36.授業と魔術と職業
「と、言うことで、魔術はどこまで行っても、そのコントロールが大事です。
そのコントロールの基本は、魔力の循環です」
「はい、でも循環だけだと、強い魔術は使えません」
「そもそも、水属性の魔術だと攻撃に特化した魔術って少ないですから。
それに魔力の循環をしっかりやると、回路の魔力総量が増えますので、強力な魔術を使うこともできます。当然循環だけでは駄目ですが、同じ魔術を使ったときに、コントロールがしっかりできている人の方が強いでしょう」
次に組むといわれていたパーティの1人。ぺルラさんに魔術の基礎みたいなことを教えていると、カロルさんが「意外とちゃんと教えるのね」と感心している。
カロルさんがいるなら、彼女が教えればいいと思うし、この状況は授業参観っぽくていたたまれない。
そもそも何でわたしがぺルラさんに魔術を教えることになったのかといえば、次に組む3人パーティの1人であるぺルラさんが、自分が足を引っ張るからD級ハンターと一緒に行くのは嫌だと言い出したからだ。
それなら「貴女が教えればいいじゃない」と、氷の魔女がそそのかす上、「昇格に有利」という甘言に負けて、パーティを組む前に授業をすることになった。
なんだか「昇格」という言葉を出されると、何でも言うことを聞いているような気がする。
というか、シエルに『エインは昇格を引き合いに出されると首を縦に振る癖があるのね』と指摘された。それに対してわたしは言葉を失ったけれど、シエルも反対というわけではないらしい。
授業といっても、わたしは攻撃魔術が使えないので、シエルにアドバイスをもらいながらだけれど。
話は変わるがパーティとの初対面時、彼女のパーティメンバーは意外と好意的だった。
カロルさんがあの時助けたのは本当はわたしなのだという話をしていたこともあったし、ブラス君とパーティを組んでいたというのもあるらしいのだけれど、最初から敬われている。
そしてブラス君のことを謝られた。同じ村の友達同士だったらしい。職業を得てからは、ブラス君が調子に乗り始めて、あとは大気圏まで一直線。
「普段のぺルラさんの役割ってどういったものなんですか?」
「えっと戦い以外だと飲み水を出したり、返り血を洗ったりです。戦いだと水球をぶつけてます。
でも少し足止めができるくらいで、倒せないんです。氷魔術も使えないし、足手纏いなんですよ」
落ち込んでしまったぺルラさんを他所に、少し考える。
前の戦い方から見ても、片手剣のテレンシオ君が足止めをして、ぺルラさんと、弓使いのイルダが後ろから攻撃するという形のようだ。女子2人を危険な目に遭わせないという意味だと、それで正しいのかもしれないけれど、それだとぺルラさんが役立たずというのも頷ける。
何せ後ろから攻撃しても、決定打に欠けるのだから。たぶん、足止めをしているテレンシオ君のほうが多くの敵を倒しているだろう。
それに彼女は下級魔術師で、本来魔力をほとんど持たないとされる平民。
出来る事は限られてくる。それでも、大量の水を出して相手を押し流すくらいはできるかもしれないけれど、それをすれば1発で魔力切れで戦力外だろう。
そもそも、戦闘外で十分に役割は果たせていたと思うのだけれど、おそらくブラス君辺りが「ハンター=より強い魔物倒す人が偉い」みたいな価値観を押し付けていたのではないかと思う。
「魔術師の戦いで、何が大切かわかりますか?」
「高い攻撃力……魔術のコントロール……ですか?」
「わたしは見ることだと思っています」
コントロールの話を覚えていてくれたのは良かったとして、魔術師たるもの把握能力は必要だと思う。
別に魔術師だけに限らないのだろうけれど、特に後衛は全体をよく見ておいてほしい。ソロだと特に周りを見ていないと死ぬかもしれない。
「わたしは基本的に一人で活動しているので、パーティとしての動きはよくわかりませんが、どれだけ強い魔術も味方を巻き込んだら意味がないですよね。
巻き込まないためには、どこに味方がいて、どこに敵が集まっていて、どこに魔術を放つのが良いのかを考えないといけません」
「それを把握するためにも、見ないといけないというわけですね」
「やれといわれて、出来たら苦労はしませんけどね。
ですが敵の足止めや体勢を崩すだけなら、強く難しい魔術は必要ありません。
敵の足元を水たまりにするだけでも、動きは鈍るでしょうし、目に水の飛沫を当てるだけでも隙ができるでしょう。これらを上手にこなすには、やっぱり見ることが大切です」
「つまり、サポートに専念しろってことですか?」
「はい。そのほうがうまく回ると思います。ただ貴女方のやり方もあるでしょうから、話し合っておいてください。いきなりやり方を変えても、上手くはいかないでしょうから」
これで授業は終了なので、「おしまいです」とパンパン手を叩く。
座学が意味ないとは言わないし、むしろ魔術は座学がメインかもしれないけれど、ペルラさんはまだそこまでいっていない。難しいことを考えずに、基礎的な訓練をしておいたほうが良いだろうと思ったので、授業を終えた。
ペルラさんは頭を下げてお礼を言って、用意された小部屋から出て行く。
何というか、自己流を極めたような人が、授業なんてやるべきじゃないよなと思う。
よくわからないまま探知魔術を覚え、結界魔術を覚え、隠蔽し、省エネ化して、魔術じゃなくて魔法なんじゃないか疑惑まである。
逆にシエルは正統派を極めていると思うのだけれど、基礎がリスペルギア家の本棚なので、結構ずれていると思う。魔力は魂に宿るというところから、一般との認識は違うわけだし。
「あれだけで良かったのかしら?」
「基礎は大事ですよ。元々魔術が使えていなかったらなおさらです」
「まあ、いいわ。間違ったことは言っていなかったもの。
ところでワタシには何か授業してくれないのかしら?」
「なんでカロルさんに授業しないといけないんですか?」
「何か欲しいものはあるかしら?」
「B級ハンターの資格が欲しいです」
「ワタシに出来る事にしてくれないかしら? そういうのはセリアの担当よ」
「それなら魔法袋をください。小さいので良いので」
「あら、それでいいのね。じゃあこれでどうかしら」
カロルさんは意外そうな顔をして、シエルの手よりも少し大きいくらいの一般的に見れば小さな巾着袋を取り出して机の上に置いた。
すんなり話が進んで怖いのだけれど、もらえるのであれば、もらいたい。
「魔法袋って高いんですよね?」
「まあ、高いわね。だけどこれはそうでもないのよ。
知り合いの魔道具師の弟子が、練習のために作ったものだもの。タダ同然だったけれど、魔道具師の知り合いがいないと手に入らないから、入手難度としては高いかもしれないわね」
「これってどれくらい入るものなんですか?」
「ハンターが一般的に持っている背負い袋と同じくらいね。財布代わりにするなら、問題はないでしょう?」
「貰いすぎだとも思いますが、くれるというのであれば話が終わってから貰います」
交渉が成立したので、何を話すか考える。
こちらが欲しいものはもらえたので、出来ればカロルさんが欲しい情報をあげたいものだ。
むしろ研究好きなカロルさん相手だと、研究に使えそうなネタのほうが喜ばれるだろう。
それなら、さっきまでペルラさんもいたことなので、職業と魔力の話でもしようか。それにちょっと、思うところもある。
「お話をする前に、一般常識の確認からしたいのですが、カロルさんは魔力がどこから来るのかはご存知ですか?」
「……その前振りだけで、魔術界が崩壊しそうな感じがするわね。
まあいいわ。魔力は心臓から流れるものというのが一般的ね。ただ心臓からずれる人もいるから、魔力をつかさどる何かが身体のどこかにある、というのが最近言われている事かしら」
やはりそれが一般常識ということで良いらしい。
違うと今から話す情報が無価値になって、魔法袋を貰いにくくなるからいいのだけれど。
「それですが、正しくは魂に宿っています」
「はっきりと言い切るのね。そんな突拍子もないことを言われても、普通は信じられないわよ?」
「おそらく、わたしもカロルさんも"普通"の枠組みからは、外れていると思いますけど。
どうしてはっきりと言い切れるかですが、これはそういう体験をしたからとだけ」
「どういう体験だったかは、聞かないでおくわ。知ってしまうと、ワタシの仕事が増えそうだもの。
ただ貴女は嘘はついていないでしょうね。少なくとも、こんな無意味な嘘をつく必要はないもの」
「カロルさんのことが大嫌いなら、嘘くらいつきそうですけどね。カロルさんの時間をいくらでも奪えそうですから」
「そこまで言っておいて、この話が事実じゃないなら、貴女を尊敬するわよ」
そういいながら、カロルさんの目が爛々と輝いている。
わたしにしてみれば、出所を間違えていても普通に魔術が使えているのだから、大して影響はないと思うのだけれど。いや大した影響になることは知っているけれど、ここまでの話だとそんなでもない。
「あら、この大発見を実感として得ているくせに、貴女のほうが反応が悪いのね」
「いえ、ここまでの話だと、特に何が変わるわけでもないですから。
そこまで、入れ込むものでもないのではないですか?」
「何言っているのよ。魔力の出所がわかれば、より魔力を引き出すことも可能になるかもしれないのよ。
そうなれば、単純に考えても火力アップはできるわ」
テンションが高いカロルさんに圧倒される。
確かに火力というか出力アップには繋がるだろうけれど、わたしはそもそも早い段階で気が付いたから、実感が無いのだ。
とは言え、カロルさんが喜んでくれたのであればよかった。魔力袋を心おきなくもらうことができる。
ただし、カロルさんがただテンションが高いというのが、気になる。
「喜んでいただけて良かったですが、この話がわたしのような存在を生み出した元にあることは、頭に置いておいてください」
「そうだったわね」
一瞬で冷静になるカロルさんが、少し怖い。
なんで模擬戦の時に、この冷静さを出してくれなかったのだろうか。
「むしろそんな話をワタシにしてよかったのかしら?」
「既にこのことを知っている貴族がいるわけです。わたしが言わなくても、いつか誰かが見つけて広めるかもしれません。何だったら、カロルさんがいつか気が付くかもしれません。
それだったら、わたしが教えて警告しておいた方が、安全かもしれないじゃないですか」
「そうかもしれないわね。少なくとも慎重に扱おうとは思っているもの」
「それから、この貴族と敵対することがあれば、この情報を知っているのと知らないのでは、戦局が変わりそうですからね」
「そうなる可能性を考えているのね」
「どうでしょう。わたしは捕えられていただけですから。
その貴族がどういう手段を用いて目的を成し遂げようとしているのかはある程度知っていますが、何を目的にしているかはわかりません。
ですが、目的のために赤子を10年閉じ込めて、不要になれば売り払うような人です」
わたし以外のことでも、碌でもないことをしていそうだけれど、うわさに聞くかぎりだと何も出てこない。リスペルギア家を調べていると思われないため、酒場ではかなり表面的なことしか聞けていないけれど、本当に嫌な貴族についてはこちらが尋ねなくても、好き勝手話してくれるので、この町を出た後どういうルートで海に行けばいいかは計画ができている。
カロルさんが「肝に銘じるわ」と神妙にうなずいてくれたので、これも伝えておかないと拙いだろう。
「ところで、さっきまでペルラさんが授業を受けていましたが、彼女って面白い存在だと思いませんか?」
「……待って、魔力が魂に宿るって、そういうことなの?」
ペルラさんの名前を出しただけで、ハッとなるカロルさんはものすごく頭の回転が速い。
そして危惧しているような声色からして、職業と魔力の関係が危ういものだと感じ取っているのだろう。
「わたしの感覚としては、2つは違うものです。ですが全く影響していないとは言えませんよね」
「そうね、その通りよ。この情報を安い魔法袋1つっていうのは割に合わないわね。
他に何か欲しいものはあるかしら?」
「それならこの話はここだけのものとして、話をもとにして始めた研究は個人のものとしてください。
少なくとも、わたしがこの国にいる間は」
「それは言われなくてもやるわよ。発表できるわけないじゃない」
「それなら研究もしないんですか?」
「ワタシは別に目立ちたくて魔術の研究をしているわけじゃないもの。
楽しいからやっているの。このほかにも個人的な研究はいくらでもあるわ」
「それなら、いつかわたしがこの国から逃げ出した後で良いので、カロルさんの研究を見せてください。
この前10歳になったばかりなので、そもそも職業を使いこなせてもいないんですよ」
たぶん職業に関しては、シエルのほうが使いこなせていると思う。
でも使いこなせたら、わたし個人としてさらにパワーアップできると思うのだけれど、果たして何年後になることか。
「そうだったわね。貴女と話していると、年齢というものがわからなくなるわ。
B級になったら、本部でワタシを呼んでちょうだい。ワタシの家に招待してあげるわ。それまでには、この国でやることも終わっていると思うもの」
「その時にはよろしくお願いします。それでは」
今日は忘れないように、ちゃんと魔法袋を持ってから、部屋を後にした。