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34.平和と視線と大気圏

 前世においてホテルでの生活は長くても1週間程度で、落ち着ける場所というイメージはなかったけれど、半年以上も使い続けていると帰る場所として定着するらしい。

 それは少しよろしくないかなと思うけれど、現状他に選択肢がないので、甘んじることにする。

 ベッドの上で――シエルがだが――そんなことを考えていたら、シエルから疑問が降ってきた。


「エインはあまりこの町の人と仲良くしたくないのよね?」

『あまり深く関わりたくないとは思っています。それとこの町というよりも、この国の人と可能な限りかかわりは持ちたくないですね』

「それはどうしてかしら?」

『わたし達の目下の目標は、この国を出て行くことです。そしてそれは、この町に戻ってこないことと同義です。

 それなのにこの国の人と必要以上に仲良くしてしまうと、出て行くときに後ろ髪をひかれてしまうかもしれません。情が残っていると、この国で何かがあった時に、助けに来たくなるかもしれません。そうならないためですね』


 それだとシエルに友人ができるのは、何年先になるかはわからなくなるけれど、安全を考えるならこの国には何も残さないほうが良い。

 わたしに出来る事は、少しでも早くこの国を出て行けるようにサポートをすること。

 早くこの国を出られれば、もっと人と交流しても安心なはずだから。


「そう言っている割には、仲良くしている人もいるわよね」


 くすくすとシエルに笑われて、『うぐッ』と言葉を飲み込んだ。


『仕方ないんです。門番さんは仲良くしていないと、毎回引き留められますし、半年も厄介になっていればニルダさんともある程度仲良くなってしまうんです。

 セリアさんやカロルさんに関しては、この国の人ではありませんから……』

「大丈夫よ。わかっているもの。ちょっとね、意地悪したかっただけなの。

 エインが私のために、人付き合いを最低限にしていることくらい、わからない私じゃないのよ?」


 どうやらシエルにしてやられたらしい。これが年相応のやり取りなのかはわからないけれど、シエルがこうやって、笑ってくれるようになったことは嬉しい。

 いつか「エインうざい」とか言われたりするのだろうか。それは成長としては嬉しいかもしれないけれど、多分耐えられなさそうだ。うん、へこむ。想像だけでだいぶつらい。


「エイン、エイン。どうかしたの?」

『いえ、自分の想像力が恨めしく思っていただけです』

「そうなのね? とりあえずエイン、今日もよろしくね」


 シエルがわたしと入れ替わり、今日も一日が始まる。

 食堂でニルダさんに朝食をもらう。その時に当たり障りのないことを話して、宿を出るときには怪我しないように気を付けて、と声をかけられる。

 ハンターである以上、普通は擦り傷くらいは作って帰るものだけれど、わざわざ指摘するほど無粋でもない。そもそもニルダさん自身も、全く怪我しないで帰ってくるというのは、想定していないだろう。


 そんな感じの代わり映えはしない、平和な朝のままでいたかったのだけれど、宿を出たあたりでぶしつけな視線をいくつも感じた。

 気のせいかなと思いつつ、ギルドまでの道を歩くと、いくつか反応が付いてくる。止まると止まる。

 だけれど、何かしてくるようなことはなく、普通にギルドにたどり着いてしまった。

 わたしを見張っていたということだろうか。何のために?

 少し不気味なので、とりあえずシエルに報告しておく。


『どうやら見張られているみたいです』

『見られているけれど、何もしてこないってことよね?』

『はい。今のところは動く様子はないですね。何かのタイミングをうかがっているのかもしれません。

 大丈夫だとは思いますが、頭の隅にでも置いておいてください』

『ええ、わかったわ』


 こうはいっても、わたしが警戒しておけばいい。しかし、わたしのあずかり知らぬところで何かが進んでいるのだとしたら、いくら警戒していても防げないかもしれない。

 その時にシエルに伝えなかったことで、状況が悪化することの方が多いような気がするので、伝えるだけ伝えたといったところだ。

 怖いのは、何もしてこないのは、わたしが相手の思い通りに動いているから、となっているとき。


 残念ながら、わたしの弱い頭で考えても、これというものは思い浮かばないのでこちらとしても放置するしかできない。

 よく言えば臨機応変、その実行き当たりばったりの姑息な手段を使っていこう。


 監視の目については一度横に置いておいて、ギルドの談話スペースでブラス君を待ちつつ、適当にあたりを見回す。

 酒場でよく目にするハンターだと「よお」と手を挙げてくれるので、わたしもそれに手を挙げて返すのだけれど、そうではない特にF~D級のハンターたちは、わたしに目を合わせようとすらしない。

 いつだか4人のハンターを降格させたことで、噂になってしまったらしい。簡単に言えば、わたしに関わると降格させられるという、ありきたりなものだ。

 お陰で変なのに絡まれないので、便利ではあるけれど。


 朝のピークの時間が過ぎて、ハンターが少なくなってきたところで、ブラス君がやってくる。社長出勤という奴だろうか。でも確実に社長ほどの能力はない。

 わたしを見かけてシッシと手を振れば、彼は1人で依頼を受ける。それがなければわたしと依頼を受ける。

 わたしを何だと思っているのだろうか。


 今日は追い払われなかったので合流して、ブラス君が依頼書を取ってきて、受付に向かう。

 ギルド内では見慣れたような光景だけれど、当初ブラス君の行動に周りのハンターが戦慄していた。

 わたしの噂と相まって、ブラス君がかなり強いんじゃないかという噂が生まれ、それを真に受けたブラス君は調子に乗ったまま大気圏まで行ってしまったと思われる。


 わたしの了承なく――自分一人で達成できるという自負があるからだろうが――選ばれた依頼は、彼が前のパーティで受けていた、ゴブリンリーダーの討伐依頼。

 10体以上の群れを作ることもあるから、2人で受けるなんて無謀も良いところだけれど、わたしがいるからセリアさんは受け付けてしまうんだろうなと思っていたら、その前にブラス君が何か(のたま)い始めた。


「今日から依頼料は3等分にしてくれ」

「何を言っているんでしょう? ギルド側から平等にするように言われていますよね」

「ああ、だからギルドを交えて話している」


 何で受付で話すのかと思えば、それくらいのことを考える頭はあったらしい。

 だけれど、これはセリアさんは巻き込まれ事故と言わざるを得ないだろう。ブラス君と組んでいること自体、わたしにとっては事故みたいなものだけれど。


「とりあえず、なぜ3等分にしないといけないのでしょうか?」

「俺には妹がいる。だが病気で満足に働けない。薬を買うのにお金が必要だから、妹も含めて3等分にしてくれ。お前、金は持ってるんだろ? それなら依頼料が減っても問題ないよな?」


 ブラス君がお金を集めていたのは、妹のためだったのか。

 それだけ聞けば、健気な良い兄なのかもしれないけれど、この場では何のプラスにもならない。


「わたしには、怪我をして足が動かせなくなった弟がいます。その治療のために今持っているお金では足りないほどの額が必要です。

 ですから、依頼報酬の3分の2をわたしにください」

「嘘つくなよ」

「はい、嘘です。ですが、それはそちらも言えることですよね。

 仮に本当のことだとしても、なぜわたしが協力しないといけないのでしょうか?」

「前のパーティでは、そうだった」

「では、その人たちとパーティを組んでください。

 少なくとも、わたしにとって貴方の妹は赤の他人です。しかも見たこともありません。

 手を差し伸べる理由はどこにもありませんよね」

「そもそも、ハンター組合は慈善集団ではありませんから、よほどのことがない限りこういったことで優劣をつけることはありません。

 ですから、報酬はどのような事情であろうと、お二人で等分されます。その後、お金を無理やり奪おうとすれば、当然罰則がありますのでご注意ください」


 セリアさんの後押しで、ブラス君は黙り込みわたしを睨む。

 以前のパーティは彼の妹をパーティの一員として、お金を分けていたらしいが、聖人か何かだろうか。単純にブラス君の妹と知らぬ仲ではなかったのかもしれない。例えば出身地が同じ、仲良しグループだったとか。

 黙り込んだブラス君は少し考えていたかと思うと、何かいい案を思いついたとばかりに得意げな顔をした。


「だったら、ハンターらしく依頼への貢献度で報酬を決める。いままで通り一番強いやつを倒した俺のほうが、多くもらうからな」

「はぁ……強いやつ云々は意味が分かりませんが、貢献度で配分なのは良いですよ。その代わり判断するのは、ハンター組合に任せます。

 それから好きに動きますから、そのつもりで」

「あの、本当によろしいんですか?」


 セリアさんがブラス君に念を押すが、まさかそんなことを訊かれるとは思っていなかったブラス君は、驚いたような顔をする。そして「当たり前だろう」と返した。

 本当に調子に乗って降りてこられない様子だ。自分もいつかそうならないように、戒めなければ。


「それじゃ、行くぞ」


 交渉に満足したのか、ブラス君がギルドを出て行く。

 それに続いて、わたしもギルドを後にしながら、どうしたものかと頭を悩ませた。



『それで私はどうしたら良いのかしら?』

『ゴブリンリーダー瞬殺してあとは様子見でお願いします』

『今までされたことをし返すのね。意趣返しだったかしら?』

『まあ、そんな感じです』


 森に入って1時間ちょっと、すでにゴブリンリーダーが居そうな反応は見つけている。

 ただ今まで通りするつもりもないので、シエルに指示を出しておく。

 なんだかんだ、魔物との戦闘経験を積んだブラス君なら、ゴブリンリーダーには勝てるかもしれない。

 それで今まで通り1対1で戦わせて、勝って、でかい顔をさせるのはさすがにもう嫌だ。


 やることも決めたので、ブラス君を無視して群れの反応がある方へと、足を向ける。

 ブラス君は「なんだよ」なんて言っているが、同じセリフを返したい。

 歩くこと数十分。探知は使い勝手は良いけれど、思いのほかに範囲が広がっているので、魔物を見つけてからたどり着くまでに時間がかかる。

 おかげで、ブラス君に何度悪態をつかれたのかわからない。


「あそこにゴブリンリーダーが率いている群れがありますね」


 わたしが指さすと、待っていましたとばかりに、ブラス君がリーダーに突っ込んでいく。

 だけれど、彼がリーダーと接敵するより、シエルと入れ替わって攻撃する方が早い。

 目の前で首が飛んで行ったのを見たブラス君が、呆然と立ち尽くすけれど、そこはゴブリンたちの群れの中だということを理解しているのだろうか。


「一番強いやつは倒しましたから、あとはよろしくお願いします」


 シエルに入れ替わってもらって、そう叫ぶとブラス君が再起動する。

 それでも、何が何だかといった様子なことには変わりない。

 そうしている間にも、ゴブリンは彼を囲み、攻撃を開始した。リーダーを失ったゴブリンたちの攻撃は稚拙だけれど、四方から攻撃されることに慣れていない、囲まれないようにする立ち回りを知らないブラス君は、ものの見事に撹乱されている。

 剣を振りかぶれば、横から別のゴブリンが突っ込んでくるので、思うように攻撃ができない。ゴブリン側も、反応速度は良いブラス君に致命的な一撃を与えられないでいる。


 手伝えと言われたら――シエルが――手伝うつもりでいるけれど、貢献度=報酬となっているためか、時折わたしをにらむだけで、それ以上は何もアクションを起こさない。

 とは言え、死なれると困るので、様子を見ながら1体ずつ、ブラス君が良い勝負できるようになった4体までシエルに倒してもらった。



 4体のゴブリンを倒し終わった時、ブラス君は全身に傷を作ってボロボロになっていた。

 あの時のアレホと比べると、アレホのほうが死にそうではあったけれど。

 本当は解体処理までやってほしいのだけれど、いつまでも森の中にいるつもりはないので、代わりに――シエルが――やってあげる。

 処理している間に体力が回復したのか、動けるようになったみたいなので、町へと帰ることにした。


 帰りはできるだけ魔物に遭わないように気を付けて、まだ日が高いうちに帰ってくることができた。

 受け付けに行ったけれど、セリアさんがいなかったので、呼んでもらっている間、ブラス君は何やら難しい顔をして考えていた。

 貢献度依存であれば、今回の報酬はブラス君に3割もいかないからだろうから、難しい顔をしたくなる気持ちもわかるけれど。


 しばらくしてセリアさんがやってきたとき、ブラス君は「こいつ全然働かなかったからな」と言い出した。

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