閑話 事の顛末 ※ジウエルド視点
「そうね、あんたたちが代わりにとってきてちょうだい。あんたたちもこの子がかわいそうだと、そういってくれたもんね」
そういってこちらに近づいてきた母親の何ともいえない表情がどうにも、忘れられない。
彼女はその後すぐにギルドの職員によって連れて行かれてしまった。その後で残された俺たち――ジウエルドと一緒に来ていたシレイト――は、どうすることもできなくて、ギルドにある椅子と机くらいしかない部屋に通されて、落ち着くまでここにいるようにと言われた。
「俺たちは間違ったんだろうか……」
「いえ、正しいことをしました。ジウ様が動かなければ、少なくとも命が一つ失われたでしょうから」
漏れ出た俺のつぶやきにシレイトが反応する。確かに彼女の言葉は正しい。彼女――エイルネージュはあの薬草を手放すつもりはなさそうだった。俺たちが見たのは途中からだけれど、見ていた感じ彼女は依頼を受けずにその場から離れたいというような雰囲気があったから。
それに彼女と一緒にいた女性――使用人が依頼者の母親に不満げな目を向けていた。
彼女自身が言っていたことでもあるが、仮に母親に薬草を渡してあの男の子が助かったのかはわからない。特別な薬のようだったし、簡単に作ることができなかっただろう。
だとしたら、もう一つの依頼を受ければよかったのにと思う。成功報酬の多い少ないはおいておいても、彼女ならそちらの依頼であれば薬を確実に作ることができたことにも、最初から気がついていたんじゃないだろうか。
俺がそんな風に考えていて黙っていたせいで、静かなことに我慢できなくなったのか、先ほどの俺とは反対に今度はシレイトがぽつりと呟く。
「ですが、確かに反省する点はありました」
「たとえば?」
「あの依頼者の女性に話をちゃんと聞かなかったことです。まさかあの薬草を探しておきながら、加工方法を知らないとは思っていませんでしたから」
「それは……そうだね」
「それに貧富の違いで、対応を変えてしまったことも反省点です……平等を是とする聖職者の一人としてとても恥ずかしいです」
シレイトはそう言ってうつむく。本当に恥ずかしいと思っているらしく、表情も暗い。
「俺は――シレイトの気持ちも分かるよ。俺が生まれたところはあまり裕福なところじゃなかったから。病気になっても薬が買えずに亡くなった人はそれなりに見てきたし、お金を持っていなくても命が助かるような世界になればばいいって思うよ」
「そうですね――あたしもそう思っていました。貧しい方がお金を払えずに苦しそうにしているところを、何度も見てきましたから。それに裕福なことをいいことに、お金にものを言わせて好きにする人も。
ですが、教会では病気の治療には限界がありますし、裕福でもなかなか手に入らない薬もあるんですよね」
「彼女は――エイルネージュはそれを知っていたんだ」
「そう……かもしれません。でも彼女はジウ様の頼みも断ったんですよね?」
「それは……そうだね」
入学前、俺はエイルネージュに頼みごとをして、断られた。
ハンター同士とはいえ、助け合いは必要だと教わってきたし、実際にたくさんの人に助けられてきた俺としては断られるとは思っていなかったのでとても印象に残っている。
彼女だってあの年齢でハンター活動をしているのだから、多くの人に助けてもらったはずなのに、どうして断るのだろうかと腹立たしく思いもした。でも確かに彼女のような人が全くいなかったかと言えばそうではない。困っている若いハンターに目を向けることなく、黙々と依頼をこなす人だっていたのには違いない。
俺がそういう人たちとあまり関わってこなかったので、あまり印象はない。正直なところあまり良い印象はない。
だからこそエイルネージュを見ていると、残念に思う。
すでにE級ハンターだと言う彼女は、きっとクラスメイトたちを助けられるだけの力を持っているだろう。それだけの力を持っているのであれば、何かしらしてあげてもいいのに、とそう思ってしまう。
俺は困っている人がいれば声をかけるようにしているし、何か相談されても手を抜かずに相談に乗っている。
強力な職業になっただけじゃなくて、いろんな人に助けてもらった俺はそれをするのが恩返しになると思っているし、そう言われてきた。
助けてくれたハンターの先輩たちに何かお返しができないかといったら、同じように人々を助けてくれればいいと、言ってくれた。1パーティだけではなくて、関わってきたたくさんのハンターたちが。
それに感動したし、自分もそうなりたいと思ってきた。
「あの薬草について、シレイトはどれくらい知ってる?」
「エイルネージュさんが持っていた――リフォルゴ草ですね。あまり詳しいことはわかりませんが、薬の効果を高めることができる薬草らしいです。とても希少でBランク、Aランクの魔物が蔓延る森の奥深くにしか生えていないと何かで読んだ気がします。
有名な薬草ではありますが、希少性が高いので確かに考えてみれば、一般には何でも治せる薬として広まっていてもおかしくはないかもしれません」
「そして依頼としては薬草採取になるから、よく知らない人には――見つけるのが大変なだけで――簡単にこなせる依頼だと思われている……と」
代わりに薬草を探してくるように言われたとき、俺としては受けてもよかったのだけれど、返答をする前にギルドの人たちに女性は連れて行かれてしまった。それから、その依頼は低級ハンターが――上級ハンターでも気軽に受けられる依頼ではないと教えてもらった。
そして同時にあの依頼を出していた女の人のことが怖くなった。
でも困っている人がいるのに、なにもしないと言うのはもやもやする。
「リフォルゴ草だっけ。やっぱり探してみるだけ、探してみるか」
「そうですね――」
何もしないよりも何かしたい。そう思って口に付いた言葉に、シレイトも何か返してくれそうだったのだけれど、その声は「それは容認できねえな」と言うドスの利いた声にかき消されてしまった。
声がした方――出入り口――の方を見ると、筋肉で服がパツパツになっている、背の高い、スキンヘッドの男の人が怖い顔をして立っていた。
「貴方はいったい……誰に断って入ってきたんだ」
急な出来事だったけれど、シレイトを男から隠すように前に出て、相手に負けないように低い声で応える。
男は一つため息をつくと、厳しい目をこちらに向けてきた。
「オレはここの長、要するにギルドマスターだ。だからオレに断って入ってきた。ここはギルドの施設の中で、あくまで緊急時だからお前たちを入れていただけにすぎないからな」
そういわれて何も返せなくなる。考えてみれば、こんな時に入ってくるのはギルドの関係者以外ないではないか。
俺がそんなことを考えている隣で、入ってきた人の正体が分かったからか、シレイトが前に出て意見をする。
「だからといって、盗み聞きするのはどうかと思います」
「ギルド内でふつうに話しておいて盗み聞きするなと言うのはどうなんだ? 本当に聞かれたくないことなら、どこであれ最小限の声量で話すべきだな。
そもそもお前たちをここに入れたのは、目立っていたのはもちろん、今回の顛末を話すのと、勝手に動かないようにするためだ。たとえば遙かにランクの高い依頼を自己判断でこなそうとするとかな」
ギルドマスターの言葉を聞いて、シレイトがうっ……と言葉を失う。今回はギルドマスターの言っていることが正しいから、俺も何もいえない。
「で、今回の件だが、お前たちのことから話せば、場合によっては何かしらペナルティを与えなきゃならん」
「どうして!?」
「まあ、聞け」
ペナルティ――罰と聞いて、冷静ではいられない。どうして俺たちが罰せられないといけないのか。悪いことはしていないのに。
でも、ギルドマスターの圧に負けて、渋々頷いて話を聞く。
「どこから話すか……。とりあえずあの依頼主のことから話すか。もう元依頼主だが」
「あの子の母親のことですか?」
「そうだ。あの親子、正確には母親は今後ハンター組合に依頼を出すことはできなくした。仮に別人が代わりに依頼を出しても、見つかり次第依頼は無かったことになる。ま、ギルドのできる精一杯だな」
「待ってくれ、それじゃあ」
「あの子供が助からないってか?」
言葉を先回りされて、ゆっくりと頷く。ギルドに依頼を出せないとなると、リフォルゴ草を手に入れるのが難しくなる……んだと思う。少なくともお金を出せば手に入るものではないようだし。
仮に売りに出されても、お金持ちしか買えないような値段になるのだろう。でもハンター組合に依頼を出せば、もしかしたらがあるかもしれない。少なくともあの子は何か悪いことをしたわけじゃないんだから。
「でもな、あの子供を一人救うために、ハンターを何人も犠牲にするわけにはいかん。あの依頼はそういう依頼だ。もちろんやるかやらないか自己判断で、それで命を落としてもそれがハンターってもんだ。
だがお前等はあの子供一人を助けるために、ハンターが10人犠牲になったっていったら、喜べんのか?」
「それは……」
「しかもそうして手に入れた薬草をうまく薬にする伝手もないときた。それで子供が助かんなかったらどうする?
とはいえ、それならそれで構わねえ。問題はな、そんな上級ハンターでも危険な依頼を低級ハンター――しかも学園生に押しつけようとしたことだ。ほかのところは知らねえが、少なくともオスエンテ王都ではそれは認められない」
つまり俺たちに向けて言ったあの母親の言葉が決め手だったのか。でもそんなことで、少なくとも俺は今ちゃんと生きているのに。
「そんなこと、と思ってんだろ」
「どうしてそれを?」
「顔に描いてんだよ。お前にとってはそんなことかもしれないが、それがお前のクラスメイトだったらどうするつもりだ? その辺の学生捕まえて、薬草を採ってきてほしいとだけ伝えるかもしれん。少し話してみたが、あれは駄目だ。自分が信じたいことしか信じないタイプの人だ。しかも、自分の都合がいいように、解釈しちまう。
あっちもあっちでな、たかが薬草なんて言ってたよ。金積んでも簡単には手に入らないもののはずなんだがな」
背中にいやな汗が流れるのがわかった。あの母親がこれからどんなことをするかなんて、考えてもいなかった。
でも似たようなことを聞いたことがあったのを思い出した。それは確か、盗賊に関すること。盗賊に出会ったら、殺せるなら殺せと。
それを聞いて、殺すのはやりすぎなんじゃないか。一度懲らしめたら、反省してくれるんじゃないかと尋ねたのだ。
すると、その人はとてもまじめな表情で「だったら次はお前の家族が襲われるかもな」と短く答えた。盗賊なんてやっている人間が、懲らしめたくらいで反省はしないと、見逃すことで別の誰かが襲われるだけだと、周りの人に改めて教えてもらった。殺すのがやりすぎだと思ったら、捕まえればいいとも言われたけれど、同時に捕まえるにはそれだけ強くないといけないとも教えられた。
「それにな、あの子供の病気は確かに軽いものじゃないが、リフォルゴ草なんて高級品を使わなくても治せるもんだ。リフォルゴ草が必須の病気の子供が外で歩けるわけがないんだよ。
それなのにどう言うわけか、あの女の中じゃ、リフォルゴ草がなければ治せない病気ってことになってたけどな」
悲劇のヒロインでも気取ってんのかね、とギルドマスターが呟く。そこまで言われてしまうと、シレイトではないけれどちゃんと話を聞いてから動けばよかったと思う。
でももっと安い薬で治るのであれば、俺たちで何とかできることもあるんじゃないだろうか。
「今日見てみた感じ、あの子供の病気を治すのに必要な薬の値段は金貨6~7枚だ。つまり今回の依頼の報酬が払えるなら、手が出せない金額じゃない。それは伝えたし、これ以上は手を出すなよ。
何か手助けをしようもんなら、それこそお前の扱いを考えなきゃならん」
「……わかりました」
あの子が助かるのであれば、文句はない。
「ペナルティって言うのは、そのことですね?」
「いいや。まあ、それも間違ってはねえが、それだけじゃない」
「他になにか?」
あの親子のことについては、まあ納得できなくもないけれど、他に何かしたような記憶はない。
だけどギルドマスターは呆れたようにこちらを見ている。
「普通はこんなに丁寧に教えることはないんだが……お前たちは他のハンターのことに関わりすぎた。喧嘩くらいなら目を瞑るが、今回は見過ごせない奴だな」
「関わりすぎたって、そんな!?」
「普段だったら一回目は様子を見て、職員が最終的に注意することになってる。今、この状況が一回目だな。それで二度目をやらかしたら、ペナルティを与える」
「俺が何をやらかしたって言うんですか?」
「他のハンターに依頼を受けさせた」
マスターの言葉がどういう意味なのかわからなくて、首を傾げる。
ハンターなのだから、依頼を受けるのの何が悪いというのだろうか。
「他のハンターが目を付けていた依頼を横取りする。これは別に構わない。問題にはなるが、こちらが関与することでもない。
だけどな、受けるつもりがない依頼を無理矢理受けさせるって言うのは話が違う。
要するにな……――お前たち今から中央に行って、巣窟の50階層の魔物を倒してその素材を取ってこい。ギルドマスターとしての命令だ」
「何を言っているんですか!? そんなことできるはずがありません」
「だろう? だから他のハンターに依頼を受けさせてはいけないんだ」
「でもエイルネージュはリフォルゴ草を持って……」
「結果持っていたが、騒ぎになった時点で件の嬢ちゃんが持っていると確定していたわけじゃないらしいな。依頼を眺めていた嬢ちゃんにいきなりあの女が絡んでいったらしい。本当は持っていなかったらどうなっていたんだろうな」
「持っていなかったら、持ってないって言えばよかったんです」
「言おうとしたのに、あの女は聞こうともしなかったそうだな。
本筋に戻すが、他人に無理矢理依頼を受けさせてはいけない。そういうルールだ。例外があるとすれば、ギルドが出す緊急依頼なんかだな。小さなことだろうと、結果依頼が達成されようとも、許してしまえば示しがつかなくなる」
言いたいことはわからなくもない。ルールは守らないといけない。いけないけれど、人の命には代えられないんじゃないか。そんな不満が顔に出ていたのか、ギルドマスターがさらに言葉を続ける。
「人の命が最優先なら、教会は死にそうな人間を無償で助けないといけなくなるな」
そういわれて、はっとしてシレイトの方を見る。シレイトはばつが悪そうな表情でうつむいていた。シレイトに限った話をすれば、目の前で死にかけている人からお金を取ることはしないだろう。それでなくても、ちょっとした怪我をした子供や、辛そうにしているお年寄りに見返りもなく魔術を使ってあげている姿を何度も見てきた。でも教会全体で見るとそうではない。
「だいたいな。お前らは全く考えていなかったみたいだが、あの嬢ちゃんはリフォルゴ草を使う予定だったんじゃないか? だから簡単には依頼を受けなかったんだろ」
「そ、そんなはずは……!」
言われて気がついた。そんなはずはないと言いたかったけれど、いえるはずもなかった。だって話を聞いていないから。
あの女性だけではなくて、エイルネージュからも話を聞いていない。
「謝らないと……」
「謝ってどうする。リフォルゴ草の代わりでも用意できるのか?」
「できないけど、でもっ」
自分のやってしまったことでいっぱいいっぱいだった俺は「だったらやめておいた方が良いと、オレは思うけどな」という、ギルドマスターのつぶやきは耳に入っていなかった。
顛末というかなんというか。ジウエルド視点は非常に書きにくかったです。
ギルド職員は規定通り様子見をしていたら、想像以上に騒ぎが大きくなって出るに出られなかったとかそんな感じです。
Q.生存云々
A.生きてます。ですが、こう……仕事的に、情勢がアレでそれで……はい。
Q.依頼主(母親)
A.作者も関わりたくないです。
今話についてですが、ギルドマスターがここまで話しているのは、ジウエルドが英雄だからです。たぶん王家からよろしくするように言われているんだと思います。
最後に報告ですが、本作が第9回ネット小説大賞の復活作品として、二次選考を通過しました。今後ともよろしくしていただければ、嬉しいです。