27.ギルドと観察と依頼選び
ハンター組合に行くのはもう3度目になるので、慣れたものだと思っていたけれど、わたし達はハンターの過酷さを全く理解していなかった。
朝一番といっていい時間だと思うのだけれど、組合内では戦争が行われていた。いち早くよりおいしい依頼を受けるための戦争が。
ギルドに入って左に行ったところにある壁に掲示板があって、そこに依頼が張り出されているのだけれど、人々がもみくちゃになっている。
入口右側のスペースには、掲示板の前よりもさらに多くの人がいるため、パーティから1人依頼を取りに行っているのだろう。
依頼を受ける場合には、依頼書を剥がして受付に持っていくことになっている。そうすることで、複数のパーティでブッキングしてトラブルになることを防ぐのだという。
この人混みだと、わたしがその中に入り込んでいっても、身長のせいで掲示板は見えないだろうし、パーティメンバーもいないので、入り口から少しずれたところでハンター組合内を観察することにした。
集まっているハンターには、色々な人がいるけれど、現在掲示板に集まっているのは若い人が多い。若いといっても、世間的に見てであり、シエルよりも若そうな人はいないけれど。
ベテランっぽい雰囲気を出している人は、のんきにその様子を見ているうえ、そこまで数も多くない。
掲示板に集まっている人の中には、10代半ばくらいの人もいる。
『ランクが低いから、少しでも割のいい依頼を選ばないといけないって事かしら?』
『そうでしょうね。わたし達も本来はそちら側になるんでしょうけれど』
『あそこに入って行って、依頼見つけられるとエインは思う?』
『無理でしょう。魔術でも使えば一瞬で道ができそうですけど』
『流石にそれは過激じゃないかしら』
嗜めつつも、くすくす笑うシエルも、似たようなことを考えていたのではないだろうか。
当然実行する気はないけれど、素直にあそこに入って行こうとは思わない。
それにしても、結構若い人もいる。あそこに見えるのも、見た目としては20歳を越えていそうだけれど、実際の年齢としては高校生と同じくらいではないだろうか。
反対側で様子を見ている側にも、同年代っぽいのが3人いるのでおそらく同じパーティなのだろう。依頼を探している人も合わせれば、男が2人女が2人。仲良しグループでパーティを、というのは創作で見かけるけれど、その類かもしれない。
なんてことを観察しつつ、シエルとの会話を続ける。
『わたしとしては、依頼次第ですが余った依頼で良いとは思うんですよ』
『どうしてかしら?』
『しばらくはお金に困りませんし、扱いに困っている依頼をこなすことで、ギルド側に恩を売っておこうかなと思いまして。
シエルはどう思いますか?』
『そうね、エインがそういうなら……いえ、でも、ちょっと待っていて』
シエルに問いかけると、同意しかけたシエルが、急に話を切り上げて何かを考え始めた。
別にどうするのが正解というわけではないけれど、自分で考えて行動するというのは、今のうちからやっておいたほうが良いだろう。
この町が例外とは言え、基本的にわたしは手助けをするポジションであり、主体ではないのだから。
シエルの答えが出るのを待ちながら、観察を再開する。
そういえばアレホの姿を見ないけれど、どうしたのだろうか。D級ハンターだったはずなので、そこまで根詰めて働かなくていいのかもしれないけれど。シエルにボコボコにされたので、顔を出し辛いというのはあるかもしれない。
先ほどの少年パーティが、なんだか揉めているのも見える。
声はあまり聞こえないけれど、どうやら難易度の高い依頼を持ってきたようだ。
4人パーティということは、1人あたりの報酬も4分の1になるだろうし、利益を考えるなら難しい依頼もいいだろう。
でもこの町に住んでいるであろう少年たちは、そこまで切羽詰まって稼がなくてもいいと思う。宿暮らしではないのであれば、1日に銅貨2枚でも食いはぐれることもない。銀貨1枚もあれば、1人で生きていくのには困らないだろう。
装備まで考えると、お金はいくらでも必要かもしれないけれど。
ついでにD級の蜘蛛の魔石は銀貨8枚になった。これはすでに平民の1日の収入を超えているらしく、使っている道具がナイフだけのわたしは、大きな黒字だといえる。
益体のないことを考えている間に、シエルの考えもまとまったらしく、声がかかった。
『私としては、エインがやりたいと思う依頼をやってほしいわ』
『それは、わたしに従うってことですか?』
『いいえ。恩を売るとか気にせずに、エインがやって面白そうだと思うものを選んでほしいの。
だって、エイン今朝はしゃいでいたでしょう? これから何度も依頼を受けるのだから、最初の一回くらいはエインがやりたいものをやってほしいの』
今朝の話をされて、ちょっと顔が熱くなる。
恥ずかしいというかなんというか……。これはどっちが大人かわかったもんじゃない。
『わかりました。ありがとうございます』
『良いのよ。正直私にはどうしたら良いのか、よくわからないのも本当だもの』
何となくでもいいので、何かしら意見を出してくれればいいやと思っていたのだけれど、思った以上にしっかり考えてくれていたので、わたしとしては何も言うことはない。むしろ、さすがシエルと褒めたいところだ。だから、『いいえ、シエルはさすがですね』と褒めてみたのだけれど、よくわからないというような反応が返ってきた。
なんだか、親ばか度が増しているような気もする。
気が付けば、人が減ってきたので、セリアさんに挨拶をするために受付へと向かった……のだけれど、受付が2つになっている。
それは別に変ではないか。人が多い時には、2つの受付を使うのだろう。わたしがいたときに1つしかなかったのは、単純に人が少なかったからなんだと思う。
で、問題はその受付の片方に、踏み台が用意されていること。
先ほど見かけた少年少女でも、このカウンターは高くない。少年目線だと低いまであるかもしれない。
だとしたら、これをだれが使うのか。考えるまでもないのだけれど。
用意してくれたもの、ありがたく使わせてもらおうということで、木の箱を再利用しました感が全面に押し出された踏み台を使う。
わたしが来ることが想定されていたのだろう、カウンターの向こうにはセリアさんがスタンバっている。
「お待ちしておりました」
「この箱は使ってよかったんですよね?」
「はい、シエルメールさんのために用意したものですから」
「それは、どう受け取ればいいのでしょうか?」
ちょっと拗ねたように言うと、セリアさんはくすくすと笑い「申し訳ございません」と謝る。
本当は気にしているわけでもないので、気を取り直して昨日の話に移る。
「昨日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、差し出がましかったかもしれません」
「それで今日わたしは、どうしたら良いのでしょうか?
普通に依頼を受けてもいいんですか?」
「そうですね。今後の話になりますが、シエルメールさんには、いくつか難易度の高い依頼をこなしてもらうことになります。
ですが、すぐにというわけではなくて、様子を見ながらです。シエルメールさんの場合、戦闘力は十分ですから様々な種類の依頼をこなすことができるのかを、カロルに見てもらうことになります。
それで今日ですが、好きな依頼を受けてもらって構いません。ただしE級以下のものに限らせてもらいます。ギルドを利用するにあたっての、基本的な流れを確認するものだと思って下さい」
「わかりました。じゃあ、今から依頼を見てきて良いんですよね?」
「はい、お気に召すものがありましたら持ってきてください。なければ、常設依頼を受けてもらうことになります」
そんなわけで、掲示板の前へ。シエルにも了解は取っているので、わたしがやりたいと思うものを探す。
とは言っても、大体の依頼はすでになく、残っているのはF級の薬草採取や狩猟、E級以上の常設依頼といったところか。
D級以上だと護衛依頼などがあるけれど、B級以上の依頼はここでは見当たらない。C級も採取依頼なので、この町の周りにはあまり強力な魔物はいないのだろう。
その中で、わたしにできそうなものとしては、薬草採取になるだろうか。魔物との戦いになれば、シエル任せになってしまうし、狩猟もわたしには無理。
それに、ちょっと思うところもあるので、薬草を取りに行こう。
掲示板から依頼書を剥がして、改めて内容を精査してみる。
書いてあるのは、どの薬草が必要なのかと、必要な量。量としては、指定された袋に一杯。それで銅貨3枚となる。たくさん採取すれば、それだけ報酬も多くなるが、上限が書かれているのでそれ以上は不要らしい。
薬草の情報としては、大まかな特徴と自生している場所、それから薬草のものと思われるイラスト。
できれば、本物を見てみたかったけれど、セリアさんに言えば見せてくれないだろうか。
取り合えず、依頼書をもって踏み台の上に乗りに行く。既にギルドの中にはほとんど人はいなかったけれど、職員やまだ残っているハンターからは、失笑が聞こえた。
他に踏み台を使っている人もいないので仕方ないけれど。G級の依頼と思ってもらえていれば、それでいいか。
「どれにしましたか?」
「薬草採取にしようと思ったんですけど、いくつか訊いていいですか?」
「はい、私に答えられるものでしたら」
「取ってきた薬草はどうなるんですか?」
「薬師によって傷薬になります。この薬草からは作られませんが、似たようなものとして、錬金術師はポーションを作ることができますね」
「それってどう違うんですか?」
モノとしての違いは想像できるけれど、効果としての違いはよくわからない。
ゲームだとこの2つが両立しているものは案外少ないのではないだろうか。日本に住んでいた身としては、傷薬のほうが身近でポーションのほうが特別感があるけれど。
2つの違いは一般常識かもしれないけれど、知らないかもしれないわたしにセリアさんはわざわざ付け加えてくれたのだろう。
「主な効果としては傷を癒すものです。ポーションは即効性や効果の面で傷薬の上を行きますが、値段が高いです。
傷薬は安い代わりに効果が小さく、即効性の面だと血止めの役割しか果たせません。程度にもよりますが、傷が癒えるためには1晩はかかるでしょう。
上級ハンターが使うのがポーション、下級ハンターが使うのが傷薬というのが一般認識だと思います」
魔法で内臓に達する怪我がすぐに治るのだから、ポーションはそれに近い効果があるのかなと思っていたけれど、傷薬もなかなかだと思う。地球だとこけたときの擦り傷などでも、傷薬程度では一晩で治るということはないのではないだろうか。
それはある意味、わたしの予想の範疇なので嬉しくはあるけれど。
どちらにしても、ハンターには必須のものには違いない。
「傷薬って大切そうですけど、どうしてこの依頼が残っているんでしょう?」
「やってみるとわかると思いますが、時間がかかる割に報酬が少ないんです。
しかもこの薬草から作られるものは、最低ランクのものになりますから、薬師としてもうま味は少ないと言います。より効果が高いものを作ったほうが、彼らも儲かりますから」
確かに銅貨3枚といえば、G級依頼3回分程度でしかない。しかも、G級であれば1日に2回、頑張れば3回は受けることができるので、外に出る危険を冒してまでやろうとは思わないのだろう。
で、職人側としても、あれば使うけど無いなら無いで別にいいというわけか。明言はされなかったけれど、この薬草は見習いが練習用に使うとかそんなものなのかもしれない。
「わかりました。とりあえず、この依頼を受けたいと思います」
「ありがとうございます。ですが、本当にこちらで良いのでしょうか? 我々としては嬉しいのですが、シエルメールさんとしては、あまり利点はないように思いますが」
「そう思っていただけるなら、もう少しおしゃべりに付き合ってもらっていいですか?」
「内容次第ですね。依頼に関することやハンターの活動に関することであれば、大丈夫です」
「まず、この薬草の実物って見せてもらうことはできませんか? 可能であれば、持っていきたいんですが」
「それなら大丈夫です」
セリアさんはそう言ってから、職員を1人捕まえて、取ってきてもらうように頼んだ。
頼まれた職員は、わたしを見て驚いたような顔をした後、微笑ましそうに笑って場を後にする。
「こういった薬草ですけど、薬師でなくても傷薬として、使えたりするものなんですか?
不意に怪我をしてしまったときに、応急処置などに使えると、便利そうですよね」
「綺麗に洗って傷口に当てるだけでも、ある程度止血効果はあるみたいです。
ですが大けがとなると、今回の薬草では荷が重いですね」
「ハンターが大怪我をしたときは、どうするのが基本なんですか?」
「手持ちの薬でどうにかするか、魔術師がいれば傷を治してくれるかもしれません。
ですがハンターだと魔術師は貴重なうえ、治癒魔術も扱えるとなるとさらに希少になります。ですから、教会に行って治してもらうことになるでしょう。
ポーションを買うよりも安価にはなりますし、病気の治療も行ってくれます」
ここでは「そうですか」と納得しておく。知識としては、教会があることは知っていたけれど、実際にあると聞けたのは良かった。
教会で役職を得るには、聖職者・聖女・御使いに類する職業を得なければならない。これらは治癒魔術を使うことに長け、人々を癒すことができる。
中でも聖女だとより強い治癒の力があるとされ、御使いは神の声を聴くことができるといわれる。というのが、本で得た知識。
知りたいことも知れたので、薬草関連の話はここまででいいだろう。
「わかりました。ありがとうございます」
「この程度であれば大丈夫ですよ」
「ついでに常設依頼についても教えてもらっていいですか?」
「何についてでしょうか?」
「この辺りに出る魔物と討伐したときに必要になる部位です」
「シエルメールさんなら、ついでに討伐することもできそうですからね。
少し長くなりますが、後日まとめた資料もお渡しします」
セリアさんはそう前置きして、この辺りの魔物について話を始めた。
なかなか依頼に行ってくれません(