208.当たり屋と気づきと一応の結末
声がした方を見ると、ジウエルドパーティが我が物顔で立っている。いやそう感じるだけで、本人たちにしてみれば我が物顔ではないのだろうけど。ハンター組合にいるからパーティでいることに何ら不思議はない。しかし聖女候補のシレイトがいるので、さらに気分が落ち込んでしまいそうだ。
こういう面倒くさい存在の相手はわたしがした方がいいかなと、シエルに『代わりましょうか?』と尋ねてみると、『駄目なのよ』と返ってきた。面倒事を引き受けようとしたのがばれたのかもしれない。
「ジウエルド様の言うとおりです。困っている人がいて、助けられるのであれば、手をさしのべなければいけません。そこにお金の量は関係ないのです」
「そうだ、この子たちの言うとおりだよ」
案の定シレイトも話に入ってきて、それになぜか女性が乗っかってくる。新たな人物の出現にミアが戸惑った表情をしているのが、気の毒になってくる。ミアは器用に何でもこなすようだけれど、使用人としての歴はとても短い。
だからこう言った場面で完璧に対応しろと言うのは無理だし、何ならこの状況は歴戦の使用人でも、どうしようもないのではないだろうか?
わたしとしても困ったもので、クラスメイトが関係してきた事で逃げる手も悪手になってしまった。ここで逃げ出せば、学園が始まったときに干渉してくるのは目に見えている。
「人の命は尊いものです。男の子を見てください。とても苦しそう……かわいそうだとは思わないのですか?」
「お嬢ちゃん……」
「さあ、もうあなたが取るべき行動はわかりますね?」
わかりません。心の中で即答したところ、シエルが何かを返す前に「その話、待ってくだされ」と老齢の男性の声が聞こえてきた。
まさかとは思うのだけれど、まさかなのだろうか。ここまでは予想していなかったのだけれど、嫌なことはまとめてやってくると言うことかもしれない。
その男性の姿を見れば、予想に違わず執事っぽい格好をしている。こういう状況でなければ、憧れを覚えたかもしれない。
「仮……いや、その薬草はグーネスターク家に譲ってはいただけなかろうか?」
「どこの誰かも知らないけどね、爺さん。あたしは息子の命がかかってんだよ。それを横取りしようなんて、大した度胸じゃないかい」
そして執事翁の言葉に臆することなく噛みつく女性。母は強しなんて言うけれど、その強さはここで見せるべきではないと思う。
きっと何も考えていないのだろうけれど、場合によってはこの時点で母子の将来はくらいものとなるだろう。執事なんてよほど裕福な家庭でないといないのだから、それこそ貴族とか。
あとこのお爺さん、目の前の母親とは違った、強かな性格をしていらっしゃる。
彼はエイルネージュが薬草を持っているとは確信していない。「仮」と口走ったし。「仮に薬草を持っているのなら」と言うつもりだったのだろう。それでも言わなかったのは、わたしたちが薬草を持っているけれど、それを隠そうとしている場合に、それを阻止するため。
「仮に持っているのなら」という言い回しをしたら、それに乗っかって「持っていません」と言いやすくなるから、それは避けたかったのだろう。
まあ、当事者を置いて、話は進んでいくのだけれど。
「命がかかっているというのはこちらも同じ事。それにグーネスターク――旦那様は十分な報酬も提示しておられる」
「お金が全てじゃないわ。むしろお金があるなら、このチャンスを逃しても助けられるじゃない!
あたしには――息子にはもう時間がないんだよ」
やっぱり大金貨の方の依頼の関係者だったか。というのは良いとして、母親の方が全く引かないのが、ここまで来ると清々しい。その清々しさに何か見て見ぬ振りをしているのは否定しない。
「それを決めるのは、こちらではなかろう」
執事がそう言ってこちらを見てくる。それを真似するように、他の人たちもこちらを見てくる。ようやくエイルネージュが会話に入るだけの隙が生まれたらしい。
『どう答えたらいいかしら』
『正直わたしもわかりません』
『あら、もしかしてエインは怒っているのかしら?』
『エイルネージュとして恙なく活動して行くには、薬草を手放すしかなさそうな状況から、薬草を手放しても遺恨が残る状況になりましたからね』
『そうかしら?』
『わかりやすいところだと、選ばなかった方から恨まれるでしょう』
言い方を変えると、生き残らせる方を選べと言うことだ。幸か不幸かシエルは他人の命にそこまで興味があるタイプではないので、彼らについて思い悩むことはない。
だけれどシエルが正義感が強い、それこそジウエルドのような人物であれば、その心労は計り知れないものになっていただろう。
どちらも選ばないというのは、持っていないことを証明しない限り納得しないと思う。その際に魔法袋を持っていると気づかれるとそれを狙う人が現れるとも限らないし、その中身なんてより大問題だ。
A級以上の魔物の素材だらけだなんて知られたら、低級ハンターエイルネージュではいられない。
この状況、学園生としての安寧を犠牲にすれば、力業で何とかできる。しかしわたしの意見としては、当たり屋みたいな人たちのせいでこちらの生活を変えられるのは気分が良くない。
『それならどうしようかしら』
『助けるとしたら、シエルはどちらにしますか?』
『エインは誰に怒っているのかしら?』
『最初に絡んできた女性と、無関係なのに口を挟んできて、騒ぎを大きくしたジウエルドとシレイトでしょうか? グーネスターク家の人に思うところがないわけではないですが、彼はまだこちらに配慮があります』
『でも、これはあまり渡したくないのよね。エインの体の材料になるかもしれないのだもの』
贔屓目なしで見ても、わたしはシエルの意見に同意する。
フィイ母様がよりよい素材について知っているとのことだが、その素材がすぐに得られるものなのかはわからない。
もしかしたら、100年に1度しか手に入らないものかもしれない。もう手に入らないものかもしれない。具体的な内容を知る前にこの四つ葉を手放してしまうのは、リスクが大きい。と、見えなくもない。
でもシエルの姿を見るのが好きなわたしは、気がついてしまった。魔力の回路にするのにとてもとても適した素材を。
きっとこれ以上にないくらい、上質な素材となるだろう。
そしてそれはすぐに手に入れることができる。シエルに話せば、喜んで使うと言いかねないそれを、でもわたしは使うのは躊躇ってしまう。
というか、シエルが喜んで使うと良いそうだから躊躇ってしまうのだ。だからといって、教えないと言う選択をするつもりはないので、観念して伝える。
『人形の回路になりそうなもの、他にもありました』
『それは本当かしら?』
『シエルの髪。魔力回路そのものと言って良いですから、十分素材になると思います。間違いなくわたしとの相性もいいでしょう』
『そうね、そうね! 言われてみるとそうかもしれないわ! だとしたら、これはいらないわね。私の一部がエインの体に役立つなら、それはとても素敵なことだもの』
何となくバレンタインデーを思い出したけれど、シエルがわたしのために髪を切ってくれるというのは、うれしさもある。
手のひらにも満たない薬草が素材になるのであれば、シエルの髪の長さであれば、一本もあれば十分だと思うし。問題はムニェーチカ先輩にも渡す必要がありそうなこと。それはそれでもやっとする。シエルはきっと気にもしないだろうけど。
『それなら薬草をグーネスタークに渡して終わりかしら?』
『その前に念のため釘を差しておこうかと思います。代わってもらっても良いですか?』
『ええ、任せるわね、エイン』
シエルに入れ替わってもらって、まず表情に出ないように気をつける。今の段階だと気を抜くとむっとした顔になりかねないから。
でも英雄君たちには、仕返しとは言わないけれど、ちょっとした意地悪くらいはしてもいいんじゃないかと思うので、そちらは実行する。シエルの教育に悪いかもしれないけれど、それでシエルに嫌われることもないだろうから――むしろ喜ばれかねない――今回は目をつぶりたい。
「どうするか、決めました。ですが、その前にわたしの話を聞いてください。もしも話を最後まで聞かない人がいれば、その人にこの薬草を渡すことはありません」
言いつつ、件の薬草を魔法袋から取り出す。今更隠しても仕方がないし、どうせ手放すもの。こうやって見せてしまった方がわたしの立場が上になるだろうから。
周りの反応はどうでも良いけれど、当事者の女性は不遜な態度で何か言いたげに、グーネスタークの執事は驚いたのか一瞬だけ目を丸くしていた。
今まで好き放題言ってきた女性が黙ってくれたので、効果のほどとしてはなかなかといえるだろう。
むしろここで好き放題言ってくれたら、グーネスタークに渡して終わりだったので、むしろ悪かったかもしれないけれど。
「まずこの薬草ですが、偶然手に入れたものです。一度手に入れたのだから、また手に入れられるだろうとは考えないでください。上級ハンターの方々を助けたときにお礼代わりにいただいたもので、どこで手に入れたのか、今彼等がどこにいるのか、わたしにはわかりません」
根ほり葉ほり聞かれるのが面倒なので、架空上級ハンターにご登場いただくと、納得したと言わんばかりの表情の人が目に見えて増えた。
「その上でグーネスターク様の依頼を受けたいと思います」
「お待ちください」
女性が噛みついてくる可能性も考えていたけれど、予想通りシレイトが話に割り込んできた。何というか、貧しい者にこそ救いを与えるべきだ、みたいな考えがにじみ出ていたので、金額が大きい方を選べば反応してくると思った。
こちらを責めるような視線を向けてきたら巻き込むつもりではあったのだけれど、向こうから巻き込まれてくれるのは手間が省けて助かる。
「何でしょうか?」
「つまり貴方は金額で決めてしまうのですね?」
「お金は大事ですよ」
「いえ、お金よりも尊い物は存在します」
胸に片手を当てて、いかにも聖女っぽい事をシレイトが説いてくる。この場合だと、尊い物は人の命と言ったところだろうか。その言葉自体を否定するつもりはないけれど、彼女は自分の言葉を理解しているのだろうか。
それを今指摘するとまた一悶着ありそうなので、どうせ来るだろう次の機会に回すことにする。
「先ほどは話を最後まで聞かない人には渡さないと言いましたが、今だけ撤回します。そこまで言うのであれば、貴方にこの薬草を売りましょう。金額は大金貨10枚でどうですか?」
お金よりも尊い物があるのであれば、その尊いらしい物のためにお金を差し出すのは当然だろう、なんて意地悪に思ってみる。大金貨10枚を持っていないだろうし、仮に持っていたとしても余裕で払えると言うことはあるまい。でもグーネスタークの大金貨20枚よりは安いから、文句を言われる筋合いはない。
シレイトは物言いたげにこちらを見たけれど、諦めたような表情でジウエルドに視線を移した。目線で伝わる物があったらしく、見られたジウエルドはギュッと口を閉じて左右に首を振った。
「買い取っていただけないみたいですね」
「そのような大金、すぐに用意する事は――」
「できないかもしれませんが、わたしはその倍の額を受け取れる状況なんですよ。それに別に金額で決めたわけではありません」
そう伝えると、シレイトは訝しげな視線を向けてくる。
「依頼者の方々に聞きますが、この薬草を手に入れたとして、これを薬にする術はあるんですか?」
「それはもちろん」
「……き、きっとすぐに見つかるはずさ」
結局この薬草はこれ自体にはたいして病気に効くような効果はない。その病気に効く薬――もしくはポーション――があって、初めて意味を成す。
それにしても、この薬草の使い方という物があるだろう。詳しいことはわたしは知らないけれど、すでにある薬に適当に混ぜるだけでは駄目だろう事は予想がつく。
つまり薬草を渡して意味がある方の依頼を受ける、と言う体でグーネスタークに渡すわけだ。そして望んだとおり――この展開がすでに望んだことではないけれど――グーネスタークだけが、確実に薬を作り出せる返答をしてくれた。
女性の方は目が泳いでいて、周りからも微妙な視線を送られている。
「そういうわけで、こちらの依頼を受けます」
これ以上何もいわれないうちに、依頼書をとって受付に持って行く。どうやらここの受付は優秀らしく、スムーズに受け付けて、そのまま完了する事ができた。
それから、ミアを引き連れてギルドを後にする。そのときにパルラとベルティーナに目線を送っておいた。それに気がついてくれたようで、目立たないように後をついてきてくれた。
二人を巻き込まなかったのはよかったけれど、何か埋め合わせをしないといけなさそうだ。
Q.今回の厄介の厄介なところ
A.話を聞かない人に絡まれてしまったこと、学園生が周りにいること、エイルネージュとしての生活をまだ捨てる気がないこと、学園生が介入してきたことetc。
今までだったら、問題が起こってもその街を出て次に行けばよかったですが、今回はそうもいかないので、いろいろと考えた結果こうなりました。たぶん顛末は次回以降になります。