40.C級と引きこもりと出発
スタンピードを終えて、のんびりとサノワまで戻る。
曰く、すでにスタンピードが始まって、終わったことは伝わっているらしいから、騒がしいこともないだろうとのことだ――カロルさんが来た段階では終わっていなかったと言うと、「あそこまでやっておいて何言ってるのよ」と呆れられた。
スタンピードに備えるのであれば、町の外で迎え撃たないといけないだろうし、その姿が見えないということはちゃんと指示がいっているのだろう。
門をくぐって、町に入ったのだけれど、何だかいつもと空気が違った。
わたしを見る人はいても、気まずそうというか、サッと目をそらしてしまう。
何かやらかしただろうか。いや、スタンピードを解決したっていうのは、やらかしになるかもしれないけれど、思っていた反応と違う。
なんだか居たたまれないなと思っていたら、カロルさんが何かに気が付いたのか、「セリアのところに行くわよ」とわたしの手を引いた。
◇
ハンター組合の中では、もう少し好意的な視線が多かったけれど、やっぱり落ち着かない。
まあ、これでC級になればこの町にいる必要はないので、別に良いのだけれど。
セリアさんを見つけて、慣れた道を通って小部屋に行く。
「何があったのかしら?」
「カロルにはともかく、シエルメールさんには教えておくべきですよね」
「わたしに関することなら、聞いておきたいですね」
こんな前置きがあって、セリアさんからの説明があった。
簡単に言えば、わたしに恨みがある人――アレホが中心――が集まって、今回のスタンピードをわたしに擦り付けようとしたらしい。そこまでは予想通りだったけれど、わたしを歌姫だといって嵌めようとしたんだとか。動機はわたしに恥をかかされたとか、わたしのせいでランクが落ちたから。
ただ証拠不十分でわたしの評判を不当に貶めようとしたことで、彼らはギルドから罰を受けることになった。
また魔物を集める薬――魔物寄せを違法に作り、使用したことで領の騎士にしょっ引かれたのだという。
どうやらハンター組合側としても、アレホが不穏な動きをしているのは把握していたらしいのだけれど、意外と頭が回ったらしく魔物寄せを作るのに必要な材料を、仲間が1種類ずつ集めてきたのだとか。
原料の多くは薬草や魔道具に使われるもので、1種類だけ持ち運んだとしても問題ない。だから、証拠もなく動くことができなかった。今回はわたしが渡したフラスコのおかげで、身柄の拘束はできたということらしい。
ちなみに商人など材料すべてを運ぶ場合には、特別な許可が必要になる。
おかげで人の目を盗んで魔物寄せを作れたのだろうけれど、そこまで考えていたはずなのに、計画がずさんすぎる。
まだ取り調べ中らしいが、どうやらスタンピードから逃げ帰ってきたわたしを囲んで、わたしのせいだと脅して、お金を奪おうとしたとかなんとか。
そんなことが可能かと言われれば、歌姫だとされたら町民がアレホ側につく可能性があるらしく、出来るかもしれないとのこと。
今回はわたしが帰ってこなかったせいで、計画通りにはならなかったらしいけれど、わたしが歌姫だと騒いだアレホに町民が乗ってしまったために、わたしを気まずそうに見るんだそうだ。
実際に歌姫だけれど歌姫バレをするようなことはしていないはずで、やっぱりわたしが歌姫という証拠も出てこなかったため、わたしは完全に逆恨みされただけの被害者。
アレホたちはおそらく犯罪奴隷として、鉱山に送られるらしい。
「それでこれからの話なのですが……」
「C級にはなれますよね?」
「はい。1つの町を助けたことになりますので、問題ないです。
ただ手続等ありますので、1日待っていただく必要があります」
「では、それでお願いします」
「今回のスタンピード解決の報酬ですが、数日時間をいただくことになりますがよろしいでしょうか」
「よろしくないです」
なにせこのままこの町にいても、腫物扱いされるのはわかっているから。
お金より快適な生活を望む。
「よろしくないので、明日までに用意できる分だけもらいます」
「明日町を出て行くってことね?」
「もちろん。C級になりましたし、この町にいても気まずそうですから」
「承知いたしました。では明朝ハンター組合までお越しください。
この度はスタンピード解決へのご協力ありがとうございました」
セリアさんから綺麗なお辞儀をいただいて、わたしはこそっとギルドの建物から出て行く。
何かする予定があったわけではないけれど、昼過ぎにしてやることがなくなってしまった。
町をぶらついても、碌なことになりそうにないので、宿屋に引きこもることにしよう。
◇
宿屋に戻ってシエルに体を返すと、シエルは少し迷ったような顔をして、ボフッとベッドに飛び込んだ。
やっぱりお布団は良い。
シエルから力が抜けていくのを感じて、彼女の同じ気分なのかとくすぐったくなる。
「明日には町を出るのね?」
『出たほうがいいでしょう。居る意味がありませんから』
「ちょっと、居辛い感じがするものね。
もともとこの町にいるのは、C級になるためって決めていたから、仕方ないわ」
『もっと居たかったですか?』
「違うのよ。次の町から私がメインで動くことになるでしょう?」
『緊張しているんですね』
「エインのようにうまくできるかしら?」
『わたしが上手くできていたかは置いておいて、わたしの真似をする必要はないですよ。
むやみに人を殺さないとか、モノを壊さないとか、依頼を破棄しないとかはありますが、シエルが話したくなければ、人々と話さないというのもありです。
それにわたしもフォローしますから。それからそうですね。男性を相手にするときには、わたしが担当しますね』
男性が苦手なシエルに、いきなりすべてを任せるというのも、難しいだろう。
まだ少し緊張しているようだけれど、納得してくれたらしく、話がいったん途切れる。
それから、シエルとわたしはそれぞれ好きに行動する。
いつも一緒ではあるけれど、四六時中話しているわけではないし、いつも一緒でも同じことをしているわけでもない。わたしがしているのはもっぱら魔術の研究で、ついつい歌を歌ってしまうので、シエルがそれに合わせて自然に体を動かしているというのはよくある。
◇
「なんだか半日でもこうやって過ごすのは久しぶりね」
『少し前までは、こうやって過ごしてきたはずなんですけどね』
気が付けば夕方になっていたのに驚いたのか、シエルがわたしに話しかける。
屋敷では変わらない毎日を過ごしていたけれど、今のようにシエルの穏やかな顔はみることができなかったなと、少し感慨深くなった。
あの屋敷では常に気を張り詰めていないといけなかったから。とはいっても、今もわたしは似たようなものだけれど。
ベッドの上でゴロゴロしながら、シエルはわたしとのおしゃべりを続ける。
「B級になるのはだいぶ先なのよね?」
『15歳までは見ておいたほうがいいでしょうね』
「その間、あの男はおとなしくしているかしら?」
『していないかと。何が目的か知らないですけど、わたし達のこともあくまで手段の1つとかそんな感じでしょうから』
「私は国とかよくわからないのだけれど、この国大丈夫かしら?
あの男がかなり上の地位についているのよね?」
『噂から判断する限り、少なくとも表では悪いことしていなさそうですから、大丈夫なんでしょう。
わたしもイメージでしかないですが、貴族が裏で何かしているというのはよくあることだと思いますし。あの男がやろうとしていることが、必ずしも国を壊すものになるわけではないでしょう。
悪いことだとしても、逃げるまでに国が破たんすることはないでしょう』
「むしろ、国として破たんしてくれた方が、逃げやすいのではないかしら?」
『それはありそうですね』
下手したらこの会話だけで捕まるかもしれないけれど、周りに誰もいないのは確認済み。
いつかは国を相手にしても負けないようにはなりたいけれど、今のままだと、カロルさんクラスが数人いたらアウト。
ドラゴンとかは、ある意味理想だと思う。国を亡ぼすほどの力を持っていながら、人を襲わないため放置されているのだから。
ドラゴンはともかく、王に不敬を働こうと捕えられない、殺されないような力さえ持っていれば良い。
どんな存在もシエルに触れることができないような、強固な結界を張ることができれば、どこにいても何をしてもシエルは安全だろう。
極端すぎる考えなのはわかっているけれど、目指して損することもないだろう。
「そういえば、エインって神様ではないのよね?」
『違いますけど、急にどうしたんですか?』
「少し気になっただけなのよ」
『そうですか。でもわたしが神なら、もっとスマートにシエルを助け出せたと思いますよ』
「それなら、エインが神様じゃなくてよかったわ」
シエルが笑うけれど、果たしてわたしはどう受け止めるのが正しいのだろうか。
◇
翌日。日が昇るかどうかというところで、わたしは宿を出た。
ベッドの至福を知ってしまったシエルは、まだ眠たそうだったけれど、ぼーっとしながら目をぱちぱちさせるシエルは、それはそれで可愛かったので良しとする。
シエル的には何一つ良しとできるところはないだろうけれど。
何も言ってはいなかったけれど、まだハンターも集まらない早朝なのにハンター組合は開いていて、セリアさんがカロルさんと待っていた。
「お待ちしていました」
「こちらこそ、朝早くからお騒がせします」
「いえ。町の問題ですから。早速になりますが、こちらがC級のカードになります」
「ありがとうございます」
受け取ったカードにはしっかりCという文字が書かれている。裏の魔法陣に大きな変化はなさそうだ。
それから、改めて2人を見ると、いつもと恰好が違う。まるで今から旅に出かけますよ、といった感じだ。
「セリアさん達は本部に帰るんですか?」
「はい。この町でやるべきことも終わりましたから。ですから、次に会うのはシエルメールさんがB級に上がってからになります」
「誰かさんのせいで、報告することが多いのよ」
「わたしに文句を言われても困りますが、頑張ってください」
2人の仕事はわたし達には関係ないし、2人が本部に帰ってくれるなら、わたしとしても助かる。
「あとこちらが、今回のスタンピードに対する報酬になります」
渡された袋にはお金が詰まっていそうだったけれど、気にせずに財布に入れる。
確認したところで、増えるものでもないし、今はお金に困ってもいない。
「はい、確かに。それではわたしは出発しますね」
ハンターが集まってくる前に出てしまいたかったので、挨拶もそこそこにハンター組合を後にする。
お別れ会なんてものされても困るし、何よりハンターなんてそういうものだ。
仕事を探して町々を転々とするのは良くある話で、いちいち別れを気にしていたら、ハンターなんてやっていられない。
『久しぶりにエインと二人っきりね』
『そうですね。何をしましょうか』
『邪魔なしで一緒にいられるだけで、私は嬉しいのよ?
存分にエインとお話しできるでしょう?』
『歌も踊りも存分にできそうですね』
『それは素晴らしいことね』
嬉しそうなシエルが町を出ることを何とも思っていなくて良かったけれど、それはそれで問題があるんじゃないかなと、無責任ながら思ってしまった。
これでサノワ編は終わりとなります。言い換えれば「~10歳編」とも言えるでしょう。
そういうわけで、いくつか閑話を挟んでから、元となる短編の2つ目に移ります。
話の流れが予定と変わっているところもあるので、短編とはまた違った感じになるかもしれませんが、よろしくお願いします。