閑話 ペルラと疑問 ※ペルラ視点
村を出て3年。色々大変なことはあったけれど、D級ハンターも目の前に迫ってきたある日、あたし達のパーティはいつものように依頼のために町近くの森に向かっていた。
村にいたころは4人だったのが、今では3人になってしまったけれど、今ではそれが良かったと思える。
ブラス君の妹の問題もあるけれど、D級になったら一度村に戻って、本人と話してみようということであたし達の中で話が付いた。
村を出る前の妹さんのことは知っているけれど、3年あればどう変わっているかわからないから。
会ってみて、話が付けば薬を買ってあげても良いんじゃないかということ。
シエルメールさん――先生とパーティを組んだ挙句、自分勝手に動いて降格になった――というのは決闘の後で知った――ため、薬を買うなんて無理だろうから。
これできっぱり区切りをつけようと、3人で話し合った。
3人でちょっと頑張ってお金を貯めているから、1人金貨1枚はあるので、買おうと思えば薬も買える。
それもこれもD級になってからということで、まずは依頼を頑張ろうと思っていたら、後ろから先生が歩いてくるのが見えた。思わず手を振ってしまう。
先生とはパーティを組んで以来で、会うのも3回目だけれど。それでも大切なことを教えてくれた先生は、先生だ。
「テレン君。先生見つけたから行ってくるね」
「ああ、行ってこい」
「迷惑かけちゃダメよ」
「大丈夫だよ。先生だもん」
何が大丈夫なのか自分でもわからないけれど、会えたことが嬉しくて駆け寄ってしまう。
真っ白で艶々の髪、釣り目気味の青い瞳の目、小さい口と鼻。10歳でハンターというだけでも驚きなのに、先生の見た目は10歳よりも下に見える。
そしてお人形のようにかわいい。ここまでのレベルだと、お貴族様とも思うのだけれど、生まれの話はしていないのでわからない。
「先生も森に依頼ですか?」
「そうですけど、先生?」
そう言えば、本人の前で先生と呼ぶのは初めてだったかもしれない。
不思議そうな顔をされたけれど、あたしの中では"先生"というのがしっくり来ているので、構わずに返事をする。
「はい! 先生のおかげで出来る事が増えましたし、D級の試験を受けることができるようになりました。先生が教えてくれたことのおかげなので、先生です。ダメですか?」
「いえ、駄目とは言いませんけど。それはそれとして、D級試験への挑戦権、おめでとうございます。これから試験ということはないですよね?」
「もう少し連携が上手く行くようになってから、受けることにしました。
まだテレン君を濡らしちゃうことがあるので」
先生と楽しく話をしていたら、テレン君たちのところについてしまった。
ちょっともったいない。それでも、ここから森まで一緒に歩けるので、良しとしよう。
◇
森が近づいてきたところで、先生が甘いにおいがするといった。
言われてあたりの匂いを嗅いでみると、確かに甘い香りがする。
しかし、テレン君はなんだか微妙な感じで、イルダちゃんに至っては全く感じていないようた。
不思議ではあるけれど、先生が迷いなく歩くので、あたしは気にせずついていく。
森の入り口に差し掛かったところで、というか近づきながら気が付いていたけれど、どんどん甘い匂いが強くなっている。
たまにお店で見る砂糖を使ったお菓子のような香りに、「おいしそうです」とテンションを上げたのだけれど、誰からも賛同を得られなかった。
「そこまでか?」
「お菓子みたいじゃない?」
「アタシ全然感じないんだけど」
「先生これって……」
わからなければ聞いてみるのが一番かと思ったけれど、すでにさっきまでいた場所にはいなくて、森に少し入ったところで変わった形のガラス瓶を拾っていた。
イルダちゃんが真っ先に近づいて、何かと尋ねる。
「この薬? でしょうか。見たことありますか?」
「ないけど、これは?」
「匂いの元みたいです。なんだか嫌な予感がするので、一旦これ持って帰ってギルドの人に見せてもらっていいですか? わたしが拾ったって言ってもらって良いですから」
先生の言葉に不穏な空気を感じて、3人で顔を見合わせてから、頷く。
何かあたし達ではわからないことが起きているに違いない。
ガラス瓶を受け取ってから、町に戻ろうとしたけれど、先生が戻る気がないのがわかって思わず声が出た。
「先生はどうするんですか?」
「どうしましょうか。どうしようもなかったら逃げます」
「絶対ですからね」
なんだかこのまま先生に会えなくなりそうな気がして、目に涙がにじむ。
それくらい不穏なのだ。森がなんか変な感じがする。とにかく急いで戻らなければ。
◇
道を戻っている途中で、B級ハンターのカロルさんとすれ違った。
どちらも急いでいたこともあって、「早く町に戻りなさい」と言われただけだったけれど、それがより不安を駆り立てる。
だってB級ハンターが急いで動かないといけない事態なんだから。
だからあたしたちは、黙々と走った。町に近づくにつれて、あたし達と同じように走ってくる人が増えている。その人たちと話をしている余裕はなかったけれど、会話は少しだけ聞こえた。
スタンピードが起こって、まっすぐ魔物が町に向かっているらしい。
あたしは思わず足を止めてしまったけれど、イルダちゃんに手を引かれてまた走り出す。
先生はスタンピードに気が付いたんだ。
そしてスタンピードと言われれば、この変な瓶の中身も想像ができる。禁止って言われている魔物をおびき寄せる薬。
だとしたら、いっそう先生のところには戻れない。この瓶の重要性に気が付いてしまったから。
なんで先生は一人で残ったのだろう。一緒に逃げればいいのに。
向かってくるのはたくさんの魔物。どうしようもなくなった時に、逃げられるわけない。
スタンピードが起こっているはずなのに、魔物1匹すら見かけない。たぶんこれが答えなのだろう。
先生が死にませんように。無事に帰ってきますように。
◇
町に戻ると辺りは騒然としていた。スタンピードが来るのだ、当たり前だと言える。
でもそれにしては、迎え撃つ準備ができていない。すでに魔物は動き出しているから町を守るようにハンターが立っていてもおかしくないのに。
そう思っていたら「俺はスタンピードを起こした犯人を知っている」と、大声で叫んでいる人がいることに気が付いた。
ハンターで見るような筋骨隆々な大男。確か名前はアレホといったはず。
アレホを囲むように町民が立っていて、対するように町のベテランハンターが立っている。
ベテランさんたちは、わめいているアレホを呆れたように見ているということは、彼のせいで準備が遅れているのだろうか。
「ほら、早く」
イルダちゃんにせかされて、ハンター組合の建物に入ろうとしたのだけれど、「酒場に入り浸っていた、白髪のガキがしでかしたんだよ」という声に足を止めた。
アレホの言葉に、何人かのハンターが「俺も見たぜ」「俺も」と同調していく。
なんだか住民もアレホの言葉を信じているようで、目で何かを探していた。
イルダちゃんとテレン君に瓶を職員さんに渡すように言って、あたしはここに残ることにした。
どう考えても、アレホの言っている人が、先生だから。
先生がスタンピードを起こしたというのはありえない。だって、あたし達と森に向かっていたのだから。
「どういうことか、話してみろ」
あたしが抗議する前に、ベテランの1人がアレホに言った。
この人がアレホの言葉をどう思っているのかわからない。でもこの場で口を挟めるほど、あたしは強くない。それが何だか悔しい。
そんなあたしとは対照的に、アレホは意気揚々と話し始める。
「最近白髪のガキがハンターになって、酒場で歌っていたよな。
そしてかなりの額を稼いでいるはずだ。あんたもそれは知っているだろ?」
「ああ、それで?」
「どう考えてもおかしいだろ。10歳のガキだ。よほどのことがない限り歌っただけで稼げるわけがない。
実際俺も居合わせたが、酒場の騒がしい中徐々に聞こえてきた歌に惹きつけられていった。
そりゃそうだ。あのガキ"歌姫"なんだからな。その力を使って、金を払うように誘導していたわけだ。実際俺も思わず金を払っちまった」
アレホの言葉が終わると、さっきアレホに同調していたハンターたちが、「俺も聞いたぜ」「騙されたんだ」と追随する。
先生が歌姫? 歌姫といえば確か、不遇姫の代表で嫌われているって言っていたけれど。
なんだかモヤっとする。歌姫と聞いた町民の何人かが小さく悲鳴を上げて、何人かが忌々しそうな顔をしているのも、酷い人だと「歌姫なんて叩き出せ」と言っているのも、モヤモヤに拍車をかける。
「それであの白髪青目のガキが何かしでかさないか、有志を募って監視していた。
それで今日。フラッと1人で森に行くガキを見かけた。何かと思ってついて行けば、あいつ、魔物を呼ぶ歌を歌いやがった。だから急いで帰ってきたわけだ」
「待ってください」
それはありえない。だって先生は途中であたし達にあったのだから。
思わず声が出てしまったけれど、視線が一気にこちらに集まってしまい、ひるんでしまう。
アレホが不機嫌そうに「なんだぁ?」というのも、はっきり言ってとても怖い。でもアレホに同調しているハンターの1人に、よく知った顔を見つけたことで、恐怖はだんだん怒りに変わって行った。
「そのハンターと今日一緒に森まで行ったので、先生がスタンピードを起こしたわけありません」
「一緒に……なあ。いまお前"先生"っつったよな。グルなんじゃねえか? どう聞いても身内だもんな」
「それでも、違います」
自分の失言が恥ずかしかったけれど、ニタニタ笑うブラス君が許せなくて、言い返す。
でもあたしは本当のことを言っているのに、町民は誰も賛同してくれない。それも悔しい。
そう思っていたら、対していたベテランの1人、さっきまでアレホに問いかけていた人が、「嬢ちゃんはよくやった」と言ってあたしを背中に隠した
「いくつか訊くが、白髪の嬢ちゃんが歌姫だと判断したのは。酒場でのことだな?」
「ああ、もちろんだ」
「だとしたら、徐々に歌が聞こえたってのはおかしい」
「いや、普通だろ。あいつの歌を聞いた奴が黙るから、少しずつ聞こえる範囲は広くなるはずだ」
「普通ならな。だが、歌姫ってんなら話は別だ。あの程度の騒ぎの中で歌姫の歌が聞こえなくなるわけがない。歌姫の歌は聞こえるか聞こえないかのどちらかだ。
だから戦いに連れて行っても、敵も強化しちまうって、有名な話だろ」
確かにそれも有名な話だ。
町民が困惑したように、アレホとベテランさんを見ている。
「だいたい、魔物を呼ぶとか自分も危ないだろ」
「この町にはB級ハンターが居んだろ」
「だとしたら、呼ぶ意味ないな。むしろなんで呼ぶんだよ。そもそもなんでお前は魔物を呼ぶ歌とか知っているんだ?」
ベテランに言い寄られて、アレホが言葉を失う。
旗色が悪くなったのか、ブラス君も青い顔をしているけれど、正直いい気味だと思う。
アレホ側が黙ってしまって、話が続かなくなったところで、1人のギルド職員が建物から出てきた。手に持っているのは、あたし達が運んできた瓶。
「スタンピードの原因がわかりました。違法に作られた『魔物寄せ』の効果です。
さらにアレホ以下6名に『魔物寄せ』の違法製造・使用の容疑がかかっていますので、拘束させてもらいます。加えて職業に関して1人のハンターを貶めようとした罰もあります。
またスタンピードはほとんど壊滅済みです。念のため警戒はしておいてください」
職員さんが言うと、何処からともなく騎士がやってきて、アレホとそれに同調していたハンターを捕えた。ブラス君もその中に混じっていて、わめいているけれど、やらかしたことを考えると当然だと思う。
いや、そんなことどうでもいい。先生がスタンピードに巻き込まれているんだ。
ギルドの建物に入って、さっき話をしていた職員を探す。なんだか、事情をよく知っていそうだったから。
その人はすぐに見つけることができて、「先生は大丈夫なんですか!?」と尋ねると、首を傾げた。
「シエルメールは大丈夫なんですか? アタシたちを逃がすために、スタンピードに」
「そうですね……確か貴女はシエルメールさんに魔術を教わっていましたね。
先生と呼んでいますが、それは変わらないですか?」
「は、はい」
イルダちゃんがあたしの言いたかったことを代わりに言ってくれて、職員さんも理解してくれたらしい。
急なことで詰まってしまったけれど、先生を先生とすることにあたしは何の問題もない。
「それなら、特別に少しだけお話しします。他の2人は待っていてもらえますか?
心配しなくても、すぐに状況はわかると思いますから」
それだけ言って、あたしをどこかに連れて行きます。
なんだかとても落ち着いているけど、どうしてだろうか。
もしかして、焦る必要がない=助からない。ということなのかもしれない。
「結論から言いますと、シエルメールさんは無事です」
「本当ですか!?」
「はい。実際スタンピードを壊滅させたのは、シエルメールさんですから」
ちょっと言葉が理解できなくて、目をぱちくりさせていると、職員さんはおかしそうにふふふと笑った。
「仮にスタンピードがこの町までやってきて、町が壊滅したとしても、シエルメールさんだけは助かります。それだけの強さを持った人です」
「先生って、10歳ですよね?」
「それは間違いないでしょう。ですが、貴女の先生は見た目にそぐわない力を持った人なんですよ」
先生はそこまで強かったのか。Dクラスの魔物を1撃で倒していたから、結構強いんだろうなとは思っていたけれど、スタンピードを壊滅させるだけの強さを持っていたのか。
なんだかすごい人を先生にしてしまったみたいだ。
「今回の話ですけど、先生が歌姫だったらどうなっていたんでしょう?」
「もしかしたら、アレホ側の意見が認められていたかもしれませんね」
「先生がスタンピードを解決したんですよね? それでもですか?」
「可能性はあります。少なくともこの国では、歌姫とはそういう職業です」
先生の無事を確認できたので、モヤモヤしていた原因を尋ねてみたら、嬉しくないことに想像通りのことが返ってきた。
アレホたちが魔物寄せを使って、先生が解決したのに、先生が歌姫だったら全部先生が悪くなってしまうらしい。
あたしの中の疑問はまるで解決できそうになかった。