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39.歌と踊りと氾濫

『シエルに替わる前に、歌っておきたいんですけどいいですか?』

『良いけれど、どうして?』

『魔物ができるだけこちらに来るようにです。歌が聞こえそうな範囲には人がいませんし、魔物の流れをこちらに誘導出来たら、後続もそれについてくるかなと思いまして』

『わかったわ。入れ替わるタイミングはエインに任せるわ』


 森の入り口から、少し町に寄ったところ。あと数分で魔物の群れが来そうだけれど、わたしもシエルもいつもと変わらない調子で話している。

 さすがに歌姫であることを知られるわけにはいかないので、しっかり探知は行って、ラララと歌えば行列から逸れている魔物も、こちらへと足を向けた。

 あとは薬の効果で何とでもなるだろう。シエルと入れ替わって、あとは任せることにする。


「エイン。今日は少し暑いと思わない?」

『そうですか? ……いえ、そうですね。涼しい感じの曲にしましょうか』

「もしかすると、かなり長くなると思うけれど……そんな心配は不要ね」


 シエルがくすくす笑うが、ご期待通り数時間だったらレパートリーもあるだろう。

 曲を限定しなければ、丸一日だって行けるし、なにより曲が重複してはいけない決まりはない。

 その中でも最初は水に関する曲を歌うことにしよう。

 涼やかな声と言っても自分ではよくわからないけれど、涼しそうなイメージをもって歌い始める。


 そのころには、魔物の先頭集団が見え始めた。

 最初に来るのは、足の速いウルフと浅いところにいるゴブリンやコボルト。

 匂いにつられているせいか、肉眼で見える距離になってもシエルの方は見ていない。


 狂ったように虚空を見つめて、こちらに向かってくるのだけれど、次の瞬間水に呑まれた。

 シエルがしたことといえば、優雅に手を挙げて降ろしただけなのだけれど、その動きに合わせた地面からシエルの身長の倍以上にもならんとする水柱が立ち昇り、崩れたそれは津波のように魔物たちに襲い掛かった。


 数十体の魔物が流されて行くのは、壮観ではあるけれど、本命はそちらではなく水浸しになった地面の方。

 シエルのくるぶしほどの高さではあるが、水の溜まった地面に魔物たちは足を取られる。

 ウルフの機動性は無くなり、ゴブリンは牛歩のようにしか動けなくなる。


 この()()を作り上げたシエルは、水の精霊と言わんばかりに水の上に立っている。

 舞と音楽がそろっているのだから、場も作り出せるだろうということで、シエルが作り出した――発見した――舞姫の力の1つ。名づけるなら水の(デアグァ・)舞台(エリシナリー)だろうか。

 まあシエルと話すときに使う、仮の名前だ。そもそも舞姫によるもので魔術かも怪しいし、グラシオ・レンツォほどの威力はないため魔術名はつかない。あくまでも、場を整えるための物。


 この水はすべてシエルが踊るときに使われる。その証拠に地面の水は全く濁っていない。望めば濁るが、今回は水の透明感を生かしたいのだろう。

 シエルがくるりと回れば、クリスタルのように輝く水が彼女にまとわりつく蛇のように昇ってくる。

 軽く手を振れば、その軌跡を描くように水の線ができる。

 ステップを踏めば波が起きる。


 わたしの声に合わせて、シエルが踊る。シエルの踊りに合わせて水が舞う。

 実は水上を滑るように動けるのだけれど、今日はしないらしい。


 対して魔物たちは、シエルめがけて一直線に走ってくる、

 踊りは魅せるもの。だから、舞っているシエルを見たモノは、彼女から目を離せなくなる。

 ゲームっぽく言うなら、舞姫の力を存分に使っているシエルにはヘイトを集める効果がある。

 だから、スタンピードの方向だけ決めてしまえば、自然とシエルに走って来てくれる。


 そしてシエルの周りから伸びた鞭のような水に吹き飛ばされる。波にのまれる。大量の水に押しつぶされる。魔物は溺れ、とばされ、潰され、その命を終えていく。

 優雅な舞とは不釣り合いの、惨劇が作られる。


 Eクラスの魔物があらかた片付いたところで、Dクラスの魔物が増えてきた。

 オークやボア系の魔物は耐久力が高く、水では少し時間がかかるのか、少し攻撃方法が変わる。

 わたしは冬の寒さを歌い、シエルの攻撃に氷が追加される。


 足を振り上げたとき、跳躍したとき、踏みしめたときにあたりに舞い上がる飛沫が、氷の矢となりこのレベルの魔物では到底避けることのできない弾幕となって降り注ぐ。

 十分な魔力を込められたそれは、1本1本は小さく見えても、貫くには十分の鋭さと硬さを持っていた。

 氷の雨はたちまち、血の雨に塗り替えられる。


 魔物たちの悲鳴とも言えそうな鳴き声が響く中、それはやってきた。


 8つの赤い目玉に、鎌を思わせる鋏角(きょうかく)。うっすらと毛の生えた体には、左右4本ずつ計8本の足を持つ。

 わたし達の天敵といっていいそれは、シエルの目に入った瞬間に燃え尽きた。

 歌姫のサポートに加えて、100%の力を発揮できる舞姫の力によって、跡形もなく。その時ばかりは、一連の動きを変えてでも仕留めにかかる。


 はっきり言ってオーバーキルなのだけれど、シエルの表情に不快感が混じっていたので、仕方がない。むしろわたしとしても、即刻滅してほしい。

 何より数十体規模の蜘蛛となると、わたし達のトラウマドンピシャなのだ。加減など最初からできようがないのだ。

 あまりの火力に木に燃え移る恐れもあったけれど、辺りは水浸しなので大丈夫だろう。



 5曲くらい歌っただろうか。時間にして20分くらい。歌うのは楽しいけれど、楽しい楽しいと歌っていると、今自分が何曲目を歌っているのかわからなくなってくる。

 蜘蛛の時は除いて、ずっと楽しそうに踊っているシエルも似たようなものだろう。

 楽しそうと言っても踊りに合わせて、表情はキリッとしているけれど。


 ようやく現れたCクラスの魔物は、考えてみると始めて見るものばかりだ。

 2本の角が生えていて強靭な赤い肌、シエルの倍以上も身長があるオーガ。

 灰色の皮膚で膨らんだお腹、毛のない頭で、大きなこん棒を持っているトロール。

 見えるところだとこの2種類。反応的にも確定だろう。


 今までの魔物と比べても明らかに大きく、シエルの舞台に上がってきても、ほとんど気にした様子もなく走ってくる。

 水の鞭で叩いても、水球でつぶそうとしても、波を起こしても、氷の矢を飛ばしても焼け石に水と言わんばかりに無視してしまう。


『困ったわね』

『困ったようには聞こえませんけど』

『ふふ、冗談なのよ? 凍らせましょうか』

『わかりました。ところで魔力は大丈夫ですか?』

『ちょっと、はしゃぎすぎたけれど、この程度なら大丈夫よ』


 少しだけ歌と踊りをやめて、シエルと会話する。

 さすがにこの規模の力を使えば、シエルと言っても魔力が危ないかなと思ったけれど、そうでもないらしい。少なくともスタンピードを終えるまでは持つだろう。

 対してわたしは歌っているだけなので、魔力消費は0と言っていい。


 戦闘再開。オーガとトロールが合わせて100体行かないくらいだろうか。そのすべてがシエルの舞台に入り、最前線はあと数歩でシエルに届くため、こん棒を振りかぶっていた。迫力で言えばなかなかのものだろうけれど、すでに上位のサイクロプスの攻撃を目の前で見ているせいもあってか、まるで怖くない。

 それに残念ながら、シエルに近づくよりも、シエルが2度つま先で水面を叩く方が早い。


 すると今度は波紋が広がっていくように、水が氷で覆われていく。

 当然魔物たちの足も凍り付くため、走ってきた勢いで何体かこける。するとその前の魔物もこけて、その前も……とまさに群衆事故(スタンピード)の様相を見せた。

 しかしさすがは魔物の生命力というか、今のでも死なないらしい。

 それ自体はシエルも予想していたのか、単純に特殊な環境で踊りたいだけなのか、氷上を滑るように移動し始めた。


 わかりやすく言えば、スケートのような感じ。フィギュアスケートなど舞の1つだと言えるが、今回はジャンプや回転は行わない。

 魔物の間を縫うように滑りながら、氷の針を足元で生成して殲滅していく。中には、転ばなかった個体もいるけれど、動けないのは同じこと。丁寧な動きで腕を振り下ろして、氷で頭をつぶす。

 吹き出る血は、シエルに届く前に凍らせる。


 あとは作業というか、ただの娯楽というか。シエルが満足するまで、わたしは歌うだけ。

 それだけで、勝手に魔物が死んでいくのだから。



 すべての魔物の反応がなくなって、わたしが一曲歌い終わったところでシエルも踊るのを止める。

 フィギュアスケートが終わった時のように、ポーズは取っていたけれど、誰かに見せているわけでもないのですぐに平常に戻る。

 肩で息をしているものの、まだ踊り足りないという顔をしているのはご愛敬。


 さてスタンピードの方はどうにかなったけれど、問題もある。

 何せ2つ町からやってきた反応があり、1つが帰って行ったから。つまり1つは残っている。いっそ2つとも帰ってくれればよかったのに。氷あたりから見られていたけれど、単独でこの規模の力を発揮する舞姫などいないので、大規模魔術か何かで認識されるだろう。……普通なら。


「盗み見なんてひどいと思いますよ。カロルさん」

「楽しそうに踊っておいて、何不穏な空気を出しているのよ」

「楽しんでいるところに水を差されたので、つい」


 特にもったいぶらずに振り返ると、呆れた顔をしたカロルさんがわたしを見ていた。

 こちとら、スタンピードを単独で解決したのだ。感謝されるこそあれど、呆れられる筋合いはない。なんて。


「とりあえず、説明しろなんて無粋なこと言いませんよね?」

「そうね。今更だもの。それにここで説明を求めるほど、ハンターを捨てたわけでもないわ」

「でも気になっていますよね。わたしの職業」

「それは……貴女が魔術と職業の関係を教えたからじゃない」


 プイっとそっぽを向くカロルさんがおかしくて、思わず笑ってしまう。

 そのせいでカロルさんの機嫌はさらに悪くなってしまうのだけれど、楽しかった余韻かちょっと饒舌になっているらしい。

 とは言え流石にこの国にいる間に、すべて話す気もない。


「そうですね。()()()はカロルさんに伝えた職業で、間違いありません。

 今言えるのはここまでですね」

「ええ。考えるのは後にするわ」

「ところで、この魔物っていちいち処理したほうが良いんですか?

 討伐部位とか魔石とか、取り出すの面倒くさいんですけど」

「それは貴女次第ね。もし欲しい素材とか、魔石があるなら、剥ぎ取って。

 すべて要らないのであれば、ギルドがこの惨状の処理を依頼するわ。そのあと、スタンピードの解決における報酬と素材の買取額のうち7割を貴女に渡すことになる」


 7割ってどういうことかと思ったのだけれど、依頼を受けたハンターへの報酬とギルドの仲介料ってところか。自分でやるよりははるかに良い。

 とりあえず、Cランクの魔物の中で反応が強かった魔物から魔石を抜くだけで良いだろう。


『シエルは何か欲しい素材とかありますか?』

『素材って言われても、どう使えばいいのかもわからないのよ。

 角とかが武器になるのかしら? 皮は防具? 何にしても私には要らないわよね?』

『要らないですね。薬が作れるわけでもないですし、魔石だけは何かに使えるかもしれませんから、持っていても良いと思います』

『そうね。どれが良いか、エインが選んでくれる?』


「それでは、いくつか魔石だけ回収してきます」

「ええ、ゆっくりでいいわよ」


 シエルと替わって、足元が凍り付いている魔物たちの中から、10体を選んでシエルに魔石を取ってもらう。

 そういえばカロルさん、"惨状"とか言っていたけれど、酷くないだろうか。

 魔物の頭がつぶれていたり、内臓が飛び出していたりと、慣れない人が見たら嘔吐するだろうけれど。


 魔術でサクッと取り出して、水でキレイにしてから、財布代わりの魔法袋に突っ込む。

 本当に便利だ。もっと大きな魔法袋であれば、ここの魔物すべて持っていけるのだろうか。


「ざっと見たけれど、大蜘蛛は……」

「そんな魔物はいませんでした」

「真面目に答えてくれるかしら。この後の対応に関わるから」

「とりあえず、こっちに来たのは全部灰にしました。たぶん魔石は転がっているんじゃないですかね」

「ええ。わかったわ」


 感情的なところは置いておいて、特定の魔物だけ残るとそれはそれで厄介なのだろう。

 上位種とかになるのかもしれない。というか、この世界の魔物は進化とか変化するのだろうか。


「質問なんですけど、魔物には上位種とか亜種とかいますけど、既存の種が突然変化とかするんですか?」

「そういえば、進化の話はしていなかったかしら。

 魔物が長く生きれば、上位種になることは確認されているわ。とはいっても、生まれから上位種だった魔物と、進化して上位種になった魔物に違いはないのだけれど」

「だから蜘蛛の話をしたんですね」

「上位種になられても厄介だもの。それに上位種になったことで、知能が高くなる種も多くて、そのことがきっかけでスタンピードってこともあるわ」


 上位種が生まれることで同系統の魔物を集め、数を増やし、人里に降りてくるなんてことがあるそうだ。

 そうならないために、ハンターが数を減らしているともいえる。

 ついでに魔物の繁殖についても聞いてみたけれど、自然発生と出産・産卵があるらしい。自然発生については、詳しくわかっていない。


 帰り道、カロルさんと雑談をしている中で、ふと大切なことに気が付いた。


「そういえば、今回の件ってわたしの功績になりますよね?」

「なるわね。ワタシともう1人確認しているから、間違いなく貴女の功績になるわ」

「C級、いけますよね?」

「Cクラスの魔物数十体を含むスタンピードの解決となれば、一気にC級上位になってもおかしくないわ。試験も終わっているから、何ならB級になってもおかしくはないけれど、貴女の年齢では難しいわね」

「それは仕方ないですね」


 とりあえずC級になれるのであれば、良いだろう。


「今回のスタンピードって何が原因なんですか?」

「ワタシはスタンピードが本当かどうかを見るために来ただけだから、知らないわね。

 むしろ貴女こそ何か知らないかしら?」

「変な色をした、甘い香りの薬品は見つけましたね」

「かなり甘ったるくなかったかしら?」

「わたしはそう感じましたけど、たまたま一緒にいたパーティはそこまででもなさそうでしたね。

 むしろ何も感じていない子もいました」

「……それで確定といっていいわね」

「やっぱり保有魔力量によって匂いの感じ方が違ったんですね」

「そうよ。魔物も魔石を持つ以上、魔力があるといっていいからね。

 あの匂いに引き寄せられるのは良いのだけれど、ランクが高い魔物ほど寄ってくるから面倒なのよね」


 カロルさんはため息をついて「薬は?」と尋ねてくる。


「一緒にいたパーティに、蓋をして町まで持って行ってもらいました」

「それなら、着く頃にはいろいろ解決しているかもしれないわね。

 下手したら、渦中かもしれないけれど」

「それは果てしなく面倒くさそうですね」


 何せわたしに罪を押し付けてきそうな感じがしますからね。

 心の中だけでそう言って、カロルさんと事件の話を終えることにした。

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