25.設定と暴走
「それでは、簡単にわたしの状況をお話しします。
それもある程度は、昨日の話で分かっているみたいですが」
「認識の齟齬があるかもしれませんので、出来れば話せる範囲で構いませんのでよろしくお願いします」
「はい。わたしは10歳で職業がわかるまでは、とある貴族のところにいました」
「家の名前や爵位などはわかりませんか?」
「おそらく、というものはありますが、身の安全のため伏せさせていただきます。
10歳で別の貴族と思われる男に売られ、馬車で運ばれている途中で魔物に襲われて、逃げ出してきました。ですから、基本的に追手などはないと思います」
見た目が珍しいのはわかっているので、職業と名前が広まり顔まで見られてしまうと、さすがにアウトだとは思うけれど、リスペルギア公爵の人柄的に、捨てた私に構うよりも次の実験などを行っているだろう。
わたし達のような存在が、他にもたくさん生まれるとなれば、世界が混乱しそうなものだけれど、たぶんそれはないのだと思う。簡単にできるのであれば、5歳の段階で捨てられるか、殺されるかしていたと思うし。一度失敗した数年計画の物を、何度もやらないと思う。
「つまり、貴女を買った側の貴族は亡くなったのですね」
「あー……はい。わたしが逃げ出した時には、周りには魔物以外には死体しかありませんでした。
ですから、わたしが生きているとは思わないでしょう」
「貴族の行方不明や不審死というのは、多くはないですが少なくもありません。
ですから、そこからシエルメールさんにつながるということは、少ないと思います。それに場合によってはその貴族が亡くなったことが、貴女の身の安全につながるかもしれません」
わたしの失言をフォローしてくれた形になるけれど、相手側にフォローされるというのはどうなのだろうか。
むしろ彼女たちにリスペルギア公爵につながる道を与えたような気がする。ここはもう、公爵があの豚男から自身に繋がるようなヘマをやらかしていないことを祈るしかない。
公爵に祈るという状況は甚だ苛立たしいけれど、リスペルギア公爵に繋がりギルド側が何か行動を起こしてしまうと、わたしが生きていることを感づかれるかもしれないから。
「それで、その時の魔物というのは?」
「この魔石を持っていた魔物です。一つ目の巨人で大きなこん棒みたいなものを持っていました」
そう言って、魔石を取り出す。内在する魔力量的に、薬に使われていたであろう魔石じゃないかなと思っているのだけれど、だからといって今どうすることもできない。
どうにか魔石から直接魔力を吸収出来たらいいのだけれど、体の外にある自分以外の魔力はコントロールできないのだから、仕方がない。むしろ他人――他魔物?――の魔力を身体に取り入れて暴走させるあの薬が、異常なのだと思う。
カロルさん曰くBクラスの魔物で、そのカロルさんに名目上勝ったわたしなので、今更大きな魔石を出しても驚かれない。
むしろふむふむと、何か納得しているようだった。先ほど言っていた、わたしの安全につながる結果なのだと推測できる。
「この魔石とシエルメールさんの話からすると、襲ってきたのは、サイクロプスのようですね。
一つ目の巨人で、Bクラスの魔物になります。仮にC級の護衛を雇っていたとしても、対峙したとなれば壊滅は必至です。
それだけ用意周到とも言えますが」
「やはりわたしを閉じ込めていた側の貴族の仕業だと思いますか?
というより、魔物を操る方法ってあるんでしょうか?」
「ない、とは言い切れません。実際低ランクの魔物を調教できる職業は発見されていますから、高ランクの魔物を操る職業が生まれていても不思議ではありません。
それにB級の魔物が出るくらいの森に屋敷を構えているのであれば、やり方次第では簡単に利用することもできるでしょう」
わたしがおびき寄せたと思っていたけれど、その可能性もあるのだろうけれど、そんなことせずともサイクロプスはやってきたのかもしれない。
結果は変わらなかったから、わたしにしても公爵にしても悪いことではなかったのだろう。
「ところで倒した魔物はどうしましたか?」
「魔石を取り出した後、燃やして埋めました」
「どうも、そのあたり知識がちぐはぐよね」
話に入ってきたカロルさんに「対応を間違えましたか?」と尋ねると、彼女は首を左右に振る。
「合っているから問題なのよ。話によれば、10年閉じ込められていたのだもの、対処を知っているほうがおかしいわね」
「5歳以降、わたしをどうにかしたかったのか、本がある部屋に閉じ込められていましたから。
本に書かれていた知識は持っているんですよ」
「魔術に関してもそうだというのね?」
「本と実体験です」
「むしろ、それだけの魔術が使えながら、売られたというのが信じられないのよね」
「魔術が使えないと偽っていましたから。基本的に逃げられないように閉じ込められて、放置されていたんですよ」
公爵という立場上、四六時中いられなかったというのもあるだろうし、わたしにばかりかまけられなかったのだろう。
そういう意味ではあの環境は助かった。
「つまり職業を授かる段階で、今と変わらない魔術が使えたと言うのね」
「つい何日か前ですからね」
「それで職業は何を授かったのかしら?」
このカロルさんのセリフは割とグレーゾーンの発言だと思う。
ギルドは職業で差別することを是としていないためか、職業を無理に聞き出すことを禁じている。
上位ランクのカロルさんが下位ランクのわたしにそれを言うというのは、お願いであってもある程度の強制力を持つというのが実際だ。
だけれど、本当にダメな場合にはセリアさんが止めているはず、と考えるとセリアさんとしてもわたしの職業が気になるらしい。
むしろ、何か確信めいたものを持っているようなので、少なくともわたしが不遇職を得たことはわかっているのだろう。おそらくは、その確認。
好意的に見れば、職業による差別をされないような対策を考えてくれるのかもしれない。
しかしわたしは不遇姫の代名詞。現在がどの程度嫌われているのかは知らないが、リスクは高い。
だけれど、ここまで好意的に接してくれている人にこの事実を見せることで、歌姫というのがどれほど忌み嫌われた職業なのかを把握することもできる。最悪逃げることになるけれど、どうしたものか。
『歌姫だということを話したいんですが、良いですか?』
『シエルメールを名乗っておいて、歌姫なのね?』
『歌姫だと広まれば、シエルのことを舞姫だと知っている公爵を騙すことができますから。
B級になって名前が広まるときに、舞姫のシエルメールと言うのが耳に入れば、嫌でも気が付かれますからね』
『そうね。最悪逃げればいいんだもの。その時には、森の奥にでも隠れ住みましょう?』
了承は得たけれど、なんでシエルは楽しそうなのだろう。
それくらい軽く見てくれていたほうが、わたしも気が楽なのは確かなので、深くは突っ込まないが。
シエルと意思疎通を図るため、少し黙っていたことがどう見られたのかはわからないけれど、内容が内容なので言いにくいということは伝わっただろう。普通に言うことが今決まったけれど。
「わたしは歌姫です」
「……まさか、歌姫とはね」
「もしかして、問題ありました?」
「ギルド的には何も問題はありません。ですが、そのことが知られてしまった場合、私達で保護できる保障ができません」
「つまり、バレない限りは大丈夫ということですね」
「はい。くれぐれも、私達以外には話さないようにお願いします」
「バレたら、この町にはいられないと考えたほうが良さそうですね」
何気なく返したわたしの言葉に、セリアさんが神妙にうなずく。
さて、これがこの町に限ったことか、この国に限ったことか、この世界に限ったことかはわからないけれど、どうやら世界規模ではなさそうだ。
でも複数の国に渡ってということはありうるだろうし、この国に関してはほぼ確実といっていい。何せ、かつて歌姫が王都をめちゃくちゃにしたのだから。たくさんの尾ひれがついて、忌子とか言われても不思議じゃない。
「では、わたしははるか東方の国出身の母を持つ、歌に関する職業を得た孤児ってことにしましょうか」
「この国がある意味はるか東方になるわよ?」
「じゃあ、西方にします」
「適当なのね」
カロルさんが呆れたように言うけれど、歌に関する職業というところには突っ込まないらしい。
下手に隠すよりも、真実を織り交ぜたほうがどうのっていうのを、わかっているのだろう。
むしろ何となくで使っている――というか、機会があれば普通に歌いたいだけの――わたしよりも、効果の大きさを理解しているのかもしれない。
「一応確認なんですが、方角は北を正面にしたとして、右が東で左が西、後ろが南で良いんですよね?」
「ええ、ええ。そうよね。確かにそうよね。一般常識もわからないわよね。
もしかして、それもワタシが教えないといけないのかしら?」
「わたしの結界。防御と隠蔽のほかに、どんな効果があるか知っていますか?」
「そうね。可愛い後輩だもの。わからないことは教えてあげないといけないわ」
この片眼鏡先輩は、面倒だけれど扱いやすい人なのかもしれない。
防御と隠蔽のほかだと、汚れをはじくとかしかないのだけれど。まあ、それを聞いてどう判断するかは、わたしには関係ないので丸め込めたので良しとする。
「ところで、方角の話は間違っていませんよね?」
「さっきので合っているわ。ところで、なぜこの国出身としないのかしら?」
「歌える歌が、この国のものではないですから」
「ちょっと歌ってみてくれる?」
乞われたのであれば歌うけれど、何を歌うか。あと歌姫の力は使うべきか否か。
まあ、言葉の問題なので、歌姫は封印していいか。
「それでは」と前置きをして、軽く歌う。軽くで良いように1分ちょっとくらいの曲を。
やっぱり、喉を使って歌うのも悪くない。シエルにだけ聞こえるように歌うときとは、またちょっと違うのだ。
「確かに聞いたことない言葉ね。メロディも初めてだわ」
「ですが、耳に残る良い曲でした」
二人はそれぞれにそう言ってから、カロルさんがおそらく代表して「それをどこで覚えたのかしら?」と尋ねてくる。
「母が歌っていたのを聞いていたので、自然と覚えました。という設定です」
「設定の話はしていないわ」
「閉じ込められているときに、としか答えられません」
「はあ……そうなるわよね」
シエルメールとしてはあながち間違っていない。カロルさん視点も他に考えられないためか、納得したらしい。なんだかんだ言っても、わたし達は捕らわれていた女児なので、何でもかんでも知っているほうがおかしいのだ。
「今日のところはこれくらいにしましょう。最低限知りたいことは話していただけましたし、いつまでも拘束しているわけにはいきません」
「それもそうね。魔術の話は、またいつでもできそうだもの」
空気が緩んだことが原因か、お開きになるらしい。
それにしてもカロルさんはぶれないなと思っていたら、セリアさんに「今日のご予定はありますか?」と聞かれた。
もしかして、ないって言ったらこのままハンター業に駆り出されるのかしらと、心配になったので都合もいいし正直に話す。
「この後は、買い物に行こうと思っているんですが、良いお店知りませんか?」
「何を買うんですか?」
「とりあえず、下着ですね」
「……ちょっと待ってください。もしかしてですが、そのワンピースの下って何も着ていないんですか?」
「逃げ出した時に、この布しか着せられていませんでしたから。
あ、ローブは馬車にあるのを拝借したんですが、問題になりますか?」
「えーっと、ローブの件は問題にならないでしょう。襲われた馬車に残されたものは見つけた人の物、というのが原則ではありますから」
嘘をついても仕方がないので、洗いざらい話したけれど、自らノーパン宣言するのは勇気が要った。
だから、誤魔化すようにローブの話をしたけれど、セリアさんはスルーしてくれなかった。何やら言葉にしにくそうな表情だし、わなわなとこぶしを握り締めているような気がする。
「ちょっと、シエルメールさんを閉じ込めていた貴族への嫌悪感が増したよね」
あ、口調が変わった。既知であろうカロルさんには砕けた話し方をしていたけれど、わたしに対しては仕事の関係ということもあるだろうけれど、丁寧だったのに。
いや、これは別にわたしに対して言っているわけではなさそうなので、セーフなのだろうか。
「買い物は私もついていきます。たぶん、何を買ったらいいのかわからないでしょう?」
「は、はい。できれば、服だけじゃなくて他にも必要そうなものも……」
「ええ、大丈夫ですよ。お化粧はさすがにまだ早いと思いますので、肌の手入れの方法などもお教えします」
「セリア、暴走してるわよ? 普通、ギルドの職員はそこまで手を貸さないわ」
「当然よ。これはギルドの職員としてではなくて、1人の女性として、不遇な目に遭ってきた女の子を見過ごせないだけの話だもの。
幸い急ぎの仕事もないし、半日休暇をとっても大丈夫よ」
「はいはい」
なんだか確定事項になったけれど、面倒見てもらえる身としては都合がいいので、ありがたくこの状況に乗っかっておく。
でもやっぱり、この見た目だからこその待遇だよなとは思うので、感謝しよう……とこの時には思っていた。