207.依頼と薬草と厄介事
「ワタクシもよかったのでしょうか?」
「構わないわ。私たちが中央に行っている間に、顔を合わせるかもしれないもの。何かあったら手助けくらいはしてあげて欲しいわ」
今日はパルラとベルティーナと一緒に、ハンターとして活動してみようと約束をした日。わたしたちが中央に帰っている間に、ミアはハンター活動をするらしいのでそれならばと連れてきた。
これまでミアはそれなりに実力がありつつも、オスエンテの王都につくまではわたしたちのサポートを受けて活動することが主だったし、ついてからは短時間でできることをソロでやってきたらしい。
ミアがハンターとしてずっとやっていくことはないだろうけれど、一つの経験としてパルラたちと引き合わせてみようと言うことになった。
オスエンテ王都の周辺は危険が少ないのは知っているけれど、パルラたちだけで活動させるというのも不安なところがある。彼女たちにどれくらい肩入れをするのかは、シエルの考えに従うつもりだったのだけれど、シエルもパルラたちのためになるならと快諾したのが印象的だった。
「ところで少し来るのが早かったですが、何かするのですか?」
「依頼を見ておこうと思ったのよ」
そう言ってシエルが依頼がはられた掲示板に目を向ける。それに次いで納得した様子のミアもそちらを見た。
今も着々と減って行っている依頼書は、それでも結構残っている。とはいえ、学生が受けられそうなF級以下の依頼はもう数えるほどしかなくて、減る早さに合わせるように若年層――シエルと同じくらいだけれど――がハンター組合を出入りするのを見かけた。
たぶんこのままだと、二人が来るころにはF級の依頼はなくなっていることだろう。それでも魔物を倒して魔石を持ってくれば買い取ってくれるし、全く活動できないと言うわけでもない。
一般的なパーティだと装備の損耗も考えないといけないので、それだけでは割に合わないかもしれないけれど、幸か不幸か今日集まるのはほとんどが魔術がメイン。魔力は減るけれど、お金を使わずに戦える経済的な面々だ。
パルラの弓は金食い虫だけれど、低級の魔物程度であれば問題はない。何せ彼女は裕福とは言い難い村の出身。有り合わせのもので矢を作ることができる。
その矢で倒せるのは低級の魔物まで。ゴブリンには通用するけれど、ウルフやオークなんかには効果が薄い。上級の魔物が相手だと、目などの弱そうなところを狙ってもわずかなダメージにもならない。
職業の力が加わるとまた違うのかもしれないけれど、今のパルラにとって装備の面から見てもゴブリンよりも強い魔物は荷が重い。
まだ学生だし、卒業後ハンターとして活動するようになってからも、しばらくはゴブリンが倒せれば十分だろうが。武器にかけるお金の少なさのアドバンテージを生かして、こつこつとお金を貯めればいいから。
武器のお金もかからないので、怪我をせず、贅沢をしなければお金は貯まるし。
なんて考えながら依頼を眺めていたら、とある依頼が目に付いた。ほとんど同じ内容の二つの依頼。A級依頼では珍しい薬草の採取依頼。求める薬草は同じだけれど、成功報酬が全然違う。
片や大金貨20枚。片や金貨5枚。大金貨20枚と言えば、今使っている寮の部屋2年分。一般人であれば、以降働かずとも生きていけるような金額。
金貨5枚というのも一般人目線だと少額ではない。エストークにいたときに出会ったパーティは金貨3枚を集めるのにも苦労をしていたし、ポンと出せるような額ではないのも確かなのだけれど、比較対象が悪すぎる。
薬草採取依頼としてみれば、金貨5枚でも高額すぎるくらいだが、A級依頼としてみると金貨5枚は安い。
そんな薬草だけれど、よくよく書いてある特徴を見てみれば、とても心当たりがある。人が踏みいらないような奥地や、スタンピードが起こるような場所でしか生えないとされる四つの葉っぱの植物。
『これは人形の回路に使えると言われていたものよね?』
『わたしもそう思います。大国の王都ですし、こういった依頼があることは不思議ではないですね』
王都には貴族が多く、特に薬に関しては需要が高い。それこそ薬の材料として「ドラゴンの肝」とか「精霊の涙」とか「海底に咲く光る花」とか、誰が達成できるのかわからない、そもそも存在するのか、薬としての効果があるのか怪しいものも依頼としては存在している。
それに比べれば、実在していることが確実で、その効果もわかっている四つ葉はまだ現実的な依頼だ。
この状況は、ムニェーチカ先輩に言われて、危惧していたことでもある。使い方次第では不治の病も、明日死ぬかもしれない重病も、治せる可能性があるのだから。ほしがる人は間違いなく多いだろう。
『依頼があるのは不思議ではないのだけれど、どうしてこんなにも金額に差があるのかしら? 少ない方に他に報酬があるわけでもなさそうよね』
『依頼主の経済力の違いだと思いますよ』
『それにしても違いすぎないかしら?』
『依頼を出すだけならできますからね』
わたしたちは依頼を出す側ではないのでちゃんと把握している訳ではないけれど、例えば強い魔物が現れたり、たくさんの魔物が集まったりと多くの人に関係するときには、町や村の代表者やそこを治めている貴族が依頼主となり一つの依頼を出す。そのとき同じ依頼であれば場所がどこでも似たような額になる。慣例でそうなっているようだけれど。
対して個人で依頼を出す時には、慣例を知らない人も多いため金額に差がでる。とはいえランクと内容から、ある程度はギルドがアドバイスをするらしい。
それで報酬の金額が想定を大きく上回ればあきらめるものらしいけれど、中にはあきらめ切れずに依頼を出してしまう人もいるのだろう。
それで受けてくれる人はまずいないので、出すだけ損になるのだが、一縷の望みに賭ける人もいる。
何の変哲もない文面だけれど、大金貨を出すと言っているのは、お金に糸目をつけずに親族――もしくは自分――を助けたい貴族だと予想がつくし、金貨の方も平民が必死にかき集めてこの額を用意したと考えることもできる。
だから底なしのお人好しがいれば、後者――もしくは両方――の依頼を受けるかもしれない。両方を受けた場合、それはそれで後々面倒なことに巻き込まれそうな気がするけれど。
『まあ、この依頼を受ける必要は――』
シエルがそこまでわたしに伝えたところで、「あんた」と声をかけてくる人物が現れた。声がした方を見ると、恰幅の良い一般市民っぽい服装の女性が、シエルよりも年下の怠そうにしている男の子を引き連れてやってきていた。
どう見ても男の子は具合悪そうなのにどうしてわざわざ連れてきているのか、面倒に巻き込まれたなと内心肩を落としていると、女性がシエルに近づこうとする。
それにミアが「何かご用でしょうか?」と割って入ると、女性は「そっちの子に話があるんだよ」と反論する。
ミアは怯むことなく「それでしたら、ワタクシが伺いますわ」と切り返したのを見て、ようやく諦めたのか、女性が渋々話を始めた。
「その依頼だよ。そっちの子、じっと見ていたってことは、その薬草持っているんだろう? 頼むから、あたしの方の依頼を受けてくれないかい」
「薬草……ですか?」
ミアはわたしたちがA級依頼を見ていたことも、そこで求められている薬草を持っていることも知らない。だから反応としては間違っていないし、対応としてみても大きなミスをしたとは思わない。
本来であればミアがエイル――シエル――にその薬草について何か知っているのか聞いて、エイルが適当な言い訳を返して、薬草なんて持っていないと言えばそれで終わる話。
実際、ミアもこちらに何かを伝えようとする素振りは見せた。
だけれど、それよりも早く女性が言葉を続けてしまった。
「報酬が少ないのはわかってる。でもね、あたしらに出せるのはこれが限界なんだ。もっと時間があればお金も用意できたかもしれない。だけどうちの子はもう長くないって言われているんだよ。
ほら、こんなにも苦しそうに……。いつも笑顔で明るくて、親のために頑張る優しい子でね……」
自分に酔ったかのように話す女性にうんざりする。周りを見ると、女性に同情的な人が三分の一、我関せずが三分の一、わたしと同じくうんざりしている人が三分の一と言ったところだろうか。
ハンター組合側の人はとりあえず様子を見ているらしい。下手に仲介して依頼者とトラブルになるのを避けているのかもしれない。
なんだかんだ言ってもハンター組合というのは、依頼者がいて成り立つものだから。
そうこうしている間に、パルラとベルティーナの二人もハンター組合に到着していて、騒ぎの中心にエイルネージュがいることに戸惑っている。二人で何かを話して、意を決してこちらに近づこうとしてきたので、シエルに頼んで二人の方を向いてもらった。
正直、ここからもっと面倒なことになるピースを感じ取ってしまっているので、二人を巻き込むのは不憫だと思う。というか、わたしだったら巻き込まれたくない。だから、二人を巻き込まない方向に持って行きたい。
わたしの説明と頼みを聞いて二人の方を見たシエルと、その視線に気がついた二人。数秒だけ視線を交差させて、シエルに首を左右に振ってもらう。アイコンタクトで伝えられるほどではないけれど、これならば意図が通じるだろう。二人もちゃんとわかったらしいけれど、何度も躊躇ってから、巻き込まれないように騒動の輪から離れた。
「こんなに頼み込んでいるのに駄目なのかい!?」
『急にどうしたのかしら?』
『どうしたんでしょうか?』
急に女性が驚きと怒りをない交ぜにしたような声を出すので、シエルとわたしで首を傾げる。でもすぐに思い当たることがあったので、シエルに伝える。
『シエルに首を振ってもらったのを勘違いしたんですね』
『言われてみるとそうかもしれないけれど、話を聞き流していたから何を否定したのかもわからないのよ』
『たぶん薬草を渡さないくらいの意味合いに取られたんでしょう』
『持っていると言ってもいないのにね』
『彼女の中では持っているんでしょう。そして周りで聞いている人の中でも何割かはそう思っていそうですね』
女性がわたしたちが薬草を持っている前提で話すものだから、そう勘違いしている人は多そうだ。
正確には勘違いというわけではないのだけれど、シエルは持っているとは一言も言っていないから、彼らにしてみれば持っているか持っていないかはわからない状態ではある。つまりはシュレディンガーの猫状態のはずではある。
でも正直ここまで来ると、持っていないと言っても「うそをつくな」と言われそうだし、下手すると荷物を全部見せるまで納得しないとかありそうだ。これがシエルメールやエインセルとしてこの場にいるときだったら、A級ハンターとしての影響力でどうとでもできそうだけれど、残念ながら今は下級ハンターのエイルネージュ。
お忍び貴族設定だけれど、お忍びであり明かせる家名があるわけでもないので、その方面でも動けない。
何というか、絡まれてしまった時点で負けみたいな状況でため息がつきたくなる。なんかもう、全部破壊してしまえばいいんじゃないかとか思うのだけれど、それもそれで問題だしシエルの教育に非常に悪いので思考のゴミ箱にでも捨てておく。
なんだかんだここで、この女性を完全に無視して逃げ出してもいいんじゃないかと、それが正しい選択じゃないかと考え始めたところで「困っているみたいだから、助けてあげたらいいんじゃないかな」とさらなる厄介ごとが声を上げた。
Q.作者について
A.無理はしていないです。無理していないからこのくらいの更新頻度です。
ご安心です(?)
Q.エインの人形関係
A.実は材料は昔から決めていました……が(以下ネタバレ)
Q.ムニェーチカ(本体)の人形
A.使っても怒られなさそうな人物の回路が存在していますね?