215.学園と職業と魔眼の話
「それにしても人形魔術ね……。そもそも指導できる人がいるのかしら?」
「いるのよ」
カロルさんの問いにシエルはそれだけ返すと、カロルさんは興味深そうな顔をする。
「誰なのか、聞いても良いものなのかしらね?」
「セェーミエッテが先生をしているわ」
「……聞いたことないわね」
「カロルは学園の教師を全員知っているのかしら?」
「知らないわね。オスエンテの学園には行ったことはあるけれど、通っていたわけでもないし。資料庫にしか行っていなかったから、たいして知り合いがいるわけでもないのよね」
シエルやわたしが言えた義理はないのかもしれないけれど、何ともカロルさんらしい。学園の資料を見て自分の知りたいことを調べることにしか目がいっていなくて、誰かと関わることをしなかったのだろう。
特に専門外のことであれば、なおさら人脈を作ろうとは思わなかったのではないだろうか?
ただ"学園"と言っているあたり、わたしたちが通っている第二学園だけではなく、次期当主クラスが通わないといけない第一学園にもいったことがありそうだ。
第一学園と第二学園でどれくらい蔵書が違うかは分からないけれど、なんだかんだで第一学園の方が貴重なものがありそうだ。
「セェーミエッテという教師がどれくらいかはわからないけれど、学園のレベルだとすぐに物足りなくなるんじゃない?」
「そうでもないのよ。魔術はともかく、基本的な武器の扱いとかは勉強になるわ」
「武器、使うのね」
「職業的に扱えた方が便利だもの」
シエルが武器――剣を使うことにカロルさんが疑問を覚えたらしいけれど、確かにシエルは魔術師として動くことが多い。
魔術も剣も使うような職業は多くないだろうし、そもそもカロルさんはシエルの職業をちゃんとしらないのか。
舞姫と聞いて、物理も魔術も扱える万能職だと知っている人がどれくらいいるのかすら怪しい。
おかげでシエルが舞姫だと気づかれることがなく、これほど戦いに応用できると知られていれば不遇職なんて言われていないだろう。
舞姫に限らず、不遇姫・不遇王なんて言われている職業たちは、扱い方次第で娯楽以外の使い方が出来るんじゃないかとずっと思っているけれど。
歌姫だって町中で治療院でも開けば、かなり優秀な職業であることには間違いないし。
「武器の話は良いとして、魔術はどうなの?」
「魔道具関係は興味深いわよ? エインが面白いものを作ってくれるもの」
「それについては思い当たる節があるわね。彼女の魔術が魔道具になると使いたいと思う人も少なくなさそうよ。特に髪を乾かすアレを魔道具に出来たら、女性垂涎の一品になるのは間違いないわ」
「便利よねあれ。エインにやってもらうと、とても気持ちがいいの。それに楽しくて、嬉しくなるわ」
「分かっていたけれど、彼女のこと好きなのね」
呆れを隠すことなくカロルさんが言うけれど、シエルは気にした様子もなく「もちろんよ」と元気良く返す。
元気良くと言っても、注目を集めるほどでもなく、それぞれのテーブルでは女性たちが楽しそうにおしゃべりに興じている。
「でも魔道具の授業を受けているなら、人形魔術を受ける必要はないんじゃないかしら? あれも魔道具の一種よね」
「そう言った部分があるのは違いないけれど、人形魔術じゃないと駄目なのよ」
「可能性があるってことね。だけれど人形魔術って貴女が求めるほど、大それたことができたかしら?」
「でもハンターの中には、人形魔術で有名な人もいるんじゃなかったかしら?」
シエルの言い方は白々しいけれど、ムニェーチカ先輩のことを直接伝えるのは良くないと思うので、こういう風に伝えるしかない。
それにムニェーチカ先輩がどれくらい知られているのかというのも、気になる。少なくともオスエンテ王都のハンター組合は把握しているだろう。中央の本部も上の方の人は知っているに違いない。
じゃあA級ハンターであるカロルさんはどうなのか。
「噂には聞いたことはあるわね。かつていた数少ないS級ハンター。一人で一軍に匹敵する人形を操り、その戦闘力は一国にも勝るという……。だけれど、100年も前の話よ」
「100年前くらいなら、まだ生きているんじゃないかしら?」
「確かにエルフや他の種族の可能性もあるものね」
他の種族というか、魔法の影響で老いとは無関係になっているだけなのだけれど、それをわたしたちが話すのはお門違い。
ムニェーチカ先輩の存在を明言したわけでもないし、S級ハンターの情報はそこまで出回っていないのかもしれない。一介のハンターが他のハンターの動向を把握していることの方が珍しいのか。
「そうなると……学園の教師にも少し興味が出て来たわ」
S級ハンターの関係者がいるなんて、と声に出さずにカロルさんが続けてから、くすりと綺麗な笑顔を見せた。
実際にそう言ったのかは分からないけれど、おそらくそんな感じ。本人が居るとは思っていなさそうだ。
「そう言えば、貴女たちの職業についてはどうなったのかしら? 貴女の守りにつながっているかしら?」
『これはわたしへの質問みたいですね』
『それなら変わるわね』
わたしが返事をする前に、シエルと入れ替わる。
急に体の主導権を得たわけだけれど、慣れた感覚なので今更どうこうなるわけではない。実はリスペルギアの屋敷に居たときには、入れ替わった瞬間にシエルの体が一瞬フリーズしたかのように固まってしまうことがあったのだけれど、あのときには周りに誰もいなかったので無問題。
「実はそんなに進んでいないんですよね。別のアプローチから守りの強化には繋がったので、そこまで緊急性が無くなったためでもありますが」
「……慣れないわね」
急に入れ替わったせいか、カロルさんが少し不快そうな顔をする。不快というか、言葉通り慣れずに戸惑っているのだろうけれど。
「それにしても別のアプローチね。気になるけれど、怖いから聞かないでおくわ」
「そうですね。知ったところでどうにかなる類のものではありませんから、そうした方が良いと思います。
でも一応職業については、前よりも熟練しましたよ。職業の力を使う機会が少なくて、思いの他に苦心しますが」
「確かに職業と役割が一致していないと、職業の熟練は難しいって聞くわね。幸いワタシは一致しているから、困ったことはないけれど……貴女は難しいかもしれないわね」
歌姫の歌は範囲内の人に平等に聞こえてしまう。すなわち歌姫の力を使うと普通は周囲に歌姫だとバレてしまう。
わたしはそれに当てはまらない部分があるけれど、むやみに使えばシエルをいちいち緊張させかねない。あと精霊たちが騒ぎかねない。
だから思いの他に歌姫の力を頻繁に使えない。歩行一つですら舞姫の糧にしているシエルには勝てない。
それはおいておいて、職業関連で一つ気になっていることがないでもない。
「カロルさんの研究の中には、職業に関するものがありますよね?」
「魔術師の職業を得ている以上、職業を理解することは魔術を理解することに繋がるからね」
「職業には下級・中級・上級のランクの他に、それぞれの習熟度がありますよね」
「職業の熟練度を高めるほど、より強いものへとなっていくわ。だからこそ下級職で王職にも勝てるのよ」
「その熟練度って、該当の職業以外の事柄にどれくらい関わってくるんでしょうか?」
職業剣士がその熟練度をあげたとき剣技以外の事柄――たとえば槍の扱いとか――に影響はあるのか。
何かしら影響があれば、どのような職業であっても熟練度をあげるという選択肢が生まれるのではないだろうか。
職業とは神が与えた、神の力の一端を借り受けている力。人が認識している以上の効果があってもおかしくはないと思う。
「基本的に影響はないわ」
「方向性が決まっているということですね。職業剣士が槍を剣のように扱えば、それは効果がありそうですね」
「そうね。何を持って剣と言うのか、槍をとても長く細い剣だと考えるとそれなりに扱えるんじゃないかしら。……そうね、そうよね」
「逆に魔術が使えれば、剣技に魔術を合わせられるでしょうね」
シエルの舞がそうだから。シエルが舞の中で魔術を自在に操っているのは、シエルが魔術を扱えるから。
それに比べて剣舞がイマイチなのは、シエルの剣の扱いが魔術に遠く及ばないから。
「それは魔術剣士の職業の範囲ではないかしら?」
「氷魔術姫でも火の魔術は扱えますよね?」
「……そうね」
カロルさんが何か言いたげに言葉を詰まらせていたけれど、さすがに系統くらいは分かる。
氷系の魔術を使う方が簡単ではあるかもしれないけれど、だからといってそのほかの魔術が使えないわけではない。
氷魔術で培ってきた技術を、他の魔術に生かせないわけでもない。
これはあくまで同じ魔術という枠組みだから、出来ることだとは思うけれど。
「まあ、つまり。職業の拡大解釈の可能性ね」
「ところでカロルさんは魔眼についてどれくらい知っていますか?」
「急ね。知っていることはほとんどないけれど、特殊な体質で目に関わるものを言うらしいわね。おとぎ話レベルだと、視界に入ったものを無差別に燃やしたなんて話もあるわ。
これを魔術的に考察したら、目が魔法陣の代わりになっているというのが、結論ね」
なんだかんだ楽しそうに話していたカロルさんは、そこまでいうと何かを思い出したかのように、目を見開いた。
「思い出したわ。確か魔眼を再現した論文を読んだことがあるわね。眼球に直接魔法陣を描くっていうやり方を見た瞬間、残りは流し読みしたけれど、ちょっと変わった魔術になることと、他の魔法陣を使えなくなったみたいな結論で実用性は無かった気がするわ」
「下手すると失明しそうですね」
「するでしょうね。それに具体的なところは覚えていないけれど、読んだときに普通に魔法陣を携帯していた方がいいんじゃないかと思ったのは覚えているわ」
こんな風に魔眼についてカロルさんと話していると、不意にシエルが『羨ましいわ、羨ましいのよ!』と言葉を漏らした。
『替わりましょうか?』
シエルの求める答えではないんだろうなと思いつつ、交代を提案してみると案の定『そうじゃないのよ』と否定が返ってきた。
それから『ベルティーナは羨ましいのよ』と誰に対する言葉だったのかを述べる。
どこに羨ましがる要素があったのか一瞬分からなかったけれど、魔眼について尋ねたことで今の一連のやりとりをベルティーナのためにやっていると感づかれたらしい。
それを羨ましがるだけで、留めているシエルがなんだか微笑ましくなってしまうのは贔屓目という奴だろうか?
シエルのためと思ってやっていることは、ベルティーナに対するそれの比ではないのだけれど。それを分かっているからこそ、羨ましいだけで
済んでいるかもしれない。
だとすれば、今後もそのあたりを気にする必要はなさそうだ。
どうなったとしても、わたしの優先順位の一番上がシエルであることは永劫変わることはないのだから。
「魔法陣と言えば、全く同じ魔法陣を作れば誰が作っても効果は同じですよね?」
「全く同じものが作れるという前提では、そうね」
「同じ魔法陣を違う人が使ったら、結果は変わりますよね?」
「そうよ。魔道具は魔石を使用するからこそ、安定して使えるのだから」
「水魔術師が水魔術の魔法陣を使った場合は、効果が高くなりますよね?」
「そうだろうとは言われているわ。確実な研究結果としては確認できてはいないけれど」
「でしたら後は……」
わたしの問いにカロルさんは「不可能ではないわね」と返した。
5月中にと思っていましたが、先週くらいから予想外に忙しくなったので、6時間くらい遅刻しました。はい。
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