閑話 少女の報告と理想の魔術 ※カロル視点
「それにしても、3か月でD級って何者なんだろうね、彼女」
「何者もどうも、すでに実力だけで見ればB級だもの。まだそのギャップは埋まってないわ」
セリアの仮宿でお茶を飲みながら、面倒を見ている子の話をする。
B級並の強さがあれば、遅かれ早かれB級にはなる。結局強さがモノを言う世界なので、彼女――シエルメール――がD級に上がること自体は不思議ではない。
それでも、半年はかかると思っていたけれど。
「強さに関しては、カロルに勝った時点で認めていたんだけど、だからこそあの年齢でその他の基準もこんなに簡単に満たせるとは思わなかった」
「基本的な体力としては、年相応だものね。
野営は簡単にこなす癖に、一般的な野営の準備で躓くとは思わなかったわ」
「それを聞いて、私もシエルメールさんが10歳なんだって、再認識したよ」
ハンターで仕事をしていく中で、町の外で一夜を明かすことは当然起こってくる。
そもそも、町を移動しようとするだけでも、その可能性には出くわすのだから、D級以上のハンターには必須技能だといっていいだろう。
その点、彼女は頭がおかしかった。本当に頭がおかしかった。
何せ何の躊躇いもなく木の下に横になったと思ったら、そのまま寝たのだから。
普通は安全を考えて場所を探すなり、場所を作るなりするし、少しでも快適に寝られるように毛布くらいは準備するものだ。1人であれば、周りに罠を張って、もしもの時にはすぐに起きれるようにする。
だけれど、彼女はすべてを無視してただ寝ていた。それもかなり気持ちよさそうに。
徹夜で試験しているワタシを煽っているかのようだったけれど、寝ながら結界を張り続けるという離れ業をしていたので不合格にできなかった。
試しに氷の槍をぶつけてみようと思ったら、準備段階で睨まれた。この辺りベテランハンターでも驚くのではないだろうか。
ただ、パーティで行動することもあるので、テントの設営くらいはとやらせてみたけれど、これは壊滅的だった。
今までテントを張ったこともないだろうから、出来なくて当たり前といえばそうなのだけれど。
でも、あれだけ魔術が使えて、隙が無いように見えていた彼女が、テント作らせただけで疲れていたのには驚いた。
「要するに彼女は魔力でどうにかなるものに関して言えば、どうにかしてしまうのよ。
あと頭もいいわね。たまに抜けているけど。簡単な身体強化を教えたらすぐに使いこなせるようになったし、テントの設営もやり方はすぐに覚えたわ」
「そもそも、寝ている間に魔術って使い続けられるものなの?」
「無理ね。よくある野営の時に使う結界も、魔石を使って魔法陣に魔力供給している簡易魔道具みたいなものよ。彼女が言うには、結界の魔術に関しては維持に必要な魔力よりも、自然に回復する魔力のほうが多いから続けられるって話だけれど、普通そんなことはないわ。
徒歩で使う体力よりも回復する体力のほうが上だから、寝ている間も休まず歩けるって言ったら、頭がおかしいのがわかるかしら?」
「そういわれると、常軌を逸しているね」
頭がおかしいって言ってしまえばいいのに。
何が怖いかといえば、あの子がまだ10歳だということ。普通なら今から5年間で自分の素質について考えて、そこから10年が伸び盛り。これが魔術師なら、魔力が衰えることもないから、基本的には伸び続ける。
それなのに、防御という一点に関して言えば、彼女はすでに老獪な魔術師にも引けを取らない。
代わりに攻撃が壊滅的に低いかと言われると、C級を倒せる程度はあるし、未だに魔力が切れたところを見たことがない。
「こうなるとC級も簡単そうね」
「C級が簡単っていうのも、すごい話だけど。
ただ推奨としてパーティ適性があるけど、シエルメールさんって、その辺大丈夫なの?」
「それって、魔物氾濫なんかの時に、即席である程度連携が取れるようによね?」
「うん」
「あの子に必要かしら? 魔物氾濫の中心に放り投げても死なないわよ、きっと。
むしろ、壊滅させるんじゃないかしら」
「それを信じてくれる人がどれだけいるかって話よ」
セリアの言い分もわかるけれど、あの子ほどパーティが必要ない子もいないと思う。
戦いであれば、結界に任せて強力な魔術が使えるし、移動中も探知で安全に進める。探知を使わずとも感覚が鋭いのか、スカウトの真似事もできる。
水は魔術で出せるし、正直パーティ探すより、魔法袋探していたほうが有意義。
ついでに身体強化も教えたので、力が全くないわけでもない。
「彼女よりも、組合の職員としては、期待の新人たちを気にするべきじゃないかしら?」
「あの子達は……ある意味順調といえば順調。戦士に魔術師、弓使いでバランスは悪いけれど、テレン君が優秀みたい」
「まあ、ワタシが面倒を食ったんだもの。多少は頑張ってくれないと困るわ。1人は頑張ってないみたいだけれど」
「頑張っていないわけじゃないけど、期待が大きかった分、落胆している職員も多い。
上級剣士って話だから、C級は行くんじゃないかって期待はあったから」
「上級剣士って職業が広まっている段階で、あまり期待はできないんじゃないかしら?
戦い方を見ても、典型的な職業だよりだったもの。何か転機でもない限り、D級にもならないわよ。
どこかの歌姫は歴代最速でB級に行きそうだけれど。皮肉よね」
「シエルメールさんと比べるのはどうかと思うけれど」
本当にセリアは彼女のことが好きね。口では言わないけれど。
ワタシも見ていて飽きないから嫌いではない。手間もかからないから、魔術の研究の時間も取れるし、何より彼女の魔術は面白いものが多い。
特にあの結界は意味が分からない。あの結界にどれだけの魔術が込められているのか、ワタシでも把握しきれない。いくつか聞いたけれど、まず発想が普通ではない。
「ところで、セリアが知りたそうな魔術があるのだけれど、聞くかしら?」
「どうせ長くなるだろうから、嫌」
「シエルメールって長時間外にいる割には、肌が全く焼けてないのは知っているかしら?」
「で、どんな魔術なの?」
なかなか見られないセリアの反応に、少し楽しくなる。
そもそもあのセリアが魔術に興味を持ったこと自体奇跡的だといえる。ワタシの魔術には、毛ほどにも興味を示さないのに。
腑に落ちないところもあるけれど、せっかくセリアが興味を持ったのだ。この機を逃すつもりはない。
「あの結界の効果の1つに、太陽の光を遮るっていうのがあるらしいのよ。
そのおかげで、日に焼けないらしいわ」
「結界魔術ってそんなことにも使えるんだ」
「こんな風に使っているのは彼女だけよ。普通は身を守るためのものだもの。
それに彼女以外に、そんな魔術は使えないわ」
「期待させて落とすわけね」
セリアが落胆するが、こればかりは仕方がない。
ワタシでもこれを使うと、他の魔術を使えないほどだから。
「魔法陣を書いてもらったけれど、発動するだけならセリアでも少し練習すれば使えるんじゃないかしら」
「維持が難しいってこと?」
「ええ。かなり繊細な魔力コントロールが必要になるわ。
何十年も魔術に打ち込んでいる人で、ようやくまともに使えるレベルね」
「それってシエルメールさんの魔術が、魔力に飽かせた力任せじゃないってことじゃない?」
「これは才能というよりも、経験の話になってくるわ。
どういう風に魔術を使えば、10歳でここまでの技術を得られるのかしらね」
仮に「結界魔術王」なんて職業があったとして、光を遮る結界を使えるようになるのに数年はかかるだろう。彼女の結界を再現しようと思ったら、どれくらいの時間が必要になるのか。
もしも彼女が得意としている魔術が、何かしらの攻撃魔術だった場合、軽く町でも破壊できそうで恐ろしい。
「これに関しては、ワタシも研究を続けるから、いつかは魔道具に出来るかもしれないわね。
その時には、彼女の許可が必要になるだろうけれど」
「カロルの研究部屋の利用制限がもどかしくなる日が来るなんて」
「解除してくれてもいいわよ」
「それは無理」
あわよくばとは思ったけれど、うまく乗せられなかった。
そうでもしないと、あの子に示しがつかないからってことだとは思うけれど。
彼女との関係を切ってしまうのは、ワタシとしても本意ではないので、ここは飲み込んでおく。
「それから、もう1つ彼女から聞き出した魔術があるのよ」
「どうせ使えないってオチでしょう?」
「こっちも難しくはあるけれど、実用的ではあるわね」
論より証拠ということで、呪文を唱えて温風をセリアに浴びせる。
いや温風にしたかったけれど、温い風くらいにしかなっていないか。この辺りの出力が難しい。
一歩間違えば、セリアの喉を焼くだろうし、髪も燃やしてしまうだろう。そうなるよりは温いくらいでとどめておいた方が安全か。
「何これ?」
「髪を乾かす魔術らしいわ。濡れたまま放っておくと、傷むものね。
本当はもっと温度が高いのだけれど、調節が難しいのよ。一歩間違うとセリアを殺しかねないわ。
彼女が使ったときは、あの長い髪が10分程度で乾いていたわね」
「これ、魔道具にならない?」
「どうかしらね。火と風の魔術を同時に使っているから、かなり難易度が高いもの。
いっそ、セリアも魔術の勉強したらいいんじゃないかしら」
「他にも便利な魔術が出てきそうだと考えると、悪くはないか……」
どうやら、セリアを魔術沼に引き込むことはできそうだ。
この日はセリアが寝不足になるまで、魔術を教え込んだ。