217.紹介状と精霊とドワーフ
えらいお久しぶりです。とりあえず、更新できそうなところまで書きましたので、更新です。
襲ってくる蒼い炎は、わたしの結界を越えることは出来ない。しかしフリーレさんの実力が増しているのは感じるので、シエルだけで勝てるかどうかはわからない。
シエル自身わたしの結界にあまり頼らないようにしているらしく、蒼の炎が向かってきたとき、舞姫の力を使って慣れない結界を作った上で回避行動を取った。
シエルの結界は簡単に溶かされ、回避したと言っても、シエルだけなら火傷は免れなかっただろう。決着とは言わないまでも、確実にシエルにダメージが入っていた。
わたしがそんなことは許さないけど。許さないけれど。
そんなシエルの様子にフリーレさんは若干不満そうな顔をする。
回避した炎が地面を燃やし始めた頃、ようやく雨が降ってきた。それにより、残っていた蒼い炎が消えていく。そんな様子にまたフリーレさんが不満を見せる。そしてとうとう口を開いた。
「本気でやってくれないかしら?」
「何のこと?」
「何をとぼけて……今のわたくしでは、本気を出すまでもないと言うことかしら? その考え後悔させますわ」
そんなやりとりをしている間も実は雨は強くなっている。ワイバーンをどうにか出来るほどではないけれど、大雨と言っていいほどの水量が場を覆う。
やはり炎を使うフリーレさんには厄介なものらしく、きれいな顔に似合わず舌打ちをすると、槍を一本取り出した。
前に戦ったときに投擲してきたそれを、今は下段に構えている。それから足下が悪い中、こちらに走り出してきた。
よく見ればぬかるんだ地面は、フリーレさんが踏みしめる一瞬だけ煙を上げている。槍にも雨が当たる度に煙が立ち上るので、なんだか彼女が霧に隠れているようだ。
迫ってくる彼女の速度は可もなく不可もなくといった感じ。遅くはないが、速くもない。まだ中堅ハンターの方が速く鋭いだろう。とはいえ、フリーレさんが魔術師ということを考えると十分だとも思う。
走ってきた勢いそのままに突き出された槍が眼前に迫るけれど、シエルはなんてことはないようにくるりと避ける。
二撃目、三撃目……と連続で突きが迫ってくるけれど、シエルは苦にした様子もなく避け、反対に攻撃を繰り返しているフリーレさんの表情が険しくなっていく。
そして、明らかにフリーレさんの動きが鈍ったところで、シエルが背後に回りフリーレさんの首に手を当てた。
「勝ち」
「ええ、負けたわ」
フリーレさんが負けを認めたところで雨が止み、青空が見えた。
わたしの結界で守っているシエルはもちろん、見学組も雨を避けていたらしくフリーレさんだけが濡れ鼠へと変貌している。それでも数分のうちに半乾きくらいにはなったので、さすがは上級ハンターといったところだろう。
「貴女に本気を出させることも出来ないなんて、様は無いわね」
「前よりは強くなってた」
「……どうすればより強くなれるのかしら?」
「魔術師が私に接近戦を挑んできたのが間違い」
自嘲気味のフリーレさんの問いかけにシエルがすぐに答える。
雨が降っていたとはいえ、フリーレさんの火力があれば遠距離戦を仕掛けた方が、シエル的には大変だっただろう。シエルが魔術に精通していると言っても、音楽のない舞姫だと職業が一致しているフリーレさんといい勝負できるかって感じだろう。
それに相手が本職の前衛であれば話は別だろうが、フリーレさん自体は魔術師。いくら身体強化を使って出力をあげたとしても、技術面では本職には及ばない。
それでもシエルが純魔術師であれば、話は違っただろう。近づけさえすれば、カロルさんにも勝てると思うし。
ただシエルは魔術師としてみた場合、運動能力はトップクラスにはあるだろう。職業も考えればフリーレさんに負ける要素はない。
『エインは何かあるかしら?』
『そうですね』
ではフリーレさんが強くなるにはどうしたらいいのか。槍の腕を磨いて、接近戦にも強くなると言うのは一つ確かに言えることだろう。実際愚直に熟していけばB級レベルの槍使いになれるだろうし、その上で魔術も堪能であればA級だってめざせるだろう。
しかしながら、職業が魔術師系であれば素直に魔術を極める方が強くなれるに違いない。カロルさんがA級になれたのも、彼女が魔術に傾倒したからだろうし。
それに接近戦をしたいのであれば、接近戦に特化した魔術でも開発すれば良い。
そんなわけで、シエルには魔力の扱いと職業の熟練度の話をしておいた。前者はともかく、後者についてはわたしが言っても説得力はないのだけれど。
「これでも、魔力の扱いは心得ていると思うのだけれど」
「今半乾きなのが、まだまだの証拠。魔力が見えるくらいにはなっておきたい」
「正直苦手……なんて言っていられないみたいね。観念するわ」
わたしからのアドバイスにフリーレさんが、遠い目をする。今まで見てきた魔術師の中では、確かにフリーレさんの魔力の扱いは上位にはいるのだけれど、やっぱり自分以外の魔力を自然と感じ取れるようにならないと、まだまだといわざるを得ない。
「参考になったわ。報酬は前回と一緒で良いかしら?」
『折角だから頼みたいことがあるのだけれど、良いかしら?』
『報酬として、ということですよね。今回はシエルの頑張りでしたから、好きにしてもらって構いませんよ』
別にわたしがメインで戦っていたとしても、シエルの要望なら聞き入れていただろうけど。
なにを頼むつもりなのだろうか、と考えていたらシエルは「魔石を加工できる人の紹介」と短く答えた。同時にわたしの気持ちはちょっともやつく。うれしくはあるんだけど、ちょっと嫉妬してしまうような。そんな風に感じてしまう自分に、自己嫌悪してしまうような。
パルラとベルティーナとはじめて倒したゴブリンの魔石。それをシエルが覚えていたと言うだけで、喜ぶべき事だし、わたしも二人が喜んでくれるのは嬉しい。でも、うーむ……。
「魔石の加工……出来るかわからないけど、腕の良い職人なら紹介できるわ。それで構わないかしら?」
「それでいい」
わたしが思考に飲まれている間に、シエルが了承したのを見て、フリーレさんが魔法袋から取り出した紙とペンでさらさらと何か書き始める。
書き終えると、それをシエルに渡した。
「これが職人の場所と紹介状よ。鍛冶がメインだけれど、魔道具についてもかじっていたはずだから、魔石の加工についても伝手はあるはずよ」
そういうフリーレさんに促されて、手渡された――紹介状を見てみると、書かれている名前の「バッホ・セントロ」はどことなく聞き覚えがあるような気がする。
『あの背の小さかった人ね。ドワーフだったかしら?』
『思い出しました。あの人なら、邪険にされることもなさそうですね』
『中央で私たちを邪険にする人はいるのかしら?』
くすくすとシエルの声が聞こえてくる。まあ、確かに今更いないだろうけど。それでも警戒しておいた方が良いとは思うのだ。
それはそれとして、フリーレさんの紹介状の意味はあまりないかもしれない。たぶんわたしたちがいきなり行っても、話を全く聞いてくれないなんてことはないだろうから。
でも住所を知れたのは良かった。
「これは使わせてもらう」
シエルは短くそういうと、受け取った紹介状を仕舞って、すぐにその場を後にした。
◇
バッホさんのお店があるのは、邸のあるところからかなり外れたところ。人族が多かったところから、どんどん平均身長が低くなっていく。
どうやら中央にも各種族で集まっているところがあるらしい。まあ、それぞれの種族によって住みやすい土地とか変わってくるだろうし、当然か。
ということで、中央のドワーフの集落みたいなところに向かっている。
自然豊かな中央の中では、比較的緑が少ない場所。視認できる距離に鉱山みたいなのがあるので、そういうことなのだろう。
で、バッホさんのお店を探してシエルが歩いていると、周りのドワーフがちらちらとこちらを見てくる。人族が珍しいのか、フィイ母様の養女だと知っているのか、ちょくちょくシエルの周りを楽しそうに回る精霊を見ているのか。
この集落に入ったあたりから精霊の数が多くなったので、実はシエルのテンションは高い。邸ほどではないけど、他の場所よりは多い。見た感じ火と地の精霊が集まっている。
ドワーフ的に考えると、違和感はない。
『ここは良いところね! 良いところなのよ!』
『精霊たちも楽しそうですね』
『一緒に遊びたいのだけれど、さすがにダメかしら?』
『用事が終わった後ならいいと思いますよ。場所は選ばないといけないですが』
さて火の力が強いところだが、いつも付いてきてくれる森精霊のリシルさんは大丈夫だろうかと確認してみる。
わたしの視線に気が付いた彼女は、二度瞬きをしてから、ふだんと変わらぬ様子で手を振ってきた。うん、問題ないらしい。
名前持ちの上位精霊なだけはあるのかもしれない。それとも地の力も強いから、森的には大丈夫なのだろうか?
整った容姿のリシルさんを見ていたら、彼女の視線が宙をさまよい始めた。何事かとリシルさんが見ている方を見ると、茶色の髪の美人さんがこちらの様子をうかがいながら空を漂っていた。
土のように濃い茶色の髪、左右で少し違う宝石のような黄色の瞳。様々な鉱石がちりばめられた、ふんわりとしたドレス。
そして右目の上の方に生えたサファイアのように青い角。きょとんとしていて、わかりにくいけれど、どことなくリシルさんに近い雰囲気を持っている。
大きさもだいたいリシルさんくらい。
たぶん、リシルさんと同じ上位精霊。大地の精霊とかそんなところだと思う。シエルはその存在に気が付いていないようだけど。今はモグラみたいなのと、赤い鳥みたいなのが戯れているのを見て楽しそうにしている。
その姿に可愛いなと頬を緩めている間に、精霊はどこかに行ってしまった。
精霊がいなくなってしばらく。小さい反応が走っているような速度でこちらに向かってくる。
視界に入ってきたのは、見覚えのあるドワーフの姿。
「お前さんがここに来るとはな」
「ここも私の庭。違う?」
「違いないが、上品なもてなしは期待せんでくれよ」
「別に気にしない。貴方がバッホで違いない?」
「ああ、一回会ったきりだからな。ちゃんと覚えていなくても仕方ねえか」
バッホさんは渋い顔でそういうと、改めて「バッホ・トゥワ・セントロじゃ」と自己紹介をした。
「シエルメール」
「話はよく聞いとる。それで里に何のようがあるんじゃ?」
「バッホに会いに来た。頼みたいことがある」
「わかった。ひとまずワシの店に行くか、ここだと落ち着いて話もできはせん」
そういって歩き出したバッホさんの後ろをついていった。
次回更新も申し訳ないですが、未定です。早く更新したい(努力目標)くらいな感じです。
とりあえず、生きてます更新です。はい。