るえている様を何度も見かけた。

 言葉が分からないので、奇声を上げているようにしか聞こえないし、見開かれた目や狂喜に歪んだ口は非常に怖いので、もっと別の喜び方をしてほしい。

 ここで気になるのが、誰が女の子を殺そうとしたのかだけれど、この男で間違いないだろう。

 暗殺されかけたのに、女の子を移動させようとはしないから、少なくとも何かしら関わっているのは確定。でも女の子に、死んでほしいというわけでもなさそう。むしろ、生き残っていることに、歓喜しているように見える。


 そこから考えるに、男は女の子を試しているのではないだろうか。

 それだけ特別な子だと思われているのかもしれないし、実際そうなのかもしれないけれど、僕が居なければ死んでいた。

 だとしたら、僕の存在を計算した上でやらかしているのだろうか。しかし、この子を物理的に守れているのは、たまたま僕が魔法を使えるようになったからで、確実性に欠けると思うのだけれど。この程度何とかできないようでは、この子に価値はないということだろうか。

 それとも全く別の理由があるのか、分からないけれど、何があるにしても男を許せる気がしない。


 女の子が喜んでくれるため日課となっていた歌を終え、彼女が寝静まったあと、また妙な気配を感じて、意識を集中する。


 場所は斜向かいの牢屋の中。その一角に魔力の反応がある。

 その反応が、なんか薄っぺらい。地面に何か書いているのだろうか。

 これがいわゆる魔法陣と言う奴かもしれない。なんて、ちょっと思考がそれた瞬間、魔法陣から無数の反応が現れた。

 1つが2つ、2つが4つ、いきなり現れては蠢いている。1つ1つの大きさは、小さいけれどそれらが集まり、一気に動き出せば1つの大きな脅威だ。


 向かってくるのは、当然この牢屋。暗殺の一環なのだろうけれど、今回は規模が違う。

 近づいてくるそれらは、チューチューと甲高い鳴き声を上げて押し寄せてくる。

 鳴き声から察していたけれど、探知で確認しているそれらは、ネズミの群だった。津波でも押し寄せてくるかのような勢いで、この牢屋までやってくると、中のモノを無差別にかじり始めた。

 石のベッドも、壁も、床も、格子も、鎖も、枷も……女の子も。


 この世界のネズミがどの程度の脅威なのかは分からないけれど、石や鉄をかみ切るほどではないらしい。とは言え、削ってはいるようなので、人が噛まれたら怪我するだろうし、場所が多くなれば死に至るだろう。

 女の子も、かじられているけれど、結界で守られているので今のところは問題ない。僕の魔力だけが減っていく。


 次第にネズミ達は、お互いをかじるようになった。

 取り憑いている女の子が寝ているため、目で見ているわけではないけれど、探知魔法をつかっているせいか、詳細に分かってしまう。

 加えて、血肉のにおいがむわっと漂ってくるのも、たちが悪い。

 多くのネズミの断末魔も相まって、1つの地獄が出来上がっているようだ。非常に、精神に悪い。


 しばらくして、ネズミが急にいなくなる。このあたりも、魔法が関係していると思うけれど、今だと予想を立てるので精一杯。

 予想以上に、精神的に削られてしまったけれど、女の子が目を覚まさなくて良かった。


 そんなことを考えているうちに、意識が遠くなっていった。



 また別の日、今度は大きなカブトムシの幼虫みたいな生物が、送り込まれてきた。

 ネズミの時のようにかじられはしないけれど、1匹だけならまだしも、群れて蠢いているビジュアルは、苦手な人だと失神モノだと思う。

 また、潜り込めるところを常に探しているらしく、下へ下へと潜っていく。

 そこに人が放り込まれれば、口と言わず全身の潜り込めそうなところに入り込もうとするわけで、女の子であれば、言わずもがなだろう。外道というか、悪辣というか、本当に結界を使えるようになっていて良かった。


 だけれど、ある日問題が起きた。

 もう何度目かの、群による襲撃。トライポフォビアになりそうだし、あらゆる虫に殺意が湧いてくる。

 今回は、蜘蛛らしく、手のひらサイズの八本足が飛び跳ねているのが分かる。


 牢屋にやってきて、やることと言えば、ネズミと同じくそこら中をかじることだけれど、それくらいならもう何ともない。毒でもあるのか、何匹か溶けているのがいるけれど。

 女の子に取り憑いている状態なので、見えないし、内側から来るぞわぞわとした感覚を耐えればいいと思っていたが、不意に目に光が入り込んだ。


 急に開かれた視界に写るのは、毛の生えた細い足、真っ赤な目に、毒々しい腹。

 キチキチと、嫌な音も聞こえる。

 いくつかの目が、こちらを見て、近づいてくる。結界に遮られているので、さわられている感覚もなく、大丈夫だとは分かっているけれど、状況を改めて認識させられて、ひうっとのどの奥が鳴る。


 目の前でもこれなのだ。何十何百という蜘蛛が、女の子の上に蠢いているのは間違いない。


 気持ち悪い。


 きもちわるい。


 キモチワルイ。


 幸か不幸か、女の子も気持ち悪かったのか、すぐに目を閉じてくれたけれど、カタカタと震えてしまった。

 少しでも気をそらせないかと、子守歌を歌ってはみたけれど、蜘蛛にまみれて子守歌を歌う状況というのにも、頭が痛くなった。



 女の子の見た目が、5歳ほどになった。

 毎日時間を作って、歌を歌い女の子とコミュニケーションを図っていたのだけれど、最近はくるくるとしっかり踊ってくれる。

 リズムは取っているし、歌っている曲にあわせて、踊り方も変えているところを見るに、かなり才能があるのではないだろうか。

 若干親馬鹿っぽいけれど、幼いながらも整った顔立ちの女の子が、自分の歌にあわせて踊ってくれるのは、うれしいし、可愛らしい。


 魔法の方も、順調に自己研鑽してきた。

 今回は魔力の省エネの方に力を入れて、今では常に探知魔法を使っていても魔力が切れることもないし、結界も何度も壊されない限り張りっぱなしに出来る。

 おかげで最近は、魔力を使い果たして意識を失うことが、かなり減った。


 我ながらなんて才能だと思う反面、回復魔法については全く出来る気がしなかった。

 何というか、魔法の才能を探知と結界に極振りしたのではないかと、疑いたくなる。今までの事を考えると、それで何の問題もないのだけれど。


 ただ、どれだけ守りを固めようとも、男から受ける傷だけは防いではいけないと言うのが、何とも精神衛生上良くない。

 未だに謎の液体に栄養を頼っているため、どうしようもないし、傷跡が残らないように治療はされているけれど、どうにももやもやする。

 だいたい、男もこんな方法を続けるのは、面倒だろうに。


 しかし、それ以外なら大丈夫だろうという慢心があったのかもしれない。

 その事件は、唐突に起こってしまった。


 ある日、いつものように謎の液体を持ってきた男は、今日はまた別の液体を別の容器に入れてきていた。

 いつもの食事風景、いつもの嫌悪感。女の子と感覚がリンクしているため、痛みもやってくる。

 だけれどこの日は、食事が始まる前に女の子と男が少し長く話をしていた。


 もしかして、この醜悪な食事が終わるのかな、と心のどこかで期待していたのだけれど、そんなこともなく、男が女の子の服をはぎ取り、白くなめらかな腹にナイフを沿わせる。

 内臓が見えるのではないかと思うくらいに深い傷も、毎日受ければ慣れるかと思っていたけれど、さすがに眉をひそめずにはいられない。

 液体を腹部に流し、いつものように傷を治した男は、喜々とした様子でその手を女の子の足に添えた。


 普段なら、服を着させて帰って行くはずなのに、また何か特別な薬でも入れるつもりなのだろうかと、訝しんでいたら、初めて持ってきた粘性のある液体を女の子の下腹部と自分の指につける。

 嫌な予感がして、女の子を守ろうとしたけれど、男が身体に触れているため、自分の存在がバレてしまうのではないかと、逡巡してしまった。


 躊躇いはほんの一瞬。しかし、とても興奮している男が行動を起こすには、十分すぎた。


 下腹部に何かが入ってくる異物感と同時に、痛みが襲ってくる。

 ナイフで切られる、今までの痛みとはまた別の、内臓をえぐられるかのような痛みに、声を上げそうになる。魔法を使おうと思っても、頭が真っ白になって、使えない。

 男の手という名の異物は、抵抗をものともせずに最奥まで達すると、今度は喜々として、痛みの証である紅の流れを、懐にしまっていた試験管のような容器に集め始めた。

 愛おしそうに、鮮血の流れを見つめている男は、狂気じみていて、ここが彼の作り出した地獄なのだと、ぼうっとする頭で考えていた。


 その後、女の子に服を着せた男は、焦れたように急ぎ足で牢屋を出て行く。

 残された女の子は、感情のこもっていない瞳で、男の背中を見送っていたけれど、僕は彼女の様子に気をかけている余裕がなかった。

 ぼうっとしていて、真っ白だった頭に色が戻り、今このとき、何があったのかを急速に理解していく。

 それと同時に、女の子を守れなかったという事実が、ありありとその存在感を増してきた。

 今思えば、食事の前の会話が長かったのも、男が女の子にこのことを伝えていたからではないだろうか。


 つまり、僕がこの世界の言葉を少しでも理解しようとしていれば、避けられたことかもしれない。

 そもそも、あのとき躊躇わなければ、避けられた事態だったのは、言うまでもない。

 守れなかった、その事実が僕に重たくのしかかってくる。


 女の子は今平気そうな顔をしているけれど、まだ幼いのだ。日頃から痛みを与えられている彼女にとって、今の痛みが何を意味しているのか、理解しているのかも怪しい。

 将来、この意味を知ったとき、彼女は絶望するのではないだろうか。それが心配でたまらない。


 そう思うのと同時に、自分の中のどこか冷静な部分が、責め立ててくる。


――心配なんて言っているが、自分が女の子に責められたくないだけではないか


――自分の見通しの甘さをみないようにしているだけだろう


――何故学ばなかった、何故躊躇った


――ちょっと魔法が使えるようになったからって、得意になっていたんじゃないか


――将来彼女が絶望したら、それはすべて自分(おまえ)のせいだ


 それは分かっている。わかっているけど、どうしようもないんだ。

 何も出来なかった、何もしなかった、現実を見ていなかった。

 謝っても、彼女の純潔は戻ってこないし、今回の出来事のせいで、男という存在に恐怖するようになれば、人類の半分に恐怖するということになる。


 そこに、どれだけの平穏があるのか、男だった僕には分からない。

 分からないからこそ、守らないといけなかったのに。


 思考は堂々巡りをして、繰り返すたびに僕を責め立てる。


『ごめん……なさい』


 女の子にしか聞こえない声で、謝罪する。意味がないことが分かっていても、自分勝手だと分かっていても、声にしないとつぶれてしまいそうだったから。

 身体を持たない僕は、涙を流すことも出来ないから。

 ただただ、謝る。


 ごめんなさい、と。許してほしい、次こそは必ず守るから、と。


 日本語で話す僕の言葉を、きっと女の子は理解できていないだろう。


 それでも、何度も何度も謝った。もう誰に謝っているのかも分からなくなるくらいに。

 慟哭といっても良いそれは、僕の意識がなくなるまで続いた。

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