閑話 少年とパーティと裏切り ※ブラス視点
俺たちは同じ村出身の4人組だった。子供の時は良く4人で遊んでいたし、10歳になり職業を手に入れたときには、それぞれ戦闘職を手に入れたから皆でハンターになろうと約束した。
村での職業判別は年に1回、該当する子供を集めて行う。だから運が悪ければ、1年近く職業を知ることができずに、悶々と過ごすことになる。しかも、守秘義務なんてあってないようなもので、珍しい職業なら割とすぐに広がる。
だから俺たちの職業もすぐに広まった。
上級剣士の俺ブラス、中級戦士のテレンシオ、中級弓使いのイルダ、下級だけれど珍しい水魔術師のペルラ。前衛が2人に、後衛が2人でバランスがいいし、上級の俺がいるから上位ハンターになるのも夢じゃない。
村でも期待されていた俺たちは、15歳になったところで村を出てサノワの町でハンターになることが決まっていた。
だけれど14歳の時、俺の妹が病気になった。決して治せない病気ではないけれど、治すには金貨が3枚はかかる薬が必要になる。
当然家にはそんなお金はない。俺が出て行って口減らしできたとしても、妹の看病と生活費で精一杯。
だから15歳になり、ハンターになるために村を出る時に、俺はパーティのメンバーに収入を少し多めに回してもらうように頭を下げた。
こんなことしなくても、上級職である俺の取り分が多くてしかるべきだとは思ったけれど、昔からの仲なのだ。変な諍いはなくしたい。
テレン達は少し驚いたような顔をしたけれど、最後には納得してくれた。ペルラは早く良くなるといいねと、笑顔で背中を押してくれた。
背が高いイルダとは対照的に、小柄なペルラは見た目通り、心優しい性格をしている。
この笑顔には何度も助けられてきた。きっとこれからも、助けてくれることだろう。
◇
サノワの町に行くとき、両親達から金貨1枚をもらった。
一人当たり大銀貨2枚と銀貨5枚というわけだ。これが当面の生活費になるけれど、1か月の宿代にすらならない。4人で切り詰めて、安宿で食事代も含めて20日といったところだろうか。武器は安物だけれど既に持っているので、そこは気にする必要はない。
この金貨を妹の薬代に充てたかったけれど、流石にパーティメンバーに受け入れてもらえなかった。
お金のある20日の間に生活を整えなければ、ハンターを続けていくことはできないからだ。
G級から始まって、目標はE級になること。すぐにE級になるのは無理だというのはわかっているので、早いところF級になって出来るだけお金を稼ぐ。
それから、お金が無くなる前にE級に上げることができれば、職業を生かしてお金を稼ぐこともできるようになるだろう。早く薬代を稼ぎたいけれど、ランクさえ上げれば、無駄遣いしない限り金は貯まる。
そう思っていたのだけれど、どうやらハンターは始めからE級として始められるような仕組みがあるらしい。それができるのは、それだけの強さがある人じゃないといけないらしいけれど、上級剣士の俺なら余裕で突破できるはずだ。
強さの証明をと言われたので、職業のことを告げると試験を受けることになった。
結論から言えば、その試験に落ちた。だけれど筋は良いから、すぐにE級に上がれるだろうと太鼓判は押してもらえたので、腐らず頑張ることにする。
4人全員がG級から始めて、町の中で手伝いのような仕事をする。
1人あたり1日銅貨2~3枚。4人だと合わせて銀貨1枚くらいにはなる。1日に使うのは4人で銀貨5枚ほどなので、20日続けたとして4日余裕ができる程度でしかない。
だけれど、ハンター組合側も俺たちの事情を知ってくれていたのか、F級には10日くらいで上がることができた。
F級に上がっても、基本的には4人は別々に依頼を受ける。受ける依頼にもよるが、1日に銅貨5枚以上、多い時には銀貨1枚に迫るほど稼げるようになった。
動物を狩ることができれば、さらに追加でお金をもらうこともできる。
E級に上がるために、町の外に出てパーティ内で模擬戦もできるようになったので、依頼の時間を少し減らして戦闘訓練を行っている。外での活動に慣れて、試験に合格できればE級に上がることができる。
それから、全員がE級に上がれたのが1年後。その間はハンターとして働くか、訓練するか、寝るかといった感じで、食べるのも片手間だった。宿屋もランクを落として、4人で雑魚寝するかのようなところに移った。そんな中でも、家とのやり取りは続けていて、手紙ではあるけれど妹が大丈夫であることを知るたびに安心する。早く薬を買うだけのお金を渡せればいいのだけれど。
それだけの努力をしてきたのだ。E級に上がった時にはとても嬉しかった。あと1つランクが上がれば、かなり安定して生活できるようになるし、D級にもなれば胸を張ってハンターだと名乗ることもできるから。
ここからさらにランクを上げようと思うと、また何年もかかってしまうのも事実だけれど、強ささえあればそれだけ短くなる。
依頼料や魔石の回収で、1日銀貨2枚くらいなら、妹の薬代に回すこともできるだろう。
そうなれば半年で金貨3枚を貯めることもできる。
そう思っていたのだが、E級に上がって1か月しないうちに問題が起こった。
イルダとぺルラが、宿屋を変えたいと言い出したのだ。どうやら、4人部屋ではなく2人部屋を2部屋にして泊まりたいらしい。
そんなことをすれば、よりたくさんのお金がかかるようになる。俺は断固拒否したが、テレンも女子組に賛成したことで、2人部屋2部屋という形で宿を取るようになった。
それからというもの、予定外なことが続く。
まず基本的に狙うのが、少数のゴブリンだということがパーティ方針として決まってしまった。依頼としても【畑を荒らすゴブリンを倒してほしい】と言ったものになってくるが、現れるゴブリンの数は少なく、依頼料も少ない。
F級よりはましだけれど、なかなか薬代が貯まらなくてイライラする。下手するとF級とそんなに変わらないスライム退治もするなんてありえない。
加えて魔物を狩るようになって、武器の劣化の問題が出てくるようになった。
村での5年間で、武器の手入れは勉強していたけれど、それでも実際に使えばだんだん削れていく。
俺が使う長剣、テレンの片手剣と盾、イルダの矢は特に消耗が激しく、なかなかお金が貯まらない。
妹に手紙を送るのにもお金がかかるのに、いつになったら金貨3枚が貯まるのだろうか。
◇
そうしている間に、2年が経ち俺たちは18歳になった。
妹もそろそろ15歳で成人になる。その前に薬を用意してやりたい。そう思ってE級の中でも難易度が高い依頼を受けないかと話したが、受け入れてもらえなかった。
それどころか、最近は報酬の配分を再考しようという話も出ている。
妹のためにお金を回してくれるという約束だっただろうというと引き下がるが、パーティの雰囲気は良くない。
魔物との戦闘では、テレンシオが命令するようになってきたので、無視してゴブリンを叩き切る日々だ。
そもそも、テレンシオが盾なんて使わなければ、装備費用がだいぶ抑えられていたはずで、とっくに金貨3枚貯まっていたのだ。
そんな中であの事件が起きた。
その日俺は、E級でも難易度が高いゴブリンリーダーの依頼を受けてきた。
継続的にゴブリンリーダーを倒すことができれば、妹の薬だってすぐに買えるようになるはず。それに上級剣士である俺なら、ゴブリンリーダーくらい軽く倒せるだろう。
そう思って、事前に決めていた依頼とは別の依頼を受けた。メンバーからはどうしてこんなことをしたのかと詰め寄られたが、受けてしまったものは変えられない。
キャンセルすれば、違約金を取られるし、ハンターとしての成績にも響く。だから、最終的には折れて、ゴブリンリーダーを倒しに行くことになった。
朝からゴブリンリーダーを探し、休憩を挟んだ昼過ぎに、とうとう見つけたゴブリンリーダーは何匹かのゴブリンを従えていた。
だけれど、俺はすぐにリーダーを狙う。こういうのは頭をつぶしてしまえば、あとは簡単だと相場が決まっている。
自慢じゃないが、何匹もいる魔物の中で、どの個体が一番強いかがなんとなくわかる。
その能力のおかげで、一番強い俺が、相手の一番強いやつとぶつかって安全になるわけだ。
すぐに倒すことができれば、救援にも回れるので、俺はこれが最善だと思っている。
今回はちょっと取り巻きが多かった気がするけれど、すぐにゴブリンリーダーを倒して助けに行けばいい。そう思っていた。
だが、このゴブリンリーダーが思った以上に強い。
持っている剣は、俺が持っているものよりも短く、ボロボロなのだけれど俺の攻撃を軽く受け止めるし、避ける。
ゴブリンよりは大きいものの、身長だって俺より小さいのに。
上級剣士たる俺が苦戦するなんて、もしかしてゴブリンリーダーよりもさらに上だという、ハイゴブリンやキャプテンゴブリンだったりするのだろうか。
仮にそうだとしても、力量は互角。すぐに勝つのは難しいけれど、負けることもない。
だとしたらテレンシオ達が、周りのゴブリンを倒してくるのを待てばいい。2対1ならまず負けない。
そして転機はすぐに訪れる。後方から弓矢が飛んできて、リーダーの目を打ち抜き、その隙に思いっきり剣を振りぬく。
首が切断されることはないけれど、その衝撃はゴブリンを死に至らしめるには十分。
倒れるゴブリンリーダーを見て、俺はメンバーの方を向いた。
そこには見慣れたパーティメンバーに加えて、女の人が一人増えていた。片眼鏡で杖を持っていることから、魔術師だということがわかる。年齢は20歳くらいだろうか。
その人にテレンシオが頭を下げて、ぺルラが尊敬のまなざしを向けている。
状況がわからなくて、さらに周りを見ると、何匹かのゴブリンの脳天に氷の矢が突き刺さっていた。
水魔術師のぺルラならできるかもしれないが、ぺルラの魔術はここまで強くない。
つまりあの魔術師の女が倒したことになる。
テレンシオのところに行き「どうしたんだよ」と尋ねれば、「助けてもらった」と返ってくる。
それはつまり、3人もいてゴブリンごときに苦戦していたということか。
助けてもらったと認めたからには、この女に礼をしないといけない。依頼も失敗ではないが、達成とはカウントされなくなる。
言ってしまえば、依頼料のいくらかを払わないといけない。それでは、わざわざ割のいい依頼を取ってきた意味がない。
文句を言おうとテレンシオの肩を掴んだが、テレンシオが俺を見る目がゴミでも見るかのようなもので、何にも言えなかった。
ぺルラとイルダは魔術師に話しかけ、俺とテレンシオは互いを見ないような状況でゴブリンの死体を処理した後、むすっとしたままギルドに戻った。
◇
「そういうことでしたら、この依頼は仮達成ということになります。
依頼料は支払われますが、実績にはなりませんので、ご注意ください」
受け付けでそういわれて、お金の入った袋を渡される。
今までにもらったことがない額だけれど、このうちの下手したら半分が、魔術師の女のものになると思うと不愉快だ。
テレンシオがいくら払えばいいか訊いているが、いっそ要らないと言ってくれればいいのに。
「E級の報酬なんてたかが知れているから、別に要らないわ。と言いたいところだけれど、ここでもらわないのも問題なのよね。だから1割で良いわ」
「それなら、まあ……」
「けじめなら、しっかり半分持って行ってください」
俺が報酬の1割を渡そうとしたら、テレンシオが余計なことを言い出した。
「この人が1割で良いって言っているんだから、それでいいだろう。
金が必要なんだよ。わざわざ、損するようなことはするなよな」
「オレ達はカロルさんに助けられた。来なかったら、たぶん死んでいただろう。
そのうえで施されたら、何の教訓にもならないだろ」
「教訓じゃ薬は買えないんだよ」
「分かった。それなら、オレが勝手に払うよ」
「そうしろ、そうしろ」
そんなお金に余裕があるなら、薬代に回してくれればいいものを。
そもそも、俺以外が死にかけていただけなんだから、俺の取り分が減るってのも変な話だ。
魔術師の女が「話はまとまったかしら」と促してくるので、俺は袋から1割を取り出し渡す。
テレンシオは俺が渡したよりもさらに多い量のお金を渡そうとしたが、ぺルラとイルダがそれを止めて、それぞれ少しずつではあるが、お金を取り出す。
それぞれ渡した後、改めて頭を下げていた。
女とのやり取りを終え、宿に戻ると俺とテレンシオの部屋に集まる。
以前だったら、どちらの部屋とかもなくて楽だったのに、いちいち考えないといけないのは非常に面倒だ。
集まってやることは、報酬の配分。今まではパーティで必要な分を避けて余れば、妹を含めて5等分。ただパーティで必要な分にも達しなければ、それぞれ少しずつお金を出し合う。この時妹の分からも取られる。
ただ今回に関しては、5等分というのはさすがに認められない。
「今回の報酬だが余りの半分は、俺がもらうからな」
「あんた何言ってんの?」
俺の宣言にイルダが食いついてきた。自分たちが苦戦したせいで依頼を達成できなかったのに、何を言っているんだというのは、こちらのセリフだ。
それをテレンシオが何かを言って宥め、ぺルラがあわあわと慌てている。イルダはテレンシオの言葉に納得したのか、頷いた後で黙った。
「俺が半分で文句はないな?」
「いや、オレもイルダも要らない」
「良いんだな?」
「ああその代わり、これでパーティを抜けさせてもらう」
「はあ? 何言ってんだよ」
「もう、あんたに付き合うのはこりごりなのよ。
特に今日は死ぬところだった。あんたが選んだ、身の丈に合わない依頼のせいでね」
「ゴブリンごとき倒せないほうが悪いんだろ」
売り言葉に買い言葉。イルダの言い分が気に食わなくて言い返すと、テレンシオがイルダの肩に手をかけて、首を振った。
「それでわかってくれないなら、何も言うことはない。
それからもう1つ確認だが、薬代はどれくらい貯まっているんだ?」
「金貨1枚も貯まってねえよ。手紙送るのにいくらかかると思ってんだ」
「そうか。じゃあな」
テレンシオは荷物を持つと、イルダを連れて部屋から出て行く。
これで、ぺルラと2人になったわけだ、とぺルラに視線を向けると、なぜかこちらをにらんでいる。
「ブラス君。妹さんに手紙を送っていたって本当?」
「ああ。無事を確かめないといけないからな」
「そっか……手紙を出すときは、お金がかかるから皆で出そうねって言ってたのにね。
うん。あたしもブラス君とは一緒にいられないかな。じゃあね」
待てよと手を伸ばす前に、ぺルラが部屋を出て行く。
部屋には報酬の袋だけが残っていて、「妹の薬買うために頑張ろうっていったじゃねえか」という怒声に帰ってくる声はなかった。