35.やらかしと降格と次の目的
あーあ。やってしまった。
わたしが働いていないと宣言したブラス君には、憐みの目を向けておく。
セリアさんがわたしを見るので、左右に首を振るだけで返す。
「11体の群れだったみたいですが、すべて倒したわけですね」
「ああ。証拠がそれだろ? それにこいつは怪我してないが、俺は傷だらけだ。
つまり俺が頑張ったからこそ勝てた。俺しか働いていなかった」
「彼女は魔術師ですから、剣士のブラス君より怪我する可能性は低いのですが……」
「全く働いていないっていうのは、言い過ぎた。でも、俺のほうが働きは大きい」
ブラス君が言い切ったところで、「違います」と切り込む。
この茶番に付き合うのは面倒くさいけれど、主張はしっかりしておかないと、ブラス君の意見が通ってしまうこともあるから。
今回はわたしが主張する意味もないのだけれど、したという事実は作っておいて損はない。
「わたしが1人で7体倒して、残りを彼が倒しました」
ついでに、わたし達はまだ自己紹介をしていないので、お互いの名前は知らないことになっている。
ブラス君の方は本当に知らないみたいだけれど。
何度かブラス君の前で名前を呼ばれたような気もするが、興味がないのか、名前で呼ばれることはない。それはそれで嬉しいので放置している。
「お前みたいなチビがそんなことできるわけないだろ。なあ」
ブラス君がギルドに残っている多くはないハンターに呼びかける。
なるほど、周りを巻き込もうというわけだ。だけれど、わたしの噂を知っているハンターたちは、肯定も否定もできずに微妙な反応を見せる。
思っていた反応と違ったのか、ブラス君は少しイライラした様子で、セリアさんを見た。
「ブラスだったかしら? 虚偽報告するなんて、本当にハンターに向いていないわね」
わたしは気が付いていたけれど、声がしたことで気が付いたらしいブラス君が、驚いて後ろを振り返る。
声の主であるカロルさんは、実に面倒くさそうな顔で、なぜかわたしを見ていた。わたしは悪くないと思うのだけれど。
「どういうことだよ」
「どういうことも、ワタシが二人を監視していたのよ。最初から最後までね。
つまり貴方がゴブリンの群れに走って行ったは良いものの、囲まれて悪戦苦闘しているところは、すべて見ていたわ。隣の子が1体ずつ数を減らしていく様子もね」
ブラス君が歯を噛みしめて、カロルさんを忌々しそうに睨む。
B級を相手によくそんなことができるものだ。2人が戦った場合、10秒もかからずにブラス君が死ぬと思うのだけれど。
「盗み見るとか趣味悪いな」
「これはギルドの正式な仕事よ。そもそも、なんで2人がパーティ組んだか覚えていないのかしら?」
「確かF級降格がどうこうって。でも、最近は依頼も失敗なくこなせているだろう?」
「試験だから監視がいて当然って話なのだけれど、まあいいわ。
とりあえず、今回の依頼については、2割がブラスってことで良いんじゃないかしら。
倒した魔物的にはそうなるでしょう?」
「4体と7体だから……えっと……」
「3~4割ももらえるって言いたいのだろうけれど、それはないわね。
貴方が自分で言っていたらしいものね。一番強い魔物を倒したらそれだけで5割より多く貰えるみたいなことを。
ゴブリンリーダーを倒したほうが半分って考えても、計算は間違っていないと思うけれど」
ブラス君は計算ができないらしく、カロルさんに対して何も言えなくなる。
カロルさんも計算が面倒くさくて、リーダーを5割にしたんだと思うけれど。
「そういうわけですから、今回の依頼報酬はカロルが言ったようにいたします。
また虚偽報告をされましたので、ハンターとしての資質に問題ありと判断し、これよりブラス君はF級ハンターとなります」
「待てよ。大体こいつがズルしてんだよ。こんなチビで、ゴブリンリーダーを倒せるわけないだろ。
っていうか、裏で監視していたお前が、倒したんじゃねえのか? 俺を嵌めようとしやがったな」
F級降格がそんなに嫌なのか、ブラス君が叫ぶ。
わたしがD級なのを知らないのは良いとして、B級のカロルさんにまで喧嘩を売って、死にたいのだろうか。カロルさんの方から、ピキピキと何かが凍る音がするのは、気のせいだろうか。
「シエルメールさんはD級ハンターですから、ゴブリンリーダーを倒せて当然です。
これ以上騒ぎを大きくするなら、G級へと落とすことも検討しますが、どうしますか?」
カロルさんが動き出す前に、セリアさんが少し低い声で警告すると、ブラス君はギリっと奥歯を噛みしめてギルドから逃げ出す。
辺りでホッとしたような空気が生まれた。
◇
殺人事件は起きなかったとはいえ、当事者が残っていると周りがうるさいので、わたしとカロルさんはセリアさんと一緒に小部屋へと移動した。
「問題がなければもう少しという話でしたが……」
「瞬く間に問題を起こしてくれたわね。妹を報酬配分に加えろって話を聞いたときには、笑っていいのか呆れていいのか迷ったわ」
「とりあえず、もうパーティの話は終わったってことで良いんですか?」
ブラス君の話をしても、愚痴大会になるだけだと思うので、話を変える。というか、知りたいことをまず確認しておきたい。
流石にもうパーティを組めとは言わないだろうけれど、言質は取っておく。
「はい。ブラス君とのパーティはこれで終わりです。
ただ、他のパーティと1度だけ組んでいただけると、C級昇格がスムーズになるので、いいでしょうか?」
「問題児を押し付けられるのでなければ大丈夫です」
「えっと、はい。大丈夫です。もともとブラス君と組んでいた人たちとD級の依頼をお願いします。
今回はシエルメールさんがD級であることは事前に伝えますし、軽んじるような態度を取るのであれば、辞めてもらって構いません」
ブラス君と組んでいた、彼の妹の分も報酬として分けていたと思われる、お人よしたち。
最終的にブラス君とそりが合わなくて別れたことからも、性格的には大丈夫だろう。
「そのメンバーはD級なんですか?」
「いえ、E級です。ですが堅実に仕事をこなして、D級昇格も遠くないですから、一度D級を体験してほしいんです」
「そういうことなら、引き受けます」
「ありがとうございます」
C級昇格がスムーズになるなら、断る理由はない。
仮にブラス君と再度組むとしても、それでC級昇格だといわれたら引き受けただろう。
「そういえば、シエルメールさんはC級に昇格したらどうするんですか?」
「この町にいたからといって、B級が早まるということはないんですよね?」
「B級となると難しいですね。むしろC級もこんな短期間で昇格すること自体異例だと言えます。
シエルメールさんの存在自体が異例だとも言えますから、B級昇格もすぐ来るかもしれませんが、この辺りだとどうしてもC級以上の依頼自体が少ないのでお勧めはできませんね」
「本音を言えば、貴女には残っていてほしいけれど、無理よね」
「はい、無理ですね」
セリアさんを引き継いだ、カロルさんの言葉に即答すると、カロルさんがため息をついた。
そのため息に、別れを惜しむような色を感じないのは、どうしてだろうか。
「B級に上げるために、良い場所知りませんか?」
「普通に考えると王都かしら。人が集まる分、依頼も多いわ。
もしくは魔物が多い辺境ね。それがどこになるのか、と訊かれてもワタシにはわからないけれど」
「わかりました。C級になるまでに考えておきます」
こればかりは、わたしだけでは決められない。
サノワを出たら、シエルがメインでやってもらうので、むしろわたしの意見はなくても問題はない。
◇
この日は酒場で歌ってから宿に帰ったのだけれど、その道中はやはり見られているような感じがした。
今のところ身の危険は感じないけれど、気分が良いものではない。
流石に宿にまで着いてくる気配はないので、ご飯はゆっくり食べられる。食事の時間はシエルも楽しみにしてくれているようなので、邪魔するようなら殲滅しないといけない。
ニルダさんとはほとんど話すことはないので、食堂で食べる時でもシエルと入れ替わっているのだけれど、いちいち表情を変えるシエルに癒される。
食事が終わり部屋に戻ってくると、シエルはまずベッドに横になる。
きちんとメイキングされたベッドは、横になるだけでも気持ちがいいので、最初に身体を投げ出したくなる気持ちはわかる。
シエルは一度腰を降ろしてから寝転がるのだけれど、わたしだったら飛び乗るように寝転がってしまうだろう。どちらが子供かわかったものではない。
前世では実家がベッドではなかったので、ベッドというだけでちょっとテンションが上がってしまうのだ。
『そういえば、酒場に見たことがあるような、そんな感じの人がいたのだけれど、エインは見たかしら?』
『いえ、歌うことに集中していたので、余り周り見ていませんでした』
『エインは楽しそうに歌うものね。私に歌ってくれている子守歌も、楽しいのかしら?』
『もちろんです。シエルが気持ちよく眠ってくれるにはどんな曲を謳えばいいのか、どんな声で歌えばいいのか、シエルが喜んでくれることを考えるのはとても楽しいです』
『ありがとう、エイン』
そういってほほ笑むシエルは、完全に美少女のもので、思わずドキリとしてしまう。
きっとそれは、わたしが元々男だったからではなくて、性別関係なく引き付ける魅力を持っている。
このほほ笑みはいつか誰にでも見せるようになるのかもしれないけれど、今はわたしだけに向けられているのだと思うと、役得だといわざるを得ない。
『ところでシエルはC級ハンターになったらどうしますか?』
『今日の話ね。エインがやりたいことをしていいのよ?』
『それは駄目です。というか、ありません』
『そうね。それなら、海を見て見たいわ。空は見ることができたから、海も見て見たいのよ。ダメかしら?』
『駄目じゃないですよ。そうですね。わたしもシエルと海を見て見たいです』
『でもB級になるのが、遅くなるかもしれないのよ?』
『シエルが決めたことなら、わたしは遅くなっても構いませんよ。
それにどこで活動するのが最も効率的なのかもわかりませんし、少なくともこの町からは離れていきたいですからね』
シエルメールの名前の由来を覚えてくれていたことが、嬉しいし、どことなく気恥ずかしい。
この動揺がばれていないといいのだけれど。海に行きたいということ自体は、本当に何の問題もない。むしろ、海に近づくにつれて魔物は強くなるとされているので、より高ランクの討伐依頼が多いだろう。
Bランクの魔物を相手にどこまで戦えるのかはわからないけれど、この半年わたしも何もしていなかったわけではない。
少しだけだけれど結界の耐久力は上がったと思うし、消された後の再使用がいままでよりも早くなった。
シエルも舞姫をよりうまく扱えるようになってきたのだ。実践は全くできていないので、こちらは実際に使ってみてどうなるかはわからないけれど。
だから一つ目巨人であるサイクロプスよりも強いBクラスの魔物が出てきても、余裕をもって倒すことができるはず。
そもそも、わたし達はB級の依頼が受けられないので、通常戦うのはCランクまでの魔物だと考えると、どこで活動していてもそこまで危なくはない。
サノワを出てから、次の瞬間に海に行けるわけでもないし、道中ギルドの依頼を覗きながら、拠点としてちょうど良い町や村を探すのもいいだろう。
『それでエイン。エインセルの名前の由来は教えてくれないのかしら』
『あー、ええっと……秘密です』
『エインは意地悪ね』
『秘密があったほうが女性は美しくなるものです……というのを、以前聞いたことがありますから』
女性なような違うような、でもどちらかといえば男だと思っているわたしは、言い切ることができなかった。性別を隠すと決めているのだから、言い切ってしまったほうが良かったのだけれど。
そんなわたしの葛藤とは別に、シエルが『そういうことにしておいてあげる』と優しい目で言われて、一層落ち込みたくなった。