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23.お風呂と初めてと子守歌

「物語でたびたび出てきたけれど、これがお風呂なのね」


 説明をと言われてもどう説明していいのか、語彙力が足りないわたしは、シエルを浴室まで連れて行くことで、説明を終えることにした。

 基本的にシエルが知らないこちらの言葉は、わたしも知らないのだから、説明というのは難しくなるのだ。

 そもそもどうしたら良いのかという質問も、前世のそれとはやり方が違うだろうから、説明のしようがない。


 そうしてやってきた浴室は、タイル床の小さな空間。浴槽も大きくはないけれど、シエルの大きさだと十分肩までつかれるだろう。

 浴槽は日本で見ていたような材質ではなくて、石で作ったものに特殊なコーティングをしているらしい。

 加えてパイプが付いていて、元をたどると何か丸いものを置くためのものとスイッチ風のものがある。


『そこの台座に、魔石を置いて使うんでしょうね』

「こうかしら」

『そしたら、隣にあるでっぱりを押してみてください』

「本当ね、水……お湯かしら? が出てきたわ」


 感動するシエルの中で、わたしも感動を覚える。

 何とも文明的なものだ。暖かい食事に、硬くないベッド、それにお風呂となったらなんとも文明を感じずにはいられない。

 さすがに、湯量を自動で管理してくれるわけではなさそうなので、お湯が沸き出てくるのを見ながら、浴槽にたまるのを待つ。


「お風呂って体を洗うために入るのよね?

 もしかして、今まで一度も入ったことがない私は、かなり汚れているのかしら?」

『シエルに限って言えば、そんなに汚れていないんですよ。

 あの布があるのもそうですし、シエルは美人さんですから、わたしもシエルが汚れないような結界を張っていたりします』


 わたしと出会ってから実に10年。お風呂どころか水浴びも、体を拭いてもらったこともないシエルは、まず清潔ではない……となりそうだけれど、そうはなっていない。

 まず公爵家で与えられていた、服という名の謎の白い布。これが浄化作用を持つのはすでに話したところだ。これのおかげで、覆われているところは、常に清潔に保たれている。

 赤ん坊のころはほぼ全身覆われていたし、大きくなるにしたがってこの布だけは新しくなっていったので、身体の結構な割合をカバーしている。


 加えてわたしの結界魔術。これは外からの汚れを弾いてくれている。物理的に薄い膜で覆われているのと同義なので、泥が跳ねようが雨に打たれようが、シエル自身には汚れはつかない。

 とは言え、何でも弾いているわけでもなくて、風が吹けば気持ちいいと感じられるし、わたしが大丈夫だと判断しているものに関しては空気のようにスルーしてくれる。何とも便利な結界なのだ。


 そのせいで防御力に難ありとなった気がするので、今の効果を維持しつつ防御力を上げていく方向で考えていきたい。


「えっと、エインの目から見て、私は美人なのね?」

『はい。生前、シエルくらい綺麗だったら人生大きく変わっていたと思います』

「エインは私が美人だと、うれしいかしら?」

『そうですね。シエルがこれから、もっと美人になっていくのを見るのは楽しみですし、今のシエルを着飾ってみたいとも思います』

「そうなのね、そうなのね……」


 顔を少し赤くして、シエルが最後に小さく言葉を繰り返す。

 美人と言われて照れているのだろう。なかなか珍しいシエルの姿に、ほっこりしてしまう。

 少しして落ち着いたのか、赤みがなくなった顔で、シエルが口を開いた。


「でもそれなら、私がお風呂に入る意味ってあるのかしら?」

『わたしの結界では、汗などはどうすることもできないので、入っていたほうが良いですね。それにお湯に入ることで、体を温めてくれますから、病気の予防にもなると聞いたことがあります。

 あとは、気分の問題でしょうか。お風呂に入ることで、何と言いますか、さっぱりした気分になるんですよ』

「そういうことなら、入ってみてもいいかもしれないわね。

 今日はすでにお湯をためているから、入るのは決まっていたようなものだけれど」


 元日本人として、シエルがお風呂嫌いではなさそうなのは、正直嬉しい。

 環境が環境だったので、入らなくても気持ち悪くはならないし、むしろ常にさっぱりした状態だったのだけれど、気分的にはお風呂に入りたかった。

 だけれど、気分だけでシエルの嫌がることをしたくもないし、今後はともかく今は入らないと言われたら諦めざるを得なかったと思う。


 あとは普通に例の布に覆われていない腕や頭は、汗や皮脂などで汚れているはずなので、洗い流したかったところもある。

 さて、シエルがお風呂に入ってくれるのはうれしいけれど、問題もある。それはズバリ、肌や髪のケアの方法がわからないこと。

 どうやら石鹸はあるらしいので、洗うこと自体は問題ないけれど、そのあと何をしていいのかさっぱりわからない。

 むしろ、髪を水につけたら痛むなどのなんとも曖昧な情報を持っているせいで、ごちゃごちゃ考えてしまっているといえる。


 10歳でそこまで気を付ける意味があるのかと言われたら謎だけれど、早め早めのケアが大切だという話も、テレビでやっていたような気がする。

 うん。これは、ぜひセリアさんあたりに味方になってほしい。

 いっそ、布に使われているような、浄化魔術でも覚えようか。そしたら、あとは気にせずに湯船につかるだけで何とかなる。

 改めて髪に結界を張れば、髪が痛むことは気にしなくていいだろう。


 そんなことを考えているうちに、お湯がたまったので、スイッチを押してお湯を止める。

 一度浴室から出て、服を脱いでもらって、タオルと例の布をもって戻る。

 考えてみれば、下着すら持っていない。布は雑に服の形に縫い合わせただけのものなので、女性用の下着としての役割は果たしていないだろう。


 で、浴室に入ってからだけれど、シャワーはないので魔石を使ってお湯を桶にためてから、一回身体を流す。頭から水を被った時に――結局髪は全力で結界でガードすることにした――お湯を鼻から吸い込んでしまい、シエルとバトンタッチ。

 わたしも子供のころにした失敗だけれど、注意するのを忘れていた。


 入れ替わるときに、シエルに『一度やってくれれば、たぶん体が覚えるわ』と言っていたので、今の失敗のせいでお風呂嫌いになることもなさそうだ。

 では、記憶を総動員させて、可能な限り女性らしい入浴をするとしよう。何と難易度の高いことか。

 まず石鹸を泡立てる。これは前世でもやっていたことなので、そんなに難しくはない。むしろ、変なことを極めるところがあったので、石鹸を素手でかなり泡立てることができる。重要なのはむやみに水につけないことと、いかに空気を取り込むか。


 修学旅行などでやって見せると、妙に受けが良かった。

 全力で石鹸を泡立てていたら、シエルが『凄いわ、凄いわ。とってもふわふわよ』とテンション上がっていたので一度体を返して、それを全身に優しく伸ばすように指示する。

 前世の時には、タオルを使ってごしごしやっていたが、洗うときに擦る必要はないとか、女性の肌は繊細だなんて話は度々テレビでもやっていた。


 シエルはできた泡に息を吹きかけたりして遊びながらも、指示通りに全身に塗りたくっていく。シエルの小さい手が、スベスベの肌を滑っていくのは気持ちがいい。

 顔も含めて全身泡だらけになったところで、主導権を返してもらって、一度すべてお湯で流した。

 次に問題の頭に差し掛かる。もともとは頭から洗おうと思っていたのだけれど、シエルが泡に興味を示していたので、体から洗うことになったのは、まあどうでもいいだろう。


 それで、洗髪なのだけれど、髪の毛自体は結界で覆ってしまって、頭皮だけ洗うことにした。

 さっきと同じように泡立てて、優しくマッサージをするように、頭皮を洗う。

 それをしっかり洗い流せば、今日のところはおしまい。シエルに体を返して、湯船に浸かってもらう。


「体を洗うのも大変なのね」

『結界があるということで、髪の毛を洗いませんでしたけど、洗ったとするとさらに大変だと思いますよ』

「でも、エインはお風呂が好きなのよね?」

『好き……というか、生活の一部でした。それに、わたしはシエルほど髪の毛が長くなかったですからね。

 髪が長いと、乾かすのも大変です』

「私の髪は切れないのよね」

『回路もそうですけど、綺麗な髪ですから、切るのはもったいないですよ』


 改めて触ってみたのでわかるのだけれど、シエルの髪はサラサラでしっとりしている。

 いつまでも触っていたくなるような髪なのだ。パサパサしていた前世のわたしとは大違い。正直羨ましくもある。今はわたしの髪でもあるのかもしれないけれど。

 その髪は今、思いっきり湯船に浸かっている。それが悪いことなのは重々承知だけれど、結界があるので云々。濡れた髪が肌に張り付く感覚は、初めてのことで少しくすぐったい。


 髪のことにばかり考えていたのだけれど、シエルの視線がちょうど真下を見るかのように動いた。

 ほんのりふっくらしてきた丘をじっと見ていたと思ったら、おもむろにそれに手を添える。

 ふくらみがある分、やっぱり柔らかいものなのだと、どうでもいいことを思っていたらふにっとシエルが揉み始めた。


「こうしたら、大きくなるのよね?」

『だから俗説ですって』

「だから私で試してみるって言ったでしょう?」


 シエルは本当に興味本位でやっているのだけれど、その刺激がわたしにはくすぐったい。

 自分の手であることには違いないのだけれど、意識的にやっているシエルと違って、わたしにはいつ強い刺激が来るのかわからないことも、くすぐったさに拍車をかけている。

 まあ、くすぐったいだけならいい。くすぐったいだけならいいのだけれど、この刺激が快感に繋がっていることを知っているせいか、変な気分になってくる。


 しかもシエルはそんなこと感じていないようなので、声を出したら変に思われてしまうおまけつきだ。

 とにかくシエルが満足するまで我慢しようと思っていたのだけれど、ふとした拍子にシエルの手が、先端を掠め、身体がぴくっと反応するかのような感覚に陥った。

 同時に『ひぅ』と声を漏らしてしまう。だけれど、シエルが支配している身体は、特に反応は見せていなくて、心と体が繋がっていないような妙なじれったさが襲ってくる。


 今入れ替わられたら、たぶんイケないことをしてしまいそうだ。

 なんて考えていたけれど、当然わたしの声はシエルに聞かれていて「エインどうしたの?」と至極不思議そうな声がした。

 慣れない刺激に悶えていました、なんて言うのも恥ずかしいうえに、前世が男だったみたいなことは言えないし『何でもないですよ』と平静を装って答える。

 わたしの答えにシエルは三度大きく瞬きしたかと思うと、なぜか弾んだ声で「何でもないならいいのよ」と応えた。


「でも、大きくならないのね」

『少なくとも1回でどうにかなったら、それはそれで大問題ですよ』

「それもそうね。だったら、思い出した時にでもやってみようかしら」

『……シエルがやりたいというのなら、止めません』


 何たる失言。『効果はありませんでしたね』と言っておけば、もうこんなことは起こらないかもしれないのに、不定期に行われることになってしまった。

 ダメということもできたけれど、ダメと言えるだけの根拠が見つからず、定期的にやったほうが効果的ではないかという考えも闇に葬り去った。



 お風呂から上がって、身体を拭くのだけれど、結界を張っていたとはいえ長い髪は水が滴っているので、乾かすのが問題になる。

 乾かすのが大変と言ったのが、今まさに、だ。

 とりあえず、タオルを使って水滴がつかないように気を付けて、布を着る。

 それから髪を乾かすのだけれど、前世で思い出すのはドライヤー。わたしの火の魔術なら攻撃魔術にはならないだろうし、髪は熱に弱いとはいうけれど、むしろわたしが使うことで髪を痛めない、良い感じの乾燥魔術になるのではないだろうか。


「本当に髪の毛を乾かすのは大変ね」

『それなんですが、試したいことがあるんですけど良いですか?』

「そう? それならお願いね」


 シエルに体を貸してもらってから、ざっと呪文を作る。言葉を並べるだけなので、発動するかはともかく、作るだけなら難しくない。浄化魔術もすぐにできるかもしれないけれど、どんな言葉を並べればいいのかわからないので、保留にしている。実は魔術ではなくて、魔法だったりするのだろうか。だとしたら困るのだけれど。

 そういうわけで、ドライヤーをイメージしながら「火よ風を温めよ」とひねりのない呪文を唱えると、目論見通り温風が髪を乾かし始めた。

 ドライヤーと違って魔術なので、好きなように風を送れるのがとても助かる。

 それでもすべて乾かし終えるのに、10分程度はかかってしまった。


『お風呂どうでしたか?』

「楽しかったわ、とっても楽しかった」

『それならよかったです』

「あと、エインが言っていたことも、少しわかったわ。

 特に髪を乾かしているときは、心が落ち着いていたもの。あれはエインが作った魔術よね?」

『難しくはないと思いますけどね』

「そんなことないわ。たぶん私がやったら、熱くなりすぎるもの」

『攻撃魔術が使えないと、こういうところでは便利ですね』

「それだけでは……ないと思う……のよ」


 ベッドに腰掛けていたシエルが、急にウトウトしだす。

 それから、ふわっと可愛らしいあくびをした。


『そろそろ寝ますか?』

「そうね……なんだか、とっても……眠いのよ。

 エイン、歌ってくれる?」

『ええ、もちろんです』


 明かりを消して、シエルがベッドで横になったのを確認してから、わたしは子守唄を歌いだした。

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