24.寝起きとギルドと話し合い
朝になりシエルが目を覚ました時、太陽は結構登ってしまっていて、食事的にはブランチに当たりそうな感じだった。
それだけぐっすり眠れたということで、わたしとしては嬉しいのだけれど、今日も予定はいろいろあるので悠長にもしていられない。
『シエル、おはようございます』
「エインー? おはよー」
ものの見事に寝ぼけているけれど、ここまでなのはちょっと珍しい。
ベッドで寝たことが原因だろうか。確かに石の上や地面の上よりも、格段に寝やすかっただろうなとは思うけれど。
数分間、ぼーっとしていたかと思うと、一気に伸びをしてシエルが今度こそ目を覚ます。
『目が覚めましたか?』
「ベッドってすごいのね。柔らかいのよ。なんだか幸せだったの」
『それならよかったです』
「それで、今どれくらいなのかしら?」
『お昼前くらいでしょうか』
「もしかしなくても、寝すぎてしまったのね。起こしてくれてもよかったのよ?」
『予定もありますし、起こそうかとも思いましたが、気持ちよさそうに寝ていたので』
白い髪、白い布団に埋もれるシエルは、それこそお人形のようでどこかに飾っていたいほどだったけれど、太陽の光に照らされるシエルもどことなく神々しい。
着ているものの関係でもあるかもしれないけれど、これにローブだけっていうのは、改めて考えてみると変態っぽい。事情を知っていれば同情を買えるだろうけれど、さてセリアさんは事情を聞いてくれるだろうか。
それはそれとして、すがすがしい朝(昼)なので、ランランランと歌を歌う。
朝起きるのが遅いと、休日なような気がして、なんだか心が躍るのだ。わたしはずっと起きているけれど、体はリフレッシュしているので気分はそちらに引っ張られる。
「じゃあ、エイン。今日もお願いね」
『何かあれば替わりますので、その時にはよろしくお願いします』
この町にいる間は、わたしがメイン。シエルと入れ替わって、ローブを羽織って部屋を出る。
いままでローブで押さえていたせいか、髪が自由に動くのが変な感じだけれど、男時代には感じられなかった感覚ではあるので、面白いと思う。
廊下を歩いて階段を降りると、受付にはニルダさんが立っていた。
「おはようございます」
「あらあら、お寝坊さんね」
挨拶をすれば、なんだか微笑まし気な視線が返ってくる。
さすがに、朝食は用意されていないだろうなと思ったのだけれど、「はい、お弁当」と言って小さなバスケットを渡された。
「良いんですか?」
「ギルドからお金はもらっているもの。渡さないと契約違反になっちゃうわね」
「それなら、ありがたくいただきます」
「それから出かけるときには、鍵は預けて行ってね」
「……えっと、わたしは何泊くらいできることになっているんでしょう?」
「とりあえず、10日だったかしら?」
「わかりました。ありがとうございます」
『荷物持ってくる必要なかったみたいね』
『そうですね。でも、10日は宿に困らないというのは、嬉しいことです』
『地面で寝るよりも、寝やすいものね』
『個室だと周りを気にせずにシエルとお話もできますね』
ギルドに向かいながら、シエルとそんな会話をする。『ふふ、そうね』とシエルが嬉しそうにしてくれるのは、わたしとの会話を楽しんでくれているということだろうか。
難しい道ではなかったので、ギルドにはすぐについた。
ギルド内は昨日よりも人が少なく、全体的に若い人が多いイメージ。若いと言っても、全員シエルよりも年上なのだろうけれど。
今日は髪を隠していないためか、ここに来るまでも含めて、ちらっとわたしを見てくる人が多い。
だけれどそれで絡まれるわけではなくて、珍しいものを見たくらいの反応で、皆視線を戻していた。
こう考えると、少し目立たないことにこだわりすぎたのかもしれない。結果論ではあるけれど。
ギルドの受付にはセリアさんはいなくて、代わりにシエルよりもいくつか年上そうな女の子がカウンターに立っている。手際を見るに、新人っぽい。
わたしが受付に近づくと、大きく瞬きをしてわたしのことをじっと観察しているらしい。
もしかして、わたしの結界に気が付かれたのだろうか。それとも、探知のほうか。
どちらにしても、B級ハンターが気が付かなかった魔術に気が付いたとなれば、かなりの実力者なのかもしれない。
なんてことはなくて、普通に「依頼を出しに来たのかな?」と声をかけられた。
うん。そりゃあ、珍しい色の髪をした10歳児にも見えないわたしがギルドに入ったら、そう対応されるだろう。むしろ、迷子と間違えなかった分、印象は悪くはない。
「セリアさんと約束していたのですが、取り次いでもらえますか?」
「えっと、セリアさんね。お子さん……ではなさそうだけど、知り合いなのかな?」
「白い髪の子が来たら取り次いでほしいって、言われていませんか?」
わたしの言葉に受付嬢は何か思い出したのか、ハッと顔を上げた。
それから「ちょっと待っててね」と言って、後ろに引っ込んでいく。白い髪が目立つから滞りなく、と言われたのはどこに行ったのだろうか。
いや、白い髪が目立ったからこそ、これだけのやり取りで済んだ部分はあるのだけれど。
奥で「セリアさんが取り次いでほしいって言っていた子、どんな子でしたっけ?」みたいな声が聞こえるから、受付嬢のほうに問題が有ったのかもしれない。
頑張れ名も知らぬ受付嬢。重要そうな話は、メモを取っておいたほうが良いですよ。
時間ができたので、誰も座っていない椅子を借りて、バスケットの中を確認する。
入っていたのは色とりどりの野菜が挟まっている、サンドイッチ。シンプルだけれど、その分野菜の味がしっかりわかって、やっぱりおいしい。生前はここまで野菜がおいしいとは感じなかっただけに、空腹(?)は最高のスパイスというのは、あながち間違いではなかったのだろう。
受付嬢が裏に行ってしばらく、セリアさんが慌てたようにやってきて「お待たせいたしました」と頭を下げる。それに対して一緒に戻ってきた例の受付嬢は「硬いですよぉ」と笑っているが、セリアさんの表情を見るにこの後お説教が待っているのではないだろうか。
すぐに表情を戻したので、見間違いだったかもしれないけれど。
「昨日と同じ部屋へご案内しますが、大丈夫ですか?」
「お話があるんですよね。大丈夫です」
「ありがとうございます」
傍目堅苦しいやり取りをしつつ、奥へと連れて行かれる。
とはいっても、昨日と同じ部屋に連れて行かれて、昨日と同じように配置されただけだけれど。
つまり、隣にカロルさんが座っている。今日話すことと無関係ではないのだけれど、この片眼鏡さんは、変なところで変なスイッチが入りそうで少し距離を置きたい。
とりあえず、場が整ったところで、セリアさんが頭を下げた。
「先ほどは、こちらの者が失礼いたしました」
「気にしていないですよ。わたしは10歳にも見えないみたいですから。
考えてみたら、ハンターカードをもらっていなかったですし、ハンターだと証明できるものもありませんでしたしね」
「それについても、申し訳ありません。先に渡しておきますね。
これがシエルメールさんのハンターカードになります」
そう言って渡されたのが金属板。大きさはよくあるポイントカードやクレジットカードよりも、一回り大きいくらいだろうか。シエルの手だと、ちょっと持つのも大変になる。
表にシエルメールという名前とランク――E級になっている――。裏には複雑な模様が描いてあるのだけれど、たぶん魔法陣だろう。しかも、魔法を使うタイプの。だから、わたしが見ても何が書いてあるのかわからない。
「魔法で管理しているんですね」
「はい。各ギルドにある魔法具に対応していて、依頼の成功率やランクアップの試験の結果などの詳細が分かるようになっています。カードの書き換えも出来ますね。
町の入り口や関所にも似たような道具があり、そちらではハンターカードが本物かどうかを見ています。
ただこの技術を1から再現できる人はいないそうです。一説によれば、神が与えてくれたとも言われています」
「神……アーシャロース様でしょうか?」
「詳しくはわかっていませんが、メーテストス様だと言われていますね」
「確かにそうですね」
この世界。別に神様が一柱というわけではない。何柱もいて、それぞれ司っているものが違うけれど、ここでは割愛させてもらう。
地球の神話のように、恋愛とかなんとかやっているらしい。
だけれど、教会として祀っているのは、愛の神とされているアーシャロースのみ。というのも、実際に神託を授けてくれるのが、この女神だけだかららしい。
地域によっては戦の神を祀っていることもあるが、神託のように直接何かをしてくれたという話はないらしい。さらに各国に影響力を持っているのが、教会なので自然と神=アーシャロースになる。
ここで気を付けたいのが、別に教会はアーシャロース以外を排斥しようとしているわけではないこと。
閑話休題。
セリアさんが話を本題へと近づけていく。
「では改めまして、私達の所属からお話しします。私とカロルは本部から派遣されてきた、職員とハンターになります。派遣理由については、極秘ということでお答えはできません」
「それを話すということは、わたしに協力してくれるということですか?」
「暫定的ではありますが、少なくともこの町や国に所属していないということで、話してくれることも増えるでしょうから」
「話したことで、この国に不利益になるのだとしても、わたしを見逃してくれるわけですか?」
「むしろハンター組合としては、外交カードが増えることになりますから、歓迎しますよ。
どのような情報であったとしても、シエルメールさんが話したということは伝わらないようにいたします。
ですがハンター組合だとしても、本部の者でない場合ですと、その地域や国に属していることもありますから注意してください」
わかっていたけれど、ハンター組合も一枚岩ではないわけだ。
いかにハンター組合が中立の立場だとしても、現地で職員を採用するだろうし、場所によってはトップであっても本部の人間ではないこともあるだろう。
そうなれば、本部の意向よりも国の意向を優先することもあるかもしれない。
だけれど、わたし達が信頼できると思った人にだけ話すことには変わりない。何だったら、ここで話すのが最初で最後ということもありうるので、あまり神経質になる必要もないだろう。
「また話していただけなかったとしても、見捨てることは致しませんので、ご安心ください。
少なくとも、先日決めた保障は行います」
「保障といえば、カロルさんの罰はどうなるんですか?」
ちゃんとした罰が与えられるなら何でもいいし、わたしが知ったところでどうにかなるわけではないけれど、けじめとして聞いておくことにした。
ついでにちらりとカロルさんを見ると、なぜだかこの世の絶望と言わんばかりの表情をしている。
「研究部屋の利用制限とシエルメールさんがこの町にいる間の宿の料金がハンター組合として与える罰です。正確には、ギルドとして1年間はシエルメールさんの生活の補助をしますので、ギルド側が宿の料金を払っていることになります」
「あ、宿の料金ありがとうございました」
「今申し上げた通り、そこまでがギルドが負う責任ですから、お気になさらず。
その代わり1年経ってもランクが上がらず、十分な収益が得られなくて、生活が困難になってしまった場合にはC級まで面倒を見ることができませんのでご了承ください」
「わかりました」
正直お金の問題は何とかしたかったので、宿が保証されたのは大きい。
少なくともしばらくは、持ってきたお金で何とか出来るだろうし、魔石がそこそこの金額になれば、まず貧困に脅える必要はない。
「それから罰とは違いますが、1年もしくはC級に上がるまでの間、カロルがシエルメールさんの指導をすることになりました」
「そ、そうですか……」
「そんな微妙な顔しなくてもいいじゃない」
わたしの反応が露骨だったのか、カロルさんが少し拗ねたような声を出す。だけれど、その原因を作っているのがカロルさん自身なので、同情するつもりも容赦する気もない。
とは言え、D級までは面倒見てもらう約束だったので、今更な話でもある。
「殺されかけた相手ですから、歓迎はできません。
指導そっちのけで、魔術の話をする可能性も高そうです。後者はともかく、前者はもう一度なんて考えたくないですからね」
「シエルメールさんの言葉はもっともですが、立場上カロルに任せるのが、確実ではあるんです」
「他に適任者がいたら、ここにいそうですからね。ですから、次に殺されかけたら、加減なしで反撃することを認めてください」
「やっぱり、昨日が本気じゃなかったのね」
言ったそばから、カロルさんの瞳が輝きだす。
逆にセリアさんは、頭を抱えそうな勢いで、顔をしかめた。
「カロル。そんなだから警戒されるのわからない?」
「だ、大丈夫よ。ちょっと本気出させようとかしないわ。ええ、魔術の話だけで十分よ」
「それもグレーだからね?」
セリアさんが大きくため息をついたけれど、カロルさんは気にしていない様子。
あまりにも、カロルさんが指導をさぼるようなら、セリアさんに報告しよう。
「ひとまず、話を戻させてもらいます。
シエルメールさんのお話を聞かせてもらう理由ですが、事前に情報があったほうが、ギルドとしても対策を立てておけるからです。
具体的にはシエルメールさんが、すでに追手がかけられている可能性がある場合、ギルドのほうでもシエルメールさんの周囲を探らせることができます」
「わたしに非がある可能性もありますよね?」
「可能性はゼロではありませんが、かなり低いでしょうから、ここでは無視します。
仮に原因となる者を殺していたとしても、それだけの理由があると判断いたします」
この辺りはもう、わたしが10歳だから認められる例外って感じがする。
普通の10歳は人を殺そうとはしないだろうし、した場合にはそれだけの理由があったと考えられるだろう。
幼女の身体は何と便利なのだろう!
なんてことは置いておいて、どこまで話すか考えることにした。
眠気に負けそうなので、読み返して修正はしない立ち回り。
何かあれば、コメントをお願いします。