26.リアルな話と買い物スキップ
総合評価300ポイントを超えました。
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「正直なところ、そのような格好で外を歩かせるのも心苦しいのですが……」
セリアさんはすぐに休暇を取り、気が付けばカロルさんを置いて、ギルドを後にしていた。
道すがら始めて見る区画に感動していたのだけれど、セリアさんが非常に言い辛そうにわたしを見ている。
「生まれてから、これしか着せられていませんでしたから。
ですが、普通は違うんですよね?」
それくらいは知っているけれど。でもわたしは10年間閉じ込められて、ようやく出てこられた設定なのだから、多少は演技をしていないとおかしいのだ。
いっそシエルに代わってもらった方が、自然な反応ができそうだけれど、本末転倒であるのでここでは考慮しない。
そのシエルは『下着ってどういうものなのかしら?』と興味深々と言った様子だ。
「信じられませんが、何十年か前までは下着は存在しなかったと言います。
ですが今では特殊な人を除いて、履いていない人はいないでしょう。特に女性だと、身の危険にも繋がりかねませんからね。
服装もスカート以外認められていなかったそうですから、女性ハンターは数えるほどしかいなかったようです。最近でも多いとは言えない仕事ですが」
そこまで話して、セリアさんは「ところで」と話を変える。
往来でする話ではないので妥当ではあるけれど、考えていた答えが無を漂うことになった。
「あえて言うことでもないと思いますが、女の子であれば誰にでもこうやって手を貸すわけではないですよ?」
「もちろんです。今日わたしが言った程度の不幸は、ありふれていると思いますから」
「さすがに、シエルメールさんの境遇は特殊だと思いますが」
「境遇はそうでも、毎日親から殴られる人もいるでしょう、何も食べられない人もいるでしょう。それに比べればわたしが言った程度のことは、死ぬこともありませんし、恵まれていると考える人もいるのではないでしょうか。
わたしが目をかけてもらえているのは、わたしに強さがあるからですよね」
「そこまでわかっているんですね」
毎日殺されかけていたという話にまでなると、さすがに不幸度合いはなかなか高いかもしれないけれど、伝えていないものは加味しても仕方がない。
わたしの言葉を吟味するように応えたセリアさんは、少し考えるようなそぶりを見せてから、わたしに問いかける。
「シエルメールさんは、自分の容姿をどう思っていますか?」
「見たことないからわからないです」
エインセルはしょっちゅう見ているけれど、シエルメールは自分の顔は見たことがない。
エインセル的には、身内びいきがあるかもしれないけれど、とても美人になると思う。人形的なちょっと無機質な感じの美人さんかもしれないけれど、わたし相手だと感情をコロコロ見せてくれるので、親しみやすい美人さん。
ただ、年齢のせいもあってか、今は可愛いの方が勝っているとは思うけれど。
閑話休題
即答したわたしに、セリアさんはあちゃーと言わんばかりに、額を手で覆った。
それから、意を決したように話し始める。
「はっきり言ってしまうと、シエルメールさんは容姿端麗なので、人攫いに遭うかもしれません。
ハンター組合でも無理にパーティに引き込もうとする人もいるでしょう。どちらもシエルメールさんなら何とかなるとは思いますが、面倒なことになってしまうのは確かです」
「悪いことばかりですね」
「立ち振る舞いや行動次第ではメリットの方が多いですが、リスクがあることは自覚しておいてください。特に若い女性ハンターが無理にパーティに入れられて、町の外で襲われるということは、残念ながら起こりうることです」
セリアさんが言う通り、わたしというかシエルなら対処は簡単だろう。
カロルさんレベルが相手になると絶対とは言えないけれど、仮にカロルさんが相手でも、逃げること自体は可能だと思う。
探知のおかげで不意打ちにも対応できるので、安全面ではばっちりだろう。ただ絡まれたら対応しないといけないのは、時間的にもかなりもったいない。
ただセリアさんの言う通り、メリットがないわけでもない。シエルほどの容姿があれば、相手を選べば味方に付いてくれるだろうし、新しい町に行っても受け入れてもらいやすいと思う。
わたしは自覚しているつもりだけれど、シエルに客観的評価を聞かせるのも大事だと思うので、ふんふんと感心したふりをしておく。
「それから、シエルメールさんがずっとハンターを続けるかどうかはわかりませんが、別の道に進もうと思ったとき、女としての魅力を磨いておいて損はありません。
実際、ギルドの受付は、容姿が整っている人のほうが人気です。ですから、女性として今後必要になっていくこともお教えしますので、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
◇
とお礼を言っていた時期もありました。いえ、今でも感謝はしています。だけれど、精神的にも体力的にも疲れました。
宿に戻ったわたしはそんな感想を頭に抱きつつ、ローブを脱いで浅黄色のワンピースになる。それも皴にならないように脱いで、例の布を着た状態になったところで、部屋着に着替えてベッドに横になった。
部屋着というか、寝間着だろうか。薄い生地のワンピースだ。正直白い布を纏っているときよりも、少し露出度が抑えられている程度なので、着る意味があるかわからない。
だけれど、シエルが部屋の中では下着で過ごすような、だらしない子になってほしくはないので、着替えることを習慣づけること自体は悪くないだろう。
下着姿でと言ったが、この世界の下着は線が細いドロワーズのようなもので、大事なところが開いていることはない。だから下着姿で寝たとしても、日本のそれほど扇情的ではないと思う。
上は貴族はコルセット、平民でもお金に余裕がある人はビスチェのような下着を着る。でも、わたしにはまだ必要がないらしい。
シエルは今日1日楽しそうでよかったけれど、わたしはセリアさんの熱意に疲れてしまった。
下着の話はまだ良い。お風呂の話も大丈夫だし、肌ケアの話はこちらからお願いしたかったので、嬉しかった。髪の結方も有意義だったと言える。
その時にシエルの肌や髪を羨ましがられたのは、どんな反応をしていいのか困ってしまったけれど。
そんな中で、聞いていて精神力を持っていかれたのは、月のものの話。表面的な話しか知らなかったわたしとしては、もう何もかもが未知の事。
血の話をリアルにするのはやめてほしかった。自分の血を見るのは大丈夫なのだけれど、他人の血を見るのは得意ではないので。人が潰れる様はしっかり見てしまったわけだけれど。
とは言っても、シエルも10歳。あと数年以内に始まる可能性もあるわけだから、対処方法やどうなるのかという話は、前もって知れてよかったと思う。
その時になってシエルに尋ねられても答えられなかったし、下手したらパニックになっていたに違いない。
『エイン、今日もお疲れ様』
「いえ、わたしは大丈夫ですよ」
『それは嘘よね。少なくとも肉体的には疲れているのがわかるもの。
昨日はベッドに横にならなかったのに、今は横になっているということは、それだけ疲れがあるからよね』
「シエルに隠しても駄目ですね。でもわたしは、今日はもうやることないですし。
シエルは今日はどうでした?」
『そうね。エインには悪いけれど、楽しかったのよ。
知らないことばかりで、知っていくのは楽しかったわ。魔法陣を書くための道具も買えたから、準備もできるものね。どういう魔法陣を書けばいいかは、エインも協力してね。
私一人でやってしまうと、たぶん威力が高くなりすぎるから』
「わかりました」
『それから、オシャレも楽しいのね。綺麗とか、可愛いとかはなんとなくでしかわからないけれど、着ているもので自分を表現できるもの。
でもビスチェは要らないっていうのは、少し残念だったわ。大きさが足りないのよ。
これは、本格的に大きくするように頑張るところよね!』
「気にしなくても、大きくなりますから、急がなくていいですよ。
成長が早い人で10歳からって言っていましたから、栄養面で成長が遅れてしまっているシエルが焦る必要はないです」
栄養面を強調したのは、大きな意味はないけれど、シエルはふふふと笑って、今日のところは許してくれた。許してくれたっていう表現はおかしいかもしれないけれど、あれは辛いのだ。
『それから、自分の顔を初めて見たけれど、エインが身体を使っていたせいかとても変な感じがしたのよ』
「自分を評価するのは難しいですからね」
『でも確かに青かったわ。本当に空みたいな色なのね。ということは、海もこんな色をしているのね?』
「わたしが知っている海であれば、ですが」
『そういえば、エインセルにも意味があるの?』
「ありますが秘密です」
『あら、ひどいわ』
ひどいといいながらも、わたしを責めている感じではない。秘密なんて言ったけれど、単純に説明が難しいというのが1つある。
何せこの世界に妖精やそれに類するものがいるのか、よくわからないから。
わからなければ、単語もわからないから、伝えられない。あとは、保険的な意味合いで、シエルには知られたくない。
「女性は秘密を持っていたほうが魅力的なのだそうですよ」
『じゃあ、私はエインの前では魅力的になれないのかしら?』
「いいえ、とても魅力的ですよ」
傍目なんだかイチャイチャしているように見えるのだろうか。でも、嘘をついてシエルの自信を無くす意味もない。わたしが気障っぽくなるだけだけ、ふとした時にわたしが恥ずかしくなるだけであれば、甘んじよう。
といったところで、体を返す。お風呂や布団で昨日のようなことがあるかなとも思ったけれど、今日はシエルが自重してくれたので、悶々とすることはなかった。
◇
夜が明けて、今日のシエルは夜明けとともに起きる。
この世界の時間だけれど、1日25時間あるらしい。1週間は6日で1か月30日、1年は360日なので、地球と結構近い時間をしている。
この辺りの常識も、昨日セリアさんに教えてもらった。
時計はあるけれど、魔法具で高価なものになる。町だと主要な建物に設置されていて、ギルドにもあるので、時間を知ること自体は難しくはない。
だけれど、あまり時間を気にして生きている人は少なく、平民だと太陽が昇ったら働き始め、夕方になったら仕事が終わる。
明かりの魔法具もあり高くはないけれど、農業などを支えるほどの光量ではないため、それに合わせているのだとか。
この辺りは地域や職業によっても変わってくるらしい。
ハンターの場合には、泊りがなければ日が暮れる前に戻ってくる。
サノワの町に来て3日目の今日は、やっとハンターとして働く日になる。
どの依頼を受けるのかはカロルさん任せになるので、特殊な働き始めになるだろうけれど、魔術に関係しないことであれば信用していいだろう。
それとも、わたしに選ばせてくれたりするのだろうか。
G級の依頼は……町中で目立つので避けたいけれど、F級の依頼は1度は受けておきたい。
確か薬草などを集めてくるものだったと思うけれど、そういった知識は持っていて損はないと思うので。
ファンタジーものといえば、ギルドやハンター――冒険者――は定番なので、ワクワクしていたのだけれど、どうやらそれが表に出てしまっていたらしい。
なんだか微笑ましいものでも見るかのような、シエルの声が聞こえてきた。
『エイン、今日はなんだか楽しそうね』
「ハンターとして働くという事に、少し憧れがあったので、それが現実になると思うと……少しはしゃいでしまいました」
『いいえ、楽しそうなエインを見るのは、私は嬉しいのよ。
なんていうのかしら? 可愛い? やっぱりこれが可愛いって思う感情なのね!』
「ええっと……その……ありがとうございます。それで、魔法陣の準備は大丈夫ですか?」
はしゃいでしまったことに対する羞恥心と、その様をシエルに可愛いと評された事への何とも言えないくすぐったさ、可愛いという評価を自然と受け入れてしまった驚き、それから顔が熱くなってきた物理的な変化で、なんだか頭がグルグルしてきたので、即座に話を変える。
シエルが頭の中でコロコロと笑うのがさらに羞恥心を刺激するのだけれど、『そうね』とこちらの話に乗ってきてくれた。
『エインとしては、あれで十分なのよね?』
「カロルさんに使った魔法陣さえあれば、この町で危険なことにはならないでしょう」
『でもエインは魔法陣を使っても、攻撃魔術が使えないのね』
「魔法がそれだけ効果があるということでしょう。まさかあの魔法陣が、そよ風発生装置になるとは思いませんでした」
昨日の夜は寝る前に、シエル用の魔法陣を準備している。
今の格好はひざ丈のワンピースに皮のベストとベルトで、旅人風。これらに魔法陣を仕組んでいる。問題があるとすれば、紙に描いただけなので、耐久性に難があること。
動いたくらいでどうにかなるとは思わないけれど、大量の水を浴びせられたら、危ないと思う。
刺繍ができるようになれば耐久力は上がるし、仕込みやすいのだけれど、シエルはもちろん、わたしにも裁縫のスキルはないので練習あるのみ。
出かける準備も終わったので、さっそくギルドに依頼を受けに行こう。
いつもと同じように。いつもと同じように!
話を進めるための買い物スキップ。
いつか、閑話で書ければいいかなとか思いますが、期待は薄いです。