表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/270

閑話 シエルと初めての町 ※シエル視点

 屋敷から逃げ出して、森を出て、町に行くことになって、楽しみだと思うと同時に少しもやっとした感情が、私の中にある。

 おそらくこれが不安というやつなのだと思う。

 私は人が信じられないから。物語で人の繋がりというのはなんとなくわかっているつもり。

 それにエインとの関係を思えば、きっとエインのような人が何人もいてくれた方が、安全だということはわかる。だけれど、エイン以外にそんな人が現れるようなイメージが、少しもわかない。


 エインは人なんだけれど、人じゃないというか、やっぱり特別なんだと思う。

 それでも、初めて町を見たときには、思わずエインの名前を呼んでしまった。

 落ち着いたエインの声を聞くと、先ほどまでの不安なんて少しもなくなってしまうから不思議。

 単純に町が見えたのに、人が見えなかったのも、良かったのかもしれない。


『やっぱり、男の人に会いたくないですか?』

「えぇ、まあ……そうね」


 人が少なくて安心した私に、エインが尋ねてくるけれど、不安なのは別に男の人だけじゃない。

 というか、女の人を自分以外に知らないのだから、未知の恐怖がある。

 だけれど、エインが守ってくれていると思うだけで、怖くはなくなる。エイン頼りというのが情けなくはあるけれど。


 それに私が男性恐怖症だと誤解している理由もわかる。

 そういった知識は、私のことを神様だと勘違いしていたリスペルギア公爵(あの男)が教えてくれたから。神様相手だから、失礼がないようになのか、様々なことを明け透けに話してくれた。

 おかげで私は、自分の状況がわかるので、助かってはいる。嬉しくは無いけれど。


『万が一人前で戦うことになっても、シエルは大丈夫ですか?』

「大丈夫よ。エインが一緒なら、何が相手でも怖くないもの。

 そうでないと、あの男を相手に、おびえるしかできなかったはずよ?」


 エインの問いかけに、自信をもって答える。人であっても魔物であっても、エインが居れば大丈夫。

 エインの結界のすごさは、私もよくわかっているつもり。

 だから町を歩き回ることもできるとは思うけれど、私はエイン以外の人との接し方がわからない。

 エイン任せではなくて、次は私がやるんだと思って、町の過ごし方を学ばなくては。



 町に近づくと、その壁の大きさに驚いてしまった。

 屋敷を出てから何かと大きなものに圧倒されているのは、気のせいではないのかもしれない。

 でも、私よりもずっと高いものが、見えないほど向こうまで続いているのだから、仕方がない。

 エインも呆れているようには感じないし、感情のままに反応したい。


 それから、町に着くまでにエインと言葉を話さなくても、意思疎通ができるようになった。

 聞く側としては今までと変わらないけれど、話す方は少しコツがいる。

 このおかげで、いつでもエインとお話しできるようになったのは、本当にうれしいことだ。周りに人がいるからと、エインと話せないとたぶん1日中話せないことも出てくるはずだから。

 でも、エインの声が聞けないというのは少し寂しい。エインの声というか、私の身体を通してエインが話しているだけなのだけれど、私が話すときよりも優しい感じがしてそのまま歌ってほしいと強く思う。


 壁の大きさがわかるくらいに近づくと、流石に人がいたのでエインとは入れ替わっている。

 数はそこまで多くなく、女の人もいたので意識して見てみたけれど、不快感というか、不信感は男の人とあまり変わらない感じがした。


 いよいよ町に入るのかと思ったら、町ではなくて別のところに連れて行かれてしまった。

 連れて行かれた部屋で、エインにこういう時にどう反応するのが年相応なのか、みたいなことを聞かれたけれど、私を参考にするのは悪手だと思う。

 エインもそれはわかっていると思うけれど。


 それと同時に、エインは10歳ではないんだなと、変な関心を得てしまった。

 何というか各年代に合わせた、自然な反応があるというのが、意外だったのかもしれない。

 話をする中で、この部屋に閉じ込められるのではないかという話になったので、その時には逃げ出せばいいと話した。


 私としてはエインと一緒にいられれば、それでいいから。

 むしろ、森の中でエインと一緒にずっと過ごせたら、なんて思う。エインを独り占めできるから。

 でも、森の中に隠れ住んでいたとしても、いつかは見つかってしまうかもしれない。それに、今日初めて町壁を見たときのような、心動くことに出会うこともなくなるかもしれない。


 それは少しもったいないと思うから、エインを独り占めしたいというわがままな私には、お休みしてもらう。

 そもそも、いつもエインを独り占めしているといえば、しているものね。


 色々考えてしまったけれど、それ自体は杞憂だったようで、すぐに町に入ることができた。



 町には今まで見たことがないくらいたくさんの人がいて、エインがキョロキョロあたりを見回すのに合わせて、私の視界にもその様子が見えてくる。

 簡易的なスペースで、何かを売っている人、それを買おうとしている人、その後ろにある建物に入って行く人。歩きながら何かを食べている人。何やら騒がしい建物。それに伴って、たくさんの色がある。

 たくさんの情報に、少し頭がクラッとしてしまった。


 でもエインは周囲を観察しながらも、慣れた様子で歩いている。

 邪魔にもならなさそうなので、エインにハンター組合について話を聞いてみる。

 町に来る前に、エインが働く場所として言っていたのが、ハンター組合。ここまでなんで教えてくれなかったのかなとも思ったけれど、エイン自身組織の名前は知らなかったらしい。

 でも魔物がいるから、ハンター組合のような組織があるのは、想定したという。


 なんだか、ハンター組合に類する組織があることを前提に、後付けとして魔物のことを挙げたようにも思うのだけれど、流石に穿った見方をしすぎかしら。

 後付けだとして、私がどうするつもりもないのだけれど。

 エインがエインであってくれれば、私はそれでいいんだもの。


『今日はギルドに行った後、どうするのかしら?』


 話を変えるためにそう訊ねてみると、エインは思い出したように答える。


『そういえば話してませんでしたね。いつ終わるかにもよりますが、宿をとって、時間があればシエルの服を見に行きましょうか。

 髪は隠さなくても良さそうなので、思い切っておしゃれしてみてもいいかもしれませんね』

『別に私は今のままでも良いのよ?』

『ダメです』


 エインにしては珍しく、考えることもなく、ダメだといわれてしまった。

 着飾るということの必要性を感じないのだけれど、ダメらしい。いまのままでも、そこまで目立たないと思うのだけれど、エインの言い方からすると、むしろ目立つ服装になるのではないかしら。

 ここまで何度も女性とすれ違っているので、女の人がどういう格好をするのかは、なんとなくわかる。でも、わざわざ私が着飾る必要があるのかといわれると、首をかしげてしまう。


 でも、そうだわ。エインを着飾ると考えると、その有意義さもわかるわ!

 細かい違いは判らないけれど、町を歩く女性の格好のほうが、今の私よりは可愛いとは思う。

 エインをとびっきり可愛くするためと考えると、服を買うのも悪くないのよ!



 ハンター組合では、ちょっとしたトラブルもあったけれど、特に問題はなかった。

 何とかって名前の――すっかり忘れてしまった――斧使いは試合をしたというよりも、魔法陣の練習に付き合ってもらったという感覚でもある。

 エインに心配されていたけれど、対人戦も問題なくこなせることが分かったのは、良かったかもしれない。

 エインの結界を馬鹿にしたのは、許せないので、もう少し痛めつけたかったけれど。


 それで終わりだと思ったのだけれど、審判をしていたカロルという魔術師と模擬戦をすることになった。

 エインに舞姫だとバレない、歌姫と舞姫の力を同時に使わないという条件を付けられたけれど、自分の今の力を知る上でも受けない手はない。

 エインが『どうしてもダメな時はわたしと替わってください』というけれど、いくらエインでも私の役割は譲らないわ。


 エインが適当に張った結界はそのままでの2回戦。

 カロルは氷の矢で、エインの結界を破ったけれど、その間に私も魔法陣の準備ができる。

 エインは、カロルさんが結界を破ったことには素直に驚いたけれど、あれは所詮適当に張った結界。魔力のムラで生まれる弱いところを狙っていた、という。実際、本気のエインの結界なら魔力のムラがあるはずもない。


 それからは、単純な魔術の打ち合い。私はたった今書き直した魔法陣に魔力を流して、迎撃の魔術を発動する。この魔術は自動で魔力を探知して、風の魔術で迎撃するもの。

 先ほど使われた氷の矢程度なら簡単に無効化できる。ただ、エインほどの探知能力はないので、思った以上に近くまで魔術が来ている。私のところに届くことはなさそうだけれど、数が倍にでもなったら危ないかもしれない。


 こちらが炎弾の魔術を意趣返しの意味を込めて使うと、こちらも簡単に防がれてしまった。


 バレないように、こっそりカロルの足元当たりを隆起させてみたけれど、これも不発。

 エインのサポートがないとはいえ、戦況は良くない。

 魔術のみで戦う場合、私はB級には及ばないということ。これはちゃんと受け入れないと。

 原因もわかっている。こちらの火力不足でじわじわと追い詰められているのだ。それでも現状維持くらいはできる。


 どれくらいそうしていたのだろうか。

 頭の中でエインが歌っていることに気が付いて、舞姫の力を使うのをやめる。

 何かと思えば、カロルから膨大な魔力を感じた。確かにこれはエインの力を借りなければ、迎撃は難しい。

 カロルの魔法で打ち出されるのは、氷の槍。エインのサポートがあるから大丈夫だと思ったけれど、思った以上に硬くて破壊するのに時間がかかってしまった。


 次々来る氷の槍の本数にもよるけれど、いずれ迎撃が間に合わなくなるだろう。

 しかし、2本目、3本目と近くなってくる氷の槍が怖いかといえば、そうでもない。

 9本目を破壊したところで、どう頑張っても最後の10本目を破壊する余裕はなかったけれど、少し動く時間はありそうなので、体を少しだけ動かして万が一当たっても即死しないようにする。


 まあ、そんな必要もなく、エインの結界で防ぐことができたけれど。

 相殺されたので、久しぶりにエインの結界が壊れてしまった。それだけで、あの氷の槍の威力の高さがわかる。

 そのまま模擬戦は終わってしまったけれど、最後は圧されたまま終わってしまったので、消化不良よ。


 それよりも、エインが落ち込んでいるのが気になった。

 結界を破られたのがショックだったのかもしれない。そんなこと気にしなくてもいいのに。



 それからいろいろあって、宿には泊まることができるようになった。

 まともな食事というものを初めてしたけれど、口の中が何だか楽しい感じになっている。

 こんなにもたくさんの味があるというのが不思議な感じなのだけれど、不快感はない。むしろ、次々に口に持っていきたいのだけれど、エインが味わうようにゆっくり食べているのでそれはできない。

 エインにこれがおいしいということか訊いてみたところ、おいしいで間違いなさそうだ。


 食事が終わってひと段落したところで、今日の模擬戦の話をする。

 エインはやはり結界が破られたことを気にしていたけれど、そもそも氷の槍はエインの協力がなければ、防ぐことができなかった。

 私もエインのことは言えないけれど、2人で協力して何とかなることであれば、それでいいんだと思う。

 エインばかりが責任を感じる必要はない。エインが責任に感じるのであれば、私は責任に潰されてしまうもの。


 と、真面目な話が終わったので、今日一日エインに体を貸していて気になったことを尋ねてみる。


『そういえば、やっぱり胸は大きいほうが良いのかしら?

 私の大きさでは、物足りないのよね?』

『ええっと、どういうことでしょう? そんな話しましたっけ?』

『だって、大きい胸の人がいたら、目で追っていたもの。羨ましかったのよね?』


 残念ながら私はまだどこもかしこも小さい。

 そのせいか、エインは胸が大きな女性が居たら、目で追っていることがあったのだ。

 身長のせいで、ちょうど胸が私の視界にはいるのも理由だと思うけれど。


『あれは重そうだなと思っていただけですよ。

 別に興味がそんなになくても、特徴的なものは目で追ってしまう質なんです』


 なるほど確かに身長が高い人も見ていた気がする。

 でも、エインは胸が大きいほうが良いのかしら。試しに尋ねてみると、ある程度はあったほうが良いのではないかと返ってきた。

 なるほど。もしかしたら、エインは胸が小さくて苦労したことがあるのかもしれない。

 そもそも、エインって女性なのかしら? 男性なのかしら? どちらでもエインはエインで良いのだけれど。


「どうやったら、大きくなるのかしら?」


 とりあえずは、胸のことね。と考えていたら、考えが漏れていたらしい。『揉めば大きくなるっていいますね』と返ってきた。

 案外簡単な方法で、大きくなるらしい。試しにやってみようかと思ったら、エインからストップがかかった。


『あくまで俗説ですから、信用しないほうが良いですよ』

『エインは試したことがあるのかしら?』

『な、ないです』

『エインの周りでは?』

『それもないです。いたとしても、していたということを聞いたことがないです』


 なんだかエインは私に試してほしくないように感じるのだけれど、気のせいかしら。

 そう思ったら私の中の悪い子が顔を出す。

 ちょっとしたいたずらを思いついて、お風呂の使い方を尋ねた。



 お風呂の準備をしているときに、ふと私がいままでお風呂に入っていないことが気になった。

 お風呂に入らずとも、体を拭いているだろうし、そういったことを一度もしたことがない私は汚れているのかもしれない。

 そうだとしたら、なんだか嫌だなと思ったのだけれど、エインが言うにはそんなことはないらしい。

 というか、エインの結界で汚れから守ってくれていたらしい。


 それが私が美人だからなんていうのよ。

 当たり前のようにいうものだから、驚いてしまったわ。

 私は自分の顔をあまり見たことないのだけれど、エインに美人といってもらえるなら良かった。

 でももしかして、エインは私の見た目が嫌ってことはないかしら。


「えっと、エインの目から見て、私は美人なのね?」

『はい。生前、シエルくらい綺麗だったら人生大きく変わっていたと思います』

「エインは私が美人だと、うれしいかしら?」

『そうですね。シエルがこれから、もっと美人になっていくのを見るのは楽しみですし、今のシエルを着飾ってみたいとも思います』

「そうなのね、そうなのね……」


 これは褒められたってことで良いのよね?

 だとしたら、もっとエインに褒めてもらえるようにしたほうが良いのかしら。


 なんだか不意打ちを食らって動揺してしまったので、話を変えて場を濁す。

 私がお風呂に入る意味はあるのかというものだけれど、準備をしている以上、今日は入る以外の選択肢はない。

 エインに全身洗ってもらって、お風呂に入る。


 暖かい水に体を浸すというのは初めてのことだけれど、全身が温められて悪くない。

 身体から重さがなくなったかのようにも感じる。

 エインが好きだというのも、わからなくもない。


 それはそれとして、せっかくなので計画を実行する。

 計画なんて言っても、エインが忘れただろうところで、自分の胸を揉んでみるだけだけれど。

 本当に大きくなるのか自分で試してみるとも言ったから、やって不自然でもないだろう。

 これがどういうことなのか、なんとなくはわかっている。だからエインとしては、私にはまだ早いと考えているのかもしれない。


 私としては、ちょっとエインを困らせたいと思っているだけなので、変な意味はないのだけれど、揉んでいてもあまり面白いものではない。

 柔らかいかなと思うと同時に、少しくすぐったい程度。

 少なくとも大きくなるような感じはしない。揉み方が悪いのかしら、と触り方を変えたら、『ひぅ』と頭の中に高いエインの声が響いた。


「エインどうしたの?」と反射的に尋ねて、『何でもないですよ』とは返ってきたけれど、あの時の声は何というか私の中の何かをくすぐるような感じがした。

 そう、それこそエインをとてもかわいいと感じたときの、あの感覚。


 気が付いてしまうと、色々なことに気が付いてしまうわ。

 何でもないというエインの声も、どこか取り繕っているような感じがしたもの。

 その様子が、やっぱりとても可愛らしいわ。

 可愛くて、可愛くて、思わず続けたくなってしまうのだけれど、エインはそれを隠そうとしている事が分かる。そんなエインがやっぱり可愛い。

 だけれど、今日はこの発見だけで満足しておきましょう。だって、エインに嫌われたくないもの。


 これで終わりにするつもりだったけれど、弾んだ心を抑えきれなかったのか、「何でもないならいいのよ」という声が自分でもわかるくらいに楽しさを帯びていた。

最後あたりをやりたかっただけ閑話。

もう1つくらい閑話的なのを挟みます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


作者別作品「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
2020/5/29から第一巻が配信中です。
64ve58j7jw8oahxwcj9n63d9g2f8_mhi_b4_2s_1


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ